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メメントモリオ!!!!  作者: 殻半ひよこ
【第一章(#010) タイムカプセル】
4/81

004→【一回目、死神様との出会い/七月十九日、十回目の朝】



     《1》


 それは、これからおよそ十時間後くらいに起こった話。

 ……もしくは。

 まだ、一度も起こっていない話。

 俺自身、いまだきちんと理解出来ているとは言い難いこのワンデイループな状況は、こういう声から始まったのだ


『ぱんぱかっぱーーーーん!』


 勿論、意味などまるでわからなかった。

 だってそうだろう。

 どこにでもいるごく平凡な男子高校生、相楽杜夫が培った十七年の人生経験をどうひっくり返しても、“所帯じみた六畳間に突然ワープし、煎餅布団の上で着物童女に迎えられる”なんて将来予想はまったくない。

 

『よう来たの! しかと聞け! おぬしは今しがた、死にました!』

『……はい?』

 

 混乱する頭で、どうにか一番大切なことを思い出す……ここに来る、直前の出来事を。

 即ち。十七歳の夏休み、開始の初日、終業式後の足跡だ。

 中庭でダベろうぜ、という悪友の誘いをなんとなく嫌な予感がしてかわし、帰宅部として町をぶらぶらと散策、近々の夏祭りの手伝いやら不測の事態に困っている商店街で知り合いなんかを助けて過ごし、それなりに充実した一日を過ごした……後での、締めの時間。


 休憩がてら、何百年前にとある事件があって出来た、というオゴソカないわれのある溜池公園で夕日の映る水面を眺めていたら、寄りかかった柵が壊れて、そのままドボンと——

 

『人にはそれぞれ定められし生の期限、すなわち寿命が存在する! 誕生より十七年後の七月十九日にこの世を去るのが、相楽杜夫よ、おぬしの変えられぬ運命であった!』


 本来あまりにも胡散臭い、辻占いに言われようものなら絶対に信じないだろうその言葉は、何故だろう、この相手の言葉は疑わなくていいものだと、ごく自然に理解していた。


『だがな、喜べ! おぬしはなんと――このワシ、現世に迷う死者の魂をあの世へ導く、有難ーく尊ーくとっても偉ーい、そして何よりぷりてぃな、南河市担当の死神様が、閻魔様より業務を仰せ付かって459年目初めての死者であるっ!』


 何を喜べばいいのか。キリのいい番号ゲットか。送迎担当がかわいい童女であることか。


『それを祝しだな、おぬしには二つの特権を与えようぞ!』


 生き返れるのかと問えば、死神童女は『当たりと外れの半々よ』と答える。


『言ったであろ。人の寿命は決まった定めじゃ。ワシは死の神であり、死を是とするもの。(せい)の理を具現するものにして、生なきものである。それを破り冒涜する魂反(たまがえ)しなど以ての外、そのような道に外れた魔の術を、持ち合わせとるわけなかろうが』


 死を司り、死を尊重するもの。

 ならば、その神が与える『特権』とは。


『モリオよ。おぬしが過ごした今日、命日の、その結果を知りたくはないか』


 六畳間にあった、旧時代の幽霊みたいな正方形で分厚い……確か、ブラウン管テレビ、というやつが、ひとりでに点灯した。

 そこに映し出されたものは、寂しいにも程がある映像だった。


 そこはどうやら、俺が生まれてからずっと使ってきた家の部屋なのだが、どうやらと推測するしかないほど取っ払われている。

 何も無い。私物が処分され、綺麗さっぱり面影を消され、そこに一年前相良杜夫という人間がいたという痕跡など感じ取れやしない空き部屋、無色の空間があるのみだった。


『これぞ【死神テレビ・忌野(いまわの)チャンネル】。そこに映し出されたのはな、本来、死神だけが見ることの叶う【或る死より先の時間】――おぬしが今見たものこそは、【“なんとなくいつものような活動で命日を過ごした相良杜夫”の一周忌】じゃ』

 

 原理も何も馬鹿馬鹿しい。疑いなんてぶっ飛んだ。

 そんなどうでもいいことを考える余裕は、今しがた見た風景の寒々しさに消え去った。


『【己が死後の世界の確認】。一つ目の特権、楽しんでもらえたかの? そうそうおらんぞ、これを見られる人間は。二〇〇〇年以降亡者の案内も近代的(しすてまちっく)になったでな。死後一年も現世に留まれる霊魂は珍しい。その証拠に近頃、心霊特番も減ったじゃろ?』

 

 軽口も耳に入らないぐらい、ショックがでかい。わかっていたつもりのことを、心の何処かで他人事に考えていた自分が、情けなくて、後ろめたくて、脱力感が溢れてならない。


【人は死ぬ。そのときは絶対に来るとしても、別に今日じゃない】。

 そんな考えかたこそ何よりの不幸なのだと、相良杜夫は知っているはずなのに。


『誰でもそうよ。間違えたって思いやせん――自らが永遠に生くるなど。死ぬことはない、などと。けれど、同時に思い出しもしない。知りながら忘れて生きる。そうせねば、生きるということは、その責と荷はあまりに重い。その重さに、身動きすらも取れなくなろう』

 

 命は、愚かであらばこそ生きられている、生きることが出来るのだと――老いとも死とも、まるで縁遠い童女の姿の死神が語る。


『死を抱え、死と別たれず、死に瀕し。誰も彼もがとぼけたように、果てを見ずして先を見る。彼方に待つ避け得ぬ断崖から意識を逸らし、精々が目の前だけの、足場を確かめ生きている』


 その口調に、皮肉の色が混じり始める。純真の奥から、毒々しさが滲み出てくる。


『人は愚かだ。だが賢い。外れぬ枷をつけたまま幸福になろうと思うなら、枷自体を無視してしまうのが一番よい。伸びる鎖をどれだけ軽く出来るかに、生の希望がかかっている』


 悲哀を知る声。滑稽な足掻きを、その事情を童女は笑みで肯定する。


『モリオよ。おぬしに委ねる二つ目の特権が、それだ』


 一つ目が、積み重ねる時間をすっ飛ばした【成果の確認】。

 ならば、その対になるものは。


『未練を浮かべたな。何の自覚もなきまま過ごした最期の日に、その目、不満を覚えたな? よかろう。我は死の影、逝を司りし神の権能をもってして、この南河の地に於いて、おぬしに“機会”を与えよう』


 その手の中に、象徴。

 小柄さと異相が際立つ大鎌が、いつのまにか握られている。


『これより自らの命日、七月十九日を、心行くまで死に(めぐ)れ。訪れる死を自覚し、ここが切れ目と認めることで、その生命を絞り出せ。一滴(ひとしずく)まで使い切れ』


 訪れる制限時間(タイムリミット)。実現を証明されながら、いつ至るのか曖昧な幻ではなく、今そこにある、もうすぐに来る確約された終了までの距離を、果たしてどう過ごすのか。

 

『死を想え、相良杜夫。そして、己にとって最高の、一片の悔いなき最期を迎えよ。この死神の、心籠った贈り物――存分に悩み、迷い、右往左往し、楽しませるがよい、人間』

 

 そうして、大鎌の刃でなく柄の尻で突かれ、次の瞬間俺は、七月十九日の朝にいた。

 それが初めての死に直し。世にも奇妙で摩訶不思議な“二度目の最期の一日”を、相良杜夫は勝手もわからず……ついでにいえば変わり映えなく、未練たっぷりに失敗したのだった。


     《1》


 ——以上が、七月十九日(×10)までの経緯。

 つまり、今ここにいる俺こそは、七月十九日・朝の玄人。世界で誰より命日を体験した、命日の達人。

 そんじょそこらの素人には出来ない、有意義な命日の朝、時間の使い方とは何か?

 それをこれからお見せしよう。

 ライツ、カメラ、アクション。


「……………………何してんの、兄貴」

「やあ。おはよう。真尋(まひろ)


 親愛なる妹の怪訝なる視線に、俺は朝の爽やかさを三割増にする清々しき笑みを返す。


「お兄ちゃんは見ての通りだ。ほら、今日から夏休みだろ? 夢ひろがる約四十日間を迎える前に、禊を済ませておこうと思ってね」


 砂糖たっぷりのホットミルクを飲みつつ示すのは、マイルームの机に置かれた初期化処理中のノートパソコン、並びに、神聖な門出がために行われた飾り物の数々である。


「親父に頼み込んで型落ちを譲って貰って以来、こいつとは俺の知見を広げる電子の海の大冒険の数々を行ってきた。あまりにも名残惜しいが、これからの時期、俺は一緒にいてはならないんだ。そこで、どうだ真尋。もし望むなら、お前がこいつの新しい主人となって」

「いらねーよそんなイカくさいモン」


 ホットミルクもアイスになりそうな吹雪の眼差し。真夏に涼しい冷水みたいな塩対応。


「要するに受験の時期に邪念促進の塊が傍にあると手がペンじゃないもん握りそうで困るってことだろ? あたしも中三だし、兄貴のそういうノリ結構マジでしんどいんだよね。あたしの部屋も隣の部屋だからさ、ウチの壁結構薄いし、聞こえてんの、色々ずっと。このシコ猿」


 年近い妹は痛罵の限りを尽くしたのち、「はーくだんねー。こいつ一生童貞だわ」とあくびしながら階下へと降りていく。

 その半ばほどで、ぼそっと、しかし確実に聞こえる程度の音量で、俺は呟く。


「――人の愛を笑うんじゃねえよ、男子のオカズにもなれない色気欠乏ド貧乳」


 猛烈に廊下を走ってくる音が聞こえたので、早急に扉と鍵を閉め籠城の構えを取った。

 まもなく乱打される扉、今にもブッ壊れんばかりの衝撃。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 自分が調子に乗ってましたおふざけが過ぎました言っていいことと悪いことがありましたっ!」

「うるせえいいからここ開けろやッ今すぐあたしがブッ殺してやるからツラ見せろ!」


 ここで豆知識!

 我が妹は県外の有名スポーツ進学校から推薦の誘いが来るほどの空手部エースで、普段の男勝り、というかあまりにベリーストロングな言動が相俟って学校中の男子からは女扱いされないどころか猛獣(アンタッチャブル)扱いされているらしいゾ!

 ビースト!!!!


「おっかしいだろなんであたしより弱いヤツがモテてんのにあたしが全ッ然モテねえんだよ理屈にあわねえだろそんなの動物的に考えてッ! なにがゆるふわだカールだフリルだリボンだツインテールだ! おまえらがちやほやしてる姫なんざなあ、あたしなら二秒で瞬殺だっつうんだよぉおおおぉおおおおおッッッッ!」


 溢れる青春、JCオーラ。長い人生の中で一時しか持ち得ない特権的な輝き、特別な女子力の全てをありふれた暴力に置き換えた悲しきモンスターが扉の向こうで慟哭する。


「落ち着け真尋! 非モテの暗黒面に飲まれてはいけない!」

「あァッ!?」

「恐れるな! モテない自分を憐れむな! 大丈夫、お前は十分に魅力的だ! いやごめん間違えた魅力じゃなくて強力だった! お前は強力な人間兵器だ、その方面で需要がある! おまえなら立派な霊長類最強になれる! 王座と膜、いっちょ頑強に守っていこうぜッ!」


 一時収まった衝撃が数倍の威力で再開する。

 抵抗空しくまもなく扉が破られる。

 飛び掛かってくる猛獣、いやさ魔人に成す術なく、俺は乙女のごとき悲鳴をあげた。



    ●○◎○●



「――ふむ。しかし、そうか」


 ひとしきり、向こうの気の済むまでじゃれあいが終わった後、窓を開けた台風の日みたいになった部屋を片付けてから、俺もまた一階に降りる。


「部屋は開けて大袈裟に飾って、ついでに廊下と洗面所には、これ見よがしに手書きのチラシ。()()()()()()に仕込んでおけば――朝、あいつが無視せず構ってくれるんだな」


 一人の居間はやたら広い。仕事の虫な親父は昨日も泊りだし、真尋も部の朝練で先に出た。怒りのままに食い散らかされ放置された食器はまさしく台風一過の一言で、どうやらこの片付けは俺がしていかにゃならんらしい。


 ま、これもついでだ。今更ひとつふたつの追加がなんだ。いいぞいいぞドンとこい。

 何しろ。俺の今日一日ってば、“後片付け”の為にあるようなもんだしね。

 

 朝食、雑事をやっつけて、通学までは三十分、いつものようにノートを開く。

 といっても、今朝始めた、七月十九日限定の習慣だが。


「さてさてさてっと。とりあえずここまでは順調として」


 九回分の累積と発見。事項の整理、思考の体操、それも兼ねてのひとまとめ。

 白紙の上に並んでいく――【相楽杜夫が、死ぬ前にやるべきこと】。【何回目の、何番目に気付いたか】の順に、上から下へ。朝のうちに終わらせられた項目には、チェックを入れて。


 ぴっ、ぴっ、ぴっ、と、採点のように線を弾いていく中、やはり取り立てて目を引くのは、さっき終わった【④:1 ノートパソコン初期化。死んだ後見られるとかマジ恥晒しで死にきれない】――そして、念願叶った、初成功。

【①:2 朝、自然に真尋と話す。出来るだけ馬鹿馬鹿しく、いつも通りに】。


「どこまでおっかなくなるんだかなあ、あいつ。お兄ちゃん、楽しみで心配です」


 花丸つけて、受けた拳の痛みに笑って、セットされた、スマートフォンのアラームを聞く。


「……うっし。じゃあ、今回も、未練潰しといきますかね」


 そうして一人、家を出る――七月十九日、十回目となる通学。

 天気予報は圧巻の、全時間降水確率0パーセント。

 夕立の気配も忍び寄れない青空を見上げながら、俺はこれまでの四年間、ずっと無関係だった番号をスマホで打ち込む。

 三つ分のコールの後、その向こうに繋がった。


『はい。向井(むかい)小学校、職員室です』

「どうも、お世話になっております。私、四年二組に在籍する千波岬の従兄弟なのですが、担任の先生は御在室でしょうか? 急を要する話があり、連絡させて頂きました」


 嘘八百に口八丁、空の方便並べても、やらなきゃならないことがある。

 一日は短くて、どれだけ今日をやり直せるとしても、今日までのことは変えられない。

 そんな状態、死ぬ前に片付けたい未練を、全部全部晴らす為には――とりあえず、形振りとか、多少の反則には、悪いが構ってらんないよね。


『もしもし、御電話変わりました。千波岬ちゃんの担任をしております、栗栖(くるす)ですが。すいません、御話の前に、従兄弟様の御名前のほうをお伺いさせて頂いても、』

「ああ先生、どれだけ猶予があるのかが私にもわからないので率直に言いますが。今、岬がクラスでイジメにあっていて、『今日晴れたら屋上から飛び降りて死のう』とまで考えるほど、激しく思い詰めていることは御承知でしたか?」


 息を飲み、凍り付く気配。

 ……うん、出だしは掴んだ。ここからが本題だ。

 この後の話の展開、どうやってあの子が周りに一切打ち明けず我慢し続けていた現状を、俺にもほとんど情報がない状態から朝の電話一本で認知させて、周囲に改善させるのか――午後三時の屋上に、彼女を昇らせないようにするのかを考えながら、俺は思い浮かべる項目、【⑨:3 千波岬ちゃん自殺阻止】を頭の中のペンで叩く。


「間違いありません。この間お盆の打ち合わせの時に、彼女の家にお邪魔して、あの子の部屋を見て、私はいくつかその確たる証拠を発見しております。そういった問題を専門に取り扱う弁護士の方にも相談をしたところ、これは裁判に持ち込めるだけのものであるとの御意見も頂き、準備を進めている最中です」

『…………ッ!』

「栗栖先生。岬の、学校でのことに、何か気付いたことのひとつでも、ございませんか?」


 証拠は挙がっている――そう言われて何も返せなければ、それこそ後にどう学校に、対応に当たっていた自分に悪影響を及ぼすかわからない。

 電話の向こうの彼は激しく狼狽し、


『い、いえ、はい、もちろん、そんな、い、イジメを、気付いてすらいなかったなど、そのようなことは、決して。え、えぇえぇ、はい、思い出しました、今! そういえば先日、夏休みに入る前に、岬ちゃんと何人かの生徒が、理科室で――』


 見つけた糸口を、慎重に、慎重に、切れないように、手繰る、撚る。

 デタラメとハッタリをほんの少しの真実で糊塗したスカスカのハリボテだけが、俺が手にした、難題をぶっ倒す唯一の武器。


「栗栖先生。岬はおそらく、昼過ぎには、昇降口以外のどこかから、校内へ入ろうとします」

『は、はい』

「それを見つけて、まず、彼女に――謝ってから、労ってから、力になると、支えてください。その時には、そうですね。武田先生もご一緒に。あの人の評判は、聞き及んでいますので」


 耳の中に、あの声がまだ、残っている。

 その顔を、覚えている。

 ――『なにもかも全部台無しの、すごい雨ならよかったのに』。


「他の誰が、嫌な奴が、どう思うかじゃなく。君が、君の嬉しさで、今日が晴れたことを、喜んで欲しい。そう、あの子に伝えてください」


 俺はまだ。彼女の、笑った顔を見れていない。それが、どうしても気になるのだ。



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