027→【出会い頭に男同士をカップリングさせる女】
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薄暗がりの路地を脱し、繁華街を走る。急ぐ。
不測の事態に時間を食って、最早一刻の猶予も無い。
「佐藤さんは、どうしてSetsunaの闇合コンに乗り込もうと?」
道中白城さんに尋ねられ、俺の認識とジャストフィットな呼び方に、思わず吹き出しかけて答えた。
「こっちも、白城さんと似たようなモンです。妹が……なんだかこの頃様子が変だったから、まぁその、いくつか探りを入れまして。荷物を調べていたら、今日のイベントに参加することを知ったんです。……それで」
言うか言うまいか、一瞬迷い、結局口にした。
「Setsunaは有名なサークルですが、色々と良くない噂もある。さっきの連中、金業とも実は単なる敵対関係じゃないし――若者を狙った大人の犯罪グループなんかとの繋がり、とかね。白城さんは聞いたことありませんか、そういうことをやっている連中で、【セーヤ】って呼ばれてるヤツのこととか」
「――駄目だ。申し訳ない、私には覚えがありません。何分県北の、山の手の大学院で日夜研究漬けの身の上でして。世俗のことにはどうにも疎く、ああ、申し訳ないッ!」
歩道橋を駆け上がる。
民俗文化研究学科、というのはおそらく民俗学の分野なのだろうが、白城さんは足腰も肺も強い。ほぼ全速力で駆ける俺にぴったり付いてきて、まったく息も上らない。普段はフィールドワークとかで歩き回っているのかも。
「しかし、知りませんでした。妹からは、【Setsunaは社会的な信用もあるきちんとしたサークルで、お兄ちゃんが思っているような心配は何もない】と言われていたのですが――ああ、そんなところに行ってしまったなんて、あのイノシシ妹は……だからお兄ちゃんの忠告は素直に聞くものだよと言ったのに!」
その心配が顔を覗かせた瞬間、白城さんの走り方にムラが出始める。目に見えて速度が落ち、フラフラと危なっかしくなる。どうやらこの人、行動にはメンタルの影響がモロに出る。
「落ち着いてください、白城さん。今は、落ち込んでる余裕なんてありませんよ。俺たちがしっかりしないと、助けられるものも助からない」
「うぅぅぅ……す、すいません。頼りになりますね、佐藤様は……確か、今年で十七、でしたよね? 年下とはまるで思えない、羨ましい落ち着きだ」
「――はは、どうも。妹にはいっつもいっつも、口を酸っぱくして兄貴は落ち着けって言われてきたんですけどね」
「その……こういうのは失礼かもしれないのですが」
一瞬、躊躇するように、
「妹のことが、心配で、不安で、駄目にならないのですか、佐藤様は?」
何と答えたものか。
少なくとも、“今日の夜時点までは大丈夫”だと、結果を見て知っている――などとはとても、言えるわけがない。
「そこはね、どうにか。俺なんかハラハラするなんておこがましいほど立派で、嫌なことには全力で抵抗出来るぐらい腕も立ちますし――そもそも」
嘘を言う分。
別の真実で、説得力を持たせる。
「嫌われてるんですよ、妹には」
「え……」
「俺、昔から家でも外でも馬鹿ばっかりやってて、情けないトコばっかり見せてましたから。立派で尊敬出来るような兄貴じゃあなかった自覚はあります。友達が来てるときは部屋から出るなって言われますし、洗濯物も絶対一緒に洗わないってのは絶対の法律で、冷蔵庫のプリン間違えて食った日にはあばらへし折れるかってぐらい殴られたなあ」
恥を承知の告白に、しかし白城さんは何故か逆に目を輝かせ、星見るように言う。
「羨ましいです。随分と、妹さんに信頼されていらっしゃるんですね、佐藤さんは」
「……いや、いやいやいや。一体今の話のどこをどう解釈したらそんな具合になりますか?」
「それはもう、全部」
公園を横断する。転がってきたボールを蹴り返し、白城さんは礼を言う子供に手を振り返す。
「相手に本気で嫌われてもいいと思う人なんて、そういませんよ。肉親であれば尚更に、断ち切り難い縁がある。妹さんのそうした行動とはつまり【自分がどれだけ噛み付いても、この人は受け止めてくれる】という安心の表れだ。普段疎遠で、今回みたいに無視される僕からすれば、微笑ましいの一言に尽きる。……それと、これが肝心なんですが」
こちらの心を、見透かすような微笑み。
「嫌われていると仰いましたが。では佐藤さんも、妹さんのことが嫌いですか?」
「大好きに決まってるでしょう」
変わりかけの横断歩道を、全速力で駆け抜けた。
「あいつは、かわいくないところが最っ高にかわいいんです。ダメ兄貴のようにはなるまいって意地張ってるとこコミでね。むしろ、デレられたら困ります。これからも、俺なんかがいなくても立派にやれる、そんな妹でいてもらわないと」
そして、辿り着いた正門に飛び込む。
広場に至り三つ又の道を東、南河白鳥芸術大学名物、敷地内自由市場の一角、卒業生であり著名な建築デザイナーが出店する純白の喫茶店【Swan Song】のテラス席で、
「――――ありゃ」
一人の人物が、今まさに、スコーンの最後の一口を食べようとするところだった。
「……どうも、お美しいレディ。よろしければ、一杯奢らせて頂けませんか」
上がる息を堪えながらの格好つけは、不恰好にほどがある。。
だが、それがどうやらお気に召してくれたらしい。スコーンを皿に戻し、読みかけだった本を閉じ、ちら、と机の上のスマホで時間を確認する。
【13:00】。
「まあいっか。十六秒はサービスしよう。どうも事情があったらしいしね。まったくきみらしいなあ、連絡を受けた時は一人だって聞いてたんだけど、一体どうやって道すがらにトモダチなんか増やしたんだい、モリちゃ」
「どうも佐藤ですッ! まいったまいった、御無沙汰しすぎで名前も忘れかけられそうだったなあっ!」
机に手を付き発言を遮り、必死の形相で鬼気迫る笑みを浮かべる。
「……おっけーおっけー。なんか、大体把握しちゃったなー、ぼく」
察しの早さが有難い。
彼女はふう、と息を吐き、それから炎天下を全力疾走で汗だくになった俺と白城さんの間で素早く視線を往復させて、
「で、どっち受け?」
ドでっかいツインテールに、夏場にも関わらずフリル満載のピンクいワンピース、自らでデザインし市内の店舗とコラボレーションした特注の眼鏡。
南河白鳥芸術大学服飾演出学科三回生、山田シャルロット。
山田家次女、漫研サークル所属、腐女子。
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