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メメントモリオ!!!!  作者: 殻半ひよこ
【第三章(#012) 初恋告白】
49/81

049→【“水天岐神楽果堂”】



      《16》



 人気の無い、寂れた神社だった。

 ろくに手入れされず伸びるに任せた草むらが、腰の高さほどになって視界を遮る――その有様自体が既に、人除けの効力を生んでいる。


「待ったよ相楽。土産はあるかい?」


 道中に買ってきたペットボトルの水を投げ渡して、白城の隣に腰を下ろす。

 湿気に蒸された土の感触。

 草むらの隙間を、一匹の蛇が通り過ぎていく。


「じゃあ、敵の話を始めよう」



    ●○◎○●



水天岐神楽果堂すいてんくなとらっかどう】。


 それが、八年ほど前、北峰に発生した宗教団体の名称だった。


「解釈を広げるなら、あと四百年ほど歴史が伸びる。何しろ水天岐神楽果堂の根底、源流になったのは北峰の民間伝承だ」


「――吉凶は天から降ってくる、空に最も近い山の頂きに岐神を奉ることで、世の平穏を守る、だっけか?」

「そこに宗教色を足そう」


 即ち具体性と偶像、不在だった操縦者、貢がせる為の教義。


「題目はこうだ。魔が溢れぬは水天岐神楽果堂の()()()、我らがここで祈るが故に世は滅びず、あなたもあなたの隣人も、日々を生きることが叶っているのだ――と、ぶち上げる」

「うは。そりゃあまた、わっかりやすい終末思想ですことな」

「それが一番笑えない。大事だよ、わかりやすさ。特に、自分たちが受け入れたくなる論法と接合してしまっている奴は手に負えない」


 うんざりした口調には、決して少なくない反感と怒りが篭もっている。



「俺はね相楽くん、二十四年間北峰に住んでるし、岐神信仰にも親しんできた。この辺りに昔から住んでる奴、地域に愛着を持つ奴、年寄りなんかは大抵そうだ。山と生き山にもたらされ山を敬っていた北峰の人間にとって、水天岐神楽果堂の教義は河川に投げ込まれた毒そのものだ。新しく道を通す手間もなく、誰もが使う流れに乗ってバラまかれ、気づかれぬうちに摂取され、そして、内部から侵食する」

「……さっき、言ってたな。祭りの参加の枠がどうとかって」

「察しがいいな。今や北峰の住人は四割近くが水天岐神楽果堂の信者だよ。自分たちが日々を穏やかに過ごすためのものだった信仰が【世の中を守っているのは自分たちだ】なんて優越感に摩り替った。やることは変わっていないのに、意味と意識だけが、醜悪に改革されたんだ」


 疲れの濃い溜息を吐きながら、「言ったろう」と白城はいう。

 わかりやすさ、単純さ、成り代わりやすさ――それらは何より強力な猛毒なのだと。


「……たったそれだけのことで、八年で住民の四割が信者だなんてことになるのか?」

「はは。君、幸福に生きてきたんだな。随分と、自分を尊重されてきたんだな、相楽くん」


 嘲るような台詞でこそあった。

 しかし、その言い方は羨みと憧れ、そして、相手が今話し合っている話題に関し極端な先入観を持っていない安心を感じさせた。


「人は君が思うほど、己など持っていないよ。そして、欲望に強くもない。想像してみてくれ。みんなが、少なくとも周りの過半数以上が同じ方向を見ている時、そちらを見てない居心地悪さを。そして、同じ方向を向いていない君を、周りが一斉に無言で見つめてきたとしたら」


 想像が走る。

 大勢で浮き彫りになる単体の異物。責め立てる目線。居ることを望まれていない態度。不要。拒絶。疎外感。

 生きている価値がないと、世界中から指を差された。


「吐きそうな顔だな。それがまあ、ムチとしての同調圧力。この中に入らないと呼吸が出来ない、という悪影響を匂わすことで、リスク回避を動機として内部に取り込む。――だが、宗教というのはそれだけではまだ半欠けだな」


 目玉焼きには白身の中に黄身がある、と白城は二重の丸を中空に描いて例える。


「教えを守り続けていくには、原則【(アメ)】が――目的が無ければ立ちいかない。傍から見れば何もかもを捨て去る、失うばかりを繰り返す苦行を行う高僧だって、その果てに得られる徳や悟りがあると信じればこそ続けられているように。では鑑みて、水天岐神楽果堂、自分たちの祈りで世界が守られていると信じている信者たちは、何をメリットとして宗教にドップリ嵌っているのか?」

  

 自分たちの祈りで世界を救うと信じる宗教。

 世界があることそのものか、とてつもなく大きなものを自分が抱えている優越感か。

 考え込む俺に、白城が『もっと即物的な利益だよ』と、今から話すことを前置いた。


「水天岐神楽果堂は、教祖・征流院浄権せいりゅういんじょうごんの教えを仰ぐ宗教だ。奴は特に優秀な、言い換えるならば教祖にとって有用な信者には――笑えよ、ここは笑うところだぞ、いいか――【岐神権現の託宣】を与えるのさ」

「……くなとごんげん?」

「カミサマの化生。善きもの悪きもの、吉凶を振り分ける神様直々の託宣ときたら、それは即ち【幸福になるための預言】だ。これに従い道を選んだものは、目も眩む大金を得ただの、或いは奇跡的に死の運命から逃れ延命ス、なんて言われている。機関紙にはそうした話題が定期的に掲載されて喝采と来た」


 心底から軽蔑し、見下げ果てる物言いは、一体何処へ向けたものか。

 それが少し腑に落ちないというか、よくわからず、


「岐神権現のこと、信じてないのか、白城は。俺はよく知らないんだけど、民俗学って、その……妖怪とか、神様とか、不可思議なことについても研究するんだろう?」


「ああ、研究するさ。すべてを理知的に解体する為にね。勘違いがあるようだから教えるけれど、相楽くん、民俗学というのは、解き明かす学問だぜ。小豆洗いを砂利の擦れる水音に、河童を異人に変換する。ただの情報蒐集編纂機でなく、足と耳と口で集めた情報を元に、その正体を詳らかとする。遥か遠ざかった過去、もう二度と戻れない場所の、本当にそこにあったのは何か、時を越えて場所を覗き込む為の顕微鏡こそが、民俗学なんだ」

「じゃあ白城は、岐神権現には何か、イカサマのカラクリがあると睨んでいるんだな?」


 ……意外なことに。俺の問いには「いや」と首を振られた。


「研究も検証もせず何かを無条件に信じるものを学問とは呼ばない、というだけだ。自分の持つ常識といくら乖離してようと、あると知れたものを認めるのも学問だ」

「——おい、待てよ。その言い方じゃあ、まるで」

「本物だよ。岐神権現は、本物だったんだよ、相楽」

 

 そう語る白城は、極めて淡々としていて、冷静で、危うい浮つきや熱が無かった。

 完全に正気のまま、信じがたいことを語った。


「俺は岐神権現と会い、託宣を受けた。おまえのことを知ったのも――五年前のそこでだよ、がらくん」


 白城は一度視線を落とし、指先で土をいじくる。

 がりがりと。その下にあるものを、掘り返すように。



    ●○◎○●



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