小話(八) カリールとお出迎えするシャイな忠犬
本編でユイ&マリエが頑張っている裏で、他の子供たちは何をしていた?
……という思いつき第五弾です。デートと洒落込もうとしたカリールが出くわしたものとは?
(おやあ?)
今日も今日でうっとうしいノルズの監視をかいくぐり、デートと洒落込もうとしたところだった。
送迎用のロータリーに留まっている馬車を見てカリールは首をかしげる。シンプルだが丁寧なつくりの小型の馬車は、紋章を外しているからどこの家の物かはパッと見ではわからない。だが、馬車の前にたたずむ亜麻色の髪の男には見覚えがあった。
(えーっと、あれはたしか……。)
カーティス。カーティスだ。ユフィの侍女――あのかわいらしい茶髪の娘のお兄さん。
答えにたどり着いたカリールは、にっこり笑う。これはちょっと面白そうなことになった。
「――カリール様?」
「ああ、ごめんごめん。」
左腕にぶら下げた女生徒にもにっこりと微笑みかける。次いで眉尻を下げて悲し気な顔を作った。
「――ちょっと急用を思い出しちゃった。デートはまた今度でいいかな? 埋め合わせはするから。」
「まあ。」
女生徒は目を丸くしてカリールを見たが、しばらくしてため息をつく。からんでいた腕を放し、
「そういうことでしたら、いたし方ありませんわね。でも次はありませんわよ?」
と、少し拗ねた素振りの流し目をくれる。
カリールの興味がすでに自分から移っていることを察して、ヘタにごねて機嫌を損ねるよりは、一時撤退する方を選択したのだろう。撤退しつつも一矢報いることで、自分の存在を少しでもカリールの中に刻もうとしている。
(うん、カンのいい子も、頭のいい子も嫌いじゃないよ。)
でも彼女と遊ぶのは別に今じゃなくても構わないし、彼女じゃなきゃダメってわけでもない。そこが彼女にとっては痛いところなのだろうなと、カリールは人ごとのように考えた。
女生徒が完全に立ち去るのを待って、馬車に歩み寄る。
「やあ。」
軽く右手を上げて声をかけると、カーティスは驚いたように少しだけ目を開いた。でもそれ以上感情を表に出すことはしない。
「これは、カリール殿下。」
胸に手を当てて一礼。なるほど、よく躾けられている。
(からかいがいがありそうだ。)
新しいおもちゃを見つけたみたいに、楽しくなってしまう。
「ユフィのお迎え?」
「はい。」
そりゃそうだよねー、と思う。それ以外の用事だったら逆にびっくりだ。とはいえ、当たり障りない会話は円滑なコミュニケーションに必須のスキル。なくてはならないものである。
……心配なことに、新しい友人はこの辺のスキルがなってない。今までどんな教育を受けてきたのやら? 余計なお世話かとも思うが、おいおい鍛えてあげようと心に決めている。いずれは彼も所領を継ぐ者として社交界に乗り込まなければならないのだ。なしでもオーケー、というわけにはいかないはずだ。多少荒療治になるだろうけど、今度グループデートにでも連れ出してあげようと思っている。そうでなくても、失恋対策には新しい恋が一番だし。彼のスキルアップを図りつつ、傷心も癒せて、自分も楽しい。一石二鳥どころか一石三鳥を狙えてみんなハッピー、すばらしい。
(ま、カタスカーナはともかく、このお兄さんは少しはマシ……かな?)
興味津々でカーティスを観察する。自分が話しかけたことに対して、不審に思っているだろうにちっとも顔に出さない。余計なことも言わない。ちょっと神経質になっているような気もするが……カーティスの常態がわからないから、今は何とも言えない。とりあえず、召使としては合格。でも使えるだけの召使に、ユフィを任せるわけにいかないよ?
カリールは口角を吊り上げる。
「そう。じゃあ、帰っていいよ。今日は無駄になるから。」
カーティスはぱちぱちと数回瞬きするだけで、顔色一つ変えなかった。
「そうですか。失礼ですが、理由を伺っても?」
「僕とデートだから。」
今度の沈黙は長かった。
「レディ・カタスカーナ付きの侍女からはそのような報告は受けておりません。失礼ですが、どなたかとお間違えでは?」
「連絡が遅れてるんじゃない? じゃなきゃ、侍女も共謀してごまかしてるのかも?」
「ありえません。仮にそうだとしても、確証が取れるまでは帰るわけにはまいりません。」
優男にしか見えないのに、態度はどこまでも穏やかなのに。実態はハリネズミのようにとげっとげ。
(ふうん。そっか。)
ユフィに想い人がいることは、彼女の態度からして明白だった。何しろカリールになびかなかったのだから。
いや、カリールだって別にすべての女性が自分に一目ぼれするとか、ずうずうしいことを考えているわけじゃない。ただ、自分が口説いたときの反応が薄すぎた。幼子からお年を召したご婦人まで。自分が口説けば大概の女性は好意的な方に感情が動く。照れ屋さんだろうと、慣れてなかろうと。いや、そういう女性は赤くなったり取り乱したり、かえって反応が楽しいものだ。逆に反応しない女性は、もうすでに心に決めた人がいるか、よほど色恋に興味がないか、……残念だけどよほどカリールがタイプじゃないか。ユフィは恋愛にも興味津々の、普通の年頃の娘に見えたし、自分に対して拒否反応を起こしたようには見えなかった。だったら答えは一つ。誰か好きな人がいる。
相手が誰かという点は、ユフィをちょっと観察していればすぐわかる。本当、カタスカーナの姉弟は心配になるくらい気持ちが筒抜けだ。父親はどんな教育を施したのやら?
それはともかく、問題は相手の男の方だった。ユフィをどう思っているか? 任せても大丈夫か?
――なんでそんなことまで首を突っ込むかって?
カリールはいつだって面白いこと……じゃない、恋する乙女の味方なのである!
(これなら悪くない、かな。)
ラグロウズの男が武骨でシャイだという一般論を踏まえれば、上等な方だろう。自分から見たらまだまだではあるが。
でも面白いからもう少しつっつくけど。
「心配しなくても、ちゃんと送るよ? ま、明日になるかもしれないけど。」
「それには及びません。殿下の手を煩わせるようなことはございませんから。」
「遠慮しなくていいよ?」
「どうぞお気遣いなさいませんよう。」
要約すると、他家のお嬢様に手ぇ出してんじゃねー、とか、人んちの事情によそ者がくちばし突っ込んでんじゃねーってところか。カリールが他国の王子であることをわかっていてこれなら、引責辞任くらいは覚悟の上の発言のはず。
(とりあえず心意気は買ってあげるか……。)
本人の能力とか社会的地位とかもあるけれど、カリールにとって重要なのは、平民の癖に主家の令嬢に手を出そうというカーティスが、どこまで覚悟を決めているかに尽きる。でも、カーティスがすべて受け止めて守り切る覚悟を決めているのなら――
カーティスに味方した場合、ユフィは喜ぶし、カタスカーナもこっちを応援しているっぽいし。なにより小うるさいラチェスターに一泡吹かせられる。
(うん、反対する理由はないな。)
カリールはにっこり笑う。
「嘘!」
カーティスは呆気にとられたように目を丸くした。
「? あの、嘘、とは……?」
「言葉のまんまだよ。ユフィとは約束していない。」
「そう、ですか……。」
わかりにくいけれど、安堵しているのか?
カリールはむぅと眉根を寄せる。これはいけない。召使としてならいいんだろうけど、これじゃわかりにく過ぎる。
「あのさ、君ももっとしゃんとしなよ。それじゃ全然伝わらない!」
「あの、伝わらないとは……?」
「ユフィが好きなんでしょ?」
「!?」
瞬間目が泳ぐが、でもそれだけだ。これじゃダメダメすぎる。
「好きなら好きで、ちゃんと言葉にしないと伝わらないよ? ほら、言ってごらん、“愛しています、ユーフィーミア”。」
「っ!!? そ、そういう発言はみだりに口にすべきでは……っ!」
「ラグロウズ人の悪いとこだよ? それじゃいつまでたっても相手に伝わらない。」
「た、大切な言葉ですから、軽々しく口にするべきではないのですっ。」
「ええ~? 大切な言葉だからこそ、たくさん伝えなきゃいけないんじゃないの? それに言い慣れないならなおの事、練習しておかないと……いざというときに失敗したら興ざめだよ? ほら、言ってごらん、“愛しています、ユーフィーミア”?」
「ちょ、カ、カリール殿下っ! おふざけも大概になさってくださいっ!!」
「ええ~?」
結局カーティスは口を割らなかった。「なにしてるんです?」と不審そうに首をかしげる茶髪の侍女に突っ込まれるまで、粘ったのに。目を丸くするユフィに「違うんですっ」と意味不明な言い訳をするカーティスはちょっとは面白かったけれど、でもそれだけ。ほんっと、堅物ってつまらない!
つまらないから……少しでも面白くするべく、またからかいに行ってあげようと心に決めるカリールであった。
~その後の二人~
カリール:ホント、死んでも口にしないつもり? ラグロウズではどうやって愛を伝えてるの?
カーティス:……必要以上に口に出さないだけです。言うべきときには言います。
カリール:へえ。例えば?
カーティス:……今わの際だったり、戦に赴く前だったり。
カリール:……それ、死ぬ気がないと言わないってこと?
カーティス:それくらい重い言葉だってことです。少なくとも、日常会話レベルで使う単語ではありません。
カリール:うわあ。僕、ラグロウズ人にはなれそうにないね!
カーティス:ええ、ならなくてもいいと思いますよ。
カリール:じゃあさあ、“愛してる”じゃなくてもいいから、“月がきれいですね”とかでもいいんじゃない?
カーティス:……なんでそんな俗説知ってるんですか。
カリール:さて、なんででしょう♪




