私と昔語りと出会った日は
今からちょうど、2ヶ月と一週間前のこと。あれは、風の強い日だった。時刻は確か夕食を終えた頃。
「セリナさんー…また洗い物サボってー」
「さ、サボったんやないよ!忘れとっただけ!」
そう言いながらも食堂のテーブルにのびて動こうとしないセリナに、アドルは深い溜息をつく。
「また僕がやるんですかー?」
セリナはにっこり。
「今度アドルの番の時に代わりにやるって」
「そのセリフは今までに何度も聞きました。そしてきちんと守ったことはありません」
「そんな固いこと言わんといてやぁ。私のこと嫌いにならんといてー」
しぶしぶセリナは立ち上がってアドルの隣でスポンジを泡立てる。
外では風がさらに強くなっていた。雨も昼頃から降り続け、しきりに窓を叩く。この建物はもともと古い商館を譲り受けたものであるわけで、雨漏りこそないが、風が強くなるたびにそこかしこが嫌な音を立てる。
「竜舎が心配ですね…。今日だけは夜の間、人の姿でこちらに来てもらいましょうか。空き部屋はありますし…」
竜舎にはアドルとグレッグの緑竜がいる。
「デントとチェスなら平気そうやけどな。私、呼んでくるわ」
「あ、はい。お願いし…って結局皿洗いはしないんですか!」
そそくさとセリナは竜舎に向かうために玄関へ。一度外へ出なくてはならないのだ。
…なんか着たほうがええかな?でもすぐそこやし、ま、走ればええやろ。
「うわぁ…これはヤバイなぁ」
玄関を開けてみれば、風は思っていた以上に強く、植えられた木は枝を千切れんばかりに引っ張られている。どこからか飛んで来たらしい紙やらゴミやらを纏わり付かせて。
よし。
意を決して風の中へ駆け出した。雨が顔に当たって痛い。竜は支部のすぐ隣で、向かって右隣。そこへ急いで駆け込む。
「ふあー」
なんだなんだと緑竜が寄ってくる。
『おう、セリナ嬢じゃねぇか。びしょ濡れでどうしたよ』
「デント〜…」
やっぱりなにか着てくるべきだったが、後悔してももう遅い。服の裾を絞るとポタポタ水が落ちた。
「…?チェスは?」
ぐるりと竜舎見渡すと…いた。竜の寝床には常に藁を敷きつめているのだが、その藁を自分のエリアにかき集めて山にしている。デントの分や寝床以外の藁まで。しかも藁を集めてその上にいるわけでもなく、山の前に座っている。
「チェスー?どっか具合悪いんか?」
チェスは首を横に振る。
『そ、そんなことはないぞ、これは…その、そうだ、デントとどちらが藁を高く積めるか勝負していて、俺が勝ったから、えっと…』
『俺の藁も使っていいって渡したんだ。な!なっ!チェス!』
『あ、そう!そうそう!』
デントも山のほうへ走って、やはりその前で丸くなる。二頭とも尾を落ち着かない様子で振っている。
『で、セリナ嬢はわざわざなんの御用だ?』
「うん、風が強いし今日はむこうで寝たほうがええんやないかって話になってな。知らせに来たんよ」
デントが話をそらしたのを感じながら、セリナは事情を伝える。その間にも藁の山をちらちら見てみるが、なんの変哲もない藁のようで…。
「うん…?」
チェスの尾の風圧で少し崩れた藁の隙間、あれは?緑の…?
セリナは慌てる竜たちの避けて藁の束を握る。そして山を崩した。
「これ……。デントとチェスは知っとたんやな?」
『あは、は。ごめん、バレちゃった』
『藁はまずかったよな、やっぱり』
竜たちが潔く退けると、セリナは絶句した。
藁の中で身を潜めていたのは、こちらを睨む緑髪の青年と、青年に抱えられて眠る金髪の少女だったのだ。
「誰や…?」
予告どおり、守れた!