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野良猫  作者: 天音光人
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5.人間失格、野良猫失格

 おれは一晩じっくり考えて、結論を出した。翌日の夜、カラーがやってくると、おれの意志を伝えた。

「なあカラー、おれはやっぱり野良猫のままでいるよ。おまえは仕事もうまくやってるし、あんな美人のリナちゃんまで恋人にした。おまえならおれとちがって、人間として立派に生きていけるよ」

カラーはしばらく黙ってきたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「本当にそれでいいのか」

「ああ、おまえの申し出は本当にありがたいし、感謝している。だけど、おれが今のおまえと入れ替わっても、仕事で周囲の期待に応える自信はないし、リナちゃんに嫌われずに付き合っていく自信もないんだ。おれは人間として、失格なんだよ……」

 人間失格。それが本音だった。しばらく沈黙が続いた。やがてカラーが言った。

「わかった。それじゃあ、おれは人間として自分の好きなように生きていいんだな」

「ああ、好きにしてくれ」

おれはそう答えた。だが正直なところ、おれは野良猫としても、この先ずっと生きていけるかどうか、不安だった。エサをくれていたおばあさんも、近所から苦情があったらしく、あまり出て来てくれなくなった。食べ物の確保が次第に困難になってきていたのだった。

 その夜カラーが帰って行ったあと、おれはひどく寂しくなった。


 それから数日後、公園内に「野良猫にエサを与えないでください」という掲示が貼られた。おれは食べ物を求めて、遠くまで足を伸ばすようになった。途中で道路を横断しようとして、車に轢かれそうになることもあった。

 あるとき、同じ野良猫仲間の何匹かが姿を消した。それも身体も思うように動かない老猫や小さい子猫など、弱いやつらばかりだ。うわさでは捕獲されて保健所に連れて行かれたらしい。

 安全な場所か少なくなり、他の猫たちとの縄張り争いも激しくなってきたが、おれは逃げてばかりいた。毎晩カラーが持ってきてくれる唐揚げがなかったら、餓死していたかもしれない。

 おれは野良猫としても失格なのだ。そう思うと、情けなくてたまらなかった。

 

 そんなふうにして一ヶ月ほどが経った頃、カラーが深刻な顔をして言った。

「会社を辞めることにした。リナちゃんとも別れたよ」

意外な言葉だった。しかし、今のおれにとっては、もうどうでもよかった。

「そうか、これからどうするんだ」

「田舎へ行って農業をすることにした。もう古民家と農地を借りてある。しばらくは近隣の農家で農作業の手伝いもやるつもりだ。おれには都会の会社勤めは向いてないし、リナちゃんのような華やかな女性も合わないんだよ」

「でも、営業成績だってトップだったし、リナちゃんはお前に首ったけだったじゃないか」

おれは不思議に思って尋ねた。

「無理をしていただけさ。おれは自分らしく生きることにしたんだ。まあ、課長からは係長への昇進と給料二割アップを提示されたし、リナちゃんからは別れないでくれと泣きつかれたけどな」

カラーはしんみりと言った。おれにはわかるような気がした。

「あんたはどうする。一緒に来るなら連れてってやるよ。野良猫にとっても、田舎の方がましかもしれんぞ」

 おれは一緒に田舎へ行くことにした。今の公園が暮らしにくくなってきたのもあるが、何よりもカラーと別れたくはなかったのだ。



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