【1★ 騎士はつらいよ】 人族の『剣』
今後、主要人物の1人になる、
ルドルフ・T・アッテナーの視点です。
勇者召還のちょっと前。
今日は部隊の稽古も終わったので、ブッチーナさんに頼まれていた肥料回収の手伝いに向かうことにした。
目的地は王都の壁を出て少し森に入った所にある畑だ。ここにはキャベツが植えられている。
こんな所に畑があるのは、人族が食べるためでなく、魔物に食べさせる為に作っているからだ。
バウンドヘッジホッグという魔物はキャベツなどの野菜が好物で、体の大きさは人族の乳児くらい。遭遇しても、冒険者なら簡単に倒せるのだが、厄介な攻撃を仕掛けてくる。
攻撃パターンは二通り。
一つは、跳躍力をいかしての体当たり。背中が棘だらけになっていて、体を丸めて棘のボールになって仕掛けてくる体当たりは、攻撃力が高い。
もう一つは、糞攻撃。この魔物は赤色と緑色の糞をする。それぞれ単体では何も無いのだが、2つの糞を混ぜると火力は低いが爆発を起こす。この爆発を利用して体当たりの勢いを増す事も出来るし、爆弾としての効果もある。
そして、この糞は人族の生活において大いに使用できるのだ。赤い糞は乾燥させると、よく燃える素材になるので燃料として家庭で使用される。緑の糞は肥料としての効果があるため、どちらも重宝される。だから、この糞を回収しやすいようにエサ場をつくる。
バウンドヘッジホッグ自体は弱い魔物に分類されるがトリッキーな攻撃をしてくるので、一般人には少々危険の為、回収には冒険者以上の力を持った者が行く。
糞を分けて回収するため、麻袋を2つと、遭遇した時に戦えるように簡単な装備を整えている時だった。
「ルドルフ、何をしているんだ?」
2番目の兄ルビデが私を探しに騎士の稽古場に来た。兄がこんな所に来るのは珍しい。
「王都の外にヘッジホッグの糞を回収しに行く準備をしていました」
私が答えると、顔をしかめて兄が言う。
「そんな仕事など、冒険者に任せたらいいのだ。お前は、もう少し王族の自覚を持て! 城での仕事はしていないとしても騎士階級を持っている貴族なのだぞ!」
まったく、ルビデ兄さんは頭が固い。
国の事は、父上と兄上2人が上手く管理されている。三男である自分は政治より体を動かす方が向いているから騎士の仕事を志願したのだ。
騎士隊長としての務めは果たしているつもりだ。空いた時間に民の農業を助けるのは国のためになると思うのだが、兄は民との触れ合いを良しとしていない。
私が黙っていると、兄が怒ったように言う。
「とにかく、父上がお呼びだ。城に来い!」
父上の呼び出しなら、仕方がない。城に向かうか。ブッチーナさんの所へは他の兵士に行かせよう。
「まさか、そんな格好で城に行くのでは無かろうな。せめて騎士の装備をしてこい!」
そう言って兄は城へと去っていった。
私は慌てて支度を始めた。騎士のフル装備なんて、時間がかかる。
どうにか装備を整えて、城に向かい、王の間の前まで来た。
兜を外し、脇に抱えて部屋のにへ入る。
そこにはすでに、父ロドニー王・長兄ラステト・次兄ルビデが揃っており、他にも国の主要人物と言える何人かが居た。中には幼少時に先生として教えてくれていた王立図書館の司書エカテリーナの姿もある。
「遅くなり、申し訳ありません!」
言いながら、父上の元へ馳せ参じる。
父上は私に頷き、部屋の皆に向けて話し出す。
「皆の者、悪い知らせがある」
皆の視線が王に集まる。
「この城の地下には神器の1つを祀っている神殿がある。その事はここに居る者しか知らない事であり、今後も他言無用である事を再認識して聞いて欲しい」
王が表情を曇らせながら話を続ける。
「先程、その神器が濁っているのを発見した」
集まった人々がざわつく。
「報告を受け、我自ら神器を確認しに行った。神器に闇の様な靄がかかり、我には濁っている様に見えた。エカテリーナ説明を」
国一番の知識を持つと言われるエカテリーナが王の言葉に続ける。
「『神器には願いを叶える神の力が込められている』と云われています。神器に認められた者だけが、神器の力を借りて願いを叶える。そして、その願いは善悪を問わない。悪しき者の強い願いが神器に認められれば、神の力は世界に災い齎す。」
その説明に皆が気付いた。
「神器は3つあり、地下の神殿にあるのは、その1つ、人族に与えられた『剣』です。これが反応したということは、神器が強い願いを認めたということ。そして、濁っているのは、その願う者が悪しき者だからだと考えられます」
人々が騒ぎだした。その騒ぎを収めるように、王が大きく声を出す。
「エカテリーナよ! 何か方法はないのか?」
「願う者とその願いが悪しきモノでなければよいのですが、今の『剣』を見る限り、悪い状況を考えるべきでしょう」
皆が顔を強ばらせて静まる。
「出来る事は、
願う者から『剣』を守る事、
願う者を倒す事、
『剣』を浄化する事、
私の思いつく限りでは、これだけです」
その言葉に王が訪ねる。
「浄化など出来るのか!?」
エカテリーナが答える。
「強い願いに神器は反応します。善い願いを持つ者が神器に認められ、神器に触れれば、神器は浄化されるでしょう。しかし、悪しき願いを持った者が消える訳ではありません。ですが、その神器の力を借りて倒す事が出来るかもしれません」
皆が考える、そんな者がいるのかと。
ここにいる者は神器を知っている。神器の存在を知った時、神器に触れる儀式をエカテリーナ以外は全員行った。エカテリーナが除外されたのはハーフエルフだからだ。『剣』は人族にしか反応しない。しかし、駄目だったのだ。神器に認められない者は、神殿に入ることすら出来ない。だから、今まで誰も神殿に入った事がない。外から『剣』を覗いただけの儀式だった。
「まずは、もう一度、皆で儀式を行いましょう! そして、誰も神殿に入れないのであれば……」
エカテリーナは続ける。
「……勇者なら、あるいは……」
兵士「隊長に言われて来ました」
ブッチーナ「おお、ありがたい」
兵士「何をしたらよいのでしょうか?」
ブッチーナ「糞の回収をお願いします」
兵士「は?」
ブッチーナ「糞の回収です。行きますよ!」
兵士「!?」
ルドルフ「読んで頂きありがとうございます!」