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Link Force  作者: クラン
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第十一話 エリア・ワン・クラーク~蟻の一穴~

『化物』=地上を闊歩(かっぽ)し、人間を襲う存在。

『リンク・フォース』=荒廃した地上で物資補給のために化物と戦う部隊。

『リンク・メイト』=武器。


 リンク・フォース本部勤務の最終面接で「地上で働く隊員達の事をどう捉えているか」という質問があった。


 レナードは、そのとき自分がどう答えたのかはよく覚えていなかった。が、その回答に面接官が落胆の息を漏らした事だけは記憶している。


◆◆


 地上の各区域に配属されているメンバーは日々変更がある。転属や死亡は日常茶飯事だからだ。


 リンク・フォース。その隊員たる地上部隊は資源の回収を(しゅ)として、ときには化物と呼ばれる存在と戦う事もある。人間が地下生活に追いやられたのも化物の大量発生が原因らしいが、大昔の話であり正確性はない。


 レナードが地上について知っている事はそう多くなかった。


 地上は市区と23区に分かれ、それぞれの区域毎に担当部隊が配置されている。


 地上から担当区域外へ出る事は不可能であるらしい。『地区防壁』と名付けられている薄いガラスのような壁にそれぞれのエリアは区切られている。隊員も化物も、更には非常に強力な化物である『人型』と名付けられた存在でさえ破壊出来ない。天高く(そび)える防壁の果てがどこまで続いているのかは未知であるらしいが、生物の存在出来ない高度まで伸びているとの噂だ。


 隊員に関しても多くは知らなかった。


 リンク・メイトという、人間の魂がそっくりそのまま注がれた武器で隊員は戦う。武器に()める魂は彼ら自身が指名するらしい。その武器を失えば地下へと繋がったゲル状の防壁を突破出来ず、化物への抵抗手段を持たないまま地上に残るしかない。事実上の殉職である。


 その事実は一見残酷なように見えるが、それぞれ必要なものである。リンク・メイトに愛する人間の魂を指定するのは、繋がりが濃ければ濃いほど強い力を持つからで、化物との戦闘のためにはなくてはならない物だ。武器を失った人間が地上に残らざるを得ないのは、裏を返せば隊員以外を地下に入れないためである。人類のために必要な措置だ。


 それでもレナードは、自分の上司が彼らを「愛すべき捨て駒」と揶揄(やゆ)するのはさすがに気分が悪かった。そう面接官に答えていれば、きっと書類整理で一日を終えるような部署に配属される事はなかっただろう。


◆◆◆


 レナードは灰色の壁に囲まれた陰鬱な資料室で作業をしていた。部屋には鉄製の棚が幾つも設置してあり、棚いっぱいにボックスが詰まっている。その背には番号が振ってあるだけで内容は分からない。自分の業務に必要なボックスは決まっており、それ以外には手を触れる事さえ厳罰対象だった。以前、間違えて別のボックスに触れた同僚が、運の悪い事にその場面を目撃されており、結果として別部署へ転属となった事があった。転属先の具体的な部署名は誰も知らなかったし、興味を抱く事さえ良しとされないかった。


 規則を破って消えた人間は初めからいなかったかのように扱われる。


「随分と憂鬱そうだな、レナード」


 例の上司――ドレイクに肩を叩かれて思わずびくりと身体が跳ねた。


「ハハハ。そう驚かなくてもいいじゃないか。何か隠し事でもあるんじゃなかろうね」


 ドレイクは壁のポスターを一瞥して見せた。


「とんでもない! 私は隠し事なんてひとつも持っていません」


「ならいいが……まあ、集中して働きたまえ」


 言って、ドレイクは去っていった。


 誰もいなくなったのを確認して、壁のポスターを見つめる。


 大量の瞳が描かれたポスター。その目はひとつとして同じ方向を見てはいない。ポスターを見る者がどの角度から見ても、必ず瞳のひとつと視線が合うという作りだ。


 瞳の下には濃く太く「危険思考にご用心」との標語が書かれている。


 組織への批判に至るものは危険思考と判断され即刻処分される。具体的には、リンク・メイトのシステムや地区防壁に関する否定的な発言や行為などである。


 組織の維持のためには必要なものだ。


 大丈夫、と自分に言い聞かせてレナードは作業に戻った。


 大丈夫、私は危険思考など抱いた事はない。


◆◆◆◆


 隊員の配属記録はひと月に一度、最新の物が作られる。それも全区域分である。別部署からの指示書通りにそれを作成するのもレナードの仕事だった。


 一ヶ月前の記録を(もと)にしながら転属者以外の名前を新規配属記録に写し、転属者は指示書で示された通りの区域に書き加えていく。更に、指示書に従って名前に記号を加えていく。転属者は名前を四角できっちり囲い、左上に転属回数、右上に直前の担当区域を記す。死亡者は右上から左下に斜線を引く。


 書き損じれば初めからやり直しになるので、レナードは集中してひとつひとつの項目を埋めていった。


 指示書の()る箇所で、彼ははた(・・)とペンを止めた。見た事のない指示があったのだ。鉢殴似(ハチオウジ)市配属のシルビアを楕円で囲えという内容である。しかも、赤字で囲うように指示されていた。一ヶ月前の配属記録に同じ記号はない。少なくともレナードがこの業務に就いてからは初めての事だった。


 疑問を覚えながらも、指示書通りに楕円で囲った。


 今月分の配属記録を作るとドレイクに渡した。彼は指示書通りに記載されているか細かくチェックしていく。


 やがてドレイクは「お」と声を上げた。そして舌打ちひとつ。「また人型が出やがった。(こら)え性のない奴らだ」


「人型ですか?」


 人型の犠牲者が赤い楕円で囲われるのだろうか、とレナードは首を傾げた。


 ドレイクは(こだわ)りなく答える。「ああ。人型になった奴が赤マルで囲われるんだ」


 思考が止まった。人型になる?


 二の句を継げなくなっているレナードを、ドレイクは(いぶか)しげに見た。


「どうした?」


「あ、はい。……隊員が人型になると知らなかったもので……少し驚いただけです」


「何故驚くんだ?」


 ドレイクの声色が一段と低くなり、レナードは慌てて答えた。「人間が人型になるなんて、その……」


 ドレイクは後を引き取る。「異常だと?」


 ああ、これはまずい事になった。レナードは絶望的な気分で俯いた。もはや取り繕う事は難しい。「……はい」


 危険思考の四文字が頭に浮かんで戦慄したが、その直後にドレイクはあっけらかんと笑った。


「そりゃあ、人間が人型になるのは異常だ」


「そ、そうですよね」


「けどなあ」と続けて、ドレイクは鋭い目付きをして見せた。「隊員を人間だと思うのは危険思考だ」


◆◆◆◆◆


 ひと月が経過し、レナードはようやく雑務に戻る事が出来た。


 本部のお偉方の面談に、精神検査、そして詰問。(ろく)に栄養を与えられず、飢餓状態で全ての審査を耐えるのは困難だったが、何とか通過する事が出来た。


 結果は正常の範疇(はんちゅう)だったが、一度審査にかけられた人間がどうなるのかは知っている。


「よう、レナード。残念ながらお前も出世から遠ざかったな」


 意気揚々と返すドレイクは、どこか誇らしげだった。危険思考分子の通報によって彼が得た物は何ひとつない。組織の健全な運営を維持するべく、無報酬を承知で自発的に通報したのだ。


 ドレイクのような奴はリンク・フォース本部にはありふれていた。故に、強固な組織として現存のシステムを維持する事が出来るのである。


 不本意ながら審査にかけられた人間は、より待遇の良い部署へ回される事も、継続勤務によって役職を得る事もなくなる。


 ただの蟻として本部に使い潰されるのは目に見えていた。それでも反抗しないのは――。


 資料を()る手が止まる。赤い楕円が見えた。


 それでも反抗しないのは、何故だろう。レナードは暫くの間、ぺらぺらと資料を捲りながら考え続けたが答えは見つからなかった。


◆◆◆◆◆◆


 或る日の事である。


 資料室に見知らぬ女性がいる事に気が付いた。彼女はレナードが触れる事を許されていない複数のボックスを次々に見て回っていた。


 普段はドレイクや他の同僚もいるのだが、その日そのときは偶然レナードひとりだった。


 彼女はひとつ咳払いをしてから訊ねる。「すみません。過去一年分の隊員配属記録を見たいんですが、どこにあるか知ってますか?」


「さあ……私は先月の配属記録しか触れた事がありませんので」


 業務上、それ以上の権限を持たないのだ。


 彼女は「ふうん」と呟いてから手当り次第に資料を(あさ)り始めた。


「ちょ、ちょっと! ここには重要な資料ばかりですから、あまり引っ掻き回すと……」


 彼女は即座に遮る。「誰もいないんだから、ちょっとくらいいいでしょ」


 衝撃的な台詞だった。思わず、危険思考! と叫びそうになる。


 しかし、結局レナードに彼女を止める事は出来なかった。あまりに自由なその態度に目が眩んだのだ。


 リンク・フォース本部にいるという事は、彼女は関係者である。にも関わらず、危険思考を恐れない。


 やがて彼女は「あったあった」と嬉しそうに声を上げた。資料を抜き出すと、レナードに対して「ご苦労様」と残して出ていった。


 資料の持ち出しはごく一部の人間にしか許されていなかったはずだ。彼女がその特別な人間(・・・・・)だとは思えなかった。


「あ、あの! ……貴女の名前と部署を教えて下さい」


 彼女は振り返り、何でもなさそうに答えた。「私はハナ。部署というか、勤務先は培養施設」


 じゃあね、と手を振ってハナは去っていった。


 培養施設の人間は資料の持ち出しが許されているのだろうか、と首を傾げる。


 まあ、いいか。


 この事はドレイクに報告せずに置こうとレナードは決めた。


 少し伸びをしてみると、背骨がぽきぽきと音を立てた。例のポスターが睨んでいたが、一向、気にならない。裁けるものなら裁くといいさ。本来人間は、彼女くらいには自由なはずだ。


 日々勤めを果たしていく中でいつか組織が変わるだろうか、とレナードは淡く思い描く。きっとそんな日は来ないだろうけど、もし、変えようとする人間が現れたら。


 そのときは何を投げ打ってでも味方をしてやろう。今はそう思うだけで精一杯だ。


 ふと、本部の最終面接で自分がどう答えたか思い出した。


「私は地上の隊員を心から尊敬しています。彼らは自らの生命を燃やし、我々の生活を支えている」


 これから先も、日々は変わらずに続いていく。それでも――。


 それでも、昨日の自分と今日の自分は少しずつ変わっているはずだ。ごく僅かでも、積み重なれば決定的な変化になる。


 いつか、とレナードは唇を噛んだ。


 いつか自分のような人間が増え、そこから本部に亀裂が入ったら。


 そのときは自由に隊員を(たた)えられるだろうか。

『リンク・メイト』の真相に関しては第一話にて言及されておりますので、気になる方はご参照下さい。

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