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私と竜ギルドの同僚は


「ただいまぁー…」


死にそうな声で言いながら、寄りかかるようにして扉を押し開ける。


結局、時間には間に合わなかった上に帰りも飛ぼうとしないから、もう昼前になってしまった。全部アイリスのせいだ。そうだ、私は悪くない、悪いのは全部涼しい顔で隣を歩くこいつだ。


エントランスの受付には誰も座っていない。奥の食堂を覗いてももぬけの殻。みんな2階に割り当てられた自室にいるのだろうか。



ここは大陸北部に位置するトリントン地方シャンメルン王国マリンガ。王都から遠く離れたこの町にある古い商館を改装した建物、【竜ギルド】マリンガ支部――ナチの職場だ。


マリンガは隣の町から歩きだと3日 、馬車を使うとだいたい1日かかるという田舎町。季節の移り変わりとともに作物を作り、売り、雪が降る頃には海に面しているため漁業で他の都市と交易を行う。贅沢ではないけれど、生活が苦しいといったこともない。そして竜ギルドが一応支部を持っている。主な仕事は馬車代わりの竜の依頼くらいだが。



とりあえず休みたいと肩掛け鞄を半ば放り出して受付に座る。客が来たとしてもどうせ見知った顔ばかりだからいいのだ。


「アイリス、水」

『嫌だ』


…はいはい、自分で汲んできますよーだ。


ナチは重い腰を上げて食堂に向かう。ああ、体中痛い。たぶん明日は全身筋肉痛だ。


食器棚から自分用のグラスを取って水道をひねる。…にしても、なんかキッチン散らかってるな、掃除当番誰だ。昨日の皿が残ってるぞ。


「仕方ない」


こういうのはなんとなく落ち着かない。洗い忘れたやつから晩御飯の一品を頂戴することにして、水を飲みきってから皿洗いを開始した。


「あ、ナッちゃん。帰ってたん?」

「お」


食堂の扉が開く音がしたのは、2枚目の小皿のしつこい汚れと戦っている時だった。寝癖だらけの髪を手で無理やり梳かしながらやって来る、背の高い女性。


「帰ってきたなら呼びに来てくれたらええのに」


彼女の名前はセリナ。セリナ・フィリエ。ナチの先輩に当たる人である。背中の真ん中あたりまでの赤っぽい茶髪に同じく茶色のぱっちりした目が印象的な女性で、性格は社交的、さらには年齢も…これは詳しくは教えてくれないがたぶん22か23…でちょうどナチのお姉さん的存在だ。


「どうせ寝てたんだろうし」

「え、何で分かるん?今の今まで寝とったんよー。もしかして…ナッちゃん千里眼なんか?」

「そういうことは寝巻き脱いで言って」


そして少々天然。


「あー着替えるの忘れとったわ」


あははと頭を掻いて笑うとセリナは食堂の椅子のひとつに座った。彼女の特徴的なしゃべりは西部のノライトン地方の方言である。家族でシャンメルンへ移住した経験持ちで、その際竜ギルドに加入ししばらく本部で働いていたが、ナチがここへ来る前にマリンガへ派遣されてきたらしい。こんなだが、実はエリートなのだ。


『今の今まで寝てたってことは、ナチが仕事出てたのも知らないんだろ』


ナチが投げた鞄を片手にアイリスが入ってきた。頭に白い竜を乗せている。


『セリナ。テュイルがそこでピーピー泣いてたぜ』

『な、泣いてないやい!』


どう見ても涙で黄色い瞳を潤ませた白竜種の子供竜がセリナのもとへ飛んでいく。竜はセリナの前のテーブルに羽をたたんで座ると、尾をぶんぶん振りながら抗議する。


『セリナがおれが入る前にドア閉めちゃったんだ!おれまだアイリスみたいになれないし、ドア開けれないし!』


つまり、閉め出されたところをアイリスが助けてつれてきたということか。不憫な竜め。


ちなみにこの不憫な竜はセリナの竜…ではない。もちろんナチの竜でもない。分かりやすく言うとこのマリンガ支部に居候中の野良だ。広い世界には犬猫と同じで野良竜なるものも存在する。野生の竜だ。竜ギルドではたまに怪我をしたりした竜が運び込まれることがある。良くなるまではギルドで世話をして、その後は竜の気分次第で野生に帰ったり、そのままギルドに居着いたり。テュイルは後者だった。


ナチはやっと洗い終わった2枚目の皿を置いて、まだぶちぶち文句を言っているテュイルを手招く。


「テュイル煩い。もう分かったから、ちょっとこっち来て手伝え。暇なんだろ」

『暇ってなんだよう!おれは暇なんかじゃ……まあ、することはないんだけどさ』

「じゃあこれを拭く仕事をあげよう」

『仕事!わかった、おれ仕事する!』


子供だからと仕事に連れて行ってもらえないテュイルはこうすれば大人しくなる。流しのところまで飛んできて小さな手でナチから布巾を受け取ると、器用に皿拭きを始めた。


よし、これで静かになった。


「それでナッちゃん。今日仕事行っとたんか。ごめんなぁ、ぐっすりやったわ」


アイリスが鼻で笑いながらこっちへやってくる。


『いつもの速達の依頼。誰でもいいってことだったから俺とナチで済ませといた』

「ほお。アイリスもごめんな」


たわしがアイリスめがけて飛んだ。


「お前はついてきただけだろぉー…っ」


飛んできたたわしを華麗によけて、アイリスは「拾っとけよ」、こうだ。


「なになに?どしたん?アイリスまだ乗せてくれんの?」

「…ん。それどころか竜にも戻らない。私がちゃんと竜の姿見たの、ここに来たとき以来ないし」

「そういえば私も見たことないなあ。なんでなん?」


セリナが小首を傾げて問う。それでもやはりアイリスは。


『羽が疲れるから』


こう答えるだけで、ナチの怒りを買うだけなのだ。





どこで切るべきなのか迷う

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