021→【Setsuna的快楽】
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レクリエーション・サークル、【Setsuna】。
その集団は南河市を含む県南地域を幅広く活動の場とし、主に十代後半~二十代前半の若者たちで構成される。
『瞬く間に過ぎる青春を存分に楽しみ尽くす』をテーマとし、各種イベントを頻繁に開催することで多大な支援と好感を集めるサークルは、結成三年目の今年から後進の育成……中高生に向けての“営業”に手を伸ばし始めた。
去年の秋に行われた大々的なハロウィンイベント、市議・県議にも表彰される大成功を収めた【Nagawa-Jack-Oh-Lantern!】での信用を足がかりに、【正しい成育には適切な気分転換、糧となる思い出の存在が不可欠である】と健全さを前面に打ち出しながら、本人よりその活動を不安に思い待ったをかける保護者側へ訴えつつ、中高生限定参加型のイベントを、月に一度ほどのペースで開催している。しかも、参加費無料の型式で。
これに対する【Setsuna】側の意図としては、以下の通り。
『遊びの時後輩に財布を出させる先輩って、カッコ悪いでしょ? 年上ってのはいつだって格好をつけたがる生き物ですから、参加費無料の件に関しましては、おにーさんおねーさんたちの見栄っ張りに付き合ってもらってるお礼だと思って頂ければ。
Setsunaのイベントで楽しんで、喜んで、面白がって、それで憧れた子たちが、いつかSetsunaのメンバーになって、今度は夢を見せる側になって欲しい。
【終わるものを並べることで、繋がりを続けていく】。
それが私の、Setsunaを創った当初からの、今も変わらない目的です』
この発言も、にこやかに微笑む宣材写真も、ネットで調べればすぐに確認できる。
今や南河市界隈で【Setsuna】リーダー・桜庭誠也は、社会にも若者にも認められた人気者で、顔役だった。
「そんな彼も代表として参加するイベントが、大人気じゃないわけがない」
山田は、俺が渡した封筒――真尋の部屋で発見したもの――をくるりと手で弄んだ。
「笑える倍率を勝ち抜いて当選した幸運な誰かは、覚えのない友人がダース単位で増える。何故なら、当選者には招待券――【一名の同行者】を選ぶ権利が同時に与えられるからだ。本来はイベントの内実を把握したがる保護者向けに設けられた項目だというけれど、そんなふうに使われたのは、まあ僕の知る限りこれまでに一度も無いね。大抵はチケットを逃した友人か、或いは【友人ということでイベントに参加させてほしい】と縋りつく誰かの枠になる」
こういう噂がある。
娘の通帳を管理していた母親が、ある日突然六桁額の入金があるのに驚いて問い詰めたところ、泣きながらチケット当選を告白した――という与太話だ。
真偽は定かではないし、これら類似の情報についてSetsunaは公式に認めておらず、また、そのようなことが起こった場合イベントを今後一切中止するとも明言し、注意喚起を促している。
チケット当選の旨はみだりに友達でも話さないこと、SNSに書き込んだりしないことというのが、HPにもデカデカと記載されている最重要注意項目だ。
「あはは、まるで宝くじの高額当選者だね。ほら、当選者の心得手引きまで入ってる。ひいい、こっちもこっちで金掛けてるなあ。特色ガンガンの特殊紙・加工の大盤振る舞い、御貴族様のパーティへの招待状だぜまるでこれ。いやあ、心の底から羨ましい――大学生って、こんなにジャブジャブ金が使えるようになるんだな!」
ペラペラと冊子を捲り、内容を飛ばし読みのように確認し、
「で」
ばん、と。山田がそれを、両の掌で潰すようにして閉じた。
「君は悔しいわけだ、杜夫。せっかくこんな楽しそうなイベントに、妹が自分を誘ってくれなかったことが。せっかくの参加枠をもったいなく余らせたことが。お兄ちゃんに何の相談も無かったことがっ!」
「“兄貴“だ」
細かくて悪いが。
今はちょっと、その二人称に抵抗がある。
「真尋には普段、そういうふうに呼ばれてる。頭んトコに“クソ”とか“バカ”もつくけどな」
「そりゃあいい。実に実にあけすけに仲が良さそうで。……ふうん、【当選者同行人招待状】に自分のサインだけ入れて放置してある、ってことは、一応誰か誘うアテがあったってことかな。それがどうして残されてるのか」
首を傾げ、山田は矯めつ眇めつ書類を見る。
「しかし、疑問を言うならそもそもだ。どうにもカラーがマッチしない。ねえ杜夫、聞きたいんだけれど、兄貴の君の目から見て、こんな、“年上のおにーさんおねーさんと楽しく遊んで話をしよう、同じ参加者の子たちとも学校や普段のグループを越えて関係性を広げよう”っていう直球の合コンイベントに、どうして真尋ちゃんは応募しようと思ったんだと思う?」
「――さあ。俺も、まったく寝耳に水だったよ」
或いは、それを含めたところまで、目的だ。
「なあ山田」
「何だい杜夫」
「これさ。せっかくだし、有効活用したくない?」
その瞬間の、待ってました、と言わんばかりの顔。
「目的は?」
「いやあ。俺たちって、自分でいうのもなんだけど、人気者の反対側じゃん」
「ふふ。間違っても推薦で大学いけるような、サークル活動の後光で就職決まるようなタイプの学生じゃないことは確かだねえ」
「ムカつかねえ?」
「ムカつくねえっ」
「だからさ」
「うんうん」
「こぉんなリア充の催し、夏休み開始初日の祝砲として――俺たちヤマモリコンビがよ、ぶっ潰してやろうじゃんッ!」
「あはははははははははははははははははッ!」
山田は膝を打って身を乗り出し、俺も合わせて額をぶつけた。
「いいねえ杜夫ッ! よりにもよって、あの【Setsuna】! みんなの人気者に噛み付こうってかい! 輝く宝物に泥を塗ろうって!? それはまた、実に実に実に実にッ! 楽しい騒ぎになりそうだッ!」
「おうそうだろうそうだろうとも相棒よッ! まあ聞いてくれ俺のプランをッ!」
「うんうんうんッ!」
「いいか! まず俺がこの券を使って、偽名と変装で合コンに乗り込み芸と話術で盛り上げる。そして空気が暖まったまさにピークのタイミングで、ボーーーーンとド派手にぶっ壊し、将来ある若者たちを食い潰す悪しき大学生共の企みを、木っ端微塵に粉砕する!」
「おおおぉおおぉッ! それでそれでッ!?」
「大事なのはその裏だ! 表のイベントと同時進行させる両面作戦なのさこれは!」
「詳しく! 詳しく!」
「簡単な話だ、イベント一個に泥を塗った程度で、奴らの支配は揺るがない! つまり、今日の犠牲者を守りつつ、根底の部分を崩してやる必要があるってぇワケよ!」
「うんうんうんうんうんうんうんッ!」
「作戦は大規模で、協力を不可欠とする! その相手に目星はついているが、おまえの口から直接頼んでもらうのが一番早い! そこでお前の出番だ山田! これから話すことを、是非あの人たちに頼んでSetsuna潰しのサポートを、」
「いやだ」
それはそれはいい笑顔。
山田の、おそらく、他の奴には到底わからない――断固たる拒絶が、俺の言葉をつっぱねていた。




