私と生意気な竜は
ちょっと短すぎる気もしたけど、この後の流れを考えて。
「あ、だめだコレ。死ぬ、しんどい」
『これくらいで死んでたまるかよ、ハゲ』
少女は走っていた。まだゴールが見えない坂道を頂上に向かって走っていた。
彼女――同僚からはナチと呼ばれている少女は、いったん足を止めて汗をぬぐう。それでも頬を伝って汗がぽたぽたと落ちる。肩までほど長さの金色の髪はボサボサに乱れてしまっていた。そんな彼女を長い影が覆う。
『遅い。予定時刻まであと10分ないからな』
ナチはもう一度汗を振り払って自分を見下ろす相手を睨む。対してそいつは得意げな顔を作る。汗はひとつも搔いていなかった。
「くたばれ、アイリス。それと、私はふさふさだ。ハゲて、ねぇ」
アイリスと呼ばれた相手――青緑の髪をした青年――はフンと鼻を鳴らしてナチに背中を向け、そのまますたすた歩いていく。
「どっちかと言えば、お前が、ハゲだろぉ!ツルツル頭だろぉ!」
その背中を追いかけてナチはまた歩き始める。それにしてもしんどい。これはあれだ。心臓が口から出る。出たらあいつに受け止めさせてやる。だいたい、それにしてもだな。
「アイリス!おま、…くそっ汗が、お前!竜なら飛べるだろーが!」
そう。何を隠そう、あのムカつくのは私の竜だ。
竜族緑竜種。竜の中で最速の滑空速度を誇る。アイリスはその緑竜種だ。竜だ。飛べよ、だ。
『こんな坂道ごときで俺を飛ばせる気か』
「そーだよ、悪いか!」
『俺は歩いていけるのに、羽を酷使するような竜じゃないのでねー』
竜は姿を変える。最初の竜――人間を愛した竜がその人間のそばにいられるよう姿を変えた、と言った伝説もあるが、本当にしろ嘘にしろ、今では身体の大きい竜が人間に混じって暮らすための大切な手段なのだ。ただ、髪の色と目の色はもとの身体を反映するらしい。アイリスの目も青いままだ。
「この前、崖の上に行くにも私に自力で登らせただろ…」
竜は鼻歌歌いながら坂を上るだけ。溜め息をつくナチだった。
くそ、今日も負けた。
『ところでナチ。後2分を切ったがどうするつもりだ』
そして悲鳴とともに最後の力を振り絞ることになるのも、いつものこと。