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儚さに思う(「相棒はツンデレ猫の猫使い」番外編)

作者: 薬袋摩耶

あまりにも寒い朝。

雪の冷たさと美しさと儚さを思っていたら、ふと番外編を書きたくなってしまいました。

 今朝はひどく冷える。

 文机に向かって筆を動かしていた蒼雲(そううん)は、外から聞こえてくる楽しそうな声に手を止めた。立ち上がって、部屋の入り口の障子戸を開ける。

 身を切るような冷風が庭を渡ってくる。一面の銀世界だ。

「冷えるはずだな」

 思わず、着物の上に羽織っている丹前の襟元を寄せた。

「わーいわーい! 雪だにゃ! にゃぁ」

「にゃぁ。雪、雪!」

 庭から、猫の鳴き声に混ざって弾むような声が響いてくる。声のする方に目を向ける。2匹の大きな猫が、雪の上を飛び跳ねるようにして走り回っていた。

「獲った!」

「うにゃ! 獲った!!」

 並みの猫とは思えない大きな体。フサフサの長い被毛が、動くたびにさらさらと揺れる。身をかがめ、狙いを定めて一気に飛びつく。猫たちは、空から降ってくる白い欠片を、まるで獲物を狩るような動きで追いかけていた。無邪気な笑い声をあげながら追い回す仕草が可愛らしい。

「庭を駆け回るのは犬の専売特許じゃなかったか」

 蒼雲は、思わず口に出してしまった自分に、苦笑いを浮かべる。

 白毛に黒い雲のような斑模様が入っている猫は雲風(くもかぜ)

 夜霧のような深い青みがかった灰色の猫は風霧(かぜきり)

 どちらも、蒼雲が使役している化け猫だ。

 三層になっている被毛が、その体を実際よりも一層大きく見せている。鋭く青く怪しく光る眼光に、根元から二本に分かれた尻尾。しかしそんな化け猫も、はしゃいでいる姿は普通の猫と変わらない。

 猫を使役して祓魔・退魔の仕事をする猫風(ねこかぜ)家。物心つく前から化け猫と契約を結び、その関係は使役者が死ぬまで続く。蒼雲の記憶の全て、思い出の全てに、2匹の姿がある。

「蒼雲!」

「楽しいよ、遊ぼう遊ぼう!」

 縁側に彼の姿を見つけた猫たちが、走り寄ってくる。

 猫たちの長い毛には、雪の欠片が降り積もりキラキラと光っている。風霧が、板の間に飛び乗って蒼雲の足元に座る。

「俺はいい」

「にゃんで?」

 可愛い声で甘えながら、着物から伸びる彼の足に頬を押し付ける。長い髭がくすぐったい。

「にゃんで? 冷たくて気持ちいいよ」

 サファイアのような青い目が、蒼雲を見上げている。

「あぁ。知ってる」

 ザクッ

 雪に足を埋めながら、雲風はまだ雪と戯れていた。

 ほんの少し湿った音がして、その度に、雪を捕まえようとしている雲風の体がピョンピョンと大きく跳ねる。

「冷たい、綺麗。嫌い?」

 頬をこすりつけながら、風霧が訊ねてくる。水を弾く被毛は、決して肌を濡らすことはないが。豊かな首回りの被毛の先は、雪の水分を含んでしっとりと濡れていた。

「綺麗なのは嫌いじゃない。でも冷たいのは好きじゃないな」

 蒼雲は、庭に向けていた視線を、足元の灰色の猫に戻す。

「蒼雲」

 雪の上の雲風が呼ぶ。

「これね。捉まえるとすぐ溶ける」

 降ってきたばかりのひときわ大きな雪の一片を両手で挟んで捉えた雲風が、合わせた手を開いて不満そうな顔でこちらを見上げる。

 この世の理を無視した生物である化け猫は、体温も重さも、あるようで無く、無いようである。それでも、肉球の間にもびっしりと生えている毛が、雪片などあっという間に絡め取ってしまう。

「それはそうだろうな。雪だから」

「雪」

「雪ってフワフワ」

(こいつら、雪を見るの初めてだっただろうか?)

 と、蒼雲は記憶を辿る。そんなはずは、ないのだが。

「フワフワで綺麗」

 また、雲風の体が大きく跳ねた。飽きることなく雪片を捉えようとしている。

「雪は水滴が凍ったものだ。温められればすぐに溶ける」

 聞いているのかどうかわからなかったが、蒼雲は雲風の質問に答えてやる。

 ザクッザクッ

 彼が動くたびに、小気味良い音が響く。二本に分かれた長い尻尾が、それだけが意志を持った生物のように、ゆらゆらと雪の上を踊る。

「行くぞ、風霧!」

 雪の上を跳ねている雲風が風霧を呼んだ。

「人間みたいだね」

「ん?」

 足元から聞こえる風霧の声。灰色の大きな尻尾が左右に振られる。

「すごく儚い」

 庭に下りる直前、一瞬だけこちらを振り返った風霧の瞳には、少し悲しげな色が浮かんでいた。

 化け猫の寿命は長い。それにひきかえ人間の命は……。

 そして自分たちの使役関係も、いつか唐突に終わるのだろう。

 2匹の猫たちは、追いかけっこをしながら再び雪の庭のただ中に走り出して行った。楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 蒼雲は、素足のまま雪の上に降りた。

 静かに空を見上げる。

 真っ白な雪の欠片が、後から後から降ってくる。

 その光景はまるで、天上に咲く大輪の白菊が、一斉にその花弁を散らしているかのようだ。

「俺もいつか、白菊に埋もれる。それまでお前たちと、少しでも長く」

 雪は静かに舞い降り頬に触れ、静かに溶けていった。

普通の猫は人間より寿命が短くて、人間は彼らを見送る側になることが多く、その度に、切なく深い悲しみに打ちひしがれます。

でも、化け猫は人間より寿命が長くて、彼らは人間を見送る側に回るんだと思います。

化け猫も、関係を結んだ人間のことを切なく悲しく思ってくれるのでしょうか。

そうだったらいいな、と思います。

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