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精霊の祝福  作者: 裏庭集会
第三幕
14/34

ユイと踊るカーティス一味

「それではお気をつけて。またお会いしましょう。」

 迎えの馬車まできっちりとユイをエスコートしたクィンシーは、別れ際に茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。

「よろしければ、お屋敷までお迎えに上がりましょうか?」

「い、いいえ。」

 勘弁してくれ!

 貴婦人らしい上品な笑顔を顔面に貼り付けたまま、ユイは内心で叫ぶ。

 親切なのか冗談なのかは知らないが、これ以上はユイの神経が持たない。すでに顔が強張りきっているのだ。一度下がらないと再戦はまず無理。一度下がってたっぷり休養をとって、心身ともに整えて、万全を期して……それでも、まともに対抗できる自信なんかないのに。

「これ以上ご迷惑をおかけするわけには……お心遣いだけ、いただきます。」

「そうですか。残念です。」

 とりあえず社交辞令か、軽いジョークの範囲だったらしい。物腰は柔らかいくせに、妙に押しの強いクィンシーがあっさりと引き下がってくれたことにほっとする。

「講義は明日からですが、ご不都合やわからないことなどあれば、なんでもおっしゃってくださいね。力になります。」

「恐れ入ります。重ね重ねありがとうございます。」

 どこまでも面倒見の良いクィンシーに頭を下げ、ユイは迎えに来たユートの手を借りて黒塗りの馬車に乗り込んだ。その後をマリエが続く。二人が車内に落ち着いたのを確認して、ユートが馬車の扉を閉めた。彼が御者台に移るまでの間、ユイは車窓から、見送るクィンシーに笑顔で手を振る。優雅に、上品にを合言葉に。

「はっ!」

 御者台に収まったユートが手綱を握り、馬車はゆっくりと進み始める。そのまままっすぐにアカデミーの敷地を出て、角を曲がったところで――

「つっかれたあ。」

 ユイの緊張がぷっつり切れた。

 背もたれに深く寄りかかり、目を閉じて天井を仰ぐユイに、マリエが眉をひそめる。

「お嬢様。お行儀が悪いです。」

「だってえ……。」

 これくらい、許して欲しい。ずっとずっと緊張しっぱなしだったのだから。

「それになんだかぐるぐる? さわさわ? するっていうか……。なんか、落ち着かないんだもん。」

「……? お疲れで消化不良にでもなっているのでしょうか?」

「わからないけど……。」

 ユイは鳥肌が立った腕を無意識にさすりながら、目を伏せた。

 最初は、緊張しているのだと思った。憧れの帝都に来て気分が高揚しているのだとも。だから妙にドキドキしているのだと。

 だが、どうも違うのだ。今の状況を言い表すなら、「落ち着かない」が一番近い。帝都に到着してからユイはずっと、そわそわしていた。上手く説明できないけれど、変なプレッシャーがかかっているようで、ずっと気が休まらない。アカデミーにいたときはそれどころじゃなかったせいか、気にならなかったけれど。今になって疲れと共に、ぐっと湧き出したようだ。

 無言で腕をさすり続けるユイに、マリエは眉をひそめる。ユイの額に手を当て、脈を確かめた。

「熱はありませんが……念のため、今日は消化の良いものをお願いしましょう。」

 たぶん、そういう問題じゃないのだけれど。

 従姉の気遣いに、ユイは微笑んだ。

「ありがとう。お願いね。」

「お屋敷に戻ったら、気分が休まるお茶をお淹れします。本日はお疲れなのですから、ゆっくりお休みになってください。」

「うん。」

 確かに今日は濃い一日だったし、明日もあるし、早めに休んで英気を養おう。そう、思ったのだが……。


「お。おっかえりー、お嬢様、マリ姉。」

 屋敷に戻ると、玄関ホールでリカ――今年アカデミー高等科に進学したマリエの二番目の妹だ――が出迎えてくれた。読んでいた本をパタンと閉じて、座り込んでいた階段から立ち上がる。

「遅かったじゃん。みんな待ってたよー。」

「リカ? どうしたの?」

 マリエが妹に駆け寄って尋ねる。

 いや、リカも寮ではなくこの屋敷に住んでいるから、ここで会っても別に不思議じゃないのだけれど。

 ラグロウズからアカデミーに進学する子供たちは、寮に入るかカタスカーナ家の帝都での邸宅、いわゆるタウンハウスで暮らすかのどちらかを選択することになる。アカデミー構内にある寮の方が近いし楽だからと寮暮らしを選ぶ者も多いが、カーティス家の兄弟は全員タウンハウスに住んでいた。子供たちが自分で選択した結果というよりは、おそらく、帝都におけるカーティス兄弟の保護者役、長兄ユートの目の届くところに置いておきたい父親の選択だろう。意外と過保護で子煩悩なのだ、あの筆頭家老殿は。

 だから屋敷の中で鉢合わせても不思議ではないのだが、それだけではなく、リカはどうやらユイたちの帰りを待ち構えていたようだった。

「報告会だよ。知りたいことがあるから調べとけって言ったの、マリ姉じゃん。どうせみんなに協力してもらうことになるから集めとけって言ってたし。全員揃ってるよ?」

「そりゃお願いしたけど、なにも今日じゃなくても。」

「早いほうがいいでしょ? それとも都合悪い?」

「あたしは別に。ただ、お嬢様が……。」

 マリエが困ったように八の字に眉を下げてユイを振り返る。リカは不思議そうに首をかしげてユイを見た。

(こうしてみるとそっくりだなあ。)

 リカの髪はユートと同じ淡い色合いだから、一見するとあまり似ていないように見えるが、やはり姉妹は姉妹だ。

 マリエはしょっちゅうユイとエマがそっくりだと言うけれど、自分だって妹とそっくりじゃないか。

 なんとなくおかしくなって、ユイは微笑んだ。

「いいよ。わたしなら大丈夫。」

「ですが……。」

 承服しかねる様子のマリエに力強くうなずいて返す。

「大丈夫、具合が悪いわけじゃないし。それに調べてもらったのって、今回のことでしょう? 当然、聞くよ。」

「……疲れたら遠慮なくおっしゃってくださいね?」

「わかってる。」

 渋るマリエを笑顔で説き伏せて、揃って談話室に向かう。中には、マリエのすぐ下の妹であるレンや、末弟のシオン、ついでにユイの実弟のエマまで集まっていた。ローテーブルを囲んで、めいめい、好き勝手に座っている。

「本当に勢ぞろいだね。」

 ユイも空いている中央のソファ――おそらくユイのために空けておいてくれた場所――に座り、ユートから白磁のティーカップを受け取る。口元に持っていくと、ふわりとカモミールの優しい香りが鼻をくすぐった。ユイの好きなお茶だ。嬉しくて口角が自然と持ち上がる。

 マリエがユイの隣に、リカがレンの隣に座り、腕を組んだユートが火の気のない暖炉にもたれかかったところで、ユイが一同を見回して口を開く。

「なんかすごく久しぶり。」

 従兄弟たちが勢ぞろいするのは、何年ぶりだろう。ユートが帝国アカデミーに進学し、主に帝都で暮らすようになってから、こうして子供たちだけで集まる機会なんか、なかった気がする。

 まあ、それも仕方のないことだ。ラグロウズと帝都では距離がありすぎる。

「みんな、元気だった?」

「ご覧の通りですよ。それより、話とは何ですか、姉上。」

 今年から高等科に進学したエマが不機嫌そうに口をへの字に結ぶ。子供っぽいしぐさだが、いまだに小柄で華奢な弟には良く似合った。本人は背が低いことを気にして牛乳を飲んだり、ストレッチをしたり、いろいろと試しているようだ。……が、姉としては今のままでもかわいらしいのにな、なんて思ったりもする。だいたい成長期なんだから、そんなに心配する必要などないと思うし。

 お行儀悪く、エマの座るソファの肘掛に腰を下ろしたシオンをちらりと見る。今はまだ、エマより背も低く線が細いシオンだけど――

(年下のシオンちゃんに追いつかれるのがイヤなんだろうな。)

 ユートを見る限り、今は女の子のように愛らしいシオンも、そう遠くない未来にすくすくと伸びるだろう。オトコノコの心も複雑、というところか。

 そう思えばなかなかに微笑ましく、ユイは目を細めてエマに視線を戻した。

「リカちゃんから聞いてない?」

「あれが僕に説明するとでも?」

 エマが心底苦々しそうに、眉間にしわを寄せる。対するリカは、腕を組んでふふんと鼻を鳴らした。

「当たり前でしょ。守秘義務があるんだから、顧客の依頼内容は秘密に決まってるじゃん。こっちは信用第一なんだからね。」

 そんなたいそうな話じゃないんだけどな。

 そうつぶやいたら、「そーゆー問題じゃないです。」と怒られた。うん、やっぱりマリエとリカは似たもの姉妹だ。

「ユートさんは?」

 一人立ったままのユートに目を向けると、困ったように微笑んで首を横に振る。

「僕も何も。ユイ様のことですから、誰も勝手に話したりしませんよ。」

「そっか。そうだなあ……。どこから説明しようか。」

 最初から説明するなら、お山のヌシ様にいただいた例の本の内容から、ということになるんだろうけれど。この世界はゲームのシナリオでできていて、主人公(ヒロイン)が攻略対象と恋仲になると世界が救われるんです……だなんて、冷静になればなるほど、信じられないような荒唐無稽な話だ。おまけに例の本は他人には見えない。うまく説明できるかどうか。

「……お嬢様、よろしければあたしから説明しますけど?」

 首をひねってうなるユイに、ため息をついたマリエが仕方がないと言わんばかりに口を挟んだ。願ってもない助っ人に、一も二もなく飛びつくことにする。

「お願いしても、いい?」

「はいはい。」

「まー、実際に調べろって言ってきたのはマリ姉だしね。」

 しかし何の依頼かは知らないが、いつの間にそんなもの出したのやら。ラグロウズ出発前に、あれこれ仕事を抱えながらそんなフォローまでやっていたのだとすると――なるほど、あの頃のマリエの人相がどんどん凶悪化していったのもうなずける。

「みんははお嬢様がアカデミーに招聘された理由は知ってる?」

「表向きの理由なら。あれでしょ、神官だろうが聖女だろうが、子供が学習する機会を奪うなって学長が掛け合ったって。同学年にも神官の子がいるし。」

「建前ね。」

 リカの隣で、肩をすくめるレンが即座に切り捨てる。

 アカデミーから学術院への進学を希望しているレンは、長期休暇であっても研究室に篭っていることが多い。滅多にラグロウズに帰ってこないから、会うのは本当に久しぶりだ。長くてまっすぐの茶色い髪を首の後ろで無造作にくくっただけ、洒落っ気も化粧っ気もまったくないレンだけど、その切れ長のまなざしは昔よりさらに凄みを増したようだ。もちろん、その舌鋒も。

「ピンポイントで『聖の祝福』持ち集めるなんて、誰がどう考えても訳あり。」

「でも、今の学長になってから平民の枠を広げたりとか、奨学金制度の拡充とか、寮の整備とか、いろいろ制度改革やってるよね?」

 シオンが不思議そうに首をかしげる。焦げ茶色の前髪がさらりと流れた。

「レン姉ちゃんだって、補助金制度申し込んでたよね? その一環なんじゃないの?」

「研究費用だって馬鹿にならないんだから、あるものは使わないと損。そうじゃなくて、最終学年のお嬢様を特別聴講生なんて枠まで作って田舎から引っ張り出したのは、それだけの理由があるはずだってこと。」

「まあ、普通はそう考えるよね。」

 腕を組んだマリエは、うんうんとうなずいて顔を上げる。

「じゃ、帝都の神殿が抱える問題については?」

「四大精霊の神殿に『聖の祝福』持ち――神官がいない件か。祝福の暴走事故件数がごまかし切れない段階になっているから、庶民も薄々気づいていると思う。」

「人の口に戸は立てられないからね。火の精霊様や風の精霊様は祝福を授かった人も多いし、事故も派手になりがちだ。神殿側が躍起になったところで、完璧に隠蔽することは不可能だろうね。」

 しかめ面のエマがあっさりと神殿の極秘事項を暴露し、苦笑するユートもそれにうなずいた。六年前にユイの話を聞いているユートが知っているのは当然として、ほかの従兄弟たちも一様にうなずいているところを見ると、秘密はすでに秘密ではなくなっているらしい。

「姉上が呼ばれたのはその対策のためですか? でも、姉上はお山のヌシ様の聖女ですよね? 火や風の精霊の神殿で御魂鎮めをしても意味がないのでは?」

 エマが首をかしげる。当然の疑問だろう。いかにユイが聖女であろうとも、管轄外の神殿では無力に等しいのだから。

 弟の疑問に、ユイは首を横に振った。

「対策に呼ばれたのはわたしじゃないよ。リカちゃん言ってたよね、同じ学年に神官の子がいるって。御魂鎮めの儀式をしているのは、その子だよ。」

「その人がどこかの神殿の神官なのですか? でも結局、一人ではどうにもならないでしょう。事故が起きている神殿は一つじゃない。最低四人は必要だ。」

「ちょっと待って。」

 眉をひそめたリカが「はいはいっ」と手を上げて話に割り込む。

「おかしいよ。だってその子、地方にある湖の精霊の神官だよ? お嬢様と条件おんなじじゃん。帝都で主流の四大精霊の御魂鎮めはできないはずでしょ。」

「それができるらしいの。」

 ソファに深々と沈み込んだマリエがため息をついた。逆に、今まで付き合いで参加していますと言わんばかりの、素っ気ない態度だったレンが目を輝かせて身を乗り出す。どうやら好奇心がうずいたらしい。

「なんで? どうやって?」

「原理はわかんないけど、その子、鏡に映すように他人の加護を自分に映せるんだって。その状態ならどこの精霊様だろうと、御魂鎮め可能ってわけ。ただ、そのためには儀式をしたい精霊様のご加護が特に強い人と、親しくならなきゃいけないらしいんだけど。」

「他人の加護を装って、管轄外の精霊の神官に擬態できるってこと? つまりフェイク?」

「擬態とか……すごい単語使うわね。」

 あまりに明け透けなレンの発言に、マリエは頬を引きつらせた。ユイもその気持ちは良くわかるし、たぶん、みんなもそうだろう。若干引き気味だ。

「でもまあ、言い方は悪いけど、そういうことなんじゃないかと思う。」

「関係者の特定はできてるの?」

「一応ね。神官の子がメアリ・フェイバー。大地の精霊の祝福を受けているのがクィンシー・ラチェスター。同じく水がアルヴィン・アインズレイに、火がカリール王子。最後に風がジェームズ・ノルズ。」

「総代に、本の虫の学年首席に、留学中の王子様と騎士候補生筆頭? また派手な人間を集めたわね。」

 主人公(ヒロイン)であるメアリ・フェイバーはそうでもないようだが、ほかのメンバーは有名人らしい。学年が異なるどころか、中等科のシオンですら目を丸くしているところを見ると、さすがは攻略対象というところか。

「人選の根拠は?」

「根拠……えーっと、」

 レンの指摘に、マリエは言葉に詰まる。

 ユイが授かった本の話を出せば彼らの名前を出す理由は説明できるが、目に見えない本についてレンに納得してもらうのは厳しいかもしれない。マリエは、かえってややこしくなることを警戒して、言葉を選んでいるのだろう。

 マリエですら説明に困るのだ。ユイの出る幕じゃない。邪魔にならないように、できるだけ体を小さくしながら、カモミールのお茶をいただく。

 じりじりと焦がすようなレンの視線の中、ふわりと微笑んだユートが助け舟を出した。

「根拠はユイ様が当たった『精霊様の気まぐれ』だよ。」

「ユート兄さん。」

「『気まぐれ』?」

「そう。ユイ様当たった『気まぐれ』は予言のようなものでね。それによると、メアリ・フェイバーが四名の男子生徒と親密になって共に御魂鎮めを行えば、問題が解消するとされている。」

 ユートは、例の本にもゲームのシナリオにも一切触れず、滑らかに説明してみせた。だが案の定、納得できないらしいレンの眉間のしわが深くなる。

「その予言が正しいという保証は?」

「ないね。」

「兄さんっ!?」

 あっさりと認めるユート。マリエは悲鳴のような声で非難しかけたが、ユートは腕を軽く上げて妹を制する。

「今後も予言が当たる保証はどこにもないよ。ただユイ様は、メアリ・フェイバーのことも男子生徒たちのことも何も知らない、十二歳の時にこの話をお屋形様になさってる。そして今のところ、細部に違いはあっても大枠は予言どおりに進んでる。」

 一呼吸おいて、ユートは笑みを深くした。

「根拠はないけれど、これまでの実績から、予言に正当性があると言えないかな。少なくとも、対応策に困窮する政府が無理矢理ユイ様を引っ張り出して試してみようと考える程度には。」

 ……背中に雷雲を背負ったようなユートの笑顔が怖い。

 どうやら弟妹思いの『お兄ちゃん』は、妹同然のユイが、意に反して帝都まで連れてこられたことを、静かに、深く怒っていたらしい。

「……わ、わかった。」

 とばっちりとはいえ、思わぬ長兄の怒りに触れたレンが視線を斜めにそらす。レンだけではない。その場にいる全員が、凍りついたように動けなかった。

 場の空気が冷え切ったことに気付いたのだろう。ユートは「おや」と片方の眉を持ち上げると、ふわりと笑ってみせた。いつものように、穏やかに、柔らかく。それだけで、気温が上がったように感じ、全員の緊張も解ける。

(こ、怖かった……。)

 普段怒らない人の方が怒ると怖いというのは本当かもしれない。ユイは鳥肌がたった腕をさすりながら思う。

「まあ、そんなわけでユイ様がメアリ・フェイバーのサポートに呼ばれたわけだ。」

「だがそれはあくまでも一時的なものに過ぎないんじゃないのか?」

 眉をひそめ、顎に手を当てたエマが考え込む。

「その神官――メアリ・フェイバーに各精霊の神官の代役ができたとしても、最終的には本物の神官がいなければ話にならないだろう。」

「もちろんです。ですが、多少の時間は稼げます。その間に根本対応策を探さないといけませんね。」

「そうそう。それに、その場しのぎだろうと偽者だろうと、実際に鎮められるなら凄いことじゃん。これでマリ姉の依頼の意味がわかったわー。」

 正直、意味わかんなかったんだよねー。

 リカが妙に晴れ晴れとした顔でにぱっと笑った。

「神官の子と、四大精霊の加護の強い四人ってことだったんだね。」

「ええ。リカにはその五名の素行調査というか、ここ一ヶ月の動向を探ってもらったの。……何かわかった?」

「動向って言ってもさあ、調査依頼が曖昧なんだもん、普段何しているかってくらいしか調べてないよ? 目的も教えてもらえてたら、人間関係とか交友関係とか洗ったのに。」

 口を尖らせて文句を言いながらも、どこかうきうきとしたリカは、懐から使い込んだ手帳を取り出した。ぱらぱらとめくって、お目当てのページを開く。

「じゃあまず、神官の子からね。メアリ・フェイバー、高等科の一年生で、」

「あ、基本的なプロフィールはわかってるから飛ばして大丈夫。」

 マリエに容赦なく話の腰を折られ、肩透かしを食らったリカだが、頬を引きつらせながらも「わかった。」とうなずいて応える。

「端的に言えば、印象は薄いけど真面目な子だよ。成績は普通だけど、生活態度はきっちりしてるし、課題もしっかりこなすから、教員の反応は悪くない。ただ、授業と神殿と寮を往復するだけの生活だから、学内に友達とかいないんじゃないかなー。わたしも、調べてくれって言われるまで存在すら知らなかったし。」 

「同じ学年のリカが知らないとか……じゃあ、四人と親しいとかは……?」

「まずないと思う。毎日授業が終わったと同時にどこかの神殿に向かって、門限ぎりぎりまで祈りを捧げて寮に直行って生活だよ? ぜんぜん接点なんかないじゃん。」

 ……なんだろう。ものすごく熱心で一生懸命なのだろうけれど、この、妙に空回りしている感は。

 もしすべての神官がこのような味気も素っ気もない生活をしていると思われているのだとしたら、わざわざ学長が「学生生活を楽しめ」などと忠告した理由もわかるというものだ。

「続けるよー? クィンシー・ラチェスターは、みんなも知ってると思うけど、高等科二年の生徒総代。カルファシェット公爵家の末息子で、生粋の高位貴族だね。普段は普通に授業を受けて、日々総代としての雑務をこなして、貴族らしく時々お茶会や夜会に参加してって感じかなー。学内でも、庭園でお茶をしているところは割と目撃されてるね。」

 手帳から視線を上げ、リカは目と口を三日月形にしてにやりと笑う。

「噂だと、婿入り先を探してるって話だよ。」

「お婿希望なの!?」

 驚いたユイが声を上げる。まさかあのクィンシーが婿入り希望とは、想像もしていなかった。結構イイ性格しているのを、丁寧で穏やかな態度でくるんだだけのようなクィンシーなのに。

「さすがに三男ですからねー。実家は長男が継ぐんでしょうし、騎士団に入団して士爵位をもらうってタイプでもなし。血統も見た目も最高なんだし、一人娘しかいない適当な地方領主の婿に収まるのが穏当じゃないかと。いやあ、最初に話を聞いたときは、てっきり痺れを切らしたマリ姉がお嬢様の婿がねを探しているんだとばっかり、」

「リカ。」

 にっこり笑うユートがリカの軽口を止める。

「余計なことはいいから。」

 だから、その笑顔は怖いよ、ユートさん……。

「ご、ごめん。続けるね。」

 引きつった笑いを浮かべるリカが、震える指で手帳をめくる。

「アルヴィン・アインズレイは、同じく高等科二年の学年首席だね。この人はまたシンプルだー。授業が終わったら図書館直行で、門限まで篭りっきり。門限過ぎたら大量の書籍を抱えて帰宅。以上。」

「……ほかにないの? 」

「ないよ。」

 潔い――いささか潔すぎるほどのの即答だった。

「えっと、今日会った感じだとそうでもなかったよ。ユートさんのファンだって。」

「え!?」

 いくらなんでもそれはかわいそうだと、フォローしたユイに目を見開いて見せたのは、レン・リカ姉妹のどちらもだった。

「あの人間嫌いの偏屈が!?」

「あの過去にしか興味がない本の虫が!?」

「……すごい評価ね。確かに対人スキルは低そうだったけど、そこまで言われるほど? クィンシー・ラチェスターとは普通に話をしていたわよ?」

 腑に落ちないと首をひねるマリエに、姉妹は全力で首と手を横に振る。

「いやいやいやいや、マリ姉。ぜんぜん不当な評価じゃないからね? みんなそう思ってるからね?」

「読む本ときたら神話と歴史と伝承ばかり。少なくともわたしは、アレが生身の人間に興味を持っているところを見たことがないわ。ラチェスターとは話すけど、話しかけてくるから返しているだけでしょう。」

「リカはともかく、レンは同じ学年じゃない。向こうもどうせ学術院に進むんだろうし、おんなじ進学組ってことで接点ないの?」

「ないわね。」

 半眼のレンが、無慈悲に切り捨てた。まるで接点など持っていたら不名誉だといわんばかりの態度で。

「言ったでしょう、アレは生身の人間に興味がないの。少なくとも、今まではね。専攻が違いすぎるし、こちらの名前も知らないでしょう。」

「……まあ、カーティスの名前出した途端に食いついたくらいだから、ほかに兄弟が通ってるって知ってたらとっくに接触してるか。」

 なるほど。ユイとマリエは興奮状態のアルヴィンしか見ていないからぴんと来なかったけれど、クィンシーが「壊れた」と評するわけだ。

「続けても大丈夫? 高等科一年のカリール王子はご存知、マシュマードの王子様――正確には王弟なんだけどね。教養の名目でアカデミーに留学中。」

 リカはなぜか、手帳から目をそらしてため息をついた。

「一説にはお家騒動の末に母国を追い出されて帰れないって話。残念だわー。マシュマードっていったら、緻密な模様で有名な超高級絨毯の名産地だよ? マシュマードしか採れない香料とかもあるし、王族なんて美味しいお客様、コネができたら最高だったのにっ!!」

「いや、あんたの皮算用はどうでもいいから。」

 握り締めた拳をわなわなと震わせるリカに、マリエが呆れ顔で突っ込んだ。

 どうやらリカは、カリールに南方への伝手を期待していたらしい。それも過剰に。それがどうやら望めないとわかったとはいえ、カリールに文句をつけるのは、さすがに逆恨みというものだろう。母国に帰れないというのが本当ならば、かわいそうな話でもある。……あの能天気そうな王子様に、そんな悲壮感はぜんぜん、まったく、感じなかったけれど。

「だってえ、」

「だってじゃない。それで? ほかにもあるんじゃないの? 同じ学年でしょ。」

「んー……、とりあえず軽い。女の子と見れば口説いてくるようなタイプ。学内ではカフェとかで女の子とお茶してるか、授業終了後に速攻デートに繰り出すかの二択しか見たことないってほどの。」

 それはなんとなくわかる。

 ユイは目を閉じて、うんうんとうなずいた。

 初対面の女性に赤い薔薇を贈ろうとする人物だ。そりゃあ軽いだろう。マシュマードの文化には詳しくないから、それが育ってきた環境によるものか、本人の資質によるものかはわからないけれど。

「それが元でお家騒動になったのか、追い出されるにいたったのかはわかんないけど、とにかくその軟弱っぷりを鍛え直せって、お目付け役の爺やさんに騎士候補生の訓練に放り込まれてる。でもしょっちゅう脱走してるから、あんまり意味ないみたい。」

 それもわかる。現に脱走したところに遭遇しているし。

「で、しょっちゅう捕まえているのが、最後の一人のジェームズ・ノルズ、高等科三年生で騎士候補生の筆頭。このまま行けば間違いなく、帝国騎士団入りすると評判だよ。」

 うん、確かに逃げたカリールを捕まえていた。仮にも他国の王子様を猫の子のように摘み上げて、引きずって行った現場に居合わせた。

「性格は一言で言えば、超堅物。礼儀正しく、規則正しく、誰にでも分け隔てなく、極真面目。四角四面で秩序が服着て歩いているって言えばわかる? 授業が終わったら即鍛錬場に行って訓練してる。そうじゃなければ、カリール王子を探して構内をさまよってるかだね。」

「……でも凄くいい人だよ?」

 あまりといえばあまりのレンの評価に、黙っていられなくなったのだろう。シオンが控えめに手を上げる。

「面倒見もいいし、熱心に指導してくれる。確かにちょっと融通が利かないけど。」

「ジェームズ・ノルズを知ってるの、シオン?」

「うん。僕も騎士候補生の訓練に混ぜてもらってるんだ。流派や作法が違うからって馬鹿にしたりしないし、先輩の審判はぜったいに公平だし、ヘンな贔屓とかもしない。正義感が強くて頼れる先輩だよ。尊敬してる。」

 それはある意味、リカの調査結果を裏付けるものだけど。

 シオンはエマの護衛も兼ねているから、体を鈍らせないように努力しているのだろう。年齢も体格も一番小さな弟が、自分より大きな人たちの間で奮闘していると思うと、微笑ましくなった。

「シオンちゃんはノルズ様みたいになりたいのね?」

「先輩、凄く強いんです。訓練は凄く厳しいけど、いつかはあんな風になれたらなって。今はまだこんな痩せっぽちの僕ですけど、見込みがあるって褒めてくれたんですよ! だから頑張るんです!」

 照れたように頬を上気させ、拳を握り、憧れを語るシオン。ジェームズ・ノルズは確かに、魅力的な人物のようだ。ただし、強さに憧れる男の子から見た場合は。

(でも、メアリ・フェイバーは真面目でおとなしい女の子っぽいしなあ……。)

 地方領主の入り婿に納まろうと画策するご令息に、他人に興味のない秀才。女の子大好きな放蕩王子に、剣術一筋の騎士候補生。

 うっすらと不安に思うのは、なにもユイだけではないらしく。

 ぱたりと手帳を閉じたリカは眉間にしわを寄せ、大真面目にその場にいる全員を見回した。

「今までの話を総合すると、メアリ・フェイバーとこの四人を引き合わせて、オトモダチになってもらわなきゃならないんだよね?」

 おっしゃるとおりなのだが……。

 リカから視線をそらしたのはたぶん、自分だけではないはずで。

 もろもろ考え合わせるに、なんだかかなり無理そうな気がする、ユイであった。

会議は踊る、されど進まず。

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