8-1「旅団」
それでも明日はやって来る!8「理想郷の簒奪者」
一章「旅団」
乾いた荒野はその有様のまま、場にいる者達の心も荒廃させるのだろう。
ヘーゼはどこかで読んだような内容を、改めて自分の中で繰り返し、それは真実だろうと勝手に結論づけた。
思考が終了したところで、現実は何も変わりはしないのだが。
「……どうしよう」
赤毛の少年……ヘーゼは荷台の、その中に積まれた荷物の間に隠れていた。
だが今現在、かくれんぼをしているわけではない。
しかし、隠れているのは事実。
有り体に言えば、彼の乗った馬車は野党に囲まれているのだ。
「山賊なんて、まだ生き残っていたんだね……」
そんな絶滅危惧種のような扱いを受けているとは、一行を囲んでいる野党は気づきもしないだろう。
なだらかな山肌に刻まれた、細い街道。野党達は馬車が脇道に逃げ出す事も出来ない場所にさしかかった途端、前後から挟み撃ちを仕掛けてきた。
その数は十人ほど。特に武装も、護衛の傭兵も雇っていない標準的な旅装馬車を襲撃するには十分な人数だろう。
そして囲まれているのは、彼の乗っている馬車だけではなかった。
五台の馬車に、老若男女合わせて二十人ほど。人数だけなら野党に勝るが、三分の一は老人で、三分の一がまだ年端もいかない子供や女性。そして残り三分の一の男だが……野党が迫って来るとわかった途端、ほとんどが逃げ出してしまった。
その男達は護衛を雇えない貧乏旅団内で、こういった荒事の際に役立つ事を期待されていたのだが、結果はこの始末。逃げた男達は、どう見ても堅気ではないと一目でわかる連中だったが、男手が少ない事もあって、多少の横柄さも見逃されていた。だが肝心な時に真っ先に逃げ出されるなんて、これでは笑い話にもならない。
「最悪だ……」
ヘーゼは頭を抱えてがたがた震える。と、隣で同じように身を潜めていた少女が脇を小突いてきた。亜麻色の髪に、闊達そうな印象で、今も外へ飛び出していきたいとばかりにちらちらと周囲の様子をうかがっている。
むしろ、本当に飛び出して一暴れしたいのだろう。
ヘーゼはその光景が容易に想像できてしまい、さらに情けなく身を縮ませる。
「ちょっとヘーゼ、何が最悪なのよ。チャンスよ、チャンス! ここで一発、銃の腕前を披露なさい!」
「イリス! なに言ってんだよ。無理、絶対に無理だって!」
亜麻色の髪の少女……イリスにぐいぐい前に押しやられ、ヘーゼは小声で悲鳴を上げる。
「あら、じゃあその腰の銃は飾りなの? 嫌ならあたしが使うわよ!」
びしっとイリスが指さす先、ヘーゼの腰には銀色の鈍い光沢を放つ銃があった。
ヘーゼは目をきらきらさせて銃を注視している彼女から、半身退いてそれを隠す。
「イリス……銃なんて撃った事あったっけ?」
「ないわよ」
「あぁっ、きっぱり言い切られたっ!」
と、外でわっと声が上がる、馬車から老人が引きずり出されたらしい。同じように、女の悲鳴も上がる。
「ど、どどどどうしようっ!」
ヘーゼが意味不明な悲鳴を上げて頭を抱える。しかし、ここでうろたえているだけでは事態は好転しない、むしろ、最悪な方向へとまっしぐらだ。
「 ったく、面倒やな」
ヘーゼ達の隣、荷物の隙間にどうにか身体を押し込み寝ころんでいた男が起き上がった。見るからにだらけた態度でくすんだ金髪をかき回している。
「あぁっ、ギーヴル! 外が大変なんだよっ!」
「んなのわかっとるわい」
さも面倒くさそうに男……ギーヴルは即答する。
しかし口調とは裏腹に、敷物代わりにしていた上着を羽織ると、剣を手に立ち上がる。
「珍しいわね、やる気?」
「やる気なんかあるかい。ここで旅団が全滅したら、それこそ本末転倒やろうが」
「それもそうよね、じゃあがんばって行ってらっしゃい」
ひらひらと気楽そうに手を振っている少女には一瞥もくれず、ギーヴルは荷台からのっそりと出て行く。
幌を降ろした馬車の中から出た途端、外の光に目を細める。だが空はあいにくの曇天。目が慣れてしまえば、ただの弱々しい陽光でしかない。
そして……外はなかなかの修羅場中だった。
すでにギーヴル達のいた馬車以外の人間は外に引きずり出され、若い娘を品定めする下卑た笑い声が聞こえる。
そして野党の一人が腰を抜かして動けなくなった老人の首根っこを掴んで荷台から引きずり出し、路上に投げ捨てた。と、数人がおもしろがってそれに群がり、逃げようとする老人に蹴りを入れたり、剣先でこづき回す。
やめて、と老人の連れ合いらしい老婆が悲鳴のような声を上げて哀願するが、それは男達の加虐心をそそるだけの結果で終わった。
蹴り飛ばされ、動かなくなった老人に老婆が駆け寄り、罵りの声を野党達に放つが、男達はそんな様子を見てさらに笑声を上げる。
「はっ、けったくそ悪い奴らや」
力にものを言わせて襲撃し、弱い者から搾取する。そんな光景は、どこにでも転がっているものだ。改めてそこを憤るほどギーヴルは正義感に満ちているわけでもない。それでも……あからさまに弱者をいたぶる眼前の光景は、妙にしゃくに障った。
もっとも、道端の通行人なら彼も無視して通り過ぎていただろう。だが彼は今、旅団というひとつの集団に身を置いている。老人も旅団を構成する一員である以上、無視するわけにはいかなかった。
ざくざくと無遠慮に歩を進めると、野党の一人がギーヴルに気づき、数人がこちらに向かって来る。
ギーヴルはそれに躊躇することなく剣を抜き放ち、野党達を迎え撃とうとする。
(一人一人は大したことあらへんが、人数が多いな)
野党達は集団として統制が取れておらず、個々の実力もばらばら、しかもそろって練度が低い。それでも数を無視する事は出来ない。どうにかして一対一に持ち込み、集団に囲まれないよう注意しなければ、途端に自身が危険になる。
そこまで思惑を巡らし、ギーヴルは舌打ちする。
「だから、面倒やってん」
一番足が速く、真っ先に切り込んで来た男の攻撃を右に左に避けてかわしながら、間合いを取って斬りつけようとする。
しかし、ギーヴルはそこで目を見開く。
彼の前方。野党が動かなくなった老人に飽きたとばかりに剣を振り上げるのが見えた。
だが、眼前には三人ほど野党達が迫り、それらを倒してからでは到底間に合わない。
老婆が老人をかばうように覆い被さるのが見えた。
それでも、無情に刃は振り下ろされる。
「くそっ、間に合わへんっ!」
ギーヴルは一人を左の拳で殴り倒し、すかさずもう一人に剣を向けるが、到底間に合いそうにもない。
と、不意にその声は発せられた。
「 駄目だよ」
瞬間、すべてが静止した。
野党は振り下ろす途中で止まってしまった剣と、そして動かない自分の腕、そして、眼前の人物に気圧されてしまったように言葉が出せないでいる。
周囲の人間もまた、目の前の光景が理解できず、目と口を丸くして息を詰める。
「剣を、引くんだ」
その人は愁いを帯びた顔をして、幼子に聞かせるような優しさを含んだ声で言った。
野党の、振り下ろされる寸前の刃先に乗って。
剣の持ち主も、斬りつけられようとしている当人達でさえ、思わず我を忘れて呆然としてしまうような、そんな幻想的な光景だった。
刃の上に……いや、よくよく見れば、紙一枚分の隙間を空けて中空に浮いているその人は、深紅の瞳で地上の者達を見下ろす。
伏し目がちの感情の見えない表情は、さながら宗教画に描かれた神の使徒のようで、中にはその人を見て跪き祈りを捧げる者もいた。
空を映した淡青色の髪を風に流し、その人はまるで体重を感じさせない動きで地面に降り立つと、野党の剣に指を這わせる。
それだけで剣は塵のように霧散し、男は空になった自分の手と、熱のない表情でたたずんでいるその人を見比べると、さっと瞬時に顔色を変え、そのままわけのわからない悲鳴を上げて逃げて行った。
他にいた野党達も手にしていた武器が次々と砂のように崩れてゆくの見て、即座に戦意を失い方々に散って行った。
ギーヴルは相手を追いかけようと一歩踏み出したが、すぐにそれが無意味だと悟り、剣を収めてその人の隣に立つ。
「……ツェレム、あんまり目立つな」
その人は男女の区別のつかない顔を上げ、泣き出す寸前のように顔を歪めると、それでも笑う。
「けど、こうでもしないと誰かが死んでいたよ」
ツェレムは周囲の視線を遮るように、灰色の地味なフードをかぶると、その場から立ち去った。
ぱきりと乾いた音をたて、踏みつけた枝が折れた。
その音に、ヘーゼは足を止め、同時に周囲を見回す。
乾いた荒野が広がっていた。
いくらもうじき雪が降るとはいえ、周囲の景色はあまりにも寒々としている。
どこまでも同じように続く風景。延びている街道も、刃物傷のように細く、通過する者が絶えれば途端に消え失せてしまいそうなほどたよりない。道の両側は見渡す限り荒野が続き、時折こんもりとした灌木が見えるだけ。延々と続く変化のない風景は、見ているだけで鬱病になりそうだ。
そして何もない故に、人はそこに何かを見出そうとするのかもしれない。
ヘーゼは不意に、見たくもないものを想像しそうになり、慌てて考えを打ち切るが、そんな彼を嘲笑うようにひょうと冷たい風が吹き過ぎる。
吹く風に身を縮め、ヘーゼは抱えていた薪を持って走り出した。
彼が向かうのは、一台の馬車。同じように周囲に幾つか馬車が並び、人々が起こす火から白い煙が立ち上っている。
「あ、ちょうどよかった。薪が足りなくなってきたのよ」
イリスがヘーゼの手からさっと薪を取ると、さっそく火にくべる。
枝は乾燥しているので、すぐに火がついた。
イリスは火にかけた鍋をかき回しながら鼻歌を歌い、時々、妙に適当そうな感じで調味料を加えている。
「ギーヴルは?」
荷台の中ものぞいてみたが、場には彼ら二人だけしかいない。
「どっかその辺をふらついてるんでしょ」
イリスは彼の行方など頓着していないようだ。
「うーん……」
ヘーゼは腑に落ちないまま、食事の準備を手伝い始めた。
野党騒ぎから丸一日。一行は見通しのいい荒野に出るまで馬車を止めることなく進み続け、昼過ぎになってようやくこの平原で野宿する事になった。
昼過ぎといっても、ここ最近、晴天を拝んだことは数えるほどで、今も空は灰色の雲が覆っているため薄暗い。朝も夕方も変わり映えないほどだ。
ヘーゼは自然と重くなる息を吐き、暇つぶしに他の馬車の様子をうかがう。
同じような旅装の馬車が、全部で五台。
すべてが一個の旅団として構成されている。
「まさか、こんな事になるなんてね」
やれやれとヘーゼは肩を落とす。
この旅団の行く先は、シンフォルン聖教国になる。
あれから、そう、カイゼルが連れ去られてからすでに二週間が過ぎていた。
色々と細かい問題はあったが、ヘーゼを含む全員がシンフォルンへ向かう事は割とすんなり決まった。
むしろその後が問題だった。
目的地は、なんとも風変わりな国で、観光客の受け入れを一切行わない。受け入れるのは、移住希望者か、通行証を持った商人だけ。その通行証も、荷物持ちの人足ですら必要で、何軒か取引のある商人を当たってみたが、元々表立って他国と交流を行っている国ではない為、その間口は非常に狭く、彼らの入り込む隙はなかった。
それでも途中の道に関所があるわけではないので、向かって行けば市壁の前まではたどり着けるだろう。しかし、内部へ侵入する手だてがなければそこで行き止まりだ。
頭を抱えていた一行に、ヘーゼの姉ヘスペリアが話を持ってきた。
移住者を求める国なら、移住者として入り込めばいい。
なんでも、ギィカウ君主国には移住希望者をひとつの旅団にまとめ、送り出す手引きをする者がいるという。
申し込んだ当初は、人数の兼ね合いもあって一度は断られたが、何故か翌日には承諾された。
ヘーゼは首を傾げたが、きっと姉がどこからか手を回したのだろうと勝手に納得し、一行は移住希望者として急いで作成した書類片手に旅をする事となった。
そして、旅立ちから一週間ほど経過した現在。
集団での旅は、思っていたよりも楽だった。
先導者がいるので道に迷う事もなく、馬車や食料品も彼らに移住用の書類を作成した者が無償で提供してくれた。
何故そこまでしてくれるのかと最初はかなり怪しんだが、相手はそこそこ有名な商人で、シンフォルンに荷を運ぶ傍ら、事業とは関係なくやっているらしい。
旅の行程は、順調に進めば半月ほど。すでにギィカウ君主国を出発して一週間、残りは半分といったところだろう。
「問題は、着いてからなんだよね……」
そのことを考える度に、ヘーゼは重い息を吐く。
入国まではすんなり出来たとしても、それから後は白紙だった。姉もシンフォルン入国までは便宜が図れても、内部構造までは詳しくない。
当然、カイゼルが何処にいるのかもわからない。
わかったとしても、そこに辿り着いて、なおかつ国から脱出する事は可能なのか。
突き詰めて考えて行くほど、自分達の計画性の無さが身にしみて、どうにも情けなくなる。
だがその無謀さを解消する手段としては、ある人物に期待しているのだが……
「けど、どうだか……」
ヘーゼは再び息を吐く。
その期待株だが、相手は昨日の野党を追い払った人物だ。
名前はツェレム。
外見からは男女の区別がつかない、中性的な容貌をしている。
問題は見た目より、その能力だ。
昨日のように唐突に現れる事など朝飯前で、空も飛ぶし姿も消せる。他にも様々な……ありえない事象をこの一週間で嫌というほど見せつけられた。
彼らの世界にも異能者と呼ばれる、魔法のような特殊能力を持つ存在は、少数だが存在する。
しかしツェレムの能力は、どうも常軌を逸しているように思える。常識外れだからこその異能者なのだろうが、それでもヘーゼは相手に異質なものを感じていた。
それゆえに、彼はツェレムとは微妙に距離を置いてしまっていた。そして、その気配を敏感に感じるのか、彼もヘーゼに近づいてこようとはしない。
別に、ツェレムが嫌いなわけではない。ただ、あの存在が側にいると、わけもなく落ち着かなくなる。何か場違いなものを目の当たりにしているような気がして、不安になってくる。
当人も口では人間だと主張しているが、正直な話、自分達と同じ〈種〉だとはどうしても思えなかった。
もっとも、ツェレムは能力をひけらかすような真似はせず、性格は大人しいというか無口で、常に周囲と混じることなく一歩引いた場所に立っている。
ギーヴルとは知り合いのようだが、そのなれそめについては未だに彼らの口から語られる事はない。
さらに最大の難問が、ツェレムの能力そのものより、彼自身、一行がシンフォルンに向かう事を反対している点にある。自分だけでカイゼルを救出して戻って来ると主張していたのを、ヘーゼ達が無理矢理押し切って旅に出たのだ。
ツェレムは今のところ、表だって反論はしないが、他の追随を許さぬ能力がある以上、寸前で置いて行かれる可能性もあった。
そうなってしまっては、ヘーゼ達は右も左もわからない場所で途方に暮れるしかない。
それだけは、絶対に嫌だ。
だからといって、ヘーゼには彼を説得できるような手腕も度胸もない。
その可能性がある人物とくれば、一人だけだろう。
「……そうだよ、早くギーヴルが仲直りすればいいんだ」
ギーヴルとツェレム。
互いの過去の問題ゆえか、どうにもぎこちない様子の二人を見る度に、ヘーゼは当事者でもないのに妙に戸惑ってしまう。
なにはともかく、二人が元の鞘に収まれば(その元がどんな仲だったのかすら、ヘーゼには見当もつかないが)自動的に旅も、そして先の事も上手く行くのではないか。
ヘーゼはほとんど神頼みのような気分で、相変わらず鈍色の雲がたれ込める空を見上げた。
そんな過剰な期待を受けているとは気づいていない二人は、旅団から離れた場所にいた。
珍しく、背の高い木がまばらながらも茂っている場所があり、それこそ隠れるようにギーヴルはそこにツェレムと一緒に入って行った。
そして立ち止まった途端、ギーヴルは苛立ちも隠さずに言い放つ。
「もう、目立つな」
「それはもう聞いたよ」
穏やかな、だが泣き出す寸前のような顔をした相手は彼に笑みを向ける。
その表情が、まるで計算して作られた人形の仮面のように思え、彼の中にさらに言いようのない怒りが膨れあがる。
「言うても聞かんからや」
苛立ちのこもった声。
情けない、とギーヴルは自身の狭量さに腹を立てる。
だが今さら取り繕うような器用さもなく、彼は口を閉ざす事しか出来なかった。
ツェレムは黙り込んでしまったギーヴルを見て、複雑そうな表情で呟く。
「じゃあ、僕も何度でも言うよ。僕は僕の目の前で誰かが傷つくのも、殺されるのも見たくはないんだ。その為には、〈力〉を使うこともやぶさかではない」
「せやけど……確かに、お前の力はすさまじいもんやけど、どうでもいいことに使うようなもんでもないやろ」
昨日の野党騒ぎは、放っておいてもギーヴル一人で収っただろう。
ただ、犠牲者が出る事は免れなかっただろうが。
ツェレムはそんなギーヴルの内心を見透かしたように頭を振る。
「僕にとってはどうでもよくなんかないよ。でも、それに関してはいくら話し合っても平行線をたどるだけ。だから、もっと違う話をしようよ」
ツェレムは笑って、穏やかに言葉を紡いで行く。
「たとえば、僕の力が際限なく使用できるものではない事とか」
「……っ!」
ギーヴルは驚いたように目を見開く。
「君はそのことに気づいて、心配してくれていたんだよね。……ありがとう」
「礼なんか言ってどうなるんや。言ったところでなんの救いにもならへん。お前の力は、その……水の一杯で……えーと……」
「僕は巨大な湖からくみ出された、コップ一杯の水に過ぎない。だから、中の水を飲んでしまったら、もう、おしまい。湖と違って、雨や他の河川から中身を補給する事も出来ず、残ったコップは干上がって行くだけ……。ずいぶん昔、君に言った言葉だね」
よく覚えていたね、と彼は嬉しそうに笑った。
だがギーヴルには、その優しい笑顔がひどく場違いに思えた。
「君の言い分もわかるよ。けど、僕は出し惜しみなんかしていられないんだ」
言って、ツェレムは両手を前に出し、何かを抱えるような格好をする。と、それをギーヴルがいぶかしむ前に、手の中に一振りの長剣が出現した。
飾り気のない、機能美と呼ぶには無骨で、そのくせ、切れ味は大したことない上に重い剣。
「あ、ワイの剣!」
ギーヴルは慌てて腰の後ろに手を回したが、そこにはなんの重みもなかった。
ツェレムは彼の反応を面白そうに眺める。
「いくら君の腕が一級でも、こんな粗悪品じゃ満足に戦えないよ」
「ま、待て、何する気やっ!」
手の内にある剣は、白く発光したかと思うと一瞬にして砂粒状に分解し、細かに輝くそれらはツェレムの手の中で再構築される。
わずか、数秒の出来事だった。
再生したそれは、先ほどまでとまったく形状が異なっていた。
鈍重そうな長剣は、以前、ギーヴルが使用していた段平に酷似した幅広のそれに変化していた。
ツェレムは段平のできばえを満足そうに眺めると、以前より重量の増したそれを軽々と手渡す。
ギーヴルは呆然としながらも、渡されたそれを子細に眺める。
確かに、長剣よりも重量は増したが、この刃の輝きはどうだろう。
青白く輝く刃は、古道具屋で買ったなまくらなどとは比較にならない。いや、以前に使っていた段平よりも、鋭さが数段増している気がする。
「時間がなかったから、出来合いのを買う羽目になったのはしかたがないけど、自分の身を守るものなんだから、もう少しちゃんとした武器を使ってね」
しかしせっかくの贈り物だが、ギーヴルは当惑気味にツェレムに向き直る。
「この剣、あれなまくらを作り直したんやったら、ずいぶんと材料が足らへんような気がするんやけど……まさかっ!」
「大丈夫だって。別に、僕自身を削って構築したわけじゃあないから。ほら、昨日の野党達が持っていた武器があったでしょ。あれを分解した残りを、そのまま流用しただけ」
言われて、ギーヴルはツェレムと段平を見比べる。とはいっても、彼自身にも、ツェレムの言葉の内容は半分も理解できないのだが。
「……相変わらず、妙な力やな」
「そうでもないよ。ギーヴルには……ううん、他の人達には、僕が何をしているのか見えないだけ。僕の〈腕〉は人間が何かを作ったり、あるいは壊したりするのと同じように動いているだけなんだ」
「仕組みを説明されても、見えへんもんはわからへん」
「まぁ、そうだろうね」
「せやから、もっと現実的な話をするで」
ツェレムがどうぞ、と目で促すのを確認し、ギーヴルはひとつ息を吐く。
「何をするつもりや」
「……心当たりが多すぎるから、もう少し具体的に言って欲しいな」
「あのガキ……本気で助けに行くつもりなんか?」
彼の言葉を受けて、ツェレムは迷いも躊躇もなく言った。
「それだけは、絶対にやってみせるよ」
絶対に、そう言いきる真摯な彼の態度が、かえってギーヴルの中に不安の影を落とす。それに、やってみせるという事は、必ず成功させる自信があるという意味ではない。
ギーヴルはまた、先ほど感じた苛立ちを覚える。
「方法は、あるんか?」
「それはあっちに着いてから考えるよ」
「やったら、どうして先にいかへんのや」
「行きたいよ、すごくね」
「あのガキどもに遠慮しとるんなら、このまま放り出しても構わへん。追い返してしまえ」
「でも、自分が置いて行かれるのは嫌なんでしょ」
う、と言葉を詰まらせる気配があった。
ツェレムは小さく笑うと、楽しそうに顔を上げる。
「……まぁ、意地悪はこの辺にしておくよ。別に僕は、彼らに遠慮しているわけでもない。ただ、待っているんだ。僕は今、あの国へ入れない。壁があってね、僕の侵入を拒んでいるんだ。もう少し時間が経てば、自然とゆるむけど、待っている時間はなさそうだし、だからちょっと、手を考えているんだよ」
「何か、方法があるんか?」
「教えたら、手伝ってくれる?」
幼い子供が悪戯を思いついたような、そんな無邪気な表情を見せつけられ、ギーヴルは反射的にうなずいてしまった。




