夕飯の穴
昨夜────
僕は『それ』を見てしまった。
「幌ー」
「……今行く。」
夕飯が出来たことを知らせる母に呼ばれて、自室から食卓へと向かう。階段の下から香ってくる美味しそうな匂いが空腹であることを再認識させてくれる。
「今日の夕飯のおかずはお母さんの好きなれんこんの金平でーす!」
「あ、私もそれ好き!美味しそー!」
階段を降りて食卓の席につくと直ぐに聞こえてくる二つの声。母と姉だ。今日の夕飯の献立を意気揚々と喋り出す母は、僕の父親との馴れ初め話を交えて姉と楽しそうに談笑している。そうしている間にいつも夕飯が冷めてしまうのに懲りないのだろうか。
「……いただきます。」
うん、美味しい。冷めてしまうのが勿体ないので先に夕飯を食べ始める。素直に口に出すことは滅多にないが、母の料理は上手なほうだと思う。そう思いながら目の前の料理に舌鼓を打っていた時だった。
「…………あ。」
黙々と食べていた矢先、ポトリと箸から滑り落ちてお皿から飛び出てしまったれんこん。食卓のテーブル上に落ちたそれを再度箸で摘むと、また落としてしまわないように慎重に口へ運ぼうとする。
「ん?」
そんな時であった。れんこんの穴に箸を通してじっと見ていたからなのか、穴の向こうに見える小さな白いものに気づく。
(なんだあれ?)
れんこんから目線を外して『それ』がいる机の上を凝視してみるが何も見えない。気のせいだとは思いたい、しかし胸がざわつく好奇心のようなものがあったためか試しにと思い、れんこんの穴から再度覗いてみると『それ』は確かにそこに居た。
「……小人?」
穴の向こうにいたのは1円玉の10分の1くらいの大きさであろうか、白い着物に身を包んだ小さな少女。橙色の髪に紫の瞳……なんとも変わった容姿をしている。
「……!!」
あまりにも凝視していたのかこちらの視線に気づいた『それ』と目が合った。
少女は何か僕に伝えたいことがあるのか口をパクパク動かしているが何を言っているのか聞き取ることが出来ない。彼女は暫し腕を組んで俯き考える仕草をする。そして、何かを閃いたのかぱっとこちらを見上げた。
《おい、そこの人間。私の姿が見えるのか》
すると、突然僕の脳内に響く言葉。疑問形でなく確信めいたその口調に対し反射的に脳内で返事をする。
《…………見えてる。》
そうか、と僕の返答にそう呟く。顎に手を当てて何やら考える素振りを見せる少女。彼女が次に何を言い出すのか、じっと言葉を待っていると、彼女は僕を指差しこんなことを言い出した。
《なら人間、お前は今から穴埋めするべく私のツナギになってもらおう》
「は……ツナギ??」
《今日はもういい、明日から頼むぞ》
ちょっと待て、そう呼び止める間もなく少女は穴の中から消えてしまう。
「明日からって……。」
ツナギって何だよ、どういう事だ……
今しがた起きたことにただ呆然とする。
そうしてその日の夜、僕は気づいたら布団に入り深い眠りについていた。