058→【語り部バトンタッチ/いつか、大好きになる男の子】
《0》
たとえば。
それまで真っ直ぐに、途切れなく、順調にすんなりと呼んできた一人称単一視点の物語があったとする。
その中に突然、わけのわからない、ぽっと出の、胡乱な輩の語り部パートが紛れ込んだとしたらどうだろう。
うん、申し訳ない。
それがこれだ。
死の運命に鳴動する山、投げ掛けられた意味深な言葉、今まさに盛り上がりも最高潮な大詰めのそのタイミングで、突然に始まる閑話を許してほしい。
強いて言うなら、理由は二つ。
一つは、この状況のそもそもの始まりは、八年前。彼がまだ、己の末路を知らない小学生であった時から、全てが続いていたということ。
もう一つは……本人では絶対に、自分自身だからこそ、絶対に、思いも考えも口にしたりも異常だとも間違っているとも、気付きも描写もできないからだ。
だからこそ、その中心を外れた外側から、彼を見る、彼を思う、彼を語る。
教えなくてはならない。
わからせなくてはならない。
他の誰か、他でもない私が、言ってやらねばならない。
――ああ、申し遅れた。
私の名前は、氷雨芽々子。
どこにでもいる超能力者で、どこにでもいる美少女だ。
自己紹介もスマートに済んだ。
では、彼と私の話をしよう。
相楽杜夫。
誰より自分を大切にしない、大馬鹿者の話しよう。
《0.1》
向井小学校には、地区毎に班を組む集団登下校の制度が無い。各家庭の子たちはそれぞれ独自に誘い合わせて、将来必要となる社交性を養わせる。
そういう子らの背を見ながら、遠巻きについていっていたのが、私だ。
私の家は、和やかな近所付き合い、友達を作れる状況、そういうものとはとかくかけ離れた状況であり、氷雨芽々子は友達のいない子供だった。
小学一年生の氷雨芽々子にとって、同級生とはすれ違うもので、深く知られてはならない、常に警戒していなければならない相手であって。
「すっげーな、おまえ」
だから。
突然脈絡なく、小学校への最終関門たる坂道の始まりで、そう話しかけてきた見知らぬ少年に対し、私には警戒しかなかった。
とりあえず、【外では絶対に問題を起こすな、とにかく人当たりよくしなさい】とも強く言い含められていたので、とにかく無難に、当たり障りのない態度でやり過ごすことに決めた。
「もうひとりでガッコーいけるなんて、かっけーじゃん。なあ、なんでそんなへーきなカオできんの? タイクツだー、とかねーの?」
「たいしたことないよ。だって、ほんとうはみんな、ひとりだもの」
煙に巻いて誤魔化すつもりの一言はしかし、彼の興味をそそってしまったようだった。
「じゃ、キョーソーな」
「は?」
「キョーシツまでさきについたほうが、もっとすげーし、つえーの。せーの、よーいどん!」
ランドセルの留め金をかちゃかちゃ鳴らし、クラッカーの噴射みたいに走り出した子を、私は見送る=無視する。
入学早々馬鹿にからまれたな、その程度の感想を抱いて一日を過ごしたら、下校時、正門で待ち伏せられていた。
「なあ」
文句でも言われるか、罵倒されるか、殴られるか。
どうあしらおうか、と考えている私に、そいつはこっちが考えてもみなかった方向から、純粋な質問をぶつけてきた。
「なあ。なんでホンキになんねーの? そんなん、つまんなくねーか?」
それが、あまりに直截的で、鋭い一刺しであったからか。
思わず、これまで親にも誰にも言ったことのない、本音なんかを喋ってしまった。
「つまらないよ。だから、わたし、もうずっと――うまれたことが、つまらない」
「うまれてから、いちども、ホンキだしたことねーの、おまえ?」
「うん」
口を滑らせた、告白。聞いた彼はニヤリと笑い、
「そりゃいいや。そんなガンコをホンキにさせるの、きっとすっげぇおもしろいよな?」
これがいけなかった。
私は以降、登下校時に待ち伏せられ、いちいち絡まれてしまうようになる――鬱陶しくて厄介で、日々、その日一日分の命を使い切るように動き回る少年に。
彼の名前は、相楽杜夫。
私が、将来大好きになる子。
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彼が、私と登下校をするために近所の友達の班から外れていたことを、後になって知った。
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