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精霊の祝福  作者: 裏庭集会
第二幕
4/34

ユイと気まぐれと不思議な本

 虫刺されが痒くって、つい、かきむしってしまったことはないだろうか?

 治りかけのかさぶたが気になって、ダメだとわかっていても触って――剥がしてしまったことは?

 あるいは沁みるとわかっているのに、口内炎を舌で確認してしまったことは?

 ユイにとって、ソレはそんな風に気になるものだった。

 他の事に集中してしまえば簡単に忘れてしまう程度のものなのに、一度気になりだすと気になって仕方がなくなる。安易に触れれば手痛いしっぺ返しを食らうのはわかっているのに、ついつい触れてしまう。そういったものと同じもの。

 ただユイにとって幸か不幸か、ソレは頭の中にあった。直接手で触れることのできない、頭の中に。


 ユイ――ユーフィーミアがソレに気づいたのは七歳、いや、もうすぐ八歳になろうかという冬も終わりの頃だった。お山のヌシ様の祝福で聖女のお務めをいただいてからというもの、なんだかんだとあわただしく春も夏も秋も過ぎ去ってしまって、気づいたら冬の寒さすら緩み始めた、そんな頃だ。珍しくよく晴れた昼下がり、珍しく何もしないで日当たりの良い縁側に座り、ぼうっと庭の雪景色を眺めているときに気づいたのだ。頭の中に白くぽっかりと空いたような、丸くくりぬかれてしまったような、そんな空白があることに。

 考えなしの子供だったユイは、やはり考えなしにソレに思いをめぐらせ――そしてあっさりとひっくり返ったのである。

 次に気づいたときには部屋に寝かされていた。何時間寝ていたのだろう。まだ高かったはずの日は落ちて、行灯に火が入っていた。すぐそばにはお爺ちゃんな白ひげの典医(せんせい)と、仕事を一切合財筆頭家老に丸投げして駆けつけた父、えぐえぐと嗚咽しながら怒る器用な従姉が揃っていて、なかなかにカオスだったことを覚えている。


「熱もなし。脈も正常……と。どこか具合の悪いところはあるかね? 気分は?」

 一通り診察した後、安心させるように穏やかに笑う典医に聞かれて、ユイは小さく首を振る。

「大丈夫です。特にないです。」

「ふうむ。顔色も良くなったし……もう大丈夫だろう。」

 典医は太鼓判を押してくれたが、それでも上体を起こすことは止められた。

 そんな壊れ物を扱うみたいに大げさにされなくても全然なんともないのだが、心配性な父はそれでも納得できないらしい。典医と入れ替わるようにユイの枕元に座り、自分自身でもユイの小さな額に手を添える。顔色がすっかり良くなっていること、熱のないことを自分で確かめてようやく納得したのだろう、不安でゆがめられていた目元が緩み、混じりけなしの安堵がこぼれた。額に置かれた手のひらは、そのままゆっくりと前髪をかき上げて、優しく頭を撫でる。

「本当によかった。倒れたと聞いて、どうしようかと思ったよ。」

「心配かけてごめんなさい。」

 息をついて肩の力を抜く父の目じりに光るものを見つけてしまって、ユイは心底申し訳なく思った。もちろん、わざとやったことではないけれど、父をうんと不安にさせてしまったのだ。この人は置いていかれることを何より恐れているのに。

「ごめんなさい、おとうさま。」

 ただただ謝ることしかできないユイは、すりっと父の手のひらに身を寄せる。

「ごめんなさい。」

「ユイが無事ならそれでいい。」

 穏やかに微笑みながら、父はゆっくり一撫でしてから手を引いた。優しく頭を撫でてくれていた暖かい手のひらが離れていくのを名残惜しく思う。

「でも急に倒れるなんておかしいですっ! どこか具合がお悪いんじゃないですか!? 無茶なさってるんじゃないでしょうね!?」

「そうだね。マリエの言うとおりだ。具合が悪いときはきちんと休まないといけないよ? 聖女の務めが負担だというのなら――」

「ちがうの。」

 失礼だとわかっていても、口を差し挟まずにはいられなかった。

「おとうさまもマリちゃんもちがうの。わたし、無理なんかしてないよ?」

「じゃあなんで倒れたりするんですっ!? あたしがそばについていながら……!」

 父の反対側の枕元にぺたりと座り込んだマリエが、器用にも泣くと怒るを同時進行させつつ、自分を責めている。怒っているのも、おそらくは自身に対してだろう。自分がちゃんと面倒を見ていなかったせいで、とか、もっとちゃんと気を配っていたら、とか考えているに違いないのだ。お姉ちゃん気質で面倒見がよく、責任感の強い彼女のことだから。

(そこがマリちゃんのいいところなんだけど……。)

 もう少し、信頼してくれてもいいと思うのだ。マリエから見れば頼りないだろうけれど、同い年なのだから。

「そうじゃないの。あのね、気を失ったのはびっくりしたせいなの。」

「……びっくり?」

 うん、とうなずいてつっかえつっかえ説明する。頭の中にある、真っ白い部分に気づいたことを。ソレについてよく考えてみようとして、手を伸ばそうとして、弾かれたようになり、目の前に火花が散ったことを。

 うまく説明できたかどうかはわからないが、父は顎に手を当てて「ふむ」と考えこんだ。マリエも口を閉ざし、眉根を寄せ、なにやら神妙な顔をしている。

「――ユイはどうやら、『精霊様の気まぐれ』に当たったようだね。」

「『精霊様の気まぐれ』?」

「それって、『精霊様の祝福』と何が違うんですか?」

 ユイとマリエが揃って首をかしげて目をぱちくりとさせる。意識などしていない動作なのだが、実の姉妹のようにそっくりだった。

「『精霊様の気まぐれ』は祝福と同じように精霊様――お山のヌシ様から授かるものだよ。ただ、全員に当たるわけではないし、必ずしも役には立たないけどね。」

 気まぐれと呼ばれるのはそのためだね、と父はコミカルに肩をすくめて見せた。

「……役に立たないんですか?」

「必ずしも実用的でない、というべきかな。見たことのない風景や、会ったことも聞いたこともない人の記憶を得ると言われているね。新しい技術の知識を授かることもあるというから、有用なときもあるのだけれど。」

「知らない、人の、記憶……。」

 マリエが呆然とつぶやいた。心なしか、顔色が悪い。

「マリちゃん? どうしたの? 大丈夫?」

 心配になって訊ねると、マリエはふるふると首を横に振る。

「話の邪魔をしてごめんなさい、大丈夫です。ただちょっと、知らない人の記憶なんかあったら、それこそびっくりするだろうなって思って。」

(そうかもなあ……。)

 ほかの人の記憶がある、という状態は、ユイには想像もつかなかった。思いっきり感情移入しながら読んだ物語の主人公に、自分を重ね合わせるような感覚だろうか? 頭の中に二人の人間がいるような状態なのだろうか? この頭の中の空白に、誰か別の人間が住んでいるのだろうか?

 ……たしかにそれは、びっくりするだろう――びっくりどころではない気もするが。

「心配は要らないよ、二人とも。」

 揃って顔をしかめてしまったユイたちを安心させるように、父は微笑む。

「『祝福』にせよ、『気まぐれ』にせよ、ヌシ様は受け入れる準備ができた者にしか、授けてくださらない。真っ白にしか感じられないのなら、ユイはまだ準備ができていないということだろう。」

 再び穏やかに頭を撫でてくれる、大きな温かい手のひらを感じながら、ユイはゆっくりと目を閉じた。

「心配は要らない。いずれわかるときが来るよ。それまで『気まぐれ』のことは忘れて、ゆっくり大きくなりなさい。」

「……はい。おとうさま。」


 と、いう経緯があって、ユイもなるべくソレには触れないように気をつけてはいた。気をつけてはいたのだが――触れてはいけないとわかっていると、余計に触りたくなるのが人情というもの。気になるものは気になるのである。ダメだダメだと思いながらも、今日こそは理解できるようになっているかもしれないからと言い訳をしてソレに触れては気絶して、周りに心配をかけてしまったことも一度や二度ではない。……まあ、ご愛嬌の範囲だろう、と思っている。

 とはいえ、回数を重ねるうちに心配されるよりも呆れられるようになってしまい、さすがに拙いと学習したユイは、以降ソレについて考えるのは寝る前と決めていた。理由は簡単。ソレにはじかれて気を失ったところで、誰にもばれないからである。しかも結構寝起きも快適だったのだ。

 最初は確かにソレについて理解するために手を伸ばしていたはずなのに、ソレに触れると眠れないときでも即座に眠れるからという理由で手を伸ばすようになったあたり、本末転倒なユイではある。


 そんなこんなで、その日ソレに思いを馳せたのも、実は寝付くためだったりする。


 その日はマリエの十二歳の誕生日だった。気分が高揚してしまって、ちょっと眠れそうになかったのだ。

 いつも通りの誕生日なら、家にいる弟やマリエたちカーティス一家、騎士たちや使用人たちとお祝いするのだが、その年は違った。サプライズイベントのつもりか、父が三ヶ月ぶりに長期出張から帰ってきたのだ。帝国アカデミーに就学中の従兄――ユートを連れて。

 そう、ここが重要。とっても重要。

 マリエあたりは、いまだに父が帰ってきたからユイのテンションが上がったのだと思い込んでいそうだが、もちろんそんなことはない。十二歳にもなれば、さすがに誕生日に父親がいないからといって、すねたりしない。領主である父が忙しいことも、帝都からラグロウズまで片道半月はかかってしまうことも、ユイはわかっていた。自分のためにわざわざ帰って来てくれれば当然嬉しいが、むしろそのために無茶をしたのではないかと心配になる程度には、父の多忙ぶりを理解していた――が、ユートも戻ってくるとなれば、話は別だ。

 ユートはユイの憧れの人だ。そのさらさらで柔らかい亜麻色の髪も、夏のお山のような深緑の目も、穏やかな声音も、落ち着いた物腰も、優しい性格も、全部、全部大好きだ。ユートのことを思うといつだって、ごろごろ転がりたくなるような、ぺしぺし畳をはたきたくなるような、そんな衝動に駆られる。それなのに、彼に「ユイ様」と名前を呼ばれると、きゅうっと胸を締め付けられるような、嬉しいのに泣きたいような、そんな気持ちになる。まして久しぶりに会ったユートは、背が伸びてずいぶん大人っぽくなっていた。見違えそうなほど素敵になっていた。そんな彼が目を細めて、口角をちょっと上げて、少しかすれた低い声でユイに向かって言ったのだ、「ただいま戻りました、ユイ様」と。

(ただいまって! ただいま戻りましたって! 新婚さんみたい! 奥さん? わたし、奥さんなの!?)

 お祝いが終わり、一人自室に引き上げたユイは、真っ赤に染まった頬を両手で挟んで思う存分、身悶えた。

 ……これでも人前ではぼろを出さないように、なんとか取り繕ってしのぎきったのだ。むしろ、鋼の耐久性を誇るユイの理性を褒めて欲しいくらいだ。誰も見ていないのだから、これくらいは許して欲しい。

 とはいえ、明日は普段どおりの平日だ。お祝いムードを引きずって寝坊するわけには――なにより寝不足でむくんだ顔をユートにさらすわけにはいかない。

(そろそろ寝なきゃマズイよね……。)

 だが、このままのテンションでおとなしく眠れるはずもなく。

 三百匹まで羊を数えたところで寝付けないことはわかりきっていたから、ユイはあっさりと最終手段に手を伸ばす。頭の中の例のアレに。

 いつもならすぐに弾かれてしまうのに、その日は違った。

(あ、あれ?)

 弾かれない。火花も散らない。それどころか、ソレは真っ白い何かではなくなっていた。

(……本?)

 頭の中の本に意識を向けると、目の前の空間がゆらりと揺らいだ。ぼんやりとだが、本が姿を現す。

(えっ!?)

 驚きのあまり、集中が乱れる。そのとたん、幻の本はふっつりと消えた。

 二、三度瞬きを繰り返したユイは一つ大きく深呼吸をし、そろそろと意識を本に戻す。陽炎のように空気が揺らぎ、再び本が現れる。今度は慌てないように慎重に、何もないはずの空間に焦点を合わせた。幻のはずの本が、表題が読めるほどにはっきりする。

(『君の瞳に祝福をパーフェクトガイドブック~甘い魅惑のひと時をあなたに!~』?)

 つるつるとした光沢を放つ表紙には飾り文字による表題と、揃いの衣装を着た色彩豊かな四人の男性のイラストが描かれていた。表紙の質感もあるのだろうが、妙にキラキラ? テカテカ? したその姿になぜか見覚えがあるような気がして、まじまじと眺めて気づく。

(あ、これ帝国アカデミーの制服だ。)

 紺青のジャケットにエンブレム入りの黒いタイ。校章や腕章の細部が省略されているから断言はできないが、たしか高等科男子用の制服がこんな感じだったはずだ。アカデミー生であるユートにねだって着て見せてもらったことを思い出す。もっとも、見せてもらえたのは一度きりだけど。よく似合っているのに、恥ずかしがってなかなか着てくれないのだ。

(じゃあこれ、アカデミーの話なの?)

 おそらく自分が通うことの叶わない、そしてユートが生活しているアカデミーのことが書かれているかもしれない。俄然興味がわいたユイが、思わず幻に過ぎないはずの本に手を伸ばし――ふつうの本のように手が届いて面食らう。

 ぱちぱちと目を瞬かせたユイだったが、細かいことは気にしないことに決める。 

 『祝福』にせよ、『気まぐれ』にせよ、精霊様のもたらすものは不思議がいっぱいだ。いちいち悩んでいては始まらない。

 表、裏、そしてまた表。手に取った本を開く前に、ためつすがめつする。カラフルで華やかな表紙と違い、裏表紙は中央にティーカップを模した丸い文様が描かれているだけだ。そして背表紙が表紙の左側にあった。

(珍しい。左開きなんだ。紐綴じでもないし……背で糊付けされてる……?)

 通常、ラグロウズの本は縦書きで右開きの紐綴じだ。エレンダール語の本なら横書きで左開きが当たり前だが、ラグロウズ語で横書きの本はまず見かけない。見慣れた文字が見慣れない方向に並んでいることに、どこか据わりが悪いような違和感を覚えながら表紙を開け、ぱらぱらとめくる。

(すごい……。フルカラーなんだ。)

 表紙を飾る人物の全身が描かれたイラストや、たくさんの四角が矢印でつながっている大きな表、アカデミーの構内図らしき手書き風の地図など、ぱっと見る限り、全てのページが色つきだった。最後のページまで見事にカラフルだったことに驚いて、ユイは目を丸くする。

(……どれだけ手間がかかっているんだろう。)

 想像もつかなかった。多色刷りがどれだけ大変かを考えれば、膨大な手間がかかっていることは間違いがない。もっとも、お山のヌシ様がくれた本にもそのまま当てはめて良いのかどうかはわからないが。

 それでも。これはじっくりと読み込まねばならないだろう。

 認識を改めたユイは、うんうんとうなずきながら先頭のページまで戻る。扉、目次とめくったところに、それはあった。

 うっすらとぼやけたようになっているけれど、薄紅色の花をつけた木々――桜だろうか――を背景に女の子が後姿を見せている。そんなイラストの上に、説明らしき文章がほっそりとした風変わりな書体で踊っていた。


 帝都シェリエールでは長い間、神殿の精霊たちを祀る神官が誕生せず、御魂鎮めの儀式を行えずにいます。そのため、帝都に暮らす人々は精霊に授かった『祝福』の力が使えなくなったり、逆に暴走したりと不安定な日々を送っています。

 そんな状況をどうにかするために、アウラ湖の貴婦人から『聖の祝福』を授かったあなたが、『鏡の聖女』として帝国アカデミーに招かれました。あなたの使命は聖女としての能力を高め、御魂鎮めの儀式を行い、帝都に安定を取り戻すこと。

 あなたはアカデミーで魅力的な四人の男性と出会います。彼らとの交流と学園生活とを通じてあなたは聖女にふさわしい能力を身につけていくことでしょう。そして彼らと胸を焦がすほろ苦くも甘い魅惑のひと時を過ごすこととなるでしょう。

 はたして、あなたは無事に御魂鎮めの儀式を成功させ、帝都に安定を取り戻すことができるでしょうか。そして彼らとの恋の行方は――?


(……。)

 ユイはぱちぱちと目を瞬かせ、何とか文章の意味を理解しようと務める。

 『あなた』とはどういうことか。『鏡の聖女』とは何か。

 自分のことでないのは明らかだ。ユイはお山のヌシ様を祀る神官であり、それ以外の何かではありえないからだ。まして帝都の神殿で祭事を執り行うなどありえない。ありえないどころではない。不可能なのだ。『精霊様の祝福』は、『祝福』を授けてくださった精霊様のお膝元でしか使えない。『聖の祝福』も例外ではない。ユイはラグロウズでしか、お山のヌシ様にしか御魂鎮めの儀式を行えない。

 文章を読む限り、『あなた』はアウラ湖の貴婦人――帝国北部高地地方にある湖の精霊の神官であるはずだ。火の精霊や水の精霊のように、世界各地に分社が存在する規模の大きい神殿なら話は別だが、地方にある湖の精霊の神殿が遠く離れた帝都にあるとは思えない。常識で考えるなら、『あなた』が帝都で『祝福』の力をふるえるはずがない。

 だが『あなた』は帝都で御魂鎮めの儀式を行えるようになるらしい。

 どういうことかわからないユイは、首をかしげながら、次のページをめくる。

 主人公(ヒロイン)、と銘打たれた次のページには、金髪に青い目の女の子が描かれていた。気合を入れるように両手を握り締める、彼女の名前はメアリ・フェイバー。帝国アカデミー高等科に入学したばかり、人懐っこくて頑張り屋さんの一年生。

(彼女が『鏡の聖女』なんだ。)

 イラストに比べて小さく書かれた説明文に目を通す。

 『天空の鏡』の二つ名を持つアウラ湖の貴婦人(精霊)から授かる『聖の祝福』は、別名『鏡の祝福』と呼ばれるらしい。仲良くなった人が持つ精霊の加護をわが身に映し出すことで、湖の貴婦人以外のほかの精霊の御魂鎮めが可能になる特別な『祝福』。

(それで御魂鎮めができるようになるのね。)

 アカデミーで出会うという四人の男性は、それぞれ精霊様の加護が強い人たちのようだ。彼らと仲良くなり、彼らの持つ加護を自分に重ね合わせることで、その精霊様の御魂を鎮める――そうなるように彼女(ヒロイン)を導く。

(ひょっとして……これって、なりきり双六みたいなもの?)

 なりきり双六は、昔からラグロウズで楽しまれている遊びの一つだ。サイコロを振って出た目の数だけ升目を進み、最初に上がった者が勝ちなのはふつうの双六と変わらない。ただ、升目には課題が設定されており、参加者はゲーム開始前に決めた剣士や魔法使い、僧侶といった役割に沿って、それを解決する。要は、役割にそって課題を解消しながら一番でゴールすることを目指しましょう、というゲームだ。そもそものサイコロの目だとか、場札や手札に何を引くかとか、かなり運が影響するゲームだとユイは思っているが、騎士見習いたちにはそうでもないらしい。ふつうの双六と違ってルートが一本道でないとか、選んだ役割によっては得意不得意があるとか、チーム戦が可能だとかで、かなり戦略性があるらしい。

 らしいというか、戦略性があるのだと熱く主張されたものの、語られたほうのユイとマリエにはさっぱりついていけなかったというか。

 それはともかく、これがなりきり双六のようなゲームの解説書だとしたら――だとしたら、いろいろ納得できる。『あなた』は読者(ユイ)であり、主人公(ヒロイン)なのだ。主人公になりきって、儀式成功という課題を解決し、恋の成就という目的(ゴール)を達成する。

(つまり現実じゃないってことだよね? だったら……なんのために?)

 『気まぐれ』にせよ、お山のヌシ様が授けてくださった知識だ。何か意味があるに違いないと、ユイは真面目にページをめくる。主人公であるメアリ・フェイバーや、攻略対象とされる四人の男性のプロフィール。穏やかで優しい公爵家の三男、情熱的でさわやかな騎士候補生、いつもクールで少し皮肉っぽい学年首席、そして、ミステリアスでセクシーな留学中の砂漠の国の王子。彼らとの関係を深めていく一連の出来事と模範解答。各種パラメータやアイテムの説明。攻略対象以外でも主人公に関わる人々。それらを一つ一つ丁寧に、真剣に読み込んでいく。


 当然のことながら、いつも寝るはずの時間を大幅に超えて、夜は更けていった。

 もちろん、翌朝いつもどおりに起きられるはずもなかった。

作中のゲームはもちろん裏庭集会の勝手なイメージです。

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