024→【最少手数未練解体】
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「――ふう。よし、あの気難し屋にアポが取れたぞ、杜夫くん場所は構内、行きつけのカフェのテラス席。午後一時丁度までに来なければ、その時点で引き上げるとさ。大丈夫か?」
「はい。フローラさん、本当にありがとうございます。何から何までお世話になって」
「私の人生哲学、【イイ女を目指す】という矜持に則ったまでさ。ただ、そうだねえ。もしも感謝の気持ちがあるのなら――ソロモンに、『きみのお姉ちゃんはとっても親切でセクシーで羨ましいね!』と伝えてくれたまえ」
「あはは。それならもう、初めてあなたと会った時に伝えましたよ、フローラさん。あいつ、口ではなんだかんだ言いながらも、結構誇らしげでした」
「……よぉし。今日の写メは、ちょっとがんばって送っちゃおうかな、お姉ちゃん」
情報を貰い、細工を仕掛け、手筈を確認して、店を出る。
南河駅北口方面、真昼の繁華街は、ピーク時ほどではないにせよそれなりの往来があった。
スマホで確認すれば、【10:58】の表示。
――そろそろだ。避けては通れない、回り道の時間。
登録していた番号を呼び出し、落ち着くように深呼吸した。
「もしもし? どうも武中先生。お世話になっております、卒業生の、はい、杜夫です! 相楽杜夫! お馴染みヤマモリコンビの! ……ちょっとちょっと、やめてくださいよぉう! そぉんなんじゃないですって、俺だってあれからちゃあんと成長してるんですから!」
十回もの死に直し。
その途中で溜まった未練を、俺は毎回消化に務める。
それぞれ本来一日がかり、一回の死に直しを丸ごと費やして解決できる類の手強い問題で、あっちもこっちも同時には捌けない……しかし。
ちょっぴり反則な詰め込み方に、四回目で気がついた。
「それでですね。今日は少し、差し迫ったお願いがありまして。あらかじめ前置きしますが、冗談でも、悪戯でも、楽しい話でもありません、すみません。
……この後、十一時五分。裏門から入って、東校舎の、図工室資料倉庫の窓から、千波岬ちゃんが校内に侵入します」
命日丸々費やして攻略を実体験し、解決すべき問題の構造・原因・解決方法を把握した後でのみ可能となる効率化、【最少手数未練解体】。
たとえば。
ちーちゃん飛び降り未遂事件に関しては、こう。
重要なのはこの電話で、事前の連絡では効果が薄い。
直前のタイミングだからこそ、切迫があり、強度がある。
「目的は、自殺――の、フリです。今回は未遂ですが、重要なのはそこじゃあない」
前回。
俺と一緒にタイムカプセルを掘り出しながら、ちーちゃんはぎこちなくも、笑い話のように語ってくれた。俺と友達になって、少しでも、立ち向かう力を取り戻してくれていた。
「千波ちゃんは今、所属しているスイミングスクールで、成績の優秀さからいじめを受けています。ええ、間違いありません。武中先生も知ってるでしょ。俺、一応あそこのOBですよ。喘息が辛かった小学生のころの話ですけれど。この前、ふと思い立って、そういえばウチのスクールにあの有名な後輩がいるんだっけって見学に行って、その時現場を見ちまったんです」
けれど、今回。
これから正に校内に侵入しようとしている千波岬はまだ、自分を取り巻く孤独と排斥をはね退けられずに喘いでいる。
「まったく巧妙だ。千波ちゃんはね、武中先生。スイミングスクールのグループのSNSの中でだけ、徹底的に攻撃されていたんです。なのに、スクールに行く度に、皆はそんなことがなかったかのように振る舞う。親しげに、友達みたいに笑う。誰もが匿名で暴言を吐き、追い詰めておきながら、そんなのまるで夢だったみたいに」
画面を見せてもらった。
……それで合点もいった。あの時どうして、何故、山田のスマートフォンに、一種苛烈とも取れる敵意を見せたのかも。
「人は、笑顔の下で人を裏切る。その事実を刻み付けられた彼女は、もう、誰にもこれを相談出来なかった」
いつの間にか、プールに入るのが怖くなったと、彼女は言った。
【楽しいこと】を。
【一時の楽しさを味わうほど、後の苦しさが重くなる】としか感じられなくなった。
――それでも。
「それでも、まだ、手遅れじゃない」
彼女が、笛の音で飛び込むように躊躇無く、屋上の柵の、その向こうに落ちない限りは。
「これはSOSだ。誰も信じられなくても、何が味方かわからなくても、それでも千波ちゃんは、助けて欲しいと願っている。まだ生きたいと、本当は感じている。それを、支えてあげてください、武中先生。……母さんが亡くなって、どうしようもなく落ち込んでいた時の俺みたいに。まずは――慰めるより先に、叱ってください」
たとえば、人伝に。
同僚の先生から、千波岬を受け持つ担任から任せられた【武中先生】ならば、その面子や、様々な事情を慮って、優しく、包み込むように助けるだろう。
けれど。
直接自分が役割を得た全力のタケセンなら――まず、叱って、それから、抱き締める。
「いいですか。くれぐれも、甘えたい年頃だとか、辛いことがあったからだなんて、そういうふうに油断しないこと。今だって弱ってこそいても根っこのところは彼女、自分を追い詰めた連中に反撃してやるぞ、ってぐらいに思ってるんですから」
その光景はもう無い。
その関係は何処へと。
日差しの中で、二人話した。
友達として、夢を語った。
それをする相手は、是正される。
こんな、今日には死ぬ誰かではなく。夢を叶えたその未来で、笑いながら報告出来る恩師になる。
それはとても、幸せで、正しいことだ。
「叱って、撫でて、慰めて――その後は、そうだな。今のあの子に必要なのは、『明日には、どんな楽しいことがあるだろう』って期待が出来る希望ですから――一緒に、タイムカプセルでも埋めてやってくださいな」
『杜夫』
神妙な声。
卒業式でも、聞かなかった声。
「はい」
『ありがとう。任せてくれ』
「ありがとうございます。ちーちゃんを、お任せさせて頂きます」
電話は切れて、深く、深く、胸に詰まった息を吐く。
この委託の結果が、どう出るか――夕方か夜か、それを知れる余裕があればいい。
十一回目の俺には、今こちらで、解決しなければならないことが、この時も、止まることなく進んでいる。
「――おっし。行くか」
目的地への移動を再開、繁華街を歩きながら、フローラさんから得た情報を纏めたメモを確認する。
それだけで、先程の胸糞悪さが戻ってくる。
「……ああ、そうだ」
最低で最悪の既視感。
【Setsuna】の手口、【輝きの裏側】――その“使い分け”は、
「そっくりなんだ。ちーちゃんのケースと」
しらばっくれの自作自演。彼女を苦しめながら、落ち込んでいる彼女を慰めるように振る舞うことで、自分たちの評価を上げようとしていた、スイミングスクールの連中。
それと、同じことが、南河市――いや、Setsunaが活動する地域では起きている。
Setsunaが、【真っ当に活動し、ボランティアなども通じて称賛を受ける人気者グループ】である一方――その正反対と言える、【“正しいこと”に馴染めず、素行不良なはみ出し者たちのチーム】が勢力を増しながら対立し。Setsunaはそれに対する班も立ち上げ、その治安維持、自警めいた活動で、また更に支持を集めた。
その二つが、ちーちゃんの件と同じく、コインの表裏とするならば――
「――あ、」
信号待ちの横断歩道で、嫌なものが目に入る。
見るからに頼りない、また土地に不慣れな感じが丸出しな様子で、何かを探しているように、地元の奴なら誰もが避ける路地に入っていく男と、その後を追う、同じデザインのエンブレムをどこかしらに縫い付けた、派手に髪を脱色した三人組。
「……火を見るより、だよなあ、これ」
さて。
十一回目の現在、ただでさえ作業量は既にギッチギチなのに。
相楽杜夫はこれ以上、厄介な事情を抱え込んでいいものだろうか?
「うう……時間もやばいんだけどなあ……」
考える間は一呼吸分。
抱え直した鞄の重みが、ずしりと肩に食い込んだ。
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