048→【セーヤ・アンド・モリオ】
歌うように、弄ぶように。
その口は、「君が協力してくれようとしてくれなかろうと、こっちは別に、どっちだっていいんだぜ」などとぬかす。
「く――――」
分かっている。
白城哉彦は、油断できない。こいつは人心を掌握し操作する数々の手練手管で、Setsunaと金業、二つの組織を創り上げて意のままにした。信用などしてはいけない相手だ。心酔し、忠誠が為に不穏な真似も厭わない、桜庭誠也の例を見た。
しかしそれでも、白城哉彦は、間違いなく何かを知っている。ここでこいつを逃しては、或いは決して至れない――氷雨芽々子に繋がる何かを。
唇を噛む。まるで深く広い溝に立ち竦む不安、追い詰められたババ抜き最後の一手番。
「さあどうする、少年。君の命は、短いぞ?」
それに煽られたわけじゃない。
あくまでも俺は、自らの決断として、溝を跳び、札を取る。
「約束だ、破るなよ白城ッ! 嘘ついたら」
「ああ。千本でも万本でも持っておいで。君がその手で刺したい針をね」
その瞬間の笑顔ときたら。
とろけるような、気を抜けば信じそうな、陰りのない善人の相。
そうしてここに、全く不本意ではあるが、即席コンビが結成された。奴は窓に向かい、俺は戸に向かい、打算ありきでその背中を預け合う。
「急いで格子を削る時、結構派手な音が立つ。気付かれないように騒げよがらくん、こっちがやる気になる、傑作の漫談をひとつ頼む」
「テメエがその呼び方すんな! 今回のが終わったら、改めて殴り直してやるからな……!」
最後、廊下に出る前に深呼吸をし、ささくれだった気分を戻す。いかにも何かありましたなんて態度をしていたら、時間稼ぎどころの騒ぎではない。
「して。どのように場を繋ぐ、モリオ?」
好奇心の声。俺と一緒にトイレに入り、俺と一緒に出てきた神様がうきうきと尋ねてくる。
「ちなみにわし結構興奮したんじゃけど」
「超絶いらねえし聞きたくねえその報告」
リラックスの雑談かます余裕もない。今まさに目の前の部屋から、二人の刑事が出てきた。いかにも老獪そうなおっさんが一人と、ラグビーで花形だったに違いない若手が一人。
「あ。もしかして君、黒川准教授に取材に来たって学生の子? 相良杜夫くん?」
「え? あ、はい、そうですけど――」
「そうかそうか。私ね、こういうモンなんだけど。南河市警捜査一係の梶」
「警察……? 南河市警の人が、どうして北峰に? 管轄の外ですよね?」
「いやなに。ちょっとね、人を捜してんのさ。南河のほうで今朝、ヤンチャに遊んでた若者たちのグループについてのタレコミがあってねえ。結構大規模な補導だのがあったんだけど、や、色々と立て込んじゃってることがあってさ。おかげで今南河は大忙し! 参っちゃうなあおじさん、望んでなった公僕だけど、たまには君たちみたいに夏休みが欲しいよ、ふふふ」
肩を揺らしながら笑い、梶さんは扇子で自分を仰ぎながら汗をハンカチで拭く。
……あー、この人、厄介そうだ。
「南河のおっさんがこっちに来てんのは、北と南で合同捜査本部が作られたからさ。普段は平和な町だけに、人手がどうにも足んなくって。おかげでおじさんみたいな定年寸前のロートルまでクーラーの下から引きずり出されちゃったの。も、参っちゃうよ。熱中症で労災とかカンベンだわ。ああごめん、脱線してるね? うん、要点を言っちゃうと、とりあえず何は無くとも事件の全容をくっきりさせる為に、関係者にお話聞いて回ってるとこなんだ。でさ」
扇子が閉じる。眼が尖る。
「白城くん知んない? 連れションとか、男の子だよねえ?」
「――――う、」
そこに、踏み込む。
「うぁぁぁぁああぁあぁぁあぁあっっっっ!」
甲高い声を上げ、顔を隠しながら崩れ落ちる。予期していなかったであろう行動に、向こうが動じたのがわかる。
――よし、掴んだ。
「ちょ、ちょっと君、相楽くん、どうしたの急に?」
「よかった、よかったよかったよかったよぉっ!」
「……落ち着いて。相楽くん、君、何か知ってるの?」
「お、俺っ、あの人が、あの人が前に、南河に遊びに来た時に逢ったんです! 金業っていう怖い奴らに絡まれてるときに助けてもらって、それから意気投合して、一緒に街を見て回ったのに……刑事さんが来たっていうことは、そうじゃないかと思ってたんですけど、グルだったんですね、あの連中と……!」
「……もしかして、その時どこかへ、奴らのアジトとかに連れていかれそうになったとか?」
「いえっ!」
くしゃくしゃになった顔をあげる。無念と、悔しさと、それからありったけの切なさを篭めて、
「遊んで、弄ばれて、捨てられたんですッ! 君は面白い、弟にしてあげるって約束してくれたのにっ! 耳元で甘く甘く、優しく囁いてくれたのにっ! ホントは、ホントはそのことを清算させてやろうと思って、今日、変装して、偶然を装って、北峰まで押しかけて来たんです俺はっ!」
「っぶふっっっっ!」
状況を観覧していた神様が吹き出す。
期待外れというか予期せぬ流れで申し訳ない。重要っぽい情報を得られると思い集中していたところ斜め後ろから体当たりを受けた、そんな微妙に絶妙な表情、落胆したいんだけどそうしたら失礼だと踏み止まる梶刑事の葛藤が伝わる伝わる。
「お願いです刑事さん、どうか彼を許してあげてくださいっ! あれは俺も悪いんです、白城さんみたいな素敵な人と縁ができて舞い上がって、親密になれたと勝手に思い込んだのが! 彼がそういうことを、他の人たちにもしていたということはショックですけれど、でも、でも少なくとも俺と彼の間では、もうあの日のことはいい思い出だって決着がついたから――」
「――その、相良くん。警察はそういう、個人的な、その、心の問題については、民事不介入ってことでどうにもできないし、首はつっこまないからね? さぞかし辛かったんだろうが、当人同士が納得していて痛み分けってことで収まってるなら、わざわざおっさんたちが関与する事態でなし、あー、その、なんだ。……こういう時に飾った言葉はいらんな」
ぽん、と肩に手が添えられる。
「気ぃ落としなさんな。イケメンはいっぱいいるし、人生は長いよ、ウン」
梶刑事と相方は、座り込んだ俺に気を使うよう迂回し、他の部屋を調べ始めた。
それを確認して俺は立ち上がり、嘘泣きを止める。スマホで時間を確認すれば、経過はきっちり三分間。
「さて行くか。駅からここまでの間にあった神社の裏手、合言葉は【妹最高】だったな」
「おぬし借り返すどころかこれだとオーバーキルじゃよな?」
止むに止まれぬ流れとはいえセーヤさんには身に覚えのないエピソードを足して本当にすまないと思う。
とはいえ『やり方は何でもいい』と言ったのも『傑作の漫談をひとつ頼む』とリクエストしたのもそっちだし、まあ半分くらいは事実だし、どうかこらえてつかあさい。
何しろ、刑事さんも言ったことだが、人生は長い。
事実無根の疑惑を晴らす時間なら、いくらだってあるだろう。
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