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野良猫  作者: 天音光人
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3.猫が言葉を話し始める

 月曜日の夜、また仕事帰りに公園へ行くと、カラーがやってきた。いつものようにベンチに座り、一緒に唐揚げを食べ、おれは缶ビール(正確には発泡酒)を飲みながら話をした。もちろんおれが一方的に話をし、カラーはにゃあと鳴いたり首を振ったりするだけだが、なぜか会話がちゃんと成り立っているような気がした。少なくとも、気心は通じていると確信できた。

 こうしておれは雨の日以外は毎日、夜の八時頃にだれもいない公園でカラーと会って、唐揚げを食べながら話をするのが日課になった。その間に、おれは会社から三ヶ月の猶予をもらってリストラを通告された。それまでに営業成績を上げなければ、退職しなければならなくなるのだ。

 だが、おれにはもうそんな努力をしようという気も起きなかった。ただカラーと会って話をしているときだけが、心が休まるのだった。

 そんなふうにして一ヶ月が過ぎた頃、不思議なことが起こったのである。


 その日おれはいつものように、唐揚げを買って公園に立ち寄った。カラーも植え込みの陰からのそのそと現れた。唐揚げをやると、格別うまそうに食べた。実はその日は駅前スーパーで唐揚げが売り切れていたので、しかたなくコンビニで定価の唐揚げを買ってきたのだった。

「どうだ、うまいか。今日のはちょっと高かったんだぞ」

おれはカラーの頭を撫でながら、そう話しかけた。

―― まあまあだな。いつものよりはうまいが、鳥政のには負ける。

「ぜいたく言うなよ。鳥政の唐揚げなんて高くて、おれはまだ一度も食ったことないぞ」

そう答えたあとで、はっと気がついた。

「まさか、お前いま、言葉をしゃべらなかったよな?」

おれはカラーの顔を見ながら、おずおずと尋ねてみた。

―― あんたにもやっとおれの声が聞こえるようになったんだな。心が通じてきた証拠だ。

おれは自分の耳を疑った。しかし、たしかにカラーは人間の言葉をしゃべっている。いや、それともおれに猫の言葉がわかるようになったのか。いずれにしても、おれとカラーとは言葉を使って会話ができるようになってしまったようだ。


 カラーはさらに話し続けた。

「まったく、あんたの話を聞いてると本当にイライラするぜ。仕事にしても恋にしても、ちゃんとやる気あんのか?」

あまりにも遠慮のない物言いに、おれはたじろいだ。

「い、いや、そりゃおれだって精一杯やってきたさ。でも仕事はおれに向いてないし、女とはそもそも出会いもないし、それにおれはブサイクでモテないし……」

「そんなのは精一杯とは言えないぜ。今の仕事が合わないんならとっとと辞めて、自分に合う仕事を探したらどうだ。だがそれ以前に、あんたは今の仕事すら精一杯なんてやってないだろ。それに女との出会いがないんなら、出会える機会を必死で探したらどうなんだ。世の中にはブサイクでもモテてる男は山のようにいるぜ」

 カラーの情け容赦ない言葉はおれの胸にぐさりと突き刺さった。言われてみれば、たしかにその通りなのだ。

「お前はそう言うけどな、人間として生きていくってのはいろいろと大変なんだぞ。気ままな野良猫の生活とはわけが違うんだ」

おれはそう言い訳をした。するとカラーは思いがけない提案をした。

「そんなに野良猫がうらやましいんなら、代わってやろうか?」

「そりゃどういうことだい?」

「おれがあんたになって人間の生活をする。そしてあんたがおれになって、野良猫の生活をするんだよ」

おれは驚いた。そんなことができるのだろうか。だが今ここで猫が人間の言葉を話しているのだ。それならば人間と猫が入れ替わるなんてことも可能なのかもしれない。だったらそれも悪くないのではないだろうか。おれはもう人生が嫌になってきていたのだから。

「いいだろう。交代してみようじゃないか」

そう答えると、カラーはにやりと笑ったように見えた。

「それじゃあ、明日から交代だ。毎晩、夜八時にここで会おう」

カラーはそう言って、またいつものように植え込みの陰へと消えていった。


 おれは不思議な気持ちでアパートに帰ったが、あれが現実だったのか、それとも夢か幻だったのか、よくわからなかった。どうも最近、疲れがたまっているのかもしれない。おれは発泡酒を一缶飲み、布団に入って眠った。

 翌朝目が覚めると、そこは公園の掃除用具を入れる倉庫の床下だった。そしておれは猫になっていた。



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