7.人間と野良猫
サナエは毎日のように唐揚げを作って、おれの家に来るようになった。そしてカラーを抱いたり頭を撫でたりして、帰っていった。ときどき抱きかかえては、「カラーちゃんかわいい」とか「カラーちゃん大好き」とか言って、猫の口にキスをすることもあった。どうもサナエはおれよりカラーの方に気があるのではないかと思えるくらいだった。
ある日、サナエはカラーに唐揚げの肉をちぎってやりながら呟いた。
「カラーちゃんって、あなたに本当によく似てるわ。まるで分身みたい」
実はおれも同じことを感じていた。しかしわざとちょっと僻んでみせた。
「ああ、ブサイクなところなんか、そっくりだろうね」
「あら、ブサイクというより愛嬌があるのよ。かわいくって大好きよ」
「えっ」
おれは一瞬どぎまぎした。するとサナエもちょっと焦ったように言い足した。
「あ、あら、カラーちゃんよ。とってもかわいいわ」
おれはちょっとがっかりした。
サナエが帰ったあとで、カラーはおれに言った。
「おい、今のはサナエからあんたへの愛の告白だぞ」
「どこがだよ。おれじゃなくておまえのことが、かわいくて大好きだと言ってたじゃないか」
おれが反論すると、カラーはあきれたような顔をした。
「まったく、あんたは論理学も知らないのか。大前提、おれはあんたとそっくりだ。小前提、サナエはおれが好きだ。結論、サナエはあんたが好きだ。簡単な三段論法じゃないか」
そんなもんだろうか。おれにはまだ、よくわからなかった。
「サナエももう三十歳で若くはないし、自分でも美人ではないと思ってるから、あんたに好かれる自信がないんだよ。あんたと同じだ。まったく、人間ってやつは面倒なもんだな」
カラーはそう言うと、自分の寝床へと帰っていった。
仕事の方は思ったより軌道に乗ってきた。南米の野菜と東南アジアの果物をいくつか植えたら、そのうちのほとんどが順調に生育していた。ホームページとブログを作り、情報を発信したところ、大きな関心が寄せられた。収穫されたら食べてみたいというメールも何通か届いた。
サナエとタツオはスイーツと漬け物をいくつか試作し、道の駅で販売したところ、けっこういい売れ行きだった。これならネット通販もできるかもしれない。
そうして約束の三ヶ月が過ぎた。おれはやるべきことをやったという満足と充実を感じた。
「仕事も軌道に乗ってきたよ。サナエもたぶんおれのことを好きなんだろうと思う。あとはおまえにまかせるよ」
おれは多少の寂しさも感じながら言った。するとカラーはきっぱりと答えた。
「それはできないな」
「できないって、どういうことだい?」
おれは意味がわからず、尋ねた。
「おれはもともと猫だし、猫の生活が好きなんだ。あんたは人間だから、人間の生活をするべきなんだ。以前のあんたは人間でありながら、人間らしい生き方をしていなかった。だから野良猫と入れ替わることができたんだよ。でも今のあんたは違う。ちゃんと人間らしい生き方を見つけたじゃないか」
たしかにその通りだ。おれの目に涙が滲んできた。カラーは話を続けた。
「今の仕事を続けるんだよ。そしてサナエに自分の素直な気持ちを伝えるんだ。あんたはもう大丈夫だ。人間失格なんかじゃない。わるいがおれはのんびりと野良猫生活を続けさしてもらうよ。ああ、唐揚げとキャットフードは食わしてくれよな。唐揚げはサナエの手作りで頼むぜ」
「カラー、わかったよ。おれはこれからここで、人間としてせいいっぱい生きていくことにする。サナエにも頼んでみるよ」
おれはそう言ってカラーを抱え上げ、しっかりと抱きしめた。




