013→【そして二人はともだちに】
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「あのあの。もりおにーさんは、そのむかしどんな子供だったんですか?」
「どうしようもねえクソガキだったよ、今と変わらず。なんつーかね、元気で生意気で礼儀を欠くわ敬意は知らんわ、根拠もねえのに無敵ぶってて万能気分で、自分には本気で世界を変える力があるって心の底から信じてた。うっはっは、口にするだけで鳥肌立つわ」
「なんだ。つまり、ごく一般的で平均的な、どこにでもいる普通の小学生じゃあないですか」
「そっこなんだよなぁ。あの頃はさ、『こんなことが出来ちゃう俺スゲェ』とか、『うわあマジヤバい、他の奴らは絶対無理だろ』とか天狗ンなってたこと大体、ちょぉっと身長伸びてからキョロキョロ周り見れば、何のこたぁない、もう誰かがやってるか、もしくは別にやれるけどやろうとも思わない単なる馬鹿だったりしてさぁ。大概にショックだったよね。自分がこの世界の主役でも何でもないって分かった時は」
「なのに奇行は続けてるんですよね、今も」
「そりゃ続けますよ、いや続きますよ。いいかねちーちゃん、この世で最も強力なエネルギーってのは惰性だぜ。走り出した阿呆の慣性は、絶対急には止まらない。無意味さや滑稽さを自覚してもなお、だ」
「……なんですかそれ、。一体全体、何がどうして?」
「くひ。面白いかな馬鹿馬鹿しいかな、人にゃあコダワリってのがあるもんさ。価値や意味とはまた別の意地、もう他人みたいに別人な昔の自分じゃなく、ただ、今この時の自分がこれをしたいと思う、その衝動に背中を蹴っ飛ばされて進む。昨日も、今日も、明日の先も、もしかしたら一秒後には変わってるかもしれない気持ちを、バトンみたいに渡し続けていくんだな」
「で。結局、どこにいくんです?」
「そりゃ当然。風の吹いてくほうだろう」
そんで、風といっしょにさようならってな――という言葉を呑んで、二人、一緒にスコップを置いた。
厄除け祠の前に掘られた、深さ一メートルのでかい穴。
埋まっていたそれを、上半身を突っ込み引っ張り出す。
ビニールにくるまった、楕円形のステンレス容器。
表面には、埋めた年度と、学校名・クラスの刻印。
「あー、そうだった、そうだった……確か、町工場の子供がいたんだ、うちのクラス。そんで、わざわざそいつの親が、専用のケースと鍵まで作ってくれたんだっけ」
手に取って感じる重さは、見た目よりもずっしりくる。さすが一点もののオーダーメイド、鍵もデザイン凝ってたけど、本体はそれ以上だ。密閉の為のバルブまでついている。んー。こういうギミック、いくつになってもワクワクするなあ。
「準備できたか、ちーちゃん」
「取ってきます」
褐色ミサイルは突発昼寝会場のレジャーシートに戻り、手に持ってきたものをふんふんと掲げる。
「へえ。ゴーグル、か」
いやちょっと待って、
「タイムカプセルの話になってから、家に戻ったりしてないよな、ちーちゃん?」
「私、水泳選手ですから。いつ何時でも水に入れる準備をしているのです」
このように、と上着の首元を捲って見せれば、その下に見える水泳着。
うむ。そういえばさっきもそんなこと話してたわ。
諸々目を瞑って感想言うと、アスリートの根性には感服だよね。
さっきタケセンにプール云々誘ってたアレ、ガチだったんだね。
「といっても、これは普段、使っているものではありません。正式な記録の場でもない限り、私、ゴーグルってあんまり好きじゃあなくて。練習の時もほとんどつけてこなかったから」
「ん? じゃあなんでわざわざ?」
「お守りなんです。水泳を始める時。従兄弟が、買ってくれたものでして」
疑いようも無い。
今、千波岬の手の中にあるそれが――痛ましい罅の入ったゴーグルが、そのささやかな見た目からは想像もつかない、“物語”を帯びていることは。
「いいのかよ、そんなの仕舞っちまって。一旦手放すだけとはいえ、どっかにいっちまわないことを保証するもんでもないし……第一、お守りは手元に持っとくもんだろ?」
「いいんです。もういなくなってしまった人に――大切だったひとに、大好きだったひとに、情けないところを見せ続けるのは」
俺の胸を、小さな拳がとんと突く。
「今の自分に大切で、未来の自分に届けたいもの……私が大人になった時、別の気分で見れるもの。私ともりおにーさんは四歳違いですから、このタイムカプセルを埋めた皆さんが取り出しに来る時、その場にこっそり居合わせる時、ちょうど私、今のあなたと同い年です。……そうですね。その時はきっと、あなたみたいにふてぶてしく、あなたみたいに堂々と――そして、あなたにも、これをくれたあのひとにも誇らしく、ひとつ、メダルでもお土産にして。こんなに大きくなりましたって、見せつけにきてやりましょうか」
「…………っは、」
「ふ、」
「はははははっ」
「えへへへへっ」
夕、赤み掛かる空。
疲労困憊の身体に、染み渡る達成感。
「なんだよ。そういう顔で笑えるんじゃん、ちーちゃん」
「なんです、なんぱですか、もりおにーさん」
「だったらどうする?」
「当方まだ少女ですので。あと四年後を楽しみにお待ちください」
こんな台詞を言われた後で、
こんなことを言ったらば、さぞかし誤解を受けそうだが。
「――――なんか、すっげぇ、いい気分」
欅が歌う。雑木林がコンサート会場になる。
強い風。気持ちのいい風。夏の茜、動いて火照った身体を冷ます、穏やかな気分になれる風。
――参った。
自分の中の嫌なものが、淀んだものが、流されていくのがわかる。
目を瞑って、微笑みたい気分、
……ああ、そうか。
もしかしたら、俺……今日は、タイムカプセルじゃなくて――こっちのほうが本題だったのかもなあ。
【昔の自分の気持ち】よりも見過ごせない――【昔の自分と似た悩み】の、解消が。
思うんだけど。
こうやって、誰かの心を救えて、未来へと繋げられたのなら……それは、これこそ。
命日を切るに相応しい、最後で最高の一仕事なんじゃあなかろうか。
「――――さて。そんじゃ、開封といきますか」
「あ。それなら、せんせーと山田さんを」
「いや」
しぃ、と。
口元に指を立てウィンクしながら、ちーちゃんに悪いことを吹き込む。
「あの人がいたら絶対俺のしか出せないからさ。今のうちにこっそり、全員分見ちゃおうぜ」
「……ワルですよね、もりおにーさん」
「気にならない?」
「気になります」
いえーい、と拳をぶつけて作業にかかる。申し訳ないが、冥土の土産と思ってほしい。安心して、閻魔様にだって他言しないから。
タイムカプセルを地面に置き、ちーちゃんが支え、鍵を開けたのち左右の密閉バルブを緩めていく。
――――手応え、アリ。
「では、いざ」
「背徳感にどきどきします……!」
蝶番に開く楕円形上部。
ついに、今日一日を費やした、相楽杜夫の最期の日、そのメインイベントがここに始まり、
『三ねん二くみ さがらもりお ぼくの夢は、めめ子ちゃんと かぞくになることです』
「ぶっっっっっっっっっはぁあぁぁぁあああぁっっっっ!?!?!?!?!?!?」
即閉じた。