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精霊の祝福  作者: 裏庭集会
番外編 一方そのころ幕の外では……
31/34

小話(六) シオンと進む見習い騎士団

本編でユイ&マリエが頑張っている裏で、他の子供たちは何をしていた?

……という思いつき第三弾。影が薄い末っ子&騎士候補生の青春です。甘酸っぱさは皆無ですが。

 シオン・カーティスは奇跡の瞬間を息を詰めて見入っていた。目を離したら一瞬のうちに勝負がついてしまいそうで、瞬きするのが怖い。最初は面白がって、はやし立てていた騎士候補生(ギャラリー)も、気づけば真剣に試合の行方を見守っていた。


 鍛錬場の真ん中で、尊敬する先輩と、憧れの義兄が対峙する。

 ジェームズ・ノルズは正眼に長剣を構え、腰を落としたショウ・グレンは鞘に納めたままの刀に手をかけて。


 微動だにしないまま、互いの気配を探り合っていた両名が動く。

「はっ!」

 ノルズが瞬く間に間合いを詰め上段から剣を打ち下ろせば、迎え撃つショウが鞘から抜いた刀で受け流す。流れに乗って攻撃に転じたショウは返す刀で相手の首を取りに行き、ノルズが剣の鍔で受けて――

「そこまで!!」

 審判役の最上級生が右手を上げる。瞬間、ピタリと動きを止めた二人は互いに身を引いた。息を飲んで勝敗を見守っていた騎士候補生(ギャラリー)も、ため息とともに全身の力を抜く。

「お強いですね。さすが騎士候補生筆頭と呼ばれるだけある。」

「そちらこそ。取られることを本気で覚悟しました。」

 剣を鞘に納めた二人は、直前までの死闘が嘘のように和やかに相対する。シオンはまだその心境に達していないけれど、剣の道を志す者同士、感じあうところがあるのかもしれない。

「ご謙遜を。見慣れぬ間合いでしょうに、しっかり順応なさってたじゃないですか。」

「カーティスがいますからね。実はカタナも初見というわけではないんです。」

「ああ。義弟がお世話になっていましたね。ご迷惑をかけていませんか?」

「年齢のわりにしっかりしています。体格的なハンデはありますが、よくやっていますよ。」

「こちらの騎士候補生に比べれば見た目は弱々しいかもしれませんが、あれもラグロウズの男です。ちょっとやそっとじゃ壊れませんから、しっかり鍛えてやってください。」

「もちろん。将来有望な後輩を育てるのも、我々の務めですから。なあ、カーティス。」

 グレンはさわやかに笑い、シオンに手を伸ばす。剣を持つ厚くて硬い手のひらが、くしゃりとシオンの頭を撫でる。

「もちろん、頑張れるよな?」

「は、はいっ!」

 いまだ試合の余韻に浸っていたシオンは、いきなり話を振られて上ずった声を上げた。いや、悲鳴を上げなかっただけ、よくやった自分とほめてあげるべきかも。それくらい、ノルズとショウの試合は白熱していた。一瞬で勝負がついたのがもったいないくらいに。鍛錬場は観戦していた騎士候補生で盛り上がっており、熱気はしばらく冷めそうにない。

 勝負まで持ち込むまでは、実に大変だったけれど。


 いつもの騎士訓練後、最初に話を切り出したときは、ものすごく緊張した。

「あ、あのっ!」

 期待と不安で声が震える。跳ねる鼓動を鎮めるように胸を押さえ、シオンは憧れの先輩を見上げた。五歳年上の騎士候補生はすでに大人と変わらない背格好で、まだまだ子供っぽいシオンから見れば山のようだ。

 鮮やかな緑色の目が、同じ高さをわずかにさまよってから、下を向く。最軽量の騎士候補生の姿を捉え、日に焼けた人好きのする顔が穏やかな笑みを形作る。

「どうした、カーティス。」

「実は実家から義兄が上京してるんですけど、その件でちょっとご相談したいことがあるんです。」

「お兄さん? なんだろう、俺にできることか?」

「はい。えっとですね、実は義兄も剣……刀を使うんですけど、こっちだと訓練するところがなくて。自主トレだけだとどうしてもカンが鈍るから、訓練に参加できたらって。……えっと、できたらでいいんですけど。」

 ノルズの眉間にしわが寄るのを見て、シオンはつい及び腰になる。訓練中はともかく、日ごろは大型犬のように穏やかにゆったり構えているノルズなのに。ただでさえ体格の違いからくる威圧感はどうしようもないのに、露骨に顔をしかめられると怖いほど迫力があった。

 おびえるシオンに気づいたのか、ノルズは小さくため息をついて肩の力を抜く。

「カーティス。」

「はい。」

「体をなまらせたくない。騎士を志す者として、その気持ちは理解できるが、関係者でも何でもない人間を訓練に参加させるわけにはいかない。」

「はい……。」

 叱られる……というよりたしなめられて、シオンはがっくりと落ち込んだ。

 かわいがって、目をかけてくれていたのに。公私混同してしまって、清廉潔白を掲げる騎士にふさわしくないと思われただろうか?

 正直言えば、ショウの訓練参加を断られたことより、変なことを言ってノルズの期待を裏切ってしまったことのほうが胸に痛い。

 がっくりと落ち込むシオンだったが、後ろから頭を押さえつけられて、さらに前のめりになる。

「固いこと言うなよー。」

「ひゃっ!?」

 シオンを押さえつけた手のひらが、そのまま後頭部をぐしゃぐしゃとかき回す。

「訓練くらい別にいーじゃん。別に一子相伝、秘伝の味を伝えてるとかじゃないんだしさあ。」

「ブ、ブレイズ先輩っ、」

 首をひねって何とか見上げると、最上級生の一人――いつも眠そうなケネス・ブレイズ――がシオンの頭をわしゃわしゃ撫でていた。

 同級生のゆるーい意見に、ノルズの眉間どころか、鼻の頭にもしわが寄る。

「その意見には賛同できない。規則的にも、保安上の観点でも部外者のアカデミー立ち入りは許可されるべきじゃない。」

「そりゃあ完っ璧に無関係ってなら俺もそー思うよ? でもさあ……どーなの、そこんとこ? カーティスのお兄さんって、なにやってんの?」

「え、えっと、」

 撫でるというよりは後頭部をつかんで揺り動かすような手つきに目が回りそうになりながら、シオンは何とか足を踏ん張った。

「義兄はユイお嬢様、じゃない、レディ・カタスカーナの護衛でっ、」

「あー、ラグロウズの掌中の珠かあ。」

「そういえば、特別聴講生が来たと、総代が案内していたな。あれか。」

「だったらさあ。問題なくない? 一応関係者なんだし。アカデミー立ち入り許可も持ってんでしょ?」

 もちろん。揺れる視界の中、必死でうなずく。

 ブレイズは「ね?」と首をかしげ、深かったノルズの眉間のしわが、ほんの少し緩む。

「だがレディの護衛というだけで、騎士候補生というわけではない。訓練に参加させて良いものか……?」

「そんなこと言ったらカーティスだってダメじゃんか。ここにすでに例外がいるんだしさあ。今更固いこと言ってもしょうがなくない? ってか、カーティスとおんなじように仮入団させれば、規則的にも問題ないだろー。」

「そんなものか……?」

「そんなものだよー。ところでさあ。」

 シオンの頭がずしっと重くなる。どうやら、頭の上に手のひらどころか、組んだ腕と頭まで乗せられたらしい。

「お兄さんって強いの? たしか四年前に飛び級(スキップ)で卒業してたよね? なんか、ひょろい文官ってイメージしかないんだけどー?」

「文官……? あ、違います! ユート兄ちゃんじゃないですっ!」

 大慌てで首を横に振って否定する。どうやら根本的なところで行き違いがあったらしい。ユートが参加すると思われている。

「? ほかに兄貴いたっけ、カーティス?」

「兄は兄でも義理の兄で、マリ姉ちゃん、えっと、一番上の姉の旦那さんですっ!」

「おおう、リア充かい。」

 一転してのけぞるブレイズ。わずかに拘束が緩み、この隙にとシオンは逃げ出した。

「ちなみに強いです。ラグロウズの若手の中じゃ、誰も勝てません。」

「へえ。だってさ、団長?」

「……なんだ。」

「自主練じゃダメで、わざわざウチに打診したってことはさあ。立ち合いの相手を求めてるってことでしょー? ヘタに断ったら、強敵に後ろを見せたって思われないー?」

「帝国騎士団に敵に背を向けるような臆病者はいない!」

「それじゃあ!」

 シオンの声が弾む。

 反射的に言い返してからハッとするノルズだが、眉間のしわを深くするだけで、撤回するような真似はしなかった。一度口にしてしまった以上、安易に翻すのも騎士としてふさわしくないと思っているのだろう。

 にやにやと状況を眺めていたブレイズが、「よかったなー」とシオンに笑いかける。

「……団則を調べなおしてからだ。他流試合が禁止されているなら、この話はなかったことにさせてもらうぞ。」

 ため息をついたノルズは最後の悪あがきとばかりに規則を持ち出したけれど……。

(そんな規則、あったら僕が混ぜてもらうのもダメだしね。)

 もちろん、そんなルールは存在しないのである。


 そんなこんながあって、シオン同様、ショウもアカデミーの見習い騎士団に仮入団する体裁を整えて(つまり山のような書類を書いて)、ようやく納得したノルズとショウの模擬試合が実現したのだが――


「しかし、こういった交流試合も悪くありませんね。我々騎士候補生の訓練はどうしても型にはまりがちになりますが、実に新鮮でした。」

「こちらこそ。強い相手とお手合わせできるなんて、こちらからお願いしたくらいです。」

 互いに仲良くできるタイプだろうと予想はしていたけれど……完全に予想以上だ。実際に試合するまではあれだけ渋っていたノルズの顔が輝いているのは、絶対、汗のせいだけじゃない。

「よろしければ、もう一戦お付き合い願えますか。」

「わぁ! 僕、見たいですっ!」

「いいですね。ブレイズ! 審判を頼む。」

「い、や、だ、ね!」

「ブレイズ?」

「なにか問題でも?」

 いつも眠そうな顔をしている最上級生は、上機嫌のノルズとは対照的に、試合後は不機嫌そうに眉をしかめていた。

「自覚ねーのかよ!? あんたらの試合、腕とか首とか吹っ飛びそうで、見てて怖すぎるわ! ぎりで止めなきゃなんねーこっちの身にもなれっ! なにかあったら始末書どころじゃすまねーんだぞ!」

「ブレイズ。これは模擬試合だ。剣も刃をつぶしてある訓練用だから、切れないぞ?」

「なにその“峰打ちだから心配ない”理論! 言っとくけど、凶器が刃物から鈍器になるだけだからなっ!? 鋼鉄の棒で殴られたら、ヘタすりゃ死ぬからな!?」

 盲点だったと、ノルズが目を見開く。腕を組んで目をつぶるショウも、うんうんとうなずいた。

「まーたしかに。刃がつぶれてるくらいじゃ、達人には関係ないですしね。」

「ラグロウズの達人は気合で何でも切るとお聞きしましたが……噂は本当でしたか。」

「ええ。自分にはまだまだ遠い境地ですが。」

「お互い、研鑽を積まねばなりませんね。」

「まったくです。」

 にこやかに笑いあう剣術バカ二人にきらきらとした視線を送るシオンをよそに、ブレイズの悲痛な叫びが響き渡る。

「とにかく、俺は審判やらないからなっ! どーしてもやりたきゃ、他を当たれ、他を! 責任なんかとれるかっ!」


 ブレイズは嫌がるし、ほかの人だと適当なタイミングで止めきれない可能性があるしで、とりあえずその場はお開きになった。とはいうものの、これをきっかけにノルズとショウの交流戦は定期的に行われるようになったわけで、つまりブレイズも逃げ切れなかったというわけで。

(マリ姉の依頼もこれで達成……かな?)

 手段の楽しさに目的を忘れかけていたけれど、つまりはそういうことなのである。

~その後の見習い騎士団~

シオン:はぁ……。

ノルズ:どうした、ため息なんかついて。

シオン:先輩。いえ。先輩たちの試合を見てると、すごいって思う反面、ちょっと切なくなるっていうか。

ノルズ:どういうことだ?

シオン:いつか僕もおんなじくらい強くなれるかなぁって……。わかってるんです! 愚痴をこぼす暇があるなら訓練しろってことは! でも、僕背も低いしやせっぽちだし……。

ショウ:なんだ、そんなこと気にしてんのか。だいじょぶだろ、俺だってこの中じゃそんなに高い方じゃないぞ。

シオン:ショウ兄ちゃんはムキムキだからいいじゃんっ! でも僕は……ユート兄ちゃんとか、若様とか見てると……不安にもなるよ。

ショウ:あー、たしかにあの二人はなあ。カタスカーナの血かねえ?

ノルズ:そんなこと、今から心配してどうする。余計なことは考えず、ちゃんと鍛錬して、よく食べて、しっかり寝ろ! お前は十三にしては充分強いし、成長期だってこれからだろう。悩む必要など何もない。

ブレイズ:そーそー。少なくとも、カーティスは手足デカいから縦には伸びるでしょー。それにさあ、騎士って物理的な強さだけじゃないんだよー?

シオン:ブレイズ先輩? それって、どういう……?

ブレイズ:騎士団とかは脳筋が多いから見逃されがちだけどさあ、世の中には情報戦とか諜報戦とかもあるんだよー? なんとかとハサミは使いようっていうしねー?

ショウ:あー、うん。たしかに俺、そっち系壊滅だわ。シオンが覚えてくれると助かる。

シオン:ショウ兄ちゃん……。わかった! 僕、いろいろ頑張るよ!

ノルズ:よし。じゃあ手始めに表走ってこい、三十周!

シオン:しまった、藪蛇だったぁ!

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