040→【一件落着RTA】
《13》
七月十九日、朝。
扉の前で深呼吸。情けなくてバカな兄貴が、情けないなりに覚悟を決める。
ノックの数は、親愛の三。
「――――なに」
気味の悪いものを見る目。普段の繰り返される日常に無い、あからさまなイレギュラーに警戒心を剥き出しにして、相楽真尋は半開きの扉の隙間から実の兄貴を睨め付ける。
バカめ
その余裕も、ここまでだ。
「真尋真尋。突然だけど。今日さ、一緒にデート行こうぜ」
「ほぁぁあっ!?」
ナウゲッタチャンス。
動揺で扉の押さえが緩んだ瞬間、部屋の中へと滑り込む。後ろ手に扉を閉め、クッションに腰を下ろし、とことん話すぞの姿勢を態度で示す。
「ど、え、はぁっ!? んなっ、なっ、ななっ、なに、急にわっけわかんねーこと言い出しやがんだこのエロ兄貴!」
「エロて」
なんつーか。前回散々痛感したが、こいつ、色々と間合い詰めるの早いよね。
「いやさ、俺もお前も今日から夏休みじゃん? 久々に兄妹一緒に遊びたいと思ってな。ぶらぶら散歩も歓迎だし、足伸ばして海でもいく? いっちょ自転車飛ばしてさ、瓜辺町のほうの、夏の行きつけだったあそこの林に凱旋すっか?」
「ちょ、きゅ、急にガーってくんなって、ウッゼぇし……! あ、遊びたいとか、バカじゃん兄貴。お断りに決まってんだろそんなの」
「えー」
「何がえーだ」
真尋はベッドに腰を下ろし、こちらの顔を呆れたように覗き込んでくる。
「……なあ、わかってる? あたしらもういい歳だぜ? んな、中高生にもなって、っは、性別も趣味も性格も好みも違うっつーのに、今更そんなガキんときみてーな、」
「なあ、わかってる? あたしらもういい歳だぜ? んな、中高生にもなって、っは、性別も趣味も性格も好みも違うっつーのに、今更そんなガキんときみてーな」
「ずっと兄妹だろ、俺たち」
それはひどく些細で、何気なくて、あたりまえで。
あたりまえすぎて、忘れかけていた、変わりないもの、変わらないもの。
俺たちの間に、必要だった言葉。
いつしか変わってしまったことを、元に戻す、その手続き。
「安心して観念しろ。おまえひとりほっぽっといて、兄ちゃん、勝手にどっか行きゃしないよ。昔っからおまえは元気過ぎて、ちゃんと手ぇ繋いでないと危なっかしくてしょうがないんだ。鬱陶しがられても舌出されても、愛想尽かしてなんかやらないからな」
「――――」
「ひひ、そうだな。おまえみたいなのを受け止めてくれる生涯のパートナーでも見つかったら、そん時ゃ拍手で送り出してやるよ。とっとと解放されたかったら、さっさといいヤツ見つけるんだな、花も恥じらう女子中学生。そのお相手を探すんならば、知り合いにそういう話が大好物の男とか、男の扱いうますぎるお姉さんがたもいるから、そっち紹介してやろうか?
「…………ぁ、あし、た」
「ん?」
「だから。デート、今日じゃなくて、明日。一日、準備の時間よこせよ、デリカシーゼロ兄貴。女の子がンな急に、ぶっつけで、デ、デートとかできるわけねーだろがッ! だから二十日、デートは二十日ッ! そんでもいいなら、受けて立つッ!」
「ああ、勿論。延長了解。今日は終業式があるし、どうせなら一日まるごと使えるほうが具合がいい。けどおかしいな、俺の調べじゃあおまえは今日、前から楽しみにしてた、」
「うっさいうっさいうっさいばーかっ! いいから出てけ、どっか行けーっ!」
ぽいぽい物を投げつけられて退散する。
実に少女漫画な場面ではあるが、投擲される物質の中に鉄アレイとか混じってるんで実質危機一髪っつーかあいつの肩どうなってんのかな?
「真尋」
『ンだよっ!』
「朝メシ一緒に食って出ようぜ。学校、途中まででも、一緒に行こう。ちょっとさ、話したいこともあるんだよ」
『――――おう。ったく、しょうがねーな。頼りない兄貴の為に、出来る妹が、付いててやりますかねー!』
扉越しに約束を交わす。今しがたの出来事を噛み締めていると、中から声が聞こえた。
『あ、もしもし、よっちー? ごめんな、どうしてもチョクで伝えねーといけねーことがあってさ。……うん。申し訳ないんだけど、今日、行く予定だった、例の合コン――』
これ以上聞く野暮は無い。俺は台所に向かいながら、こちらでも電話をかける。
「どうも、本日も修羅場お疲れ様です、シャルロット姉さん、いやさPNバリアントコオロギ先生。徹夜にも関わらずそのテンション、女子力、頭下がりますマジに」
『その声……え、モリちゃん? 番号教えてたっけ? まあいいや、しばらくぶりー! どうしたの? 筋肉? 筋肉見せてくれるの? わあ助かる! 丁度ね、今ボク、DKの筋肉分急速充電が必要だったんだぁぁッフフゥ! 足んねーのよ! 足んねーのよ資料が! リアリティのある、イマジネーションをツンツンする、リビドーをパッションさせるマッスルがぁぁぁああぁッ!』
「ウス、どういう場面で苦戦してるかよおくわかりました」
早急に腹筋一丁撮影、そして以前山田の奴が『サマーシーズンに向けて身体を引き締める』と言い出した時の訓練風景の二枚を添付、送信後まもなくして『ぁ゛あ゛り゛か゛と゛う゛こ゛さ゛い゛ま゛す゛ぅ゛!』と、腐れた沼の奥から響く亡者の呻きが聞こえてきた。
白芸大よ、これが山田シャルロット(第四徹夜形態)だ。
『うひぃぃぃマジ助かりましてだよ! これイケるわ、白米足りんくなるわ、伝説出来るわ今回の本で……! このお礼は必ずや、ボクに出来ることならなんでも!』
「その言葉が聞きたかった」
無論、この電話の本題は困窮する徹夜の同人作家への筋肉プレゼントではなくて。
「【桜庭組織】。追ってますよね?」
『――へぇ。驚いたね、どこでそれを聞きつけたのかな。うん、わかりやすい名称だ。いいねそれ、こっちでも使わせてもらおう。ともあれ忠告するよモリちゃん、きみ、関わらないほうがいい。その言い方をしたってことは知ってるだろうけど、Setsunaも金業も、それを創り指揮している桜庭誠也も一筋縄じゃあいかない相手だ。ボクらも長いこと探りをいれてるが、まだ攻略の糸口が掴めない。余程腰を据えて戦うつもりがないのであれば、』
「情報を提供しますので、今日中、合コン開始する前にサクっと潰しちゃってください」
『は?』
「アジトの場所は福禄マンション、通称【ロクマン】。県議の桜庭亮蔵名義で管理されていますが、実際は桜庭誠也の玩具です。内部は両組織運営のドロッドロした証拠が満載な宝箱なので、内部潜入中の【虎虎】を利用して暴けば勝ちかと。それと桜庭組織には黒幕がいて、そいつは北峰大大学院民俗文化研究学科に所属する白城哉彦ってやつなんで、そっちも押さえてください。今日、金業の大集会に参加する為に南河に来ますんで、駅を張るのが手っ取り早い。到着は推定で午前九時から十時半までの間。人海戦術と内部浸透はシャルロットさんの得意ですが、外部からの強引で即効性のある一突きはフローラさんの領分でしょう。Setsunaと金業がハバを効かせることでのデメリットを軸に説得を行ってください。あと利用されている桜庭誠也は、こいつ銃持ってますんでその方向から揺さぶりをかけて、トドメに『セーヤさんがおまえを切った』とハッタリをかましてやるとあっさりボロ出すと思いますんでそんな具合に。――ここまでで何か質問は?」
『…………はい。えーと、モリちゃん?』
「何でしょうか」
『勘弁してよ。これ実質、ボクの借りが返しきれなくなっちゃうじゃん?』
「いえいえ」
俺は笑って、
「住んでる町が、明日も明後日も平和であってほしい。これって、みんなの願いでしょう?」
再びの【最少手数未練解体】。
この結果もさて、どう出るか。
わからないまま、時間は進む。
相楽杜夫は、十二回目の、七月十九日を生きる。
差し当たっては。
大切な、大事な、これをやれずには死に切れない――
「いただきます」
「いただきまーすっ!」
――愛すべき妹との、団欒なんぞから。




