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野良猫  作者: 天音光人
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4.野良猫と入れ替わる

 おれはカラーになっていた。全身灰色で尻尾の先が曲がった猫の姿だ。しかしなぜか違和感はまったくなかった。まるで自分がずっと野良猫だったかのような気がした。身のこなしも自然にできる。どこで寝て、どこでエサを探せばいいかが、なんとなく本能的にわかるのだ。

 おれはさっそく公園の水飲み場へ行き、下にあった水たまりの水を舌でぺちゃぺちゃと飲んだ。それからゴミ捨て場へ行き、残飯をあさった。近所のおばあさんらしい人が来たので、近寄っていった。にゃあ、と鳴くと、おばあさんはキャットフードをくれた。お礼にまた、にゃあ、と鳴くと、よしよしと言って頭を撫でてくれた。

 しばらくすると、近所の悪ガキらしいのがやってきたので、おれは急いで逃げ去り、物置の床下に隠れた。昼になると、草むらの上に寝転んで一眠りした。そんな感じで、まったく自然に一日が過ぎたのだった。


 夜八時になって、カラーがやってきた。外見はまさに人間だったときのおれだ。手にはレジ袋を提げている。おれはのそのそと植え込みからベンチの方へ歩いていった。カラーは唐揚げをおれの鼻先に差し出した。

「よう、野良猫生活はどうだい」

「悪くないな」

おれはそう答えて、唐揚げを食べた。うまい。ものすごくうまい。おれはがつがつと食べた。

「どうだ、うまいだろう。奮発して鳥政の唐揚げを買ってきたんだ。今日は契約が一件取れたから、お祝いだよ。課長からも褒められた。やればできるじゃないか、てな」

「それはすごいじゃないか」

おれが感心すると、カラーはあきれたように言った。

「あんたがほったらかしてた見込み客を順番に当たってみただけだよ」

たしかにおれはこのところ、まったくやる気がなかったのだ。全部当たれば一件ぐらいは契約が取れていたかもしれない。

「じゃあ、また明日来るからな」

カラーはそう言って、帰っていった。おれも物置の床下のねぐらへ戻って、寝ることにした。


 それからカラーは毎晩、唐揚げを持って公園へ来てくれた。契約が取れた日は鳥政の国産地鶏の唐揚げで、その回数は次第に増えていった。そして一ヶ月後、カラーはうれしそうに言った。

「先月は営業成績でトップになったよ。リストラの話はなくなった。みんなおれがあまりに変わったので、驚いている」

そりゃそうだろう。だが一番驚いているのは、このおれだ。カラーには人間の生活が合っていたのかもしれない。一方、おれは野良猫の生活がけっこう気に入っていた。交代したのは正解だったかもしれない。


 次の週、カラーは女の人を連れてきた。よく見ると、それは受付にいるリナちゃんだった。男性社員の多くが憧れていたが、みんなから高嶺の花と思われていた美人だ。

「リナちゃん、これが前に話していた野良猫だよ。唐揚げが大好きなんだ」

「あら、薄汚い猫ね。ブサイクな顔してるわ」

おれは密かに思いを寄せていたリナちゃんからそう言われて、ひどく落ち込んだ。

「でもこいつといると、癒されるんだ。おれには無二の親友さ」

カラーがそう言ってくれたのが、おれにはすごくうれしかった。何か言おうとしたが、なぜかこのときばかりは、にゃあ、としか言えなかった。

「ふうん、よくなついてるのね」

リナちゃんは感心したように、おれの頭を撫でてくれた。おれはまた、にゃあ、と鳴いた。

「じゃあな。また来るよ」

カラーはそう言って、リナちゃんとどこかへ行ってしまった。まさかあのリナちゃんと付き合い始めたのだろうか。おれには信じられなかった。


 翌日の夜、カラーはまた鳥政の唐揚げを持ってやってきた。

「昨日はすまなかったな。あれからリナちゃんとホテルへ行ったんだ。給料もだいぶ上がったし、せめてバストイレ付きのマンションにでも引っ越そうと思う」

 やはりリナちゃんと付き合っていたんだ。おれはちょっとショックだった。カラーが人間として優秀なだけに、おれは自分が情けなくなってきた。

「よかったな。お前はおれと違って、人間としてうまくやっていけるよ。おれにはどうやら、野良猫の生活が合っているようだ」

しかし、おれは内心ではちょっと寂しさを感じていた。するとカラーはまた思いがけないことを言った。

「そろそろおれも人間の生活に飽きてきたから、来月になったらまた交代しよう」

「な、なんだって」

おれにはわけがわからなかった。人間としておれよりずっと成功しているのに、なぜまた元に戻りたがるのだろう。

「顧客の人脈もだいぶ拡げたし、リナちゃんという恋人も出来た。それはあんたにそのまま引き継いでもらうよ。もともとおれは猫だし、あんたは人間だ。だからちゃんと元に戻った方がいいんだ」

カラーの言い分ももっともだし、ありがたい話ではあった。しかし、おれは何となくすっきりしないものを感じた。カラーが帰ったあと、おれはねぐらに帰り、しばらくそのことを考えていた。

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