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精霊の祝福  作者: 裏庭集会
番外編 一方そのころ幕の外では……
29/34

小話(四) リカとじゃれあう二色の仔猫

本編でユイ&マリエが頑張っている裏で、他の子供たちは何をしていた?

……という思いつき第一弾です。

 教室をぐるっと右から左へ――いない。

 ちょっと首をかしげて考えて、今度は左から右へ――やっぱりいない。

「ちょっと、あなた。あたくしのクラスでなにをなさってますの?」

「んー、人探し。」

 登校していることは確認してる。たまたま席を外しているのだろうか? わざわざ教室移動のない短い休憩時間に顔を出したというのに、ついてない。

「人探しってどなたを?」

「メアリ・フェイバーなんだけど……、」

 諦めて一度戻ろうかと、顔をあげたら話しかけてきた相手が見えてしまって――硬直する。

「ああ。彼女なら――」

 ぐるりと教室内を見回して、彼女の視線が真ん中あたりの席を何度もうろついて、

「ほら、あそこに。」

と、誇らしげに告げられた。自分、よく見つけた! と言わんばかりに。

 いや、クラスメイトだよね? そりゃ、あんまり交流のない相手かもしれないけれど、座席くらい把握してるよね? 特待生の学者バカならともかく、貴族って人の顔と名前覚えてコネ作るのも仕事の一環じゃん?

 リカはつい、胡乱なまなざしを彼女に向けてしまう。

「な、なんですのっ。見つけて差し上げたのに不満でもおありっ?」

 レディ・キャスリン・メイベル・カヴァデイル。思わず拝みたくなるような美貌とボディ。下々を見下す強気の姿勢。侯爵家のご息女で生まれも育ちも高貴な、いわゆる生粋の高位貴族のはずで、生まれた瞬間から貴人教育を叩き込まれてきた人のはずだ。

 そんな彼女まで見つけるのに苦労するって……メアリ・フェイバー、どんだけ周囲と同化してるの? 座席がわかった上でまじまじと見直してみれば、目に留まらないはずのない見事な金髪美少女っぷりなのに、少し目を離してから探しなおすと全然見つからない。本当、どれだけ周囲と同化してるの?

(ま、それは後回しか。)

 好奇心がうずかないわけでもないが、確認は後回しでも十分だろう。今はメアリ・フェイバーとの接触が先。

「……いいえ。ありがとうございました、レディ・カヴァデイル。」

 深々と頭を下げてから、教室内に入ろうと……したところで腕をつかまれた。別に痛いとかじゃないし、振りほどけない強さでもないけれど、捕まったことにびっくりして身動きが取れなくなってしまう。

「あの、レディ?」

「あたくしの質問がまだでしてよ。あたくしのクラスで何をなさるおつもり? お答えになれないのなら、質問を変えましょうか? あたくしのクラスメイトをこそこそ探って、何を企んでいらっしゃるのかしら、ミス・リカ・カーティス?」

「な、なんで名前っ!?」

「いやですわ。いろいろとご活躍されてらっしゃるもの。知らないはずはないでしょう。」

 魅惑的な唇を扇で隠しながら、レディ・キャスリン・カヴァデイル――通称レディ・キティはころころと楽しそうに笑った。隠されていない、チョコレート色の猫目は、ちっとも笑っていなかったけれど。

「きっと興味深いお話をご存知なのでしょうね。いろいろと伺いたいわ。そうね、今日のランチをご一緒できたら嬉しいのですけれど、ご都合はよろしくて?」

 アカデミー全女生徒の頂点に君臨する女王様のお誘いを断るすべが一介の女生徒にあるはずもなく――とにかくひたすら、こくこくとうなずくしかできないリカだった。


 吸い込まれるような青空の下、中庭に広げられた野外用の敷物。バスケットにはキュウリ、ハム、玉子フィリングの定番ティーサンドイッチ。さっくりスコーンにクロテッドクリーム、色鮮やかなベリーのジャムの数々。メイドさんが入れてくれる淹れたての温かい紅茶まで揃って、ピクニックの用意は完璧である。きっと楽しいだろう、アカデミーを代表する貴婦人と一対一の真剣勝負でなければ。

(……なんでこうなったっ!?)

 冷や汗を流しつつ、リカは内心頭を抱えた。

(あたしはただ、マリ姉の言う通り、メアリ・フェイバーと接触しようとしただけなのにっ。)

 わかってる。戦術を間違えたのだ。馬鹿正直に安直にメアリ・フェイバーのクラスを訪ねたりするから、こうなったのだ。おとなしく校外で待ち伏せとかすればよかった。校門とか、神殿前とか、いくらでもチャンスはあったのに。メアリ・フェイバーのクラスメイトにレディ・キティ――縄張り意識とプライドが天井知らずの黒猫――がいることは、最初からわかっていたはずなのに。

「どうぞおくつろぎになって。」

「い、いえっ。」

 かちかちに固まりながら、リカはひたすら目の前の貴婦人の気まぐれが収まるのを待つ。アカデミーに通えるレベルの女生徒はだいたいがレディクラスだし、交友関係の中にも貴婦人に当たる子がいないわけじゃない。だけど、相手はレディ・キティなのだ。並みの貴婦人が束になって挑んだところで高笑い一つで蹴散らしてしまう、他とは一線を画す完璧な女王様――もとい、お姫様なのだ。(ユイお嬢様なら身分的には充分対抗可能……どころか格上なくらいだが、残念なことにウチのお嬢様は良くも悪くも規格外すぎる。)

 つまり、緊張するなという方が無理だった。

「そんなにかしこまらなくても結構ですわ。どうぞ肩の力を抜いてくださいな。」

 んなことできるわけねーだろぉっ! と心の中だけで叫ぶと、それが伝わったかのようにレディ・キティがにっこり笑う。

「……なんて、一般家庭ご出身であるミス・カーティスには少し難しかったかしら?」

 わかってるんなら、最初から無理難題ふっかけんじゃねぇっ!!

 と、強気な文言を吐けるのは、あくまで心の中だからである。商人見習いの末席にようやく半分腰かけただけのリカに、多くを求めないでくれ。

「お話がしたかったのは本当よ。今年に入ってから、生き生きして、とっても楽しそうでしたもの、あなた。」

「…………光栄です……。」

 とりあえず、相手の真意が見えない。かしこまりながらも、リカは必死に頭を働かせる。

(牽制? 何のために? 単純に自分のテリトリーに手を出すなってこと??)

 でも、そんなことして何の意味がある? リカごとき、その気になれば赤子の手をひねるより簡単にひねりつぶせるはずなのに。

 何の味もしないサンドイッチをほおばりながら、ひたすら相手の様子をうかがう。

 薔薇のジャムと菫の砂糖漬けだけを食べて生きているような雰囲気のレディ・キティは、背筋を伸ばし、上品に紅茶のティーカップを傾けている。

「面白いお話をご存じなのではなくて?」

「レディ・カヴァデイルにお聞かせするようなことは何も……。」

「あら、いやだ。あるでしょう? 勉強熱心な方だと伺っておりますわ。よく調べ物もなさっているようですし。」

「そんなことは全然ないです。過大評価です。」

「謙遜なさる必要はなくってよ?」

「謙遜とかじゃなくって……、」

 胃が痛い。お願いだから、帰してくれっ!

「困りましたわね……。」

 優雅なしぐさでティーカップをソーサーに戻し、レディ・キティは頬に手を当ててほうっと息をついて見せた。

「ミス・カーティスはきっと、退屈とは無縁でいらっしゃるのでしょうね。」

「……レディ・カヴァデイルだって、いろいろお忙しいんじゃないですか? その、社交とかお茶会とか? 退屈する暇なんてないんじゃあ?」

 ため息をついたレディ・キティがあまりにも憂いに満ちているから――聞きかじりの知識で尋ねてみると、彼女は儚げに笑う。

「あたくしは次女ですし、未婚の小娘にすぎません。言ってしまえば、おまけみたいなものですわ。おまけに求められている役割など、お人形よろしくにっこり笑っておとなしくしていることだけ。それくらいなら、お友達と純粋で他愛のないおしゃべりがしたくなりますのよ。」

(全然他愛なくないじゃんっ!)

 だがリカの心の悲鳴はレディ・キティには通じない。彼女の、他人の心の声を聴く耳は、実に都合のいいフィルターを装備しているようだ。

「ね。ですから教えて下さらない? 中等科のころは全然といっても大げさじゃないほどご縁のなかったミス・カーティスが、あたくしのクラスのミス・フェイバーにご執心なのはどうしてかしらって、あたくし、とっても不思議で仕方がありませんの。」

「そ、それは……、」

 姉に頼まれたから? 冗談じゃない。そんなこと意地でも言えない。他人に依頼人の情報を暴露するなんて、信用にかかわる大問題だ。

 身内からの依頼だから、末席だから、見習いだからと、甘えることはできない。これは商人の端くれであるリカの精一杯の矜持でもあるのだ。

「メ、メアリ・フェイバーがいつも一人みたいだからっ、」

「嘘がお上手ですこと。あたくし申し上げたわね。中等科のころはご縁がなかったのにって。彼女が独りぼっちなのは、今に始まったことじゃないって、あなただってよくご存知のはずでしょう?」

 魅力的なチョコレート色の眼差しを細め、赤い唇をきゅっと持ち上げて。女王様は嫣然と笑う。

「ね。だから教えてくださいな。お礼と言っては何ですけれど、あたくしがミス・カーティスにして差し上げられることが、きっとありますわ。」

 伝手とかコネとか販路とか?

 かすかにかすれた魅惑のメゾソプラノがリカの耳元で囁く。思わずうなずきそうになるけれど……もちろん、そんなことはできっこない。

 リカは目をつぶり、必死になって首を横に振り続けた。すると、リカの耳を蹂躙していた女王様が、ぱっと退く。ころころと、今度こそ本当に楽しそうに笑いながら。

「素敵っ!」

「レ、レディ・カヴァデイル?」

「キティでよくってよ、お友達。ええ、あたくしたち、お友達でよろしいわよね? あたくしもリカさんってお呼びしてもよろしくて?」

「それは、別に構いませんが……。」

 リカにしてみれば、レディ・キティの豹変の方が重要かつ謎である。なんだこの手のひら返しは?

「遠方の一般家庭ご出身ですもの、どんな方かしらって思いましたけれど、意外と肝が据わっていらっしゃるのね。腹芸はまだまだですけれど、忠誠心は合格。クライアントの秘密を死守するあたりも、ポイント高いですわ。」

「……馬鹿正直な田舎者の庶民で悪うございました。」

 立て板に水の勢いでまくしたてられてもついていけない。とりあえず田舎者とののしられたことだけ理解して、リカは口をへの字に曲げる。

「あらいやだ。ご機嫌を損ねないでくださいな、お友達。試すようなことをしてしまったのは謝りますけれど、あたくしみたいな小娘にちょっと強気に出られただけで簡単に折れる方がどれほど多いか、ご存じ? 信用できるお友達探しは存外難しいんですのよ?」

 だから許してね、と、語尾にハートマークがつきそうなほどにっこり笑うお姫様。

(つまり、あれでしょうか? レディ・キティのオトモダチテストに合格した……ということでよろしいのでしょうか?)

 一言でいい。言わせてくれ。

 ふざけんなっ! こっちがどれだけ精神削られたと思ってる!!

 だが、レディ・キティの都合のよい耳にそんな心の声が届くはずもなく。

「そんなに怒らないでくださいまし。ミス・フェイバーとの仲でしたらあたくしが責任をもって取り持ちますわ。」

「……理由は聞かなくっていいんですか?」

「いやだ、愚問でしてよ。この時期にあなたがそこまでするなんて、レディ・カタスカーナ以外にどんな理由があるというのかしら。」

 つまり、最初っから全部丸っとお見通しですか。

 がっくりと肩を落とすリカに、レディ・キティは実に楽しそうに身を寄せる。

「だから――」

 繊細な細工の扇子でリカの顎をくいっとすくい、息のかかりそうな距離で耳元に再び囁く。

「充分に楽しませて頂戴ね。あたくし、安い女じゃなくってよ……?」


 ――なんでこうなった。早まった。厄介な人に捕まってしまったと思うのは、たぶん間違いじゃない。


 翌日、レディ・キティは本当にメアリ・フェイバーとのピクニックランチをセッティングしてしまった。前日同様、よく晴れた青空の下、広げた軽食を前に黒猫が笑う。

「こちらはミス・メアリ・フェイバーですわ。あたくしのクラスメイトですの。ミス・フェイバー、こちらはミス・リカ・カーティスですわ。あたくしのお友達です。一般家庭ご出身だから、きっと何かとお力添えくださると思いましてよ。」

 経緯はよくわからないが、彼女は有無を言わさず連れてこられたらしい。不機嫌そうな金色の仔猫は、

「別に要らないわよ、今までだって一人でやってきたしっ!」

と全身の毛を逆立てて警戒心をあらわにする。

「そんな悲しいことをおっしゃらないで。お友達って素敵なものよ?」

「言ってることはわかるけど、友達って強制されてなるものじゃないでしょうっ!?」

「きっかけなんて些細なことでしてよ。重要なのは自分と相手との信頼関係ですわ。」

「その信頼関係を初っ端からズタボロにしてるのは、あんたでしょーがっ!」

 見てるこっちがはらはらする、信じられないくらい無礼な物言いだが……かしずかれることに慣れ切っているレディ・キティには、容赦のないメアリ・フェイバーの発言が逆に面白くて仕方がないらしかった。楽しそうに目を細め、声に出して笑う。そんなレディ・キティの余裕っぷりが、さらにメアリ・フェイバーの反応をあおる。

(……もういいよね?)

 たぶん、マリエもこれ以上の無茶は望まないだろう。頼むから望んでくれるな、これ以上の混乱はリカの手に余る。ってか、今でも余りまくってる。

(マリ姉の依頼はこれで達成ってことで。)

 毛色が異なるの二色の仔猫がじゃれあうのを眺めて、リカは空を仰いだ。

~その後の三人~

キティ:今日のお茶はローズティーと菫のチョコレートですわ!

リカ:……。(本当に薔薇と菫食べるんだもんなあ、この人。いや、発注したのあたしだけど。)

メアリ:花びら浮かべた紅茶とお花のチョコレート……。少女趣味でめまいがしそう。

キティ:ローズティーはお口に合いません? 取り替えさせましょうか?

メアリ:いえ、これでいいけど。あるものはいただくけど。ただ、たまにはもっと別の……がっつり系とかジャンク系がいいかなって。

リカ:メアリ!?(止めようとするが、勢い余って紅茶にむせる。)

キティ:まあ、大丈夫ですの? 気を付けてくださいな、リカさん。慌てて召し上がらなくても、誰もとったりしませんわ。ところでメアリさん、がっつり? ジャンク? ……とは、いったいどんなものですの?

メアリ:え、ふつーのごはんだよね? サンドイッチもこんなパンも具も薄っぺらい上品なヤツじゃなくて、具がたっぷり挟まったクラブハウスサンドとか、カツサンドとか。

キティ:まあ。

メアリ:ジャンク系なら、ちょっと体に悪そうだけど病みつきになるような? ジャガイモをスライスして揚げるとか、マシュマロ挟んだクッキーとか。

キティ:まあ。おいしい……のかしら?

メアリ:人によるんじゃない? わたしは結構好き。チープなのは否定しないけど。

キティ:お手軽なのね。あたくしも試してみようかしら……?

リカ:いやいや、自重しようよ、メアリ! 頼むから! 相手は完璧なお姫様なんだからねっ!?

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