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メメントモリオ!!!!  作者: 殻半ひよこ
【第二章(#011) 合コン】
39/81

039→【兄妹】



「あんたさ。今、自分がどんな目してるか、わかってる?」

「……え」

「思ってもねえこと言うなよ。やさしい振りで誤魔化すなよ。なあ、あたしはそんなに頼りねえかよ。腕っぷしばっかどんだけ強くなっても、あたしなんてあんたにとって――気ぃ遣わずにはいられない、マトモに向き合いたくもない相手かよッ!」


 正面に立った真尋に、胸倉を掴まれる。

 ぐしゃぐしゃの顔。乱れた息。震える手、食い縛った歯――頬を伝って、零れる涙。


「なにが、たすかった、だ。ふざけんな。そんならもっと、うれしそうなツラしろよ。あのマンションでも、今でも、なあ、気付いてないのか? 兄貴、ずっと同じ顔してるんだぞ。わかるか? 今から死ぬって、そういう奴の顔なんだぞ!」

「母さんのこと、思い出すか?」


 思い切り、殴られた。

 今朝と違って、もう遮り隠すものもない――相手から自分へ、直接、伝えられる痛み。


「勘違いすんな、クソバカダメボンクラ兄貴ッ! あたしはあんたを、助けになんて来たんじゃねえ! あたしはあんたを――いつまで経っても立ち直んなくて、いつだって()()()()()()()()()()()()()()()ような腰抜けを、誰より先に殴りに来たんだッ!」

「――――真尋、」


「ふざけんな、ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなっ! お前、死ぬ気だったろ! あたしのこと助けて、あたしについての心配なくして、それを理由にする気だったろ! それでもう終わっていいと思ったんだろ!? だから、ああくそ、あのマンションの火事だって、絶対ぇそうだ、おまえが自分で起こしたんだ! あいつらの悪事もろとも、自分も終わるつもりだったんだろ!?」


 それは違う、そう言っても聴きはしない。真尋は、妹は今、ずっと、ずっとずっと、自分の中に溜まっていた鬱憤を、怒りを、不安を、心を、吐き出している。恐れず、怯まず、ぶつけている。

 向き合っている。

 俺がそうしていたように――おそらくは、真尋も避けていたことと、勇気を振り絞って。


「聞けよ、あたしな、いいか聞けよあたしはな! 相良真尋には叶える夢が二つある! いっこは、最高に素敵で優しくて強くて頼りがいのある相手と結ばれて、その結婚式で、どうか見たかって、バカ兄貴、あんたに中指立ててやることだ! あたしはこんなに立派にやってる、もう何の心配も無いし強くなった、支えてくれる相手もいる、これから先、何があっても負けないし乗り越えられる、だから、だからだからだからだから――――もう一回昔みたいに、おんなじ目線であたしとふざけてよ兄ちゃん、って絶対に言うんだよッ!」

 

 だから、と。

 もう一度、真尋は繰り返す。


「それまで、元気で、生きててよ。“死ぬのにもってこい”の日なんて、探さないでよ、兄ちゃん――」


 胸に顔を埋め、すすり泣く声を聞く。

 その身体を抱き締める権利を、俺は持たない。妹の望みを知りながら目を逸らし、涙と共に訴えられた願いにも応えてやれないバカ兄貴には。

 

「……真尋、俺は、」


「    見 つ け た    」


 声のほうに、揃って向く。

 電灯の薄い明かりを逆光に、男が一人、立っている。

 

「探したよ、真尋ちゃん。駄目じゃないか、二次会に行こうって言ったのに。一人でどこかに行っちゃあさ。君を連れて行かないと、僕があの人に怒られるのに」

「――桜庭、さん」


 不気味に立ち竦む姿を、真尋がそう呼んだ。

 芝生を踏み締め、桜庭……白城哉彦の傀儡、桜庭誠也が、音も無く近づいてくる。


「言ってたよね。強くなりたい、けど、それ以上に、大切な人に心配をかけない自分になりたいって。そのために、色々なことを知って、早く大人になりたいんだって。手伝ってあげる手伝ってあげる、Setsunaが、僕が、君に、君たちに、魔法をかけてあげる」

「…………、来るな、桜庭」

 

 真尋が構えを取る。その振る舞いの中に、もはや目の前の相手への尊敬も容赦も無い。

 

「もうあたしは、あんたらのことを知っている。Setsunaが金業と組んで悪巧みしてたことも、その後ろに黒幕がいたことも。そうそう、あんたの隠れ家だって燃えてるぞ」

「知ってるって? そ、そんなの――そんなのって、最高に都合がいいじゃないか!」

 

 そこで、真尋も、俺も、ようやく気付く。

 桜庭誠也の表情、だらしなく垂れた涎、鬼気迫る瞳――もうとっくに、こいつが正常ではないことが。

 

「一緒に行こう大丈夫だよ安心して任せるといい、だって僕もそうだったから。セーヤさんなら君たちのことも、僕を弟にしてくれたみたいに、立派な【妹】にしてくれるから」

「お、おまえ、」

「だめ?」

「ダメ――に、決まってんだろ、そんなの、」

「じゃあ仕方ない」


 言いながら桜庭が、


「わかんない子は、大人しくさせなきゃ」


 ズボンの後ろポケットから、


「いつもセーヤさんがしてるみたいに!」


 取り出したのは、


「え、」


 その瞬間。ケンカ――というより、人と戦い慣れている有段者の真尋が固まったのは、あまりにそれが予想外だったからだろう。

 けれど、俺は動けた。

 俺にとってそれは、怯むべき理由にはならなかったから。


 ただ、妙に落ち着いた、静かに、冷めた気分で。

 成程、こういうふうに帳尻が合うんだな、と思いながら、


「ぱん」


 うっとりと、陶酔しながら引かれる引き金の前に、真尋を突き飛ばしつつ立ち塞がれた。

 惜しむらくは、まだ奴のご主人に打たれた麻酔が効いているせいで、立ち上がりかたが中途半端な具合になってしまったせいか。


「——ぁ、」


 背の低い真尋の、肩辺りを狙った銃弾は、運悪く――或いは予定調和として、俺の左胸に直撃した。

 十回。繰り返してきた、感覚でわかる。

 それがもう、取り戻しようのない、取り返しのつかない、【死因】であることが。


「は? あぁもう何やってんだか、この邪魔は、」

「邪魔はッ!」


 見惚れるような踏み込み。

 突き出した左腕と引かれた右腕、その両方が、美しく連動し。

 正しく、揺るがぬ、正拳突き。


「テぇメエだあぁあぁああぁあッッッッ!」


 容赦なく急所、顔面を打ち抜かれた桜庭と、奴が持っていた拳銃が宙に舞う。


「どうした! おい君たち、何だ今の音はッ!」


 そこに通りがかった、福禄マンション火災の件で巡回していたらしい警察の二人が、錯乱した桜庭誠也を取り押さえる。

 それを見ながら俺は、ひとまず危険は去ったと安心する。


「この、バカ、兄貴!」


 だというのに、そいつと来たら未だに切羽詰まった顔で、倒れる俺を覗き込む。


「何考えてんだ、まだ麻酔も切れてねえくせにッ!」


 何考えてると聞かれたら、そりゃあもう論理と返す他に無い。

 もし、さっき。仮に真尋の身体が動いて、銃口を避けようとしても、桜庭が偶然命中させてしまう可能性はゼロではないが。

 今日は俺の命日だから。

 どちらかの命にしか(あた)れない一発の死が放たれる時、それは相楽杜夫に引き寄せられる。

 

 相楽真尋は、救われる。

 

「今日の無茶といいッ! 誰が、いつ、そんなことしろって頼んだッ! あたしはあんたに――ひでぇことばっかしてきたのにッ!」


 おいおい、これは異なことを。バカ兄貴に相応しい、頭の悪いバカ妹め。

 いつ頼んだか、だって?


「きらわれてても、たのまれなくたって、たすけるよ」

「っ、」

「おまえは、おれの、たいせつな、いもうとだからな」

「あたしも」


 手が握られる。

 熱が伝わる。


「素直になれなくて、ごめんなさい。ほんとうはずっと、大好きなんだよ、兄ちゃん」


 俺は祈る。

 ひとつだけ、願う。


 どうか。

 作り笑いでない、本当の笑顔を、この最期、妹に渡せていますように。



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