044→【閑話/車内/南から北へ】
流れる景色がビル街から徐々に見晴らしのいいものに変じていき、そして今、河にかかった鉄橋を渡った。
「おー、出た出た。うむ、ここいらからもう、ワシのスペシャルさぁびす範囲外じゃな。ひひひ、どうじゃモリオ、怖じ気づいておるんか?」
「あん?」
ぎりぎりで飛び乗った峰河線下り快速電車のボックスシート対面で、窓にべったり張り付いていた死神童女が、ニヤついた顔でこちらを振り向いている。
「今のおまえは常軌の内にして補償の外。死ねば終わりぞ、上りは無しぞ。そうさの、今いきなり、どんなハプニングでも起ころうぞ。窓から、別車両から、なんぞ死の死者が来たらどうしようかの? はてさて、今どんな心持ちか、一丁ワシに打ち明けてみい」
あー、そうね、そうっすね。今の気分となりますと——。
「全力でチャリ漕いだせいかな、朝メシ食ったばっかなのに小腹空いてきた。向こうに着いたらまずなんかちょっと食いたいね、情報集めがてら」
「……ふは。なるほど、とうに肝が据わっておるか」
「運良く席にも座れたしね」
通勤通学時間ど真ん中ではあるが、上りと違って下り電車の混み具合はまばらだ。おかげでこうしてゆったりと、景色を楽しむ余裕もある。
「存在の決算たる命日の一日は、通常の一年にも並ぶ経験密度であったということかの。右も左もわからんかったへなちょこ小僧だったくせに……迷って悩んで目移りして試し続けて、遂に命の使い道を見つけて。まあ、見違えた顔になりおって」
「マジ? 自分じゃあんま実感ないんだけど」
「おうよ。心なしかいけめんになったのと違うか? 最初の頃より、きりっとしとるぞ」
神様が笑い、そして、窓の向こうを通り過ぎる。
【ようこそ北峰 緑の里へ】の看板が。
「こんなこと、ワシが言うのもなんじゃけどな」
「ん?」
「その、ここまでした手前、……悔しがるおまえなぞ、送りとうない。笑顔で死ぬるよう、最善を務めるのじゃぞ、モリオ」
「オーケイオーライ了解ですとも。けどさあ」
「む?」
「イケメンになったっつってくれたが。あんたはなんか、一層きゅーとになったよな、神様」
きょとんとした後、神様はちょっとの間を置いて百面相し、最終的にどうにも非対称な複雑な表情に変わった。
「――ふん。459年を務める大ベテランの死神とて、時には情も移るわい。特に、相手が大うつけである場合はな」
「そりゃまた光栄な。んじゃこれからは俺の馬鹿馬鹿しさってのは、神様にも通用するレベルだって誇っていいか?」
「な、なんじゃいその顔は! やめんかそれ! ええいくそ、図抜けたたわけが図に乗りおって、あーもー撫でるな撫でるな! ど、どれだけワシに気に入られても、しっかり公私は分けるから! そこんとこワシしっかりしとるもん! モリオ、おまえ、ちゃーんと死ぬんじゃからなーっ!」
驚かすように繰り返すが、それこそ無理だ。
十一回前の死に際に会ってからずっとそうだが、なんだかこの神様はいちいち俺のツボなもんで、何をしたって怒ったって脅されたって、不思議と可愛さばかりが際立っていてきゅんきゅんくる。
それに何より、
「ああ。感謝しながら、きちんと死ぬよ」
相楽杜夫は死を怖れない。
己が無為であることのみを、恐れている。




