012→【タイム・カプセル/Ⅲ】
「――初めて会ったと思ってたのは。もしかして、こっちだけ?」
ちーちゃんが、ゆっくりと疑問を咀嚼し、消化していく。
想像が解答に繋がり、表情が変わる。
「私のこと。知ってたんですか、相楽さん」
や、っばい。
調子、乗り過ぎた。
「……っおし! 休ッ憩ッ終わりッ! ありがとなちーちゃん、ラムネごちそうさま! おかげで元気百倍だわ! さー日も暮れないうちに、あとちょっとガンバルゾーっと!」
「先生、言ってましたッ!」
胸倉を、背伸びしながら掴まれる。
「私を、こっそり裏口から、誰にもバレないように校舎に入り込もうとしてたのを、何回も、何回も何回も何回も確かめて、絶対に絶対にバレないように邪魔されないようにしていた私の決心を、嘘みたいに奇跡みたいに魔法みたいに止められたのはッ! 今日私が死のうとするから絶対に止めてくれって、そういう電話があったんだってッ!」
必死な目。
怒りとも、戸惑いとも、悲しみともつかない、或いは、それら全てが、混じり合った色。
活きている、心の目。
「――――あなたが。私を、生きさせようと、したんですか」
「知らねえよ」
今はもう、どこにも無い会話。
丁度今頃には、全てが終わっていた屋上で交わしたのと同じ言葉を、俺は返す。
「君が今生きてんのは、誰に影響を受けたとはいえ、自分で決めたことだろ、ちーちゃん」
「――――」
「“生きさせる”なんて、とんだ思い上がりはやめてくれ。人は誰でも一人で生きるし、本当に死にたくなったら、本当に死ぬ時は、誰が止めても誰にも知られず一人で死ねる」
「――――」
「自分が今生きていることの誇らしさを、誰かが支えてくれているからだなんて思うな。辛くても、悲しくても、疲れ果てても、嬉しいことを見失っても、それでも生きていようと決断したのは、君が持つ、君自身の強さと力だ。今日はまだ、こんなにも晴れた日は、死ぬにはとてももったいないと――君が見つけた君の希望だ。誰かのおかげじゃないからこそ、それはもう、他の誰にも奪えない」
「……相楽、さん」
「杜夫でいいよ。他人行儀だ」
こん、と頭を小突いてやる。
「生きていて、おめでとう。君よりちょいとだけ先に悩んで、そいでちょいとだけ長く過ごした先輩からのアドバイスだ。確かにこの世は、イヤになっちまうことがそれはそれはキリがないが――」
それはそれは単純な気付き。
それはそれは当然の明快さ。
「面白いこと楽しいこと気持ちいいこと嬉しいことも、生き方次第じゃ差し引いて釣りが出る。それを追っかけることを繰り返してりゃあ、いつか、笑ったまんまで死ねるなんて、めでたい機会も巡ってくるさ」
なんてったって。
そういうふうに生きて、そういうふうに命日を迎えた、当の本人がそう言っている。
「放っておいてもいつか来る、約束された死を想おう。そうしながら、生きていることを噛み締めていこう。何の因果か、自発的に“今日の終わり”まで行きかけちまった俺たちだからこそ――道なき道を歩いていける喜びだってわかるだろう」
そうして、拾い上げようとしたシャベルを、
「杜夫さん」
横から、ひょいと先に取られる。
「――あの。…………その、」
「言ってみ」
目を見つめて、深呼吸。
喉の奥にあるもの、胸の底にあるものを、彼女は、絞り出すように、
「私も、私が、これ、やってもいいですか。だって、私も、関わってます。私だって、やるんです。……未来の自分に、『今』を届ける、タイムカプセル――杜夫さんが空けた分に、入れていただくんですからッ」
断る理由があるわけもない。
だが、しかし、差し当たっては、
「それ」
「あう、?」
「スコップ。そういうふうに持ったら、うまく掘れないから」
「あ、ご、ごめんなさい、私、泳ぐ以外、全然駄目で、ぶきっちょで……!」
先輩風を吹かすなんて柄でもないが。
その小さな手に、出来る限り、出来ることを、伝えることから始めよう。