029→【白城哉彦の根拠】
「――そのやりとりは、結構、きゅんと来るけれど。でも、それとこれとは、別問題だね」
自分たちの会話に割って入ってきた優男を、シャルロットさんはじろりと睨みつける。
「何が言いたいの? 民俗学の院生さん」
「簡単な話です。連中になく、僕たちが持つ優位性――我々の勝利は十分に現実的である、と言っています」
「……ふうん。その根拠を聞かせてくれるかな」
「では、まずあなたの杞憂を解体しましょう」
注文していたアイスティーを、殊更に余裕を見せつけるように、白城さんは飲む。
「そもそも、逆です。あなたはこの状況、弟と佐藤さんが、恐るべき危機へ不用意に踏み込んだと見た。だが、実際は違う。聞けば、その弟さんも、そしてこの佐藤さんも、強烈な【個】を持っています。これは、大変稀有で、そして愉快な才能だ。……ところで姫よ。およそ集団というモノにとって、最も警戒すべき致命的な【敵】とは、一体なんだと思います?」
「……そんなの。自分たちの規模、勢力を上回る相手に決まってる」
「だとすれば、まだしもマシなのでしょうがね」
肩を竦めて首を振り、白城哉彦は、飄々と解答する。
「正解は“新陳代謝”ですよ。どれほど大掛かりな組織であっても、否、大きければ大きいほど、そこにいる全員が図体挙動の決定権を持ち合わせることはない。意向を全体に反映させる頭脳が必ず存在しなければならない。そうでなければそれは到底組織と呼べるモノではないし、その発信源があるからこそ【鮮烈な個】は、【集団】の挙動を制し得る」
白城さんの説明に、シャルロットさんは何かを察し、爪を噛む。
「【空気の支配】。内部に紛れ込んだ異分子による決定権の奪取。そういうこと?」
「はい。先程、路地にて私を恫喝してきた金業の連中を、佐藤さんは鮮やかに手玉に取って見せた。そして聞いた限り、Setsunaとは有能なリーダーの采配に依存するところ大な、右に倣えの集団――そんなところに投じられた彼や、あなたの個性的な弟君は、まさに劇薬。乗り込んだ会場で必ずや嵐を起こし、さぞかし楽しんでいるだろうと推測しますね」
シャルロットさんが言葉に詰まった、その時だった。
彼女が机に置いていたスマホから、電話の着信音が鳴り響いた。
「どうぞ」
「……もしもし、」
『や、や、やべーっすよ姫ぇぇぇぇぇっ!』
スピーカーにもしていないのに、大声過ぎてこっちにまで聞こえた。
「もしもし、椛島ちゃん? どうしたの、取材、どんなふうになった?」
『そぉれどころじゃありませんって!』
相手が興奮しすぎていて、声がでか過ぎる。シャルロットさんはスマホから耳を離し、こちらを確認した後、机の上でスピーカーに切り替えた。
「始まってからの定時連絡もなかったよね? ぼく、すっごい心配したんだよ?」
『あ、す、すいません、忘れてました!』
「……忘れた? ぼくの“お願い”を?」
文面だけ見るなら傲慢と威圧。だが、実際にそれを口にした本人に『そんなはずは』という疑問の色こそが強い。
『今回のSetsunaの合コンッ! めちゃくちゃな中学生が紛れ込んでたんです!』
――合コン。
――中坊。
聞こえてきた単語から、俺は思わず一人の人物をイメージし、
「も、もしかしてそれ、まひ、」
『大銀河流星丸とかって本名なワケない偽名のホストしか見えないオモシロパツキンです!』
「「ぐっふぅぅぅうぅッ!」」
俺とシャルロットさんが、絶対に、問答無用で、同じ顔を思い浮かべて唸った。
や、やや、山田ぁぁぁぁっ!
センス!
偽名の、センス!




