私と突然の訪問者の予想外のインパクトは
「誰や…?」
青年は見た感じでは自分と同じくらいの年齢に見える。少女のほうは十代前半、12、13歳くらいだろうか。青年に体を預けてぐっすり眠っている。ふたりとも雨で濡れていて、少女のほうはなぜか泥で服も身体も背中の真ん中ほどまである長い髪もすべて汚れていた。
『すまんな、セリナ嬢』
「デント…デントとチェスは知っとったんやな?なんで隠したん」
緑竜たちは青年のほうを見る。すると彼は口を開いた。
『俺は竜だ。俺からそいつらに頼んだ。こいつを休ませる間だけここで隠してほしい、と』
「竜…。緑竜か?」
緑の髪に青い目とあれば、緑竜に間違いない。青年は一度頷いた。
「その子は…その子も竜なんか?」
『いや』
青年は眠る少女の髪にそっと触れる。
『こいつは人間だ。…金の竜なんて俺は見たことないね』
二頭の緑竜たちがハッと視線を合わせる。竜は人よりも長命でおよそ二倍ほどの時を生きる。そして空を飛ぶ彼らは人よりも行動範囲が広い。そのため、竜は多くの知識を持つという。
『金、てことは…そいつぁ、王都の人間じゃねぇか』
『セリナ、金の髪の人間は王都がある北のほうに多いんだ』
「え、王都の?うそやろ?」
セリナは思わず聞き返す。王都とは大陸最大の都市であるグランデ・セレナードのことだ。竜ギルドの本部もここにある。
「あそこからここまでって、めちゃくちゃ遠いよ?私がマリンガに来た時も本部の緑竜借りて5日はかかった」
それに山を越えて来なければならない。
「緑竜くん、君がこの子を乗せて来たん?」
青年は答えず、視線をそらす。
え、なんで?別に答えられない質問やないよ?
「まあ、なんでもええや。とにかくむこう行こう!濡れたままやと風邪引くよ!」
セリナは少女を受け取ろうと手を伸ばす。ここで話しているうちにも風は強くなってきているような気もするし、ふたりとも水滴を落としている。詳しい話は移動してからでも聞ける。
「ほい、その子こっちに…」
だが。
『いい。俺たちはすぐに出て行く』
青年は少女を抱えたまま首を横に振ったのだった。唖然としたセリナは手を伸ばしたまま固まる。
『おい、起きろ。見つかった、行くぞ』
「ちょ、ちょっと、起こすん?その子だいじょぶなん?」
大事に抱えているかと思えば、青年は声をかけても起きない少女の頬をぺちぺちと叩いて起こそうとする。それでも起きないと、今度は頭を叩く。
「え、ええ?荒くない…?」
竜達も口をぱっくり開けて成り行きを見守る。まさか提案を断られるとは。そしてまさか少女への扱いが雑だとは。自分とギルドの人間との関係のそれと彼等の関係は同じなのだろう、となんとなく予想していたデントとチェスは主人の頭をはたく自分を想像して、身震いする。
同じことをグレッグやアドルにしたら、無事じゃあ済まない、きっと。特にアドルはきっと。
「んぅ…」
そんなことを考えているうちに、少女が睫を震わせ目を開けた。腕をのばして大きな欠伸をする。
「…あいりす…?」
『おう』
薄く開かれた目が青年を捉え、次に辺りを見回した視線はセリナで止まった。大して驚くわけでもなくセリナを見つめる。青い、目だった。
「えーと…おはよ?じゃないな、こんばんは?」
大人しそうな子だな、とセリナは考える。王都からやって来たのならそれなりに裕福な家の子供になるのだろうし、服も泥だらけではあるけれど動きやすいとは言えない膝下までのふわっとしたスカート。
「おは、…誰?……アイリス…ここ、どこ?」
きょとんとする姿、うわーめっちゃかわいいやんか、この子。金髪に青い目なんてどこのお人形さん!
『風が強くなってここへ逃げ込んだだろ。その時はまだ起きてたじゃねえか。覚えてないのか』
「そうだったっけ?眠かったからな」
『…ばーか』
「誰がバカだ!」
着せ替えしたいわ〜なんて、ドレスを着た女の子の映像が、少女の大声で音を立てて割れる。
あれ。
「もとはアイリスが飛ばないからだろ!こんなところまで歩くことになったのはっ!」
あれあれ。
『見ず知らずの人間を乗せて飛ぶほど、俺は優しくありませんのでねー』
汗を浮かべてセリナは始まった口喧嘩を見守る。拳を振り上げる少女を青年は呆れ顔で嗜める。しかしそれは余計に少女をあおっただけのようで、今度は足が出る。
「お人形さんやなかった…っていやいや、そんなことはどうでもいいね。チェス、アドル呼んできて。竜舎で迷子ふたり捕獲って」
チェスが出て行っても話が耳に入っていないのか喧嘩、もはや乱闘は終わらない。少女の蹴りが青年の足にあたり、青年は恐ろしい形相で少女の頭を押さえつける。その腕を無理矢理引き剥がして少女は「ハッ」と見た目と全く合致しない笑いを放った。
「――あのー…」
セリナ嬢がここまで蚊帳の外にされるとは…とデントがこっそり感心していたのは内緒の話だ。
「そろそろおしまいにしよう?緑竜くん…アイリスくんやっけ?」
確か少女にそう呼ばれていたはずだ。それにしても、なぜ女の名前。それもアイリスとは花の名前だ。
「アイリス…」
自分の言った「アイリスくん」に違和感を覚えて呟けば、青年は喧嘩を中断してなんともいえない表情になった。セリナを起こっているわけではないのだろうが、殺気が飛んでいる。
『こいつが付けた名前だ。よりによって雌の名前なんて…採用するんじゃなかったぜ』
「なっ!名前がないって言うから考えてやったんだろ!直感でいいって言ってたし!最初はまんざらでもなさそうだった!」
『あーうるさいうるさい』
再燃してしまった。セリナはデントと顔を見合わせてアドルが助けにくるのを待つのだった。
書くのが楽しくなってきました