ユイとユートとお山の祝福
二話同時に投稿しております。
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「よかった、間に合った!」
里を一望できる丘の頂上で、ユイは眼下に広がる黄金色の稲穂を見下ろした。
「間に合わないかって心配したよ。もう稲刈りも終わっちゃったんじゃないかって。」
風に揺れる稲穂は、たっぷりと実をつけて重たくなった頭を垂れる。空が高く青く澄み渡り、里が一面黄金色に光り輝くこの時期を、ユイは毎年楽しみにしていた。お山のヌシ様の祝福を、この目でしっかりと見ることができるから。
帝都での大仕事をやり遂げて、ユイたちがラグロウズの屋敷に戻ってきたのは、昨日のことだ。すでに夜も遅かったため、外に出ることはあきらめたけれど。その代わり、今朝は朝ごはんを食べてから真っ先にここまで上ってきた。そのおかげで、目の前の絶景が見られた。この様子だと、稲刈りは今日明日にも行われるだろう。見逃さなくてよかったと、ユイは心底ほっとした。
稲刈り後の田んぼとはさがけの風景も嫌いじゃないけれど、やっぱりちょっと寂しいから。
「そうですね、ユイ様。ですが、あんまりはしゃぎすぎると危ないですよ。」
転びますよと、なぜかついて来たユートが、相変わらずお兄ちゃんめいた小言をこぼす。
ちなみにマリエは誘ったけど来なかった。ユートが一緒だと知って、「やってらんない」とため息をついて二人を追い出したのだ。
「転ばないよ。子供じゃないもん。」
「そうですか? 子供じゃない人は、そんな風に頬を膨らませたりなさいませんよ?」
ついぷうっと頬を膨らませていたユイは、真っ赤になって慌てて空気を吐き出した。
そんなユイを見て、ユートは緑色の目を柔らかく細め、実に楽しそうに笑う。
「……ユートさん。」
「はい。何でしょう、ユイ様。」
ユイが恐る恐る声をかけても、やっぱり変わらない笑顔で。
……信じて、よいのだろうか。この笑顔を。ユートがユイと一緒にラグロウズに帰ってきた意味を。
「あのね、ユートさん。ユートさんは……いつ、帝都に戻るの?」
(ああ、わたしの意気地なし……。)
本当に聞きたいことは、「ずっとここにいてくれるの?」なのに。否定の言葉が怖くて、結局口に出せなくて。
でもユートは、穏やかに眦を和ませる。
「いいえ。戻りませんよ……というか、戻ってきたんですよ。ここに。ユイ様のお傍に。」
「っ!? それ、」
期待していいのか? わからない。きっと期待しすぎはよくない。期待して裏切られたら余計に痛いだけだ。それはわかっているのに。
鼓動は勝手に高鳴った。頬に血が上り、目が涙で潤む。続くユートの言葉が聞きたくて、聞きたくなくて。
「帝都のタウンハウスは、レンとリカに任せてきました。優秀な使用人ばかりですし、シオンが成人するまでは、あの二人で何とか切り盛りできるでしょう。ですから、これからはずっと、ユイ様のお傍におります。」
お傍においてくださいと、胸に手を当てて頭を下げるユート。でも、聞きたいのはそんなあいまいな言葉じゃない。
「ずるいよ、ユートさん。」
気がつけば、目から勝手に涙が零れていた。ぽろぽろと流れ落ちる涙を、こらえることも、こらえるつもりもない。
「ユイ様……。」
「ずるい。いつもあいまいなことばっかりなんだもの。一度でいいから、ちゃんと言って。そうじゃないと、わたし、本当に信じていいのかわからない。」
涙が零れるままに、ユイが赤い目をきっとユートに向ける。
思わぬユイの反撃に、ユートは少しひるんだようだったが……きゅっと唇を引き結び、「失礼」とユイを引き寄せる。
ユートに抱き寄せられるまま、ユイは彼の腕の中に納まった。力強く抱きしめてくれる腕と、耳元に寄せられるユートの唇。彼の吐息が熱い気がした。ユイの鼓動も早いけど、伝わってくるユートの心臓の音もすごく早い。だからこれは、きっと嘘じゃない。耳元でささやいてくれた言葉は、ユイの願望じゃない。
「――愛しています。これからはずっと、あなたと……ユイと共に。」
「……うんっ!」
感極まったユイは、泣きながらユートの首に手を回した。
秋の空はどこまでも青く、高く、遠く――
冬の晴れ間じゃないけど――それでもやっぱり、お山のヌシ様も祝福してくれてるんだと思うのだ。
ここまでお読みくださった皆様に感謝いたします。




