私と紅い竜の一撃必殺は
『そう言うわけだ』
「そう言うわけなのか」
アイリスの報告を聞いたナチは、紅竜の布団をかけ直してやる。紅竜は熱のせいで紅い顔でふたりの話を聞いていた。
「…名前。思い出せそうか?」
紅竜は暗い表情のまま首を振る。
「そうか…」
聞いてみたところ、名前以外にも自分のことについては、紅竜であるということ、何かから逃げてきたということしかわからないのだという。
自分のことが思い出せないということは人を不安にする。それは竜も同じようで。
『最初の文字とかも無理か?それ思い出せたら、俺達がよくある名前あげてくぞ』
目を閉じて考え込む紅竜、こればかりはナチもアイリスもどうすることもできない。ナチは名前が思い出せなかった場合どうするのか考えていた。
だいたい、この竜はどこかのギルドに所属する竜なのか?それとも野良?ギルドの竜なら捜索されてるだろうし送り返さないと…。
『……い、ち?…』
「お?」
ふいに紅竜がぽつりと言った。顔をしかめているのは頭痛がしているからだろうか。頭のタオルは触れるとまだ冷たい。もう少し大丈夫そうだ。
『なんとなく、だが、数字の1が浮かんだ。…名前とは関係、ないだろうが』
紅竜は疲れたように息をはいた。
『つまり、なんにもわからないと』
「アイリス!」
腕を組みながら言ったアイリスをナチがはたいた。
『いてっ!なんだよ、本当のことだろ』
「アイリスが言うと嫌味に聞こえるんだ!」
始まった喧嘩を見て紅竜は表情を緩ませた。
『…仲が、いいな』
するとふたりともこちらを向く。金色の髪の少女は驚いた顔で。緑竜だという男は苦いものでも口にしたような顔で。
「だ、だだ誰が!こんなやつと!」
『…だーれがこんな奴と』
やはり、と再開した喧嘩を眺める。同じことを言ったということにも気づいていないふたりを見ていると、騒がしいはずなのになぜか落ち着く気がした。
『ナチ…』
「え?」
『ナチ、だろう?…名前』
「え、ああ、うん。そう。ナチって呼んでくれればいいから。一応あだ名なんだけど、みんなそう呼んでるし」
紅竜は頷くと一度『ナチ』と呟いて、それ以上の深追いはしなかった。
「それで?何?」
『…いや、なんとなく、だ』
そう言って紅竜は、笑った。途端にカッと顔に熱が集まる。
「わっ、笑うな!急に!」
ナチは無理やりに布団を紅竜の頭の上まで引き上げる。紅竜はされるがままに布団に埋まった。アイリスは面白くなさそうに立っている。
『何やってんの。アホか』
もぞもぞ布団が動いて紅竜が顔を出す。今こいつは病人…いや病竜なのだと、ナチはこの紅竜を殴り飛ばしたい衝動を抑え込む。
熱が引いたら、まずとにかく人形を別の姿に変えてもらおう。なんと言うか、アイリスと同じ顔が笑うから驚いてしまった。アイリスの笑い顔なんて蔑まれる時とかバカにされる時くらいにしか見ないのだ。
『ナチ?』
「なんだっ」
笑うなと言われて微妙な顔をしていた紅竜が口を開く。
『顔、赤い。熱をうつしただろうか』
ナチの鉄拳が病竜に降り注いだ。流石にぎょっとしたアイリスが止めに入る。
『止めろ!死ぬ!お前に殴られたら紅竜死ぬ!』
「離せぇえぇええッ!」
『紅竜!逃げろぉおおぉぉ!…というかお前も!風邪でもねぇのにうつるかっ!』
結局その後、紅竜に襲いかかったナチは、アイリスの報告によるグレッグの説教に永遠と耐えることになるのだった。
遅くなってしまいましたー…