016→【始まる回り道】
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「何してんの、兄貴」
順当な呆れだ。何しろ俺は家中をひっくり返して、とにかく連絡先という連絡先を洗い出し、片っ端から電話を掛けていたのだから。
居間も開封された段ボールやらアルバムやらが溢れ返り、およそ尋常な状態ではない。
背後から妹にかけられた声にも、俺は資料を漁りながら返す。
「ああ、ちょっとな。昔の知り合いに連絡を取りたいんだけど、手掛かりが少なくて」
生徒の個人情報だとして、タケセンは残念ながら、メメ子の連絡先を教えてはくれなかった。
以前のクラスメイトであっても――いや、昔同じ場所に住んでいた相手だからこそ漏らせない事情がある、という一言だけが、食い下がることで得られた唯一の戦果だった。
「昔の同級生とかのアテを虱潰しにしてるトコ。そうだ真尋、おまえもなんか知ってたら教えて欲しいんだ。昔向井小学校に通ってた、氷雨芽々子っていう」
言いながら振り向いて――俺の思考は、ぶっ壊れた。
「あ、え、お、おお、おま、ま、まひ、真尋っ!?」
相楽真尋は、機能性を重視する。飾り気ととことん無縁で、過剰なまでに禁欲的、重量を過多にする余分を傍から見ていて痛ましいほど削ぎ落とす。
『あたしは不器用だから、必要なこと以外にやる暇無いし、抱えきれないようなもん、持っていたってしょうがない』――そう公言する通り、同年代の子たちに比べ華やかさや遊び心を欠き、普段から、夏だろうと冬だろうと、ズボンとかショートパンツ、シャツやタンクトップ、ジャケット、他は道着ぐらいしか身に着けているのを見たことがない。
それが、それがそれがそれがそれが、それがっ……!
「その格好、どうした!?」
スカート、履いてる。
どこぞのファッション誌の読モみたいな、【オンナノコ】の服、着てる。
髪型までセットしてるし、普段全然使わない、香水の匂いなんかもする。
「は? なんでンなこと、あんたに言わねーとなんないわけ?」
「だ、だって、そりゃあ、え、き、気になるだろう、こんなの」
「気になるってなに」
一歩。真尋は俯いたまま踏み込んでくる。
「あたしが男か女かわかんない格好してりゃ満足? あたしが自分の着たい服着たらあんたに迷惑かかんの? あ? 言ってみろよ、クソ兄貴」
「んなんじゃ、ない、けど」
「だったら邪魔すんじゃねえよ。いつもいつもよ。ご機嫌伺いみたいにヘラヘラヘラヘラしてるクセして、こういう時ばっかり、なんでだかテンション下げる為に現れやがって」
「真尋、」
「教えたげる。今日あたし、前から約束してた合コンに行ってきたんだ。そんで、主催のヒトに気に入られちゃって、これからもっかい出かけてくるの。イケメン大学生とディナーにね」
「はあ!? 中学生が、合コン!? イケメン大学生とっ、ディナーッッッッ!?」
「――はあ。そういうのうぜーから。何? 合コンってさ、年齢制限とかあったっけ? トモダチとかとワイワイやるのに、いいなって思った相手と仲良くなんのに、大人とか子供とか関係ある? ないよな? それ、あんたの理想押し付けてるだけだろ?」
軽蔑を満載に、唾を履くような台詞。
「じゃね。あたしは新しいこと始めっから、あんたはいつまでもいつも通りにふざけてろよ」
「ま、」
「触んな」
肩を、掴もうとして制される。
服を着替えて髪型変えて、別人みたいに外見を変えても、鍛えた内部は変わらず健在――帰宅部でウダウダやってた俺なんかじゃあ力尽くさえ通じない、空手の足取り、鮮やかな歩法で、脇をするりと抜けられる。
殴られも。
目を合わせもされない。
まるで取り合ってくれない。
「イッコだけ教えてやんよ。なんで今更なのか知んねーけど、氷雨のこと、調べんのやめな。あんた確か、あの人と、けっこー仲良かったんだよね。なら、尚更――せっかく離れられた、忘れたい場所の奴が、追っかけていっちゃいけないだろ」
「――知ってるのか、メメ子について。どういうことだよ、せっかく離れられた、忘れたい場所って」
乱暴に扉を閉めて出ていった真尋を、追いかけることを気付いたのは数秒後。玄関を飛びだした時にはもう、いつの間にか家の前に止まっていた車に乗り、発車していくところだった。
「おいっ! 真尋ぉぉおおぉおおっっっっ!!!」
無我夢中で追う。到底追いつけないとわかっていながら、嘲笑うようにスピードを上げる外車を、靴も履かず、夜の通りを、ひたすらに、がむしゃらに、駆けていく。
――愚かにも。
今の自分が、どういう状況であるか、知っていたはずなのに。
「あ、」
気付いた時には、もう遅い。
赤信号も無視して横断歩道に飛び出した馬鹿は、
横から激しくトラックに追突され、
交差点へと弾き飛ばされ、
帰宅ラッシュの自動車、
回るタイヤ、
目の前、
ぐじゃ。
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