私と本日の仕事、思いつきは
「大雑把にまとめると、こんな感じでしたねぇ」
真剣に話を聞いていた紅竜にアドルは笑って見せた。
ああ、あれからもう二ヶ月も経つんですね。なんだかあっという間でした。
セリナを見ると、懐かしいとにこにこしていた。
『ナチがアイリスに助けられた、と、いうのは?』
ナチは食べ終わった朝食の皿をアドルのほうへ押しやって、軽い調子で口を開く。
「んー、まあ、ここから先はまた今度でいいだろ。いいから紅竜、お前はそれ食べろ。お前待ちだ」
紅竜は頷いて朝食を口に運び、同僚達は何も言わずにそんなふたりに優しい視線を向けていた。
今日は朝から仕事が入っている。いつもの、速達だ。
「ここのお得意様で、よく速達を頼んでくれるばあちゃんがいるんだ。マリンガ内への配達なんだけど結構な距離があって。それにばあちゃん、腰痛めてるからな」
鞄を肩にかけ、準備完了だ。後ろをついてくるアイリスと紅竜をナチは振り返る。
「そういや、アイリス。今日の朝食に来なかったな。どこ行ってたんだ」
『どっか』
大きく伸びをしてアイリスは外へ出て行く。
おのれ…予想はしてたけど、さ。
『ナチ。本当に、俺がついて行っても、いいんだな?』
恐る恐るといったふうに紅竜が聞いてきた。
「もー、大丈夫って言っただろー」
朝食を食べ終わった時、ナチの思いつきで紅竜も仕事に同行してもらうことにした。紅竜がもしギルドに属していたのなら、この同行で何か思い出すことがあるかもしれない。
それに――
「それに、紅竜が飛んでくれたら嬉しいかなーって」
手を合わせて紅竜を見上げた。依頼人の家までは歩いて行ける距離なのだが、配達先の立地がちょいと問題なのだ。
『俺が?』
「そ。届ける家が坂の上なんだ。それも相当長い坂の」
紅竜を見つけた日も私とアイリスでその家まで配達に行ってたんだぞ。と教えると彼は少し笑った。
『わかった。だが、広い場所がないと、飛べない』
「…お前デカいもんなー。でも問題ないと思う。ばあちゃんの畑広いから」
外ではアイリスが海のほうを眺めて立っていた。アイリスが飛べば紅竜に頼む必要もないのに。そんな苛立ちを飲み込みながら声をかける。
『へぇ、結局行くのか』
『よろしく、頼む』
この時間になるとだんだんと暑くなってくる。支部のある高台を下りてしまうと風も感じられなくなって、嫌でも汗が浮かんできた。
ふたりは暑くないのか?紅竜なんて体温高いぶん暑そうだけどな…。
アイリスを真似て人の姿を得た紅竜は、服装もアイリスと似ている。この時期になぜというような長袖の上衣を羽織る。それぞれアイリスは深い緑、紅竜は赤の。
赤はだめだ、紅竜見てると暑い。
「それ脱げ…って出来ないんだっけ」
『どしたナチ。もうバテたか』
「バテてない!」
汗ひとつかかない竜を追いかけて、依頼人の家に着いた。
「ばあちゃーん!いつもの受け取りに来たー」
鍵を空いた窓を慣れた手付きで開ける。
「おやおや早かったねぇ」
「ん?」
声が飛んで来たのは家の中ではなく外から。麦わら帽子をかぶったお婆さんが歩いてくる。
「ばあちゃん畑仕事?こんなに暑いのにー」
「暑いのは野菜も同じだよ。お水をあげないとね。…おや、アイリス君と、そっちのかっこいいのは誰だい?」
視線を受けた紅竜がハッと頭を下げる。
『俺は…。あ…名前…』
紅竜が頭に触れた。ナチは急いで助け舟をだす。
「こいつは紅竜だ、ばあちゃん。この前、海岸に竜が墜ちたの見なかった?その時の。ちょっと事情があってさ、うちで預かってんの。な?紅竜」
頭痛は軽かったらしい。紅竜はまたそろそろとお婆さんに頭を下げた。お婆さんは「あらあら…」と口の中で呟いて、依頼の品を取ってくる、と家の中に入っていった。
『…ありがとう、ナチ』
紅竜はこちらを見ずに言った。
「うん。うん……名前、かぁ」
名前を聞かれる度にこうなってちゃ、紅竜がかわいそうだよな。こいつ適当にはぐらかせるような性格でもないし…。
『なーんか妙なこと考えてる顔だな』
アイリスが顔を覗き込んでくるのを華麗に無視して、考える。
倉庫の…あの棚に、確か。一度セリナに見せてもらった。
「ナチちゃん、はい、これ。今日もよろしくね」
「あ、わかった!行くぞ、アイリス!紅竜!」
お婆さんからそこそこ重量のある袋を受け取る。
さあ、仕事だ。
遅くなってしまいました…テストとかテストとかテストとかと戦っていました。