犯人が名乗り出た?!
翌日、ありさは午前九時過ぎに起きた。既に宿の朝食は終わっている。朝食を食べそこねたありさは、部屋を見回す。部屋には、千恵達はいない。多分、宿の中にある土産店にいるか、宿の近くを散策しているに違いない。
ありさはボ―ッとしながら、ため息をつく。
昨夜、フロントに“もう二泊宿泊したい”と申し出たところ、ありさ達が使っている部屋はちょうど空いていて、別の部屋に移動しなくても良かったのである。
「ありさ!」
春佳が部屋に入ってくる。
「あ、春佳、おはよう」
ありさはアクビをしてから、春佳に挨拶をする。
「大変なことが起こったのよ!」
「大変なことって何よ?」
ありさはまだ寝ぼけた顔を春佳に向ける。
「犯人が名乗り出たんだ!」
「えっ?」
ありさは寝ぼけた顔から事件をすり顔になった。
――犯人が名乗り出た?! 恐らく、その人は犯人なんかじゃない。
ありさには、その人が誰なのかわかっていた。
警察署に到着したいありさは、真っ先に石井刑事のところに行った。
「石井刑事、犯人が名乗り出たって…」
「そうや。福山健一や」
――やっぱり…。そうじゃないかと思ったわ。
「福山さんに会わせて!」
「アカン。今は取り調べ中なんや」
そう言うと、石井刑事はタバコに火をつける。
「一生のお願いっ!」
自分の顔の前で、両手を合わせるありさ。
「アカンって言ってるやろ」
「そうだけど、証拠はないんでしょ?」
「証拠はこれからや」
「ヒドイ。証拠もなしに名乗り出たってだけで、犯人扱いにするなんて…」
頬をふくらませるありさ。
「まだ犯人になったわけではない。犯人の一人として…」
「犯人にしてると同じよ。最初っから福山さんしか疑ってなかったくせに…。もし、間違ってたら大問題よ!!」
ありさは胸の中にしまっておいたことを、石井刑事にぶつける。
「仕方ない。特別やぞ」
石井刑事はありさの言葉が胸に響いたのか、タバコの火を消して言った。
そして、ありさは石井刑事に連れられて、取調室にへと向かった。
「福山さん、なんで? 二つの事件では、ちゃんとしたアリバイがあるじゃない?」
ありさはイスに座るなり、健一にすぐに聞いた。
健一はありさの問い掛けに黙ったままでいる。
「黙ってちゃわかんないって…」
ありさがそう言った瞬間、
「お父さんっ!」
バンッ!と大きな音を立てて、美沙が入ってきた。
「こらっ! 入ったらアカン!」
石井刑事が美沙に注意する。
「お父さん、犯人なんかじゃないやんな?! 私はお父さんが犯人なんて信じひんもん!」
美沙はひどく興奮している。
「ねぇ、お父さん、犯人とちゃうと言うて!」
必死に問いただす美沙をよそに、依然、黙ったままの健一。
「そ、そんな…いやっ! お父さんが犯人やなんて…」
その場で泣き崩れた美沙。
「石井刑事、美沙ちゃんを…」
「福山さん、美沙ちゃんのためにも全て包み隠さず話して欲しいの。お願い」
頼み込むありさ。
「一つ、聞いていいですか?」「いいけど…何?」
「山下さんってなんなんですか?」
「え…?」
「探偵…ですか?」
健一の質問に、少し間をおいてから、
「そうよ」
頷くように答えたありさ。
「そうなんですか…」
「だから、話して」
健一はコクリと頷く。
「実は、私、脅迫されていたんです」
「いつからですか?」
「昨日の夕方からです」
「誰だかわかります?」
「男性だとはわかったんですが、声はこもっていたので、若かったかどうかはわからなかったんです」
「そうでしたか」
納得したような口調になるありさ。
「肝心な話の内容は…?」
「殺されたくなければ、警察に出頭しろ、と言われました」
怯えながら答えた健一。
「じゃあ、犯人は福山さんじゃないんですね?」
確認するように聞くありさ。
「はい、そうです」
「そういうことだから、家に帰してあげてよ」
ありさは山元刑事のほうを見て言う。
「わかりましたよ」
怒った口調で言い立ち上がった山元刑事。
ありさはホッとした表情をしたが、この時はこの状況を気にもとめていなかった。
ありさが健一と美沙と三人で帰ってきたのは昼前だった。
その日の午後三時、昨日と同じフロント近くの部屋で、再び事情聴取をすることになった。
「美沙さん、野本さんが殺害された日の午後十二時前後って、何してたんや?」
石井刑事は右手にペンを、左手に手帳を持ち、美沙に質問した。
「事情聴取が終わって、友達とご飯食べる約束をしてたんで会ってました。十二時頃って待ち合わせに向かってる途中やっと思います」
「友達の名前は?」
「ユイ。遠山ユイです」
「家の電話番号かケ―タイの番号どちらか教えてもらえるかな?」
美沙は赤い手帳を見て、家の電話番号を伝えた。
「山元、確認とってこい!」
「ハイッ!」
「美沙さんは今いくつや?」
「十六歳、高一です」
「そうか。じゃあ、次は大川さん。あなたは亡くなった野本さんとお知り合いなんだそうですね?」
石井刑事は智の顔を見たとたんに言った。
「え?」
ありさは小さな声を出した。
「どこでお知り合いになったんですか?」
「取材でや。静奈は小さなケ―キ店をやっていて、口コミで“手頃な値段で、お客様のニ―ズに答えてくれる”ってのを噂で聞いて取材に行ったんや。それで色々と趣味が合って、仲良くしてたんや」
智は静奈と知り合いになった経緯を語った。
「いつ頃、取材に…?」
「確か…三年前の秋やったかな」
思い出すように答えた智。
「なんで野本さんの下の名前を呼び捨てにされてるんですか?」
「静奈がいいって言ったからや。静奈もオレのこと下の名前で呼んでたよ」
「昨日の事情聴取の時には、知り合いって感じじゃなかったですよね?」
ありさは昨日の静奈と智の様子を思い出しながら聞いた。
昨日の二人の様子では、初対面って感じだったから、ありさは気になったのだ。
「静奈は若女将と知り合いの上、オレとも知り合いやから、オレら二人が若女将を殺したんじゃないかって疑われるから、知り合いじゃないフリをしたし、敢えて言わなかったんや」
智はありさにじゃなく、刑事に向かって答えた。
「ほぅ…。それにしたら妙ですな」
「妙って…?」
智は石井刑事の言ったことに、把握出来ない表情をした。
「それなら前もってきちんと言って欲しかったですな。自分は野本さんと知り合いやとね。野本さんを殺害したのは、あなたじゃないですか?」
「違うっっ!! 仮にオレが静奈を殺したとしても、ここの若女将を殺した理由はなんや?! いくら静奈の知り合いやと言うたからって、若女将を紹介されたことはないで!!」
智は大声で主張をする。
――確かにそうだ。野本さんを殺害出来たとしても、若女将を紹介されていない限り、殺害する理由なんてひとつもない。
ありさも智と同意見だった。
「石井刑事! 美沙さんのアリバイが証明されました!」
山元刑事は部屋に入るなり、石井刑事に伝えた。
「…となると、大川さんは限りなく犯人に近いですな」
「証拠はあるんか?」
石井刑事は黙ってしまう。
「そら見ろ! 証拠もないのに犯人にされたら困るな」
「アンタが犯人やという証拠は必ず持ってくるからな!」
山元刑事はムキになる。
「なんやと〜〜〜〜?!」
智は山元刑事を睨む。
「二人共やめてよ」
ありさが止めに入る。
「もういい。大川さん、部屋を出て行ってくれ」
石井刑事がブスッとした声で言うと、智は大きな音でドアを閉めて出て行った。
「物使いが荒い人やね」
美沙は独り言のように呟く。
「確かにね」
ありさも同感する。
「一応、ありさ君にも聞いておきたいんだが…」
石井刑事は気を取り直して、ありさのほうを向いた。
「二つの事件が起きた時間は、ありさ君達はどこに…?」
「疑ってたりする?」
ありさは冗談っぽく言う。
「いや、そういうワケでは…」
慌てて否定する石井刑事。
「若女将の時は六人で京都巡りしてたよ。野本さんの時は六人一緒にいたよ」
「六人の犯行は無理ですね。わざわざ東京から来て殺害する理由は弱いですね」
山元刑事が言った後、石井刑事は腕を組み考え込んでしまっている。
「凶器は見つかったの?」
「いいや、まだや」
「そっか…」
――凶器は犯人が捨ててしまっているか、まだ持っているかのどちらかよね。血文字の意味もわからないし…。何かが欠けているのよね。この殺人に関する何かが…。
「ありさ君、実は明後日でこの事件は一旦終わりなんや」
「ええっ?!」
「だからありさ君の力でなんとか…」
石井刑事は土下座する。
「山元もお願いしろ」
「ありささんが心配です、とても…。でも、お願いします!」
二人は土下座をしたまま、頭を上げない。
「ヤダ…。二人共、頭上げてよ」
うろたえてしまうありさ。
「なんとかするわ!」
「ありささん、大丈夫なん?」
美沙が心配そうに聞く。
「大丈夫! きっと事件を解決してみせるわ!」
美沙の顔をまっすぐ見て言った。




