022→【親友よりも悪い仲】
「……え?」
「ああ、そういう意味じゃないよ、杜夫? 僕は確かにあの人たちが、家から出て一人暮らしを始める程度には大の苦手だけれど、そういうことじゃない。それは理由じゃない。誤って受け取らないで欲しい。君には嫌われたくないからね」
姿勢を戻しながら、今しがた否定を吐いたのと同じ口で、舌の根も乾かぬうちに言う。
「杜夫。僕たちの関係はなんだい?」
「それは、……こんなこと面と向かって話すのはこっ恥ずかしいが、親友で、」
「違う。僕たちは、どこぞの健全サークルとは違う。仲良しこよしでなあなあの、愛想笑いはする気もない、都合の良さが最大原理の悪友だ。自分が乗り気になれないことはどんなことだろうと絶対にしないし、面白くないと思ったことに興味はないから手伝わない」
「頼む、山田。俺の話を、」
「特に。真意を隠したまま利用されるなんてのだけは、絶対に御免だ」
整った、非の打ちどころも無い美形。
それが俺を、笑いしかない顔で、見下ろしている。
「……はぁ? 真意? そりゃあ一体全体、何のことだ?」
「いいね。実に自然だ。目線はブレない仕草は正常、素っ頓狂で的外れな憶測に、心底呆気に取られているように見えて、発言を考え直し改める――僕以外の奴だったらね?」
「……」
「侮らないでくれ。僕は君がそうやって、機転と度胸でピンチを潜り抜けるのを、一番近くで見てきたんだ。最前列の被りつきで、ずっとずっとシビれてきたんだ。今自分に仕掛けられてるのがそれだってことぐらい、友達で、相方で、ファンならわかって当然だろう?」
言葉に詰まって、一瞬怯んだ、その瞬間に動かれた。
こちらの意識の空隙を突き、山田は、イベント参加の為の書類が入った封筒を、懐に仕舞い込みながら立ち上がる。
「これ、貰っていくよ。君の話、君の態度、君が計画した目論見には一切食指をそそられないけど――うん。これに参加してみることだけは、面白そうだ」
「は!? ちょっ、ふ、ふざけてんなよ、山田ッ! 潜入は俺の役割だろうがッ! それを取られたら、俺はどうやって、」
「代わりに」
山田は財布を取り出し、中に入っていた名刺らしきものに一筆書くと、俺の顔面にひらひらと落としてきた。
それは、ふざけたことに――繁華街にある、水商売の店のものらしかった。
「プラチナチケットだ。君はこっちで楽しんでくれ」
「……っっっっ! 山田ぁっ、わっかんねーこと言ってんじゃねえぞッ!」
「じゃね杜夫。真尋ちゃんには僕からよろしく言っておくよ!」
止める間も無い。身長も体格も違いすぎる。俺が表に出た時には、もう山田は階段を三段飛ばしに駆け下り、真夏の朝を、馬鹿笑いを撒き散らして遠ざかる。
「くそっ! 舐めんなよ、こっちには頼れる足が——」
部屋の中を振り向いたところで、絶望が二つ押し寄せる。
ひとつ、机の上に置いていたはずのものがない。
ひとつ、遠くから、嘲笑うように聞こえるベルの音。
あ、あの野郎……鍵をスッてチャリをパクりやがった……!
「――――真尋……。……ッ!」
勢いよく頬を打つ。
途方に暮れてる暇があるなら、考えろ。今朝の一件で着信拒否を食らい、連絡する手段は無いが、それでも、今日のあの【合コン】を、その結果、真尋があんなことになるのを。
【Setsuna】のリーダー、桜庭誠也の真実を、せめて、暴かなければならない。
「とはいえ、こっからどうすりゃあ――」
日差しに俯きかけて、ふと、気付く。
握りしめたままだった名刺。その住所と、店名。
【千度の星が巡りて戻る、永く楽しき夜を貴方と
CLUB Alf Laylah wa Laylah Marry】
「――――そういうことか、畜生」
腰が砕けて、しゃがみ込む。この一枚に込められたメッセージを、遅ればせながら悟る。
――顔を合わせたままでは、頭に血が上りっ放しで受け入れられなかった、この諫め。
91×55mmの紙片――そこに描かれた、俺たちコンビの、二人で考えたマークが囁く。
【焦った時ほど、基本を崩すな】という、何より大事な鉄則を。
「……はいはい負けだよ、俺の負けですよ、くそ」
まったく合わないことをやりかけた。付き合いの中で、言葉にして決めるより先に、お互い、肌に感じてわかったことだったろうに。
南河の悪童ヤマモリコンビの、前線の、派手担当が山田で。
相楽杜夫の役割は、徹底して、目立たぬ地味を支えること。
その歯車が噛み合った時が、俺たちは、一番面白くなれる。
「モリヤマコンビじゃあ、全然しっくりこねえしな」
にしし、と笑う。笑えるだけの、意地は戻った。
危うく、忘れるトコだった。
『あっははははははッ! 君、わっるいなあ! 成程、こんな時に、そんな場合で、あんな事が言えるのか! 気に入った! トモダチになろう! 僕は山田だ! 笑えるだろう!? こんなナリして、普通過ぎてさ!』
相楽杜夫の持ち味は、真面目な時ほど、ふざけられる余裕を残せる、剽軽さ。
今日が命日だろうとも――楽しんでいこう、と思えるところだった。
「んで、おまえの持ち味は――空気を読まずに空気を呑んで、場を台無しにしてくれる破壊的なまでのずうずうしい行動力だよな、山田」
適材適所。コンビはそれぞれ、最も活躍出来るほうへ。
しゃがみ込むのに飽きたので、俺は再び立ち上がる。向かう場所も、やるべきことも、今ははっきり見えている。
「にっ」
では一丁。
どんな時でもユーモア小脇に――虚勢でも、意地でも、笑いながら、俺らしく行こう。
●○◎○●




