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メメントモリオ!!!!  作者: 殻半ひよこ
【第二章(#011) 合コン】
41/81

041→【十一回目、“合コン”の一周忌】



 重ねた命日、十二回目で初めての、兄妹向かい合う朝の食卓。

 他愛ない話をする。目玉焼きの好みの違いで白熱する。半熟、完熟、調味料、どのタイミングで黄身を食べるか。議論に決着はつかないが、展望は見えた。

 次は、互いの趣味を試してみよう。


「電気は消したな」

「鞄も持ったっ!」


 揃って玄関を出て、青天の陽を浴びる。

 澄み切った空気の味は、十二回ずっと同じなはずなのに……今朝は何か違って感じる。

 

「おら、何ぼさっとしてんだよ。ノロノロしてっと置いてくぞ――兄ちゃんっ!」


 煽るように殊更に、俺より先に出るミニマムな妹。本当にこいつはいくつになっても、根っこのところが変わらない。


「ああ、今行くよ」


 その背を追って踏み出した時、太陽の光がもろに目に入る。眩んだ視界の中に俺は、ある光景を思い出す。

 死と生の狭間の六畳間、一周忌を映し出すテレビ。

 十二回目が始まる前、十一回目の結果として見た、高校生の相良真尋。



    ●○◎○●




『私には、尊敬する兄がいます』


 一学期終了式の壇上――夏の空手部インターハイ、個人組手本選出場の意気込みを語る場で、俺の妹は、凛と語っていた。


『彼が、私を助けてくれたから。自分の命をくれたから。相楽真尋は、ここにいます』


 俺の見たことがない顔。

 俺の聞いたことがない声。

 俺が、いなくなった後の命。


『あの人より強かった私が、あの人を助けられなかった。母が亡くなって以来、自分の命を軽く見ているようで危うかった兄を、いつかその時が来たら守れるようにと続けてきた武道を、役立てることができなかったのは今でも――きっと生涯、消えることの無い悔いでしょう』


 決して癒せぬ傷を抱えた。

 自分の無力を思い知った。

 けれど。


『それに折れることを、絶対に、兄は望みません。あの人はいつだって、私の強さを褒めてくれた。自分に無いものへ憧れるように、私以上に、私のことを誇ってくれた。それがどれだけ、私は嬉しかったか、わかりません。いえ、失って、初めてわかりました。私が迷いなく私であれたのは、あの人が後ろから、見ていてくれたからなんだって』



 その温度を知っている。

 その感触を覚えている。

 悔いが生涯消えないように、思い出だって忘れ得ない。


『兄がいなくても。兄がいないからこそ。私はこれからも私でいる。私が兄に、その命に未来を託されたなら。私が生きる未来は、兄の誇りも抱えている。私がしゃんとしてないと、あの、最低で最高で、格好悪くて格好いい、弱くて強い自慢の兄が、馬鹿にされてしまうから』


 涙ぐむ者も出る。

 昨年、痛ましい事件に巻き込まれながらも立ち上がり、破竹の快進撃を積み重ね、ついには高校一年で県代表に選ばれた悲劇にして栄光の選手の演説に、講堂中の誰もが感動し、


『――――と、いうわけでぇっ!』


 ……場の感情が、涙として溢れ返る直前に雰囲気が変わった。意図的に変えられた。

 壇上に登り、校長側を見ていたはずの彼女は、唐突に振り返りながらマイクを掴み、その場に並ぶ全生徒に向けて吠える。


『あたしはもう、二度とあの時みてーなクッソダッセぇ負け方はしねえッ! いいかお前ら、よーく聴け! ここに集まった全員が証人で、歴史の目撃者だッ!』

 

 あまりの変化に対応出来ない。

 教師陣は、スポーツ特待で入学した優等生の突然の変貌に固まり、ただ、中学から彼女のことを知る一部の生徒が、『やっぱりやらかした』という眼差しで、壇上の彼女を『こういう時のこいつはかますぞ』と、底知れぬ期待と共に見上げている。

 その願いは、叶えられた。


『相楽真尋はッ! これから先ッ! 金メダルを掴むまで、全勝で勝ち進むッ!』


 悲鳴、歓声、呆然、爆笑。

 双方向の感情渦巻く講堂の、発信地たる中心で、相良真尋は未来への挑戦を指し示すように、その腕を突き上げた。


『なもんでッ! お前ら、応援、よっろしくぅーーーーーーーーッ!』


 

    ●○◎○●



 魅せられてしょうがないほど、相良真尋は、その未来は、輝いている。

「見てろよな、兄ちゃん」

「見せてくれ、妹よ」

 にししと笑う、本当にしばらく振りの、忌憚のない、遠慮のない、同じ目線の兄妹の顔。

 手を繋いで歩く。別れ道がもう、すぐ近くにあるとしても。

 今は確かにここにある、限られた瞬間を、心に刻み込むように。



 歓声を最後に、映像は終わった。

 だが当然、そこで消えはしなかった。


 胸の興奮。爽快感。これから一体、あいつはどういう日常を送るんだ、という期待感。

 その在り方から貰った火種が、この胸の中に残っている。


「なあ、真尋」

「んー?」

「おまえ、やっぱり俺の自慢の妹だよ」

「はぁん。当然のこと言われたって、なーんも、ぜんぜん、嬉っしかないねー!」


 とか言いながら満面の笑顔。こいつはまったくわかりやすい。

 この少女が果たして本当に世界を掴んでしまうのか、それともまた別の、けれど絶対面白いには違いない破天荒な人生を送るのか――想像しただけで、楽しくてならない。


 魅せられてしょうがないほど。

 相楽真尋の、その未来は輝いている。


「見てろよな、兄ちゃん」

「見せてくれ、妹よ」



 にししと笑う、本当にしばらく振りの、忌憚のない、遠慮のない、同じ目線の兄妹の顔。

 手を繋いで歩く。

 別れ道がもう、すぐ近くにあるとしても。

 今は確かに此処にある、かけがえのない限られた瞬間を、心に刻み込むように。



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 第二章、【合コン参加】、死亡。


 十一度目の死→目的達成。本筋続行。


 第三章、【初恋告白】に続く。



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