ユイとマリエと帝国アカデミー(上)
ユイは桜並木の下をマリエを連れて歩いていた。おそろいの紺青のジャケット。おそろいのシルクのブラウスにエンブレム入りのタイ。おそろいのチェックのプリーツスカート。紛れもない帝国アカデミーの制服だ。そしてこの石畳の並木道は、帝国アカデミー高等科の正門へと続いている。
「残念だね。桜の季節ならきっとすっごくきれいなんだろうけど。」
天に向かってまっすぐに伸びるひときわ立派な桜の前で足を止め、がっしりした幹を見上げて、ユイは嘆息した。春先はさぞ可憐で美しい花をつけるだろう桜は、今はその面影もなく、青々とした葉っぱばかりが茂っている。
侍女らしく一歩後ろに下がっているマリエも、控えめにうなずいた。
「そうですね、お嬢様。残念でしたが、お嬢様の努力次第で、満開の桜をご覧になる機会もございますよ。それより……言葉。」
「うっ。わかってる……じゃない、“わかっています。”」
マリエに睨まれて、慌てて言い直す。
「どこで誰に見られているかもわかりません。くれぐれもご注意を。」
「……はぁい。」
叱られて、しょんぼり肩を落としたユイだが、いつまでもそうしてはいられない。「よしっ」と気合を入れなおし、背筋を伸ばして、再び桜並木を進む。帝国アカデミーの正門に向かって。
赤い煉瓦が規則的に積まれた高い塀。優美で繊細な装飾が施された大きな鉄製の門扉。その前にたたずむアカデミーの制服に身を包んだ男子生徒。
彼はユイたちの姿を認め、ふわりと相好を崩した。
「ラチェスター様がお迎えのようです、お嬢様。」
無表情のまま、小声で教えてくれるマリエにすばやくうなずいて返す。
彼――帝国でも一、二を争う権勢を誇るカルファシェット公爵家三男坊、クィンシー・ラチェスター――は手前でユイが立ち止まるのを待ってから、左手を胸に添えて優雅に上体を折った。
「お初にお目にかかります、レディ・ユーフィーミア・カタスカーナ。生徒総代としてお迎えに上がりました、高等科二年のクィンシー・ラチェスターと申します。」
貴公子の鑑と呼びたいほど完璧な角度で一礼したクィンシーは、流れるような優雅な動きで姿勢を正す。首を少しだけ傾け、甘く柔らかなはしばみ色の目を細めて微笑んだ。
「高名な『完全無欠の聖女』をお迎えできて光栄です。」
無駄のない完成された美しい所作と耳を蕩かす優しげな声音。無造作に見えて丁寧に整えられているのだろうふわふわの栗色の巻き毛と、きらきらと輝くはしばみ色の目。美貌の青年は、どこまでも穏やかに微笑んでいる。
対するユイも、スカートの裾をつまみわずかに腰を落として礼を返す。
「ごきげんよう。ユーフィーミア・カタスカーナです。こちらこそ、ラチェスター様のお噂はかねがね伺っております。まさか、お迎えに来ていただけるとは思ってもみませんでした。」
髪や目の色合いはそんなに派手でもないくせに。彼はなにか発光するものでも背負っているのだろうか。きらきらしいクィンシーに、ユイはたじろいだのがばれないように笑ってごまかすのに必死だ。頬が引きつってないと良いのだが。
「お恥ずかしい。実家がどうあれ、ここではわたしも一生徒に過ぎません。そんなことより、さあ、こちらへ。学長がお待ちです。僭越ながら、ご案内いたします。」
当たり前のようににっこり笑顔で差し出される肘。一瞬ひるんだものの、覚悟を決めて手を添える。
レディファーストだかなんだか知らないが、問答無用で肩だの腰だのを抱かれなかっただけでもマシだと思うしかない。そんなことされたら、失礼も文化の違いもぶっ飛んで、叫ぶか突き飛ばすか逃げ出すかしてしまうだろうから。……いや、きっとやっちゃいけないことを全部やる。ぜったいやる。
ユイはエスコートだけでも相当な精神的ダメージを受けたというのに、クィンシーは止めを刺すのを忘れなかった。
「あなたもわたしも、ここでは一介の生徒に過ぎません。堅苦しいのはやめにしましょう。わたしのことはどうぞクィンスとお呼びください、ユーフィーミア。……ああ、名前で呼んでも構いませんね、ユーフィーミア? 可憐なお名前です。あなたによく似合っている。」
「……恐れ、いります……。」
なんかもう、いたたまれなくなってうつむくしかない。かすれ、震え、小声になったユイをどう思ったのか知らないが、クィンシーはますます笑みを深めるだけだった。それだけでもう負けた気がするのだが、ユイが情けないのではないと信じたい。
(しょっぱなから攻略対象がお目見えだもんなあ……。)
うっかりすると眉を八の字にして情けない表情を作ってしまう顔の筋肉を総動員し、ユイは根性でお嬢様らしい優雅な微笑を浮かべ続けた。
あれだけ帝国アカデミーに行くことを嫌がったユイがなんでこんなところにいるかというと……事の発端は一ヶ月前にさかのぼる。
***
冬の間帝都に出張する父がラグロウズに戻るのは、毎年、里の雪が消え始める頃からほとんど消えてわずかに残雪だけになるくらいの頃――冬の終わりから春の初めと決まっていた。だが今年は遅かった。雪がすっかり消えてしまってからも、父は戻らなかった。連絡は取り合っていたから、何か帰れないような不測の事態が父の身に降りかかったわけではないとわかってはいても、心配になったものだ。
ようやく戻ったのはそろそろ田植えをしようかという時期だった。心底疲れきった様子で帰ってきた父に、ユイは驚いて駆け寄った。
「お父様!? どうなさったのです、そんなにお疲れで。」
「ああ、ユイか……。ただいま。」
「お帰りなさいませ。とにかく、旅の疲れを落としてください。湯浴みの準備ができていますから。」
何はともあれ、お風呂にでも入ってリラックスしてもらうと、ユイはくたびれた父を湯殿に押し込んだ。ラグロウズに暮らす者なら誰でも覚えがあるだろうが、嫌なことがあってもお風呂で清めればすっきりするものだ。まして今日は菖蒲と蓬を入れてある。温まれば、心身の疲れもほぐれるだろう。
事実、湯から上がった父は、ずいぶん回復しているように見えた。
「ありがとう。気持ちよかったよ。」
「なら良かったです。」
湯上りにお茶を差し出しながらユイは首をかしげる。
「ところでどうなさったのですか。連絡でも都合で遅くなる、詳しい事情は帰ってから、としか。」
「それなんだけどね……。」
湯飲みのお茶をすすり、父は言いよどむ。
そんな父の態度に、ユイは眉をひそめた。自分には言えないくらい、問題が起きているのだろうか。
後ろを振り返りマリエと視線を合わせる。マリエがうなずいたのを確認して、ユイは席を立つべく一礼した。
「わたしが聞いては差し障るのでしたら、どうぞジョージ伯父様とお話ください、お父様。」
「いや、そんなことはない。むしろユイに一番に説明するべきことなんだ。」
席を立ちかけた愛娘を、父は慌てて引き止める。
「お前にどう説明したら良いものかとずっと考えていたのだが……やはり下手なごまかしは良くないね。」
少しばかり困ったように、父が笑う。ユイはわけがわからなくて再び首をかしげた。
「何があったというのですか、お父様。」
「前に、聞いたことがあったね。帝国アカデミーに行きたいか、と。」
「……ええ。」
早いものだ。ヌシ様からいただいた本について家族会議を開いてからもう六年が経つ。六年――本の通りなら、物語はこの春からスタートしているはず。
(……ああ、ひょっとして。)
「お呼びがかかりましたか。」
真剣な顔でうなずく父を見て、やはり、と思う。
家族会議の後も、例の本についてマリエと話し合ったことがある。ユイは帝国アカデミーに進学しないことで本の物語とは別の道を選んだけれど、もしかしたら強制力――物語を元の軌道に戻す不思議な力のことをマリエはそう呼んだ――が働いて、イヤでもアカデミーに進むことになるかもしれないと。だから物語が終わるまでは、油断してはならないのだと。嫌な展開は回避できたとのんきに構えていたユイは、マリエにそう、釘を刺されたものだった。
幸いなことに、ユイはこれまでこれといった問題もなく穏やかに過ごして来れたけれど。どうやらそれもここまでらしい。
(あらかじめ聞いておいて良かったな……。)
そうでなければ、今頃パニックになっていたかもしれない。だからといって平穏な暮らしを諦めるつもりもなかった。
「アカデミーはもう、新しい年度が始まっているはずですが……今さらですか? それにわたしも十八になりました。」
通常、アカデミーに在籍するのは十三歳から十八歳までの六年間だ。ユイもぎりぎり引っかかっているけれど、最後の一年だけ、しかも年度の途中からとはずいぶん無茶な話だ。
強制力だかなんだか知らないけれど、ユイはできるだけ抗うつもりだった。だいたい、もうすぐ田植え――例祭があるというのに、遠い帝都にまで行っていられるか。ユイにだって都合も務めもあるのだ。
眉を吊り上げるユイに、父は力なく笑う。
「今すぐ編入しろとか、そういう話ではないよ。余裕がないのも確かだが……そうだね、最初から説明しようか。」
湯飲みを茶托にことりと置いて、父は続けた。
「ユイの本の話を聞いてから、実際にメアリ・フェイバーをアカデミーに呼んでね。各神殿で祈りを捧げて貰ったんだ。」
「……『鏡の聖女』、ですか。」
負けるものかと意気込んだら話題をそらされ、若干拍子抜けした調子でユイがつぶやく。
例の本では高等科になってから進学したように書かれていたが、現実ではどうやら中等科からに早まったらしい。確かメアリ・フェイバーは北部高地地方の出身のはず。アカデミーに進むなら当然親元を離れての寮生活になるだろう。
自分が余計なことを言ったせいで彼女を早々に家族から引き離したことになる。ユイの胸がちくりと痛んだ。
「彼女は良くやってくれてね。祈りの効果か、祝福が暴走する事故の件数は減りつつある。それで満足してくれれば良かったんだが、あのタヌキ爺……失礼、陛下がどうせなら例の本と同じ状況を作ればもっと効果があるんじゃないかと言い出してね。」
心底忌々しそうにつぶやく父に、ユイはつい、後ろのマリエと顔を見合わせてしまった。
皇帝陛下じきじきのお声がかりとでもいうのだろうか? そりゃあ、帝都の問題は陛下にも頭の痛い問題なのだろうけれど。
「……でも、いくらなんでも急すぎます。」
「それはわかってはいるんだが。」
ユイの主張はもっともだと、父もうなずき返してくれる。だけど――
「大昔の誓約まで持ち出されては、こちらとしても否と言えない。すまないが、特別聴講生となってメアリ・フェイバーに協力してあげなさい。陛下とは例祭が終わるまでは待ってくれるように話をつけてあるから。」
「……例祭が終わるまでって、あと二週間もないじゃないですか。だいたい、春は良いとして、秋の例祭はどうしますか? お山のナギ様はこのことをご存知なのでしょうか?」
「安心しなさい、特別聴講生として招かれるのは夏の間だけだ。秋の例祭には帰れるよ。問題が解消すれば、もっと早く帰れるだろう。ナギ殿とはわたしのほうで調整するから。」
だから準備しなさいと言われても。秋には帰れるのだから心配するなと言われても。
もちろん、そんな言葉で安心できるはずもなく。
「問題が解消しなかったら?」
「……とにかく、ユイは余計な心配せずにがんばっておいで。――ああ、ジョージとも話をしなくては。」
信じられないと目を見開いた愛娘から逃げるように、実に不安になるしかない一言を言い置いて、そそくさと執務室に引っ込む父であった。
「お父様のバカッ!」
自室に戻り、ユイは不満を爆発させた。主に座布団をぺしぺし叩くという暴挙によって。
「約束がちがーうっ! アカデミーになんか行かなくても良いって言ったのに!!」
息が切れるほど暴れて、わめいて。座布団を叩く手が止まる頃には、ぜーぜーと荒い息を吐いて肩を上下させていた。
ユイが癇癪をひとしきり発散させた頃合を見計らって、マリエがお茶を差し出す。いまだ口を尖らせるユイも、おとなしく受け取って口に含んだ。叫びすぎてすっかり渇いたのどに、ぬるめお茶が優しかった。
「お気はお済みですか?」
「ぜんぜん。……でも、しょうがないのかなぁとは思った。」
「そうですね。さすがに皇帝陛下のご下命となるとお屋形様もお断りし辛いでしょう。諦めて腹をくくってください。」
「……マリちゃん。どっちの味方なの。」
思わず漏れたユイの恨み言に、マリエは信じられないというように目を丸くする。
「あたしはいつだってお嬢様の味方ですよ。疑うんですか?」
「そうじゃ、ないけど……。」
ユイだって別に本気じゃない。だけどあんなに突き放したような言い方しなくてもいいんじゃないかと思うのだ。
「お嬢様のためを思っての苦言ですのに。マリエは悲しゅうございます。」
わざとらしく袖を目頭に当ててよよよ……と泣き崩れるふりをするマリエ。馬鹿馬鹿しいお芝居だ。非常に馬鹿馬鹿しいが、呆れたせいで気が削がれてしまったのか、ユイの気分は妙に軽くなった。肩の力を抜いて、ため息をひとつ。
「わかった。ごめん、疑ってないから。わかってるから。」
だからその頭を抱えたくなるようなジェスチャーは止めてくれ!
ユイの心からの願いが通じたのかどうかは知らないが、マリエはあっさりと上体を起こして姿勢を正す。
「なら最初からそう仰ってください。それで帝都への引越し準備ですけれど。」
「……やっぱりそこに戻るんだ。」
「ほかにどうしろと?」
どうにもならないのは、ユイにもわかってはいる。わかっているが……それと愚痴をこぼしたいのは別問題だ。とはいえ、愚痴は後回しにすべきだろう。やることやった後なら、マリエも聞いてくれるだろうから。
ユイは首を横に振った。
「ごめん。続けて。」
「春の例祭の後にすぐ出発となると、時間がありませんね。例祭の準備もしなくてはなりませんし。」
「例祭のほうは去年どおりだし、神殿の皆様にもご協力いただけるから、大丈夫だと思う。それより、引越しって何を準備すればいいの? 特別聴講生って、特別な手続きとかあるの? 試験なんかも受けてないんだけど。」
生まれてこの方一度もラグロウズを出たことがないユイにはさっぱり想像も付かない。それはマリエも同じなのだが、彼女には兄弟がいる。実際にアカデミーに入学するための試験を受けに、そして見事合格して進学するために帝都へ旅立った兄弟たちが。
それを言うのならユイだって弟が現役アカデミー生をやっているのだが、単純に行ってらっしゃいと送り出すだけのユイと、手続きの準備から荷造りまで手伝ってきたマリエとでは経験が違うだろう。
「そうですねえ……。」
実際、マリエは腕を組んで考え込んだ。思い当たるものがあるようだ。
「帝都側の要請ですし、お屋形様も何もおっしゃいませんでしたし、入試は免除でしょう。必要な手続きも向こうでやってくれるはず……と思いたいところですが、念のため必要な書類があるか確認します。引越し先は帝都のタウンハウスですから、家財道具は要らないと思います。身の回りの品や着替えは必要ですが……しまった、衣類か。」
眉をひそめるマリエに、ユイは首をかしげた。マリエは指折り数えて「間に合うかなあ」とつぶやくが、意味がわからない。
「マリちゃん? どうしたの? 着替えくらい、持ってるよ?」
「お嬢様がお持ちのお召し物はすべて、ラグロウズ風でしょう。」
「うん。え、ダメ?」
ユイは思わず左右の袖を広げた。ついでに自分の着ているものをざっと見下ろす。
いつもどおり、幅の広いひらひらした袖にひらひらした裳裾。派手ではないがちらほらと花の模様が散りばめられた、何の変哲もない普段着だ。ちなみにマリエも似たような格好だ。
なにが悪いのかさっぱりわかっていないユイに、マリエは苦笑する。
「ダメではありませんが……帝都では恐ろしく目立ちますよ。ラグロウズの姫君ここにありと、喧伝して回るようなものです。」
「え。……そんなに目立つの?」
ユイの疑問に重々しくうなずくマリエ。
「そんなぁ。」
「目立つのがお嫌なら、エレンダール風の衣類をあつらえましょう。型紙は……今あるのは去年の型ですから、今すぐ取り寄せても間に合いませんね。」
眉根を寄たマリエがうなる。
普段着と訪問着と下着一式と外套と、忘れちゃいけない制服と……最低限必要と言って一点ずつ数え上げる量に目が回りそうになる。
「猶予は半月もありません。流行後れのドレスを仕立てるくらいなら、流行に関係ない基本の型でお願いしましょう。そのほうがお針子に負担をかけずに済みますし……ただでさえ納期が無茶ですからね。こちらでは当面を凌げるだけ用意して、あとは帝都の工房に依頼しましょう。そもそも、流行の最先端は帝都ですし。」
残念ながらラグロウズ産の最高品質の同期石でも、帝都と短いメッセージのやり取りが精一杯だ。複雑な型紙までは送れない。今すぐ郵送で送ってもらっても船便で届くのは二週間以上先。それでは間に合うわけがない。それはわかるのだけど。
「流行の最先端って……去年の型紙じゃダメなの? その前に、ドレスってそんなに作らなきゃダメなの? お金だってたくさんかかるでしょう……?」
帳簿を確認させられている身としては、ついついお財布の残り事情を考えてしまう。そうでなくとも若者の食費がかさむカタスカーナ家には、余分な予算などないのだ。新しいドレスなど作っている余裕などないはずだ。
ユイはそう主張するのだが、マリエは首を縦に振ってくれない。
「本格的な社交シーズンは冬ですが、夏にも議会は開かれますから、何があるかわかりません。最低限は必要です。体裁というものがございます。」
そんな煮ても焼いても食べられもしないものは捨ててしまえ! と思うのは、ユイの勝手だろうか……?
そんな面倒なところとはさっさとお別れするに限る。内心、ユイは決意を新たにする。
「そもそも、お嬢様。貴婦人たるもの、昨シーズンのドレスなど処分してしかるべきなのですよ? というか、本来なら生糸の産地や糸を紡ぐ職人、機を織る職人から入念に選別、指定してしかるべきなのですよ?」
今回はそこまでこだわる時間も予算もございませんので生地は既製品でご容赦いただきますが。
心底残念そうなマリエに、ユイは開いた口がふさがらない。ドレス一着にどんだけ金と面倒をかけるのだ、貴婦人ってヤツは。
「……貴婦人って大変だね。」
人事のようにのたまうユイに、マリエは逆に呆れ顔だ。
「お嬢様? お嬢様は皇族に次ぐ家格の姫君だってこと、お忘れではありませんよね?」
「……。」
そんなこと言われても皇族なんて雲の上の存在だし! 家格がどうのと言われてもぴんとこないし! それ以前にうち以外の貴族なんか知らないし!
領主たる父からして、誰にでも気さくで分け隔てのない人物なのである。領主の子供だからといって、ユイに大きな顔などできるはずもなく。だいたい、領民に支えられてこそのカタスカーナ家だし。彼らが自分たちを持ち上げるのも、つまりはその分の責任を果たせと、仕事をしろと言っているからで。
ユイとしてはそう主張したいところであったが、半眼で腕組みするマリエに素直に言えるわけもなく。
結果、気まずそうに視線をそらすユイに、マリエが大げさなため息をついた。幼い妹を諭すような口調で、ゆっくりと言い聞かせにかかる。
「お嬢様。聖女様のお努めがなければお嬢様は、とっくにお年頃の皇族または有力貴族に嫁いで社交界の花としてサロンを主催、貴婦人方を纏め上げつつ、流行を作り上げる立場にあっても不思議じゃないお方なんですよ?」
「……いつも思うけど、なんか大変そうだよね、お嬢様って。」
「……ご自覚がないのはよぉっっっくわかりました。」
頭痛がするのか、マリエは目を堅く閉じてこめかみを揉み解す。眉間にも深いしわがくっきり刻まれていた。
一応、そこまで従姉を追い詰めた自覚のあるユイは、恐る恐る声をかける。
「えっと……。頭が痛いなら、薬湯とかお願いする……?」
「結構です。」
にべもない返答に、ユイは亀の子のように首をすくめる。
「お屋形様の教育方針に口を差し挟むつもりも権利もございませんが、お嬢様にはもうすこーし、貴人教育を徹底すべきだったかと存じます。」
「……。」
失礼だと思いつつも、返す言葉のないユイだった。




