彼らの疑問と追求は
「紅竜」
玄関を開けて、ナチは紅竜に駆け寄った。午前のまだ暑くなりきれていない風が赤い髪を揺らしている。
『…ん、ナチ』
「朝ごはん、まだだろ?呼んでこいってアドルが」
ナチが言うと紅竜は首肯した。
紅竜の熱が下がったのは、墜ちてきてから3日目の、昨日の朝。大事をとって昨日はベッドにいたが、今日は少しなら動いてもいいとグレッグの許可が下りた。
『ここからは、海が見えるんだな…』
「うん、見たことない?」
朝の日光を浴びて海はキラキラと輝いている。ナチもこの時間の海を見るのは好きだった。ギルドは高台にあるため、かなり遠くまで見渡せるのだ。
『海、はわかる。見たことがあるかは、わからない』
そっか、と気にしていないのを装って、ギルドに入るように紅竜を促す。
「ナッちゃん、卵は目玉焼きとスクランブルエッグどっちにします?」
「今日はー…目玉焼きにする」
キッチンに向かうと、アイリス以外の他のメンバーは揃っていて、卵を持ったアドルが注文を受けていた。唯一まともな料理ができるのは実はアドルだけだ。ナチは料理嫌い、セリナは好きなのに苦手、グレッグは問題外。グレッグに至っては彼の竜のデントのほうが上手いのではないかというレベルだ。
「紅竜さんは?どうしましょう?竜舎にもお肉の用意してありますけど、アイリスみたいに一緒に食べますか?」
竜は雑食で人間と同じものを食べる。竜舎の緑竜達に聞いたところでは、一番好きなのは肉だ!と言っていたが。生でも調理した肉でも好きらしい。
『ここで食べる。…俺がもとの姿に戻ったら、竜舎が壊れる、だろ?』
アドルは苦笑して、じゃあ目玉焼きふたつ用意しますね、と卵を割った。
「そういえば、君は人形をとってばかりで疲れないのか?」
席につくなりグレッグが聞く。紅竜は少し考えて答える。
『今の、ところは』
「じゃあ、はいはい!次質問してええかー?」
と、セリナ。今日は着替えて座っている。
「なんでアイリスとおんなじ顔しとるの?気味悪いくらい似とるわぁ」
ナチはハッと紅竜を見る。そうだ、忘れていた。元気になったら姿を変えてもらおうと思っていたのだった。
「そうだ紅竜。何でもいいからその顔以外にしてほしいんだ」
『…なぜ?』
「なぜって…アイリスの笑顔なんて」
そこでナチは口をつぐんだ。この前、紅竜に殴りかかった時のことを思い出す。
「だって、アイリスが…あいつが。…ゔー、あれは不可抗力だったわけで、だいたい私はあいつのことなんて知ったこっちゃないし?あんな飛ばない竜のことなんて知らないし、そもそもアイリスは私のこと嫌いなんだろうし?でもでも…あれはないよなぁぁあぁあぁ…!」
あの時あからさまに顔真っ赤にしてしまった。ナチは言いたいことを言うだけ言ってテーブルにうつ伏せる。こういうことには鋭いセリナは大体のことを理解したらしく、にやにやしているが、グレッグとそして当の紅竜はぽかんとする。
駄目だ、これは。説明するために相当の精神ダメージを受ける。しかも紅竜のやつかなり鈍い。
「紅竜、やっぱいいや…そのカッコで…」
『そうか?』
その後セリナがにやにやしたまま、ナチの背中を叩いていた。
『…俺からも、質問、いいか?』
アドルがふたり分の朝食をテーブルに持ってきて、自分も椅子に座った。ナチは目玉焼きをフォークで切りながら、いいぞと頷く。
『ナチはアイリスが、飛ばないと言った。どういうことだ?』
ナチの重い溜息。むすっとして卵を口に運ぶ。
「見ての通りアイリスはナッちゃんの相棒なんやけど、なんでかナッちゃんを乗せようとしないんよ」
答えないナチの代わりにセリナが答える。
「人の姿を続けるのは負担になるだろうに、あいつは竜に戻らん」
それをグレッグが引き継いで。
「理由を聞いても『羽が疲れる』の一点張りですしねぇ」
最後に困り顔で眉を下げたアドルが締める。アイリスについては、この支部内では皆ほぼあきらめていた。逆に急にやる気を出して飛んだとしたら寝ずの宴会でもするかという話もしていた。
『それでは…アイリスは何年も、飛んでいない、のか』
「ほえ、なんでそうなるん?どゆこと?」
紅竜の発言にセリナが食べる手を止めた。
『…?アイリスはずっと、ここの竜、なのだろう?』
「ああ、そういうことですか。違いますよ」
アドルがほんわりと言う。ナチは面白くなさそうにフォークと反対の手で頬杖をついている。
「―――ナッちゃんとアイリスがマリンガにやって来たのは、ほんの2ヶ月前ですからね」
次は早めに更新します。