6.田舎での野良生活
一ヶ月後、おれはケージに入れられ、引っ越しのトラックに乗せられた。二時間ほど揺られていると、山の中の田舎に着いた。家は築百年にはなろうかという朽ち果てた古民家だったが、かなり大きかった。庭も広い。周りには畑や林があり、下の川の近くには田んぼも少しあった。家賃は格安らしい。ここならのんびり過ごせそうな感じがした。
カラーはまず家の修復をし、とりあえず住めるように整えた。中古の軽トラも買った。一方おれはといえば、何もすることもなく、のんきに日向ぼっこをしていた。カラーはそんなぐうたらなおれに、毎日キャットフードと唐揚げをくれた。しかし何日かするうち、カラーが一生懸命働いているのに、おれだけ何もせずにごろごろしているのが、なんとなく悪いような気がしてきた。
「なあ、カラー。おまえにだけ働かせるのも悪いし、おれも何か手伝いたいんだが」
「そうか、それなら一ヶ月だけ交代するか?」
あまり頻繁には交代できないが、一ヶ月ぐらいのまとまった期間なら可能らしい。そこでおれは久しぶりに人間に戻ることにした。
おれはさっそく近隣の農家をまわって、情報を集めた。過疎地で老人が多く、若いおれは行く先々で歓迎された。買い物や病院への送り迎え、家の修理からパソコンのトラブル相談など、細々とした仕事も依頼されるようになった。そのたびに米や野菜などを食べきれないほどもらった。おかげで食費はあまりかけずに済みそうだ。
村の数少ない若者たちとも親しくなり、これからの農業の話などもした。彼らはおれの家にも遊びに来るようになり、猫に戻ったカラーもかわいがってくれた。そのなかでも、サナエという今年三十歳になる女性がカラーをとても気に入り、ときどき唐揚げを作って持ってきてくれるようになった。
サナエは数年前まで近くの町の病院で看護師をしていたのだが、父親が病気で倒れて介護が必要になったので、実家に戻ってきていたのだった。実家の農業は兄と母がやっていて、サナエもその手伝いをしていた。サナエは決して美人とはいえず、どちらかといえばイモっぽい感じのふっくらとした丸顔で、農作業をするためか日に焼けていたが、どことなく愛嬌があった。サナエの家にはおれもときどき出かけていっては、いろいろな仕事を頼まれていたので、親しくなっていた。
こうして細々ながら、どうにか生きていく見通しが立ってきた。収入は少ないが、以前よりもずっと人間らしい生活のように思えた。
約束の一ヶ月はあっという間に過ぎ、カラーがおれに尋ねた。
「どうだ、久しぶりの人間の生活は?」
「うん、ここならおれも人間としてなんとか生きて行けそうだ」
実際のところ収入は少ないが、食べ物は近所から分けてもらえるし、食事を出されることも多かったので、支出も少なくて済んだ。ぜいたくをしなければ、どうにか暮らしていけそうだった。
「それなら、あと三ヶ月ぐらい続けてみるか?」
カラーはそう提案した。おれにも異存はなかった。農作業も慣れてきたし、近隣の素朴な人々との付き合いも楽しくなってきたところだった。
おれは自分の畑の作物のことを考え始めた。半分は昔からこのあたりで栽培されていた野菜類を育てることにして、残り半分は新しい試みをやってみることにした。そのための勉強会を立ち上げようと、村の若者たちに呼びかけたところ、何人かが賛同してくれた。一番熱心だったのが、サナエとその兄のタツオだった。
勉強会では村の農業の活性化についても話し合った。利益率や付加価値の高い商品を検討し、加工品などのアイデアを出し合った。南米やアフリカ、東南アジアなどの珍しい果物や野菜で栽培できそうなのはないか、また村の特産を使ったスイーツや総菜を作って、道の駅やネット通販で売れないかなど、話し合いは夜遅くまでおよぶこともあった。カラーも寝転んで話を聞いているようだった。とくにサナエは自分でもいろいろと調べて、たくさんのアイデアを出してくれた。
そんなある日、勉強会が終わってみんなが帰ってしまったあとで、カラーが言った。
「おい、サナエはいい女だぞ。あんたにも気がありそうだ」
実はおれも、サナエのことが気になり始めていたところだった。
「おれも彼女はいい人だと思うよ。でもおれなんか、恋愛対象としては見てくれてないんじゃないかな」
女に一度もモテたことのないおれは、自分を好きになってくれる女性がこの世にいるとは思えないのだった。
「なに言ってんだ。おれがあんただったとき、美人のリナを恋人にしてたじゃないか。もっとも、サナエの方がリナとは比べものにならないくらい、いい女だけどな。もちろん外見じゃないぞ」
そう言われると、たしかにそうだ。おれの外見でもリナのような美人と付き合えるんだ。サナエも一般的な美人ではないし、だから三十歳になる今でも独身のままなのだろう。だがおれは、そんなサナエの外見もかわいく感じるようになってきていた。人柄の方ではなおのこと惹かれていたのだった。




