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メメントモリオ!!!!  作者: 殻半ひよこ
【第二章(#011) 合コン】
32/81

032→【白から黒へ】



「いや、さすがに華やかで面白いなあ、芸術大学は」


 ぼんやりとしていた意識が引き締まる。

 対面に座った彼が、感心したように言う。


「えっと、白城さんが通ってるのって……」

「県北、北峰大学院ですね。研究の分野のせいか校風か、或いは立地がしんどい坂の上だからでしょうか、外部からの来客なんて滅多に無いし、もっともっと地味で、寂しいぐらい静かですよ」


「憧れちゃいます?」

「ふふ。素敵だとは思いますが、そっちはどうかな。私は控えめな性格なので、自分の研究に没頭出来る環境のほうが性に合ってます。こう、明るくて賑やかなところに来ると、なんとなく萎縮しちゃうんですよ、どうしても。自分なんかがこんなところにいてもいいのか、畏れ多いって思えてならなくて」


 頬を掻きながら「お恥ずかしい」と苦笑する白城さんだったが、「あ、いや」と慌てて、


「大丈夫ですよ、人付き合い自体が嫌いなわけじゃありませんからっ。現に、フィールドワークで大学の近くの村の子たちとも仲良くなりましたし! 中には一人特に気難しい子がいましたけれど、今では悩み相談を聞かせて貰えるぐらいの関係ですよ!」


 どうだ、とばかりに胸を張りガッツポーズ。取り立ててツッコんだわけでもないのにこの弁解とドヤ顔、ううむこれはある種のコンプレックスをこじらせているのだろうなあ、ということに薄々勘付くが、取り立てて追及することでもない。これもまたマナー。


「――そうだ、白城さん。先程は助け舟、ありがとうございました」


 深々と頭を下げる。


「シャルロットさんに問い詰められた時、あの援護が無かったら、きっと説得は頓挫してた」

「何を仰いますか。礼が必要なのはこちらのほうです。不埒な寄り合いを阻止したいのは私とて同じでしたし、それに、あの程度の助力が本当に役立っていたかどうか。そもそも彼女自身、Setsunaと金業の企みを阻止するよう、とうに動いていたではないですか」

「いえ」


 俺は知っている。

 それでは、()()()()()()


 シャルロットさんが、すべての()()()()()に、【桜庭組織】の活動への対策、抵抗介入を同じように行っていたとしても、そのままでは届いていなかった。だからこそ、相楽真尋はこの日まんまと合コン終わりの二次会へ誘い出される。

 二手――場を制する要素と、その後のカバーが足りない。主導権の奪い合いに負け、保護の目からも外されてしまった。


 前者だけならば、確かに白城さんの言った通り、大銀河流星丸こと山田ソロモンが現場に着弾した時点で叶ったのだろう。まんまと人の妹をお持ち帰りしてくれようとしてくれやがった“セーヤさん”の吠え面が見れなかったのは誠に残念だが、とりあえずは一勝だ。


 問題は、俺たちの状況が【何回勝利されようと、相手はどこかで一敗さえさせればいい】という不公平なものであること。

 今日の合コンを潰しても、たとえば連絡先でも交換し、丁度いい夏休みのどこかで連れ出され、連れていかれて、……家族が減って気の沈んだところにつけこまれたなら、真尋はおそらく、多少の違いこそあれどまた()()()()()()になる。


 そうはさせない。

 俺の目的はあくまでも、相楽真尋の今日以降、“これから”を守ること――その為にはやはり、説得が段階を進め、あのタイミングでシャルロットさんに【桜庭組織】そのものへの攻勢にまで着手して貰うのがベストだった。


 連中には、絶対の信頼を置く隠れ家がある。

 その情報の入手が、どういうふうに変化を齎すのかは――こればかりは、結果が出なければわからない。


「囲碁や将棋と同じです。ここで指した一手が、今は些細に見えても、後に大局へ影響を及ぼす布石になることもある。あなたがしてくれたことは、そういう類のファインプレーですよ、白城さん」


 グッジョブ、と親指立てる(サムズアップ)

 白城さんはいまいちぴんとこなさそうに照れ臭そうに頬を掻き、


「あ、じゃあ佐藤さん。ごほうびってわけではないんですが、ひとつ、尋ねていいですか?」

「おお、どうぞどうぞ。俺で答えられることならそりゃもうなんでも言いますよ」

「さっきのメール、どんなことを書いたんです?」

「ンぬっふッ!」


 来るねえ!

 出逢いの時からそうだったけど、なんだかんだグイグイ踏み込んでくるタイプだよねえ白城さん!

 くそう、話逸らせたと思ったのに!


「ど、ど、どうしてそんなつまんないことを? もっとこう、他に有用な質問があるんじゃないのかなー、なんて!」

「いえいえいいえ、つまらなくなどありません! 如何な名文があのシャルロット嬢から、あそこまでの魅力的笑顔を引き出したのか――それが私の、当座最も優先される興味でして!」


 きらきらと輝く眼差しの純朴さ、どうやら嘘は見当たらない。


「人の行動と感情、即ち文化を形作る根源に対する好奇心こそ、この世に生まれ落ちてよりの我が性分! 民俗学を専攻したのも、これが一番自分の性癖に合致していると考えた故であります!」


 声はでかいし距離も近い。これはもう完全に彼の間合いで、いよいよ以て刃先を逸らせぬ。観念。


「あー……まあ、その」

「その?」

「大したこっちゃあないですが。……シャルロットさんの、思い違いなお悩みの解決なんぞを、ひとつ」


 先程送信したメールを見せる。

 タイトルは【来週、楽しみにしててください】。

 添付された画像は――実に傑作。

 彼女お気に入りのキャラクターのグッズをファンシーショップで選別する、弟の姿だ。


「残念ながら名文じゃないし、反則っつーか、マナー違反なんですが。あそこまで協力してもらって、こっちが切れる札を出し惜しむのは失礼かと」

「……ふむ。文面からして、明日、彼女のお祝いがあるんですね?」


 お察しの通り。

 山田シャルロットさんは今度、二十歳の誕生日を迎える。この写真はその日の為の、プレゼント買い出しの一幕である。


 ちなみにこの買い物への同伴、言い出したのは本人からだ。なんであろうと歯に衣着せないあの野郎が珍しく、言い出し辛そうにモジモジしてると思ったら――『一人で行くのは恥ずかしいので付き添ってくれ』と来たもんだ。

 それが面白すぎて、あんまりにも真剣なもんで、ついつい一枚撮ってしまった。


「血の繋がった姉弟(きょうだい)でも、それでもやっぱり他人は他人だ。心の全部は読めないし、成長すればいくらでも変わる。――だからっつってね、シャルロットさんも、ともすりゃあ長女のフローラさんだって、さすがにそりゃあ卑下でしょう」

「卑下?」

「自分たちがやってきたこと。与えたモノに、その気持ち。いっくら奴が、俺とタメ張る阿呆でも――愛情全方位無差別掃射なやり方がどうにもこうにも苦手でも。本当に大事なことを忘れたり間違ったりするような育て方をしてないってことぐらい、本当に嫌われるわけがないってことぐらい、自信を持ってもいいでしょうにねえ」


 笑う。愉快で、嬉しくて、笑う。

 そうだ。

 あの人たちが、そんなふうに育ててくれたからこそ、俺とあいつは出逢った。


「――いい顔ですね、佐藤さん」

「うぇ、そ、そうですか?」


 その微笑みが、なんとなく恥ずかしくて、自分の顔をもにもにと揉む。


「……って、あ、あぁぁしまった! よく考えれば、そうですよ白城さん!」

「ん?」

「白城さんの目的は、Setsunaの合コンに参加している妹さんを助けて、桜庭誠也にガツンとかましてやることだったんでしょう? だったらここからは、俺とよりシャルロットさんに付いて行って、合コン終わりを追跡する班に混ぜて貰ったほうがよかったんじゃ……」


 今からでも遅くはない。先程交換した連絡先をさっそく有効活用しようと操作し、


「いいえ」


 手に手を重ねて、止められた。


「御心配をおかけしましたね。でも大丈夫。大丈夫なんですよ、佐藤さん」

「……え?」

「私に妹はいませんし。あのつまらない男の顔面は、とっくに殴り飽いてますから」


 耳から入った情報を、頭が吟味しようとした瞬間に、揺れが来た。

 一切、抵抗も出来ずに机に突っ伏す。


 あれ。なんだろう、おかしいな。

 急に、すげえ、眠い。

 今さっき、コーヒーも飲んだばっかりなのに。


「駄目ですよ。たった数時間前に出逢ったばかりの、信頼すべきかどうかも分からない相手に渡された食べ物を、簡単に口に入れちゃあ」


 そいつは。

 何か、白い、粒……粉、の入った、包みを、ふらふらと、ゆらゆらと、これ見よがしに、からかうように、


「おめでとう。あなたは見事、先んじた。今回の収穫は、残念ながら虫に食われて台無しだ。せっかく入念に下準備をして、外堀を埋め、周囲の友人から取り込んで誘わせて――相楽真尋ちゃんっていう、実に元気で生意気で、魅力的な子をようやく引き摺り出したのに。一年かけてじっくりと、あの子を私の【妹】に仕立てる手順(プラン)に、胸躍らせていたというのに」

「おまえ、が、ま、さか、」

「けれどね、私は嬉しいんです。胸躍っているんですよ、佐藤さん。何故かって?」


 逆光。

 太陽を背に、その表情が隠される。

 その光景が、脳裏で重なる。

 顔の見えなかった相手。

 こいつだけは、と誓った敵。


「君を【弟】にするほうが、ずっと有益で、面倒で――面白そうじゃあないか」


 押さえ付けられるように瞼が落ちる。

 その直前。

 最後、パフォーマンスのピエロと彫金の髭面が白城哉彦の合図でこちらに向かってきていることを確認してから、俺は意識を失った。



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