小話(五) エマの友達獲得大作戦
本編でユイ&マリエが頑張っている裏で、他の子供たちは何をしていた?
……という思いつき第二弾。実は人見知りする若君ことエマくんの友達作りはうまくいくのか!? というお話です。
ターゲット発見。相変わらず、女子に囲まれてへらへら笑っている。よく見れば違うクラスの女子……どころか、別の学年の女子まで混ざっている。まさにカオス。
「カリール殿下、こちら最近人気の焼き菓子ですの。よろしければ、お召し上がりくださいませ。」
「あら、それは先月までのお話でしてよ。お耳が遠くていらっしゃるのかしら? カリール様、こちらは本日発売の期間限定品ですわ。よろしければおひとついかが?」
「殿下、わたくしのも受け取ってくださいな。」
「そう? 嬉しいな。みんな、ありがとう。後で絶対食べるからね。でも……、そうだな、今度はお菓子だけじゃなく、直接カフェに行きたいな。」
「まあ! 殿下、ぜひわたくしと。」
「いいえ、わたくしと!」
「うん。順番にね。一緒に行こうね。」
無駄に色気を垂れ流しながらにっこり微笑む色男に、「きゃ~」と色めき立つ女生徒たち。
(あれに近づくのか……?)
考えただけで頭痛がした。近づくだけじゃない。その上さらに、お友達にならなければならないのである。少なくとも、茶会に呼んでも不自然じゃない程度には。
……頭痛で済めば御の字かもしれない。ヘタに近寄ったら問答無用で女子たちに刺されそうな恐怖さえ覚える。
姉や従姉たちに囲まれて育った身の上としては当然のことながら、女の機嫌を損ねることがどれだけ危険かは重々承知している。ただでさえ女生徒にあんまり好印象を持たれていないと思われる現在、にらまれることだけは避けたかった。
――なんてうじうじ考えているから、いつまでたってもその場から動けなくなるんだけど。
「でも、ごめんね。今は先約があるんだ。――待たせたね、行こうか。」
「へっ?」
すたすたと近寄ってきたターゲットは、エマの肩をぽんと叩いて教室を出ていこうとする。呆気にとられたエマは、とっさに動けない。
「そんなぁ。」
「殿下ぁ~。」
つまらなそうに拗ねて見せる女生徒たちに「ごめんね」と手を振りつつ、カリールはエマを呼ぶ。
「何をしているの。置いていくよ?」
「い、いえっ、」
後ろも見ずに教室を出ていく件の王子の背中を、慌てて追いかけるエマだった。
行先も告げずに先を歩くカリールを追いかける。
「あの、殿下? どちらへ行かれるのですかっ?」
「いいから。ついておいでよ。」
常日頃はずいぶんゆっくり歩く人だと思っていたが、あれはどうやら同伴する女性の歩幅に合わせていたらしい。身長の高さや足の長さもあって、素のカリールの歩みは存外早い。一応仮にも騎士訓練を受けているから、というのもあるかもしれない。もっとも、今はゆっくり歩く必要もないから、普段より歩みが早くても、何の不思議もないのだが。
そんなカリールが足を止めたのは、屋上へ続く階段の踊り場だった。高窓から光が差し込み、艶やかな黒髪に光の輪をつくる。
「……よく、こんな場所ご存知ですね。」
「意外? 構内はだいたい把握してるよ。ノルズから逃げる必要があるからね。」
意味深に細められる目元。きゅっと持ち上げられる口角。笑顔だけど、たしかに笑っているのだけれど、どこか底知れなさを感じるのは、感情の読めない黒い瞳のせいだろうか?
「さて、と。女の子に聞かせるには気分の良い話題じゃないだろうと思って気を利かせてみたけど。僕に言いたいことがあるんだろう? なに?」
「その前に、申し遅れましたことをお詫びいたします。自分は、」
名乗ろうとしたら、目の前で手を振られた。
「ああ、自己紹介ならいらないよ、カーティス・マイナー。」
「っ! なぜ……?」
「黒髪赤目、女顔の童顔。それだけそっくりでわからないと思う方が不思議だね。」
苦笑するカリールに、エマは無言で引き下がるしかない。
どうしよう。自己紹介から、天気の話で場をつなぎつつ、フレンドリー感を出していく当初の計画が、出だしから躓いた。
瞬きを繰り返すしかできないエマをどう思ったのか、カリールがつまらなそうに肩をすくめる。
「面倒臭いから、要件の方も当ててみせようか? 僕と姉君が接近するのがご不満ってとこかな。でも残念。女性が僕のことを好きになるのは、自然の摂理なんだよね。だから諦めるんだね、カーティス・マイナー。」
……どうしよう、そんなこと、考えたこともなかった。
エマの姉は、誰の目から見てもユート・カーティス一筋である。幼いころから他の男など眼中になく、エマの見たところ現在でもまったく変わっていなかった。相手が多少男前だろうと、ぐらつくことなど想像もできないし、心配もしていない。まして目の前のターゲットが相手では、顔の良し悪し以前の問題だ。態度の軽さに戸惑う姿しか想像できない。心配するとしたら、笑顔の下で何を考えているのかさっぱりわからない、入り婿希望の生徒総代の方だろう。巧妙に外堀を埋めにこられたら、ぼんやりしたところのある姉に対抗できるとは思えないから。おまけに今回の作戦で自分自身を餌にしているし。それに比べれば、カリールなど安全牌もいいところだ。
内心うだうだ考えて反応の鈍いエマに、カリールは怪訝そうに小首をかしげる。
「あれ、違った? じゃあ、あのかわいらしい侍女の方?」
しっかり者のマリエなら、さらに心配はいらない。いつの間にやら人妻になることも確定しているし、喧嘩ばかりしているように見えて昔から相思相愛なのだ、あの二人は。入り込む余地など、薄紙一枚分もない。
(だいたい玉の輿とか考えるような女だったら……)
――やめよう。
むなしい仮定に陥りそうになった思考を強制的に停止させる。「おかしいなあ?」と首をひねるカリールに意識を戻す。
「絶対姉君がらみだと思ったのに。」
「……殿下に声をかける男子生徒は、そのような話しかしてこなかったのですか。」
「ん? そうだね。口うるさいラチェスターやノルズもいるけど……うん、だいたいそんなもんかな? 仕方がないね、それだけ僕が魅力的だってことだもんね。」
それは寂しくないか……?
うんうんと首を縦に振る本人はいたって平然としているけれど、どう考えても普通じゃない。
「自分は、もっと殿下と普通の話がしたいです。」
気づけば、ぽろっとそんなことを口に出してしまっていた。猫だましを喰らったかのように目を丸くするカリールに、エマはようやく自分が何を言ってしまったのかを理解する。
(普通ってなにっ!? どんな口説き文句だ! 殿下相手に何を言うつもりだ僕はっ!)
エマは内心で焦りまくるが、口は禍の門。覆水盆に返らず。瞬時に青くなろうが、激しく後悔しようが、カリールの胡散臭そうな眼差しはエマに冷たく突き刺さる。
「へえ? 例えば?」
ものすごく引き返したいけれど、今更引き返せない。エマは必死でもつれそうになる頭と口を回転させる。
「普通に……授業の話とか、趣味の話とか……たまには飯を食いに行ったり……。」
いつもはもう少しまともなことも言えるのに。シオンと悪戯考えるときはいくらでも思いつくアイデアが、これっぽっちも浮かばない……。
だがカリールは、思いの外興味を示す。
「趣味って?」
「……最近はどうやってノートン教授の禿げ頭を拝んでやろうか考えてます……。」
「ノートンって、幾何学の?」
「ハイ。」
こうなりゃヤケだ。
玉砕覚悟で、エマはここ最近で一番気になっていることをぶちまけた。呆れるなら呆れろ。馬鹿にするなら馬鹿にしろ。だって気になるものは気になるんだ。
(それもこれも、あの若作りが年齢に見合わないふっさふさのカツラをかぶってくるのが悪いっ!)
あの不自然な後頭部を眺めてなお、冷静に授業を受け続けられることの方が、エマには信じられない。いつか絶対暴いてやると、心に誓う。
とはいえ、目の前のターゲットは悪戯仲間のシオンじゃない。自分の意見に同意してくれるとは限らないことも、わかっている。エマとしては、ドン引きされることも覚悟の上だったが――
「あは、あははははっ!」
なぜかカリールに爆笑された。今までのすまし顔はどこへやら、目に涙を浮かべ、おなかを抱えて笑っている。
「……殿下?」
「いやあ、ごめんごめん。失礼した。だって君たち、姉弟そろって反応が面白すぎるんだよ!」
……仮にも一国の王子を爆笑させるって、姉は一体何をやらかしたんだ……?
考えると恐ろしい。自分のことはさておき、とりあえず姉の所業に頭を抱えてみた。
団栗の背比べ? 目糞鼻糞を笑う? そんなの知らない。
「いいよ。つまり僕と普通の友達になりたいってことだよね。うん、なろう。友達。いいじゃないか、友達。」
「恐れ入ります……?」
「ダメだよ、友達なんだからもっとフレンドリーに! 敬語とか要らない。敬称もなしで。だって友達なんだろう?」
ソウデスネー。
なんでこうなった。いや、たしかに茶会に呼べる程度に親しくなれってのが今回のミッションだけど、それでも!
頭を抱えたくなる気がしないわけじゃない。だけど、それでも――
「わかった。……カリール。」
新しい友人が、高貴な身分にふさわしい取り澄ました笑顔じゃなくて、年相応の、にかっとした顔で笑うから。
これも悪くないかと、思ってしまうエマだった。
~その後の二人~
カリール:聞いた、カタスカーナ? ラチェスターが食堂で女の子口説いてるって、噂になってるよ。
エマ:女の子って、まさか、
カリール:十中八九、姉君だろうねえ。
エマ:!!!?
カリール:……そこまでショックを受けなくても。大丈夫じゃない? 隙だらけに見えて、あれで結構ガード固いよ、ユフィ。
エマ:ガードがどーのじゃないっ! 姉は帝都の社交儀礼に詳しくないんだ、うやむやのうちに抜け目ない生徒総代に外堀埋められたらどうする!?
カリール:ああ、そっち方面は確かにゆるそうだね、彼女。あのかわいらしい侍女も手ごわそうだけど、ラチェスター相手にどこまで戦えるかってのはあるからなあ。……ってか、なんで君がそこまでパニックになるの。
エマ:想像してみろ、最悪あれが義兄になるんだぞ!? 地獄絵図だっ! こうしちゃいられないっ、
カリール:あー、言いたいことはわかったから、そんな悲壮な顔をぶら下げて食堂に特攻するのはやめなさい。代わりに僕が行ってあげるから。
エマ:い、いいのか……?
カリール:女の子口説くラチェスターなんて面白そうなイベント、絶対見逃せないね! ってことで、ちょっと見物してくるから君はおとなしく待っていなさい。安心していいよ、姉君は僕がおいしくいただいてくるから!
エマ:っておいコラッ! 何するつもりだ、絶対、余計に引っ掻き回すんじゃないぞ! わかってるのか、カリール!!




