028→【山田シャルロットの不安】
《10》
「実際、お上手な対比ってワケさ」
ずずず。彼女が啜るクリームソーダが、午後の日差しを照り返してきらめいた。
「あのSetsunaくんたちみたいな、キラキラ☆セーシュン☆マッサイチューッ☆ 的なグループがいるときぃ、そこにいっちばん必要なのって、なんだと思う?」
質問に素早く白城さんが挙手する。
「はいっ! 自分は、やはり苦楽を共にし、酸いも甘いも分かち合う、仲間なのではなかろうかとッ!」
「お、いいねいいねー! それが北峰の院生さんの解答ねー! んじゃ、モリ――じゃなかった、サトちゃんは?」
「——俺は……」
思考の伸ばし方としては、外道だ。
常識を積み重ねて捏ね回す真っ当な推測ではなく、先の言葉の意図、“今ここでこのように出題された”という事実から、裏を読む。
「敵である、と思います」
「にひ」
シャルロットさんが、追加注文のアイスに刺さっていたウエハースを齧る、
「そうだよそうだよ、そうなのだーっ☆ カナさん惜しい、サトちゃん正解っ! 集団っていうのはね、これがすっごく面白いんだけどっ、互いの顔を見つめ合って身内でお手々を繋ぐより、皆で一緒にお外を向いておんなじ邪魔に刃物を振ってるときのほうが、ずぅぅっと強固に結束でーきちゃうーんだーっ! きゃっははははははッ!」
大袈裟なリアクションに、ツインテールもぶんぶん動く。
「そりゃそうだよねえ。チラ見程度で済ませてれば、相手の深いトコ駄目なトコ嫌なトコ、癪に障るトコ到底受け要れられないトコもスルーできちゃうし……仮にムカつきが溜まったって、コミュニティの外で発散できれば、寛容ゲージがスキッとリセットできちゃうもん」
「……それが、つまり」
「Setsunaにとっての金業。金業にとってのSetsunaだね」
理解が広がると共に、どす黒い気持ちが潮のように満ちてくる。
「サトちゃんが身を挺して調べた通り。彼らのうち、少なくとも一般のメンバーは、自分たちが同じ根っこで繋がっていることを知らない。まあ、にわかには信じ難いヨネー。とびきりイケてるみんなの友達リア充グループSetsunaと、誰もが顔をしかめる無法者ズの金業が、その実、同じリーダーが創り上げたものだったなんてサ!」
「――桜庭、誠也。Setsunaの代表が。南河を荒らす悪党集団、金業の頭でもあるってことですよね」
「甘酸っぱい合コンはともかく、金業のキナ臭い集会には滅多に顔を出さないし、いつもゴッテゴテのメイクで変装してるらしいけどね。万が一正体がバレたら色々と不都合だろうし」
シャルロットさんは、二連に繋がったサクランボをくるくると舌で回す。
「Setsunaと金業は、互いのモチベーションと名目を継続すべく表向き相反しながら、しかして共通の源泉を持つ。金業がSetsunaの良き“的”である為には、その勢力、悪逆、無法、敵性は、確かに保証されていなければならない。敵役がショボくっちゃあ、ヒーローの活躍が盛り上がらないもんなあ?」
「……反対に、Setsunaもまた、はぐれ者たちの群れである金業から見て、とことんまでにいけすかない、社会の正道を歩き肯定される青春を満喫すべきものであらばこそ、そこに明確な反発が発生する。……これって」
「うん。二つの組織の間に行われているのは、実に壮大でご苦労様なマッチポンプだね」
意地悪く。不幸をスリルと楽しむように彼女は笑う。
「取り分け、自分たちとの抗争によらない場合。たとえば、金業に対してナメた真似を仕掛けてきた半端者へ、報復の鉄拳を振り下ろす例ならば。Setsunaの情報網・影響力・資金を初めとする兵站は、下部の兵隊には出所が伝わらない形で潤沢に提供される。で、反対に」
「金業は、Setsunaの活動を妨げる邪魔を、与していると悟られない形で強制排除し。また、レクリエーション・イベントで彼らが調達した“人材”を加工し、決してSetsunaとは結び付かない、裏のルートから出荷する」
「あははははっ。社会そのものみたいに、うまく出来てると思わない? ね、サトちゃん」
――真昼に、星を見るような、眩暈がした。
乱雑なリビング、
粗雑な笑い声、
膝抱える姿、
蹴倒され、
泣いた、
真尋。
『…………ごめん、なさい、兄貴……………』
「それで。この話を聞いて、きみは何がしたいの?」
その声で、十回目の死後から、十一回目の生前に引き戻された。
いきなり明るい場所に出て、目が痛い。
「言っとくけど、ぼくめっちゃ多忙なの。夏季休暇なのにウチの講師は今年に限って北峰の御山みたいな課題をくれてさ、服飾史の一万文字レポートに十着分のデザイン・ラフ、白芸大が提携した会社と協力しての実物制作をトータルコーディネートで二組、休み明けに提出しなくちゃなんない」
おもむろにツインテールをいじいじしつつ、
「それにほら、来月はアレ、年に二回のお祭りでしょ? たとえ悪魔が許しても、ぼくの誇りが絶対に、外道入稿を許さない。何としてでも七月中には、去年の夏から着手してる本分200P越えの魂と愛情込めた渾身の一作――【ぼくと弟の不適切な関係について・完結編】を描き上げなくちゃあなんないんだよ、初壁配置の栄誉に賭けてッ! 何より――禁じられた兄弟愛の行く末を見届けんと一年間全裸待機し続けてきた”ぼく弟沼”住人どもの為にッ!」
……あぁ、だから十三時まで、か。
化粧でカバーしてはいるがよくよく見れば目の下にうっすらクマ発見、どうやら彼女、少なくとも盆明けぐらいまではあまり長く日の下にいられない闇の眷属らしい。
「人生に、楽しくないことをしてる暇なんてないの。やりたいことだけやったとしても時間は全然足りなくて、いつでもひぃひぃ息が切れるし、ましてやそこに分不相応な予定をいれようものならターイヘン。下手すると、その失敗の後始末だけで、ずっとずっと後悔しながら、その後の全部を費やすことにもなっちゃうかもよ?」
「……シャルロットさん」
「モノも、時間も、失ってからじゃ、ぜーんぶ遅い。ねえ、サトちゃん。あなたにとって、あなたの実力で――Setsunaと金業は、その仕組みを作った首謀者は、手に負えるモノなのかな?」
その態度にあるのは、静かな怒り。
彼女も、おそらくフローラさんから聞いたのだろう。
Setsunaに、ひいては金業に――ケンカを売ってしまう目論みに、今、自らの弟が関係していることを。
「ぼくは弟が好きだ。きみっていうかけがえないトモダチが出来たのが、本当に嬉しい。その関係を守りたい。だから、答えてくれないか。桜庭誠也に対して、どういう勝算があるのか。もしそれに納得が出来なければ、ぼくは残念ながら手を貸せない。いや――申し訳ないけれど、あの子は怒るだろうけれど、きみたちをその状況から、無理矢理にでも遠ざけざるを得ない」
「……それはちょっと、些か過保護じゃありませんか?」
「ひゃは。きみもお兄ちゃんなのに不勉強だねえ。過保護じゃあないお姉ちゃんなんて、この世の中にいるもんかい」
軽口を叩きながら、目はまったく笑っていない。……フローラさんによく似てる表情。
彼女は本気で、納得できる答えが聞けなければこの状況を打ち切らせるつもりでいる。
「相手は組織だ。自分たちよりも多く、大きく、中心があるものと、無いものと、異なる性質のその二つに、一体、どのように対抗する?」
「ええ。それだからいいんじゃあないですか」
その横やりに、首が動いた。
「――白城、さん」
俺の声に視線を向けて。
彼は、ここは任せろ、というふうに、ウィンクをして見せた。




