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精霊の祝福  作者: 裏庭集会
番外編 一方そのころ幕の外では……
32/34

小話(七) レンとワイズと舞台の幕開け

本編でユイ&マリエが頑張っている裏で、他の子供たちは何をしていた?

……という思いつき第四弾です。研究塔の雪の女王の正体やいかに?

 ノックに応えてドアを開けたら、目の前にばさっと赤い塊が差し出される。ふわり漂う芳香。急展開についていけず、声も出せずにぱちぱちと瞬いていたら、赤い塊――薔薇の花束の陰から男が顔を出した。すっきり整えられた赤毛。洒落のめした身形。

「どうぞ。」

「どうも?」

 なにがどうぞなのかさっぱりわからないまま、気づけば花束は自分の腕の中に移動していて。

「観劇はお好きですか? ミス・カーティス。」

「わかりません。見たことがありませんから。」

「なら、一緒に体験してみましょう。そうすればわかります。」

 木で鼻をくくったようなレンの態度にもめげず、男はにっこりと笑う。

「明日の夕刻迎えに参ります。」

 音が鳴りそうなほど派手なウインク一つを置き土産に、嵐のように男は帰っていった。残されたレンはといえば、花束を抱えて唖然とするばかり。

 これはなんだ?

 ――赤い薔薇の花束です。

 あれはなんだ?

 ――サディアス・ワイズです。

 なにが起きた?

 ――観劇に誘われました。

 今のはなんだったんだ?

 ――赤い薔薇の花束を持ち込んだサディアス・ワイズに観劇に誘われました。

 つまり……?

 ――状況から推察するに、デートに誘われたと解釈するのが妥当かと。

(ででででぇとぉぉぉぉぉぉぉっ!?)

 ようやく事態を飲み込めば、背中をだらだらと冷や汗が伝う。

 ……これってまずくないか……?

 もちろん、まずい。まずいに決まってる。まずくないはずがない。まずくあってくれ、頼むから!

「こうしちゃいられないわ。」

 なにがどうしてこうなってしまったのか。とりあえず話を聞かねばなるまい、すべての元凶に。

 スカートをからげ、リカは兄を探しに部屋を飛び出した。


「兄さんっ!」

 礼儀も作法も放り投げ、レンは食器室の扉をばんと開く。

「び、びっくりした……。」

 銀器を磨いていた(ユート)は、レンの勢いと扉が開いた音にびくりと肩を震わせたものの、食器を取り落とすことはなかった。

「危ないじゃないか。気をつけなさい。」

 眉をひそめて注意されるが、それどころじゃない。

「どうしてくれるのよ、これ!」

 受け取ってしまった花束を突きつけると、キョトンとした顔でぱちぱちと瞬く。

「え、えっと?」

 状況が飲み込めないらしい兄に、いらっとしたリカは半狂乱で叫んだ。

「サディアス・ワイズよ!」

「ああ……。」

 ようやく事態を把握した兄が、忌々しそうな視線を花束に落とした。

 まったく、忌々しいのはこっちだというのに!


 ことは三日前にさかのぼる。

 兄に呼び出されて急ぎ帰宅したレンは、玄関扉を開けたとたんに見知らぬ男と鉢合わせた。

「す、すみませんっ!」

「いいえ、こちらこそ。お怪我はありませんか?」

 ぱっと目を引く赤毛。仕立ての良いテーラードジャケットに、きっちり折り目のついた細身のパンツ。シルクのシャツと色鮮やかなスカーフでお洒落に決めたその男は、ぶつかりかけたレンを責めることなく、にっこり笑って一歩退く。

 場所を開けてくれ、また、現在進行形でドアを支えてくれている。レンは頭を下げつつ、急いで玄関内に入った。

「大丈夫です。すみません、そちらこそお怪我は?」

「ありがとう。わたしも大丈夫。」

「どうしたんだ? 玄関先で騒々しい。」

「兄さん。」

 どうもこうもない。お客様と鉢合わせたのだというと、兄は「ああ。」と肩を落とした。

「ワイズ、これは僕の二番目の妹のレンだ。レン、こいつはサディアス・ワイズ。僕のアカデミー時代の同級生だ。……覚える必要はないけど。」

「ひどいな、親友に向かって。」

 兄には大仰なしかめっ面を作って見せた男が、レンにはにっこりと微笑んで見せる。……なるほど、ものすごく鍛え上げられた表情筋をお持ちらしい。

「サディアス・ワイズです。よろしく、ミス・カーティス。」

「レンです。こちらこそ、兄がいつもお世話になっております。」

 サディアス・ワイズと名乗った男は、久しぶりに級友を訪ねて帰ろうとしたところ、レンと鉢合わせたとのことだった。

 この時は誓ってそれだけだった。ワイズはすぐに帰ったし、呼び出した理由について兄に問いただしても、有名菓子店のフルーツケーキを押し付けられただけで、要領を得なかった。フルーツケーキは確かにおいしかったけれど、そんなことのために呼び出したことなど、今までに一度もなかったのに。ただ、読みかけの論文もあったし、実験したいアイデアも思いついてしまっていたから、深く考えずに流してしまった。流してしまったのだ。


 ――後から考えあわせれば、どうしてこの時もっと突っ込んで確認しておかなかったのかと、反省しきりなのだけれども。


「どうしてくれるのよ。」

「くれると言うなら貰っておけばいいんじゃないかな?」

「花束のことじゃないわよ、わかってるくせに。」

「……。」

 気まずそうに視線を逸らす兄。なるほど、すべて承知の上ってわけだ。

 半分閉じられたレンの眼差しが冷やかさを増す。

「どうしてくれるのよ。あの人、貴族なんでしょ。」

「……男爵だね。」

「甥とか従兄弟とかよね? せめて孫とか息子とかよね? まさか本人じゃないわよね!?」

「……本人だよ。男爵の称号をお持ちだ。」

「本人……!」

 最悪だ。ある程度確信をもって質問したとはいえ、まさか本人様だとは思わなかった。

「もちろん知っているわよね、兄さん。貴族相手に父兄が娘や妹を紹介したってことは、そいつに求婚許可を出したも同然ってことは。」

 最近は当人同士で話をつけるのが流行らしいけれど、本来の、貴族間の古典的なしきたりから言うと、求婚者はまず娘の父兄に接触する。保護者の許可を得て、初めて娘に申し込めるのだ。

 三日前のあれ。あれがつまり、この兄からの求婚許可で、信じられないことに作法にのっとってワイズはレンを訪れたのである。赤い薔薇の花束持参で!

「わたし、まだ結婚するつもり……まして貴族に嫁ぐつもりなんかないんですけど?」

 口調がとげとげしくなるのも仕方がない。研究職志望のレンは、結婚するつもりなどかけらもない。そりゃ、いずれそんな機会もあるかもしれないけれど、少なくとも今じゃないし、相手は絶対に貴族なんかじゃないはずだった。

 貴族の妻? 冗談じゃない! そんなの押し付けられたら、ろくに論文も読めなければ実験一つできないだろう。社会的身分がそれを許さない。仮に男の方に理解があって、レンが研究を続けることを許してくれたとしても(ってか、“許す”ってなんだ、“許す”って! 上から目線で超むかつくんですけど!)くだらない付き合いに忙殺されて、時間が取れなくなるのは目に見えている。ユイお嬢様を見ていればわかる。面倒ごとはごめんだ!

「本当、どうしてくれるのよ。」

 ありったけの恨みを込めてにらみつけると、兄は気まずそうに視線を逸らした。

 厄介ごととは関わり合いにならないよう、今日まで細心の注意を払ってきたのに。ようやく学術院に進学する道も決まりかけた今になって、この仕打ちはひどすぎる。

「だいたい、なんでそんなことになっちゃったのよ……。」

 涙目でうつむくレンに、さすがの兄も罪悪感にかられたらしく。

「……本当にすまない。レンを紹介することが条件だったんだ。その、神官問題で協力を仰ぐための。」

「……なにそれ。つまりわたしがお嬢様の代わりにあの男に売られたってこと?」

「レン。」

「そりゃ、兄さんはお嬢様とラブラブでハッピーかもしれないけど、それじゃわたしはどうなるのよ!? ひどいじゃない、人のことそんな風に……。」

「レン。」

「わたしにも、夢だって希望だってあるのに……。」

 涙で視界がにじむ。歪む世界の中で、がむしゃらに腕を振り上げて兄を叩く。

 悲しいんじゃない。これは悔し涙だ。兄に対する悔し涙。横暴なワイズに対する悔し涙。なにより、何もできない自分に対する、悔し涙。

「レン!」

 ただただ叩かれるに任せていた兄が、レンの肩をつかんで引き離す。

「レン、レン、ちゃんと聞いて。大丈夫、誰もそんな風にレンのこと思ってないよ。嫌だったら断ればいい。それだけだよ。」

「……だって相手は貴族なんでしょ?」

 ぐすんと鼻をすすって兄を見上げる。

 どんなに嫌がろうと、レンは庶民だ。貴族が相手じゃどうにもならないんじゃないか?

 だが、兄は妹の不安を消し去るように、穏やかに笑う。

「気にする必要はないよ。貴族だろうとなんだろうと。あれでも僕の友人だ。そんなひどいヤツじゃないし、レンの気持ちを無視するような横暴なヤツじゃないよ。それに、まかり間違って暴挙に走るようなことがあれば、殴り飛ばしてでも絶対にレンを守るから。僕も、父さんも、お屋形様も。」

「兄さん……。」

「だから、安心して。ちょっと会って話して、どうしてもダメそうなら、きっぱりふっておいで。大丈夫。それで何の問題もないよ。」

 それでいいなら。本当にそれだけでいいならば。シスコンなところのある兄がそこまで言うなら――お世話になったことも間違いではないのだし――一度だけ会うくらい、妥協すべきかもしれない。

「……会うだけだからね?」

「うん。それでいい。」

 本当に仕方がない。渋々ながらもうなずくレンであった。


 渋々うなずいたものの――いや、渋々だろうとうなずいたからか? とにかく問題は山積みだ。

(でぇとって、観劇って、何を着ていけばいいんだろう……?)

 まさか平服というわけにもいくまい。何かしらきちっとした格好をするのが、相手に対する礼儀というものだろう。そこまではわかる。わかるのだが、問題はそのきちっとした格好がさっぱりわからないという点に尽きる。

(とりあえず、まともなドレス……よね?)

 レンとて一応年頃の娘である。それ以前に、この屋敷では月一でドレスコードが要求される晩餐会も開かれている。クローゼットによそ行きの一着や二着入っているし、着たこともある。だからきっと、これで間違いない。……たぶん。

(どうしよう。誰かに相談した方がいいのかしら?)

 でも誰に?

 滅多に着ないドレスを取り出して胸に当てて考え込んでいたら、

「聞いたよ、レン姉!」

ノックもなしに、ドアがばばーんと開かれた。

「リ、リカッ!?」

「デートなんでしょ! コーディネートはリカにお任せっ。」

 どこからかぎつけたのか(十中八九兄がリークしたんだろうけど)(リカ)が山のようなドレスを抱えて入ってきた。

「ノックくらいしなさい、リカ。いくらなんでも、お行儀が悪いわ。」

 続いて頭と化粧箱を抱えた(マリエ)が。

「話は聞いたわ。あのバカ兄、妹にツケを回すんじゃないっての。……とにかくこうなってしまった以上は、家族で一致協力しないとね。」

「いや、あのっ……!」

「だいじょーぶっ! 心配しなくてもぜーんぶ、あたしに任せて!」

「全力でバックアップするから、安心してちょうだい。」

 いや、むしろ心配なんですけどっ! 不安しかないんですけどっ! ってか、二人とも完璧に目が笑ってるんですけどーー!!

 とはいえ、レンの人脈の中に貴重な文献にあたる伝手や試験管を調達する伝手はあっても、流行りのドレスを調達する伝手はないわけで。

 黙って姉妹の着せ替え人形になるしかない、レンであった。


「これはこれは……。」

 翌日、迎えに来たワイズの視線にさらされて、レンは首をすくめそうになった。

 リカ一押しのドレスはなぜかサーモンピンクだった。自分からは絶対に選ばない色だ。要所要所に青系の指し色があって、全体的にかわいらしすぎない大人っぽい仕上がりになっているから何とか着ていられるものの、正直即回れ右して部屋の中に閉じこもりたい。おまけに薄化粧どころか、ゆるく髪まで巻かれてしまった。

(気合入れすぎと思われてるんじゃあっ!?)

 だがレンの羞恥心が限界を迎える前に、ワイズはにっこりと笑う。

「よくお似合いです。普段のあなたも素敵ですが、今日は一段とお美しい。ですが――」

 少し腰を落とし、レンだけに聞こえるようにそっと囁く。手にした花束を差し出しながら。

「わたしのために装ってくれたのだと、こちらとしては期待してしまいますよ、ミス・カーティス……?」

(っ!!?)

 瞬間パニックに陥りかけたが、腹筋に力を込めて何とか立ち直り、素知らぬ顔で花束を受け取る。

 今日さえ乗り切ってしまえばよいのだ。あとは憂いなく断ってしまえばいい。

「……ずいぶん、うぬぼれが強いんですね。」

「これは手厳しい。」

 ひょいっと姿勢を正し、ワイズは苦笑する。

 かわいくないのは百も承知。後腐れなく、恨まれることもなく、それでいて笑顔でさよならできれば完璧だけど、そんな芸当はレンにはハードルが高すぎる。ならば、最低限きっちりお別れすることを念頭に置くべきだ。

(そうよ。まずは、そこをクリアしないと話にならないわ。)

 この際、多少の悪評は目をつぶろう。大丈夫、自分の噂など、最初っからろくでもないものだけなのは知ってる。研究塔での評価は、研究成果を叩き出してもぎ取るしかない。

 改めて決意を固めるレンに、ワイズは涼し気な態度を崩さない。

「それでは参りましょうか。」

 当然のように、さりげなく差し出される肘。礼儀作法の観点から見て、おそらく、これは取らないとまずいパターン。

 まじまじと相手の肘を観察してしまった後で、レンはゆっくりと手を添えた。

 余裕? 冗談じゃない。みっともなく震えたりしないよう、ことさらゆっくり動いているだけである。

 そのままエスコートされるに任せ、足を運んだ帝国歌劇場。

 たどり着いて、レンは姉妹のおせっかいに感謝することになった。ピンストライプのスーツで小粋に決めたワイズは、社交場の一つである歌劇場にも違和感なく溶け込んでいる。ヘタな恰好できたら、自分ばかり浮いていただろう。

 恰好だけじゃない。マナーも一応おさらいくらいはしてきたけれど、実際に劇場に足を踏み入れたことのないレンには、右も左もわからない。それなのに、特に困ることも戸惑うこともなかったのは、ひとえにワイズのおかげだった。彼のエスコートは自然で、そつがない。

 演目自体は、物語に詳しくないレンでも筋書を知っている、古典的な名作。初代皇帝の冒険譚、その第一部だ。

(ロマンス要素が少なめなのは、気を遣ってくれたから……?)

 同じ初代皇帝を題材にしていても、作品によってはロマンス中心になる。レンにとって、初デートの相手と見るのは厳しい演目だ。いや、そうでなくても色恋沙汰を題材にした歌劇は多い。今日の演目が違うのは、わざわざそれを外してくれたことに他ならない。

 隣に座る男の横顔を盗み見る。舞台を見つめる、はっきりした顔立ち。秀でた額と薄い頬、すっと通った鼻梁。美形、とまでは言えなくても、充分男前には含まれるだろう。洗練された趣味。礼儀正しい態度。性格もきっと、悪くない。

(悪い人じゃ、ないんだろうけど……。)

 視線に気づいたのか、まっすぐ前を向いていた黄色い目がレンを捉える。柔らかく細められる眼差しは、たしかに何かを語っているようで――

 はじかれたように前を向き、レンはシート深く身を沈める。赤くなった頬は、会場の熱気のせいだと自分に言い訳しながら。


 幕間のちょっとした時間、劇場は華やかな社交場となる。軽食やアルコールがふるまわれるブッフェでは、着飾った男女が笑いさざめいている。まばゆいばかりの光の中、レンは隅の方でひたすら身を小さくしていた。

 遠慮とか気おくれとかではない。単純に、自分には社交方面の才能が皆無であることを理解しているだけである。

(リカなら人懐っこくて社交的だから問題ないし、基本裏方に回りがちな姉さんも、なんだかんだで人付き合いは苦手じゃないし……。)

 しっかり者の姉とちゃっかり者の妹に挟まれ、気づけば鉄面皮で不愛想な次女ができあがっていただけのことだ。別にそのことに不満はない。自分の研究成果を評価してくれる教授もいる。適材適所。それだけだ。ただ、彼とは違うだけ。

 ドリンクを取りに行ったワイズは、水を得た魚のように、社交場で生き生きとしているように見えた。

「どうかしましたか?」

「いいえ。」

 差し出されたレモネードを受け取って、レンは首を横に振る。

 ――もう、言ってしまおうか。

 最初から結論は決まっている。今日のデートはただの茶番。返事を引き延ばしたところで、よいことなどない。

「ワイズ卿。」

 心を決めて顔を上げると、ぴんと立てたワイズの人差し指が、レンの口元に寄せられた。レンとは違う、ごつごつと節くれだった指。触れられたわけじゃないのに、それはたしかに、レンの口を縫いとめる。

「……舞台はまだ続きます。」

 少し寂しそうな顔で、ワイズが微笑む。

「幕が下りるまでは、せめてこのままで。」

(そう。たしかに乗りかかった船だものね……。)

 この船の行き先は知らないけれど――舞台が終わるまでは付き合おう。どうせ、今宵限りの夢なのだから。


 舞台の後半は、なぜだかまるで頭に入らなかった。


 カタスカーナ邸への帰り道、乗り込んだ辻馬車で、ワイズはぽつぽつと身の上を語った。生家の男爵家は特別裕福ではなかったこと。在学中に不慮の事故で爵位を継承することになったこと。相続税を払うために家屋敷を売り払う必要があったこと。

「ご存知ですか、爵位にかかる相続税って凶悪なんです。破産させる気満々なんですよ? おかげで、今ではしがない宮仕えの身です。……意外でしたか?」

「ええ、まあ、それは。」

 てっきり苦労知らずの貴族のボンボンだと思っていました。

 さすがにそこまで露骨に口にはしなかったけれど、もごもごとそれっぽいニュアンスを込めると、ワイズが苦笑する。

「紙切れ同然の爵位など、いっそ返納してしまった方がマシだったと、何度も後悔したものです。まあ、そんな事情がありまして。爵位は持っていても、華やかな舞台とは縁のない身です。優雅な社交とも。」

「なぜそのような話をわたしに?」

「気にしてくださっていると、そう、思ったものですから。」

「……ほんとう、うぬぼれが強いわ。」

「そうですね。でも……本当にわたしのうぬぼれですか? 本当に?」

「……。」

 辻馬車が止まる。屋敷に着いたのだ。ドアが開き、先に降りたワイズがレンに手を差し伸べる。

 ワイズの手を借りて馬車を降りても、レンの手はワイズの手の中だった。

「ミス・カーティス。わたしたちは、お互いのことをよく知りません。」

「はい。」

「結論を出すのは、判断材料をそろえてからにしませんか? 予断は冷静で正常な判断を鈍らせる。お勧めはできません。」

 おかしなことを言うものだ。なら、この甘ったるい空気は何だというのだ。視線にこもる熱は。冷静で正常な判断など、とっくに放棄しているくせに。

 レンは笑った。たぶん、ワイズの熱がうつってしまったのだ。だから血迷ったことを言ってしまうのだ。きっとそうに違いない。

「……お友達からで、よろしければ。」

「もちろん。」

 レンの視線とワイズの視線が絡み合う。互いの手を取り、レンとワイズは微笑みあった。

~その後の二人~

ワイズ:シュガー。ハニー。うーん、定番はダーリンかな。

レン:……気持ち悪いんですけど。

ワイズ:ひどいな。こっちは真剣なのに。

レン:聞きたくないような気もしますが……一応聞きます。何をしているんです?

ワイズ:いくらなんでもお友達に対して“ワイズ卿”に“ミス・カーティス”じゃ、よそよそし過ぎる。お互いの呼び名を考えていたんだよ。

レン:そうですか。却下で。

ワイズ:なぜっ!?

レン:現状に不都合はありませんし、呼び名を変更する利点が思いつきません。

ワイズ:利点ならたくさんあるだろう! 互いを特別に感じられるし、他者への牽制になる。いいことづくめだ。だからちょっと呼んでみようか、ハニー?

レン:……。

ワイズ:すまない、レン、調子に乗りすぎた! だから黙って背を向けるのはやめてくれたまえっ!

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