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6-2「倉庫街へ」

   二章「倉庫街へ」



 規則正しい足音が、通りに反響する。街灯もまばらなその一帯は、ただでさえ闇が深い場所なのに、同じような建物がずらりと並び、今どの辺りを歩いているのか、迷ってしまったのではないか、ふと、そんな不安に陥る。

 しかし足音の主は、そんな素振りも見せず、紙袋を抱えて幾分早足で進んで行く。

 がらんとした区画でも、人はいる。石造りの倉庫の前で、火を焚いている者達がいた。おそらく倉庫内の荷物を警護する為に雇われた者達だろう。だが、退屈していたのか、近づいて来る足音を聞き取ってからずっと、男達はその人物に注意を向けていた。

 数人の男達が、膝下までのコートを着込んだ姿を見つけ、さらに長めの丈からちらりとのぞく白い素足に冷やかしの声が上がる。

 紙袋を抱えた女は、男達に一瞥も与えることなく、早足で去って行った。

 女はさらに歩き続け、ひとつの倉庫の前で立ち止まる。正面の大扉は閉ざされていたが、彼女は躊躇無く脇に入ると、そこに設けられていた通用口から中に入って行った。



「よぉ、マナール。遅かったな」

 気楽な声を上げて木箱に腰掛ける姿に、女……マナールは、わざとらしく大きなため息を吐いた。

 倉庫の中は薄暗く、光源はカンテラひとつのみだった。それでも、ほとんど物の置かれていないそこでは、十分用は足りている。

「……何をしている、と聞いた方がいいのかしら?」

 マナールは近くにあった木箱の上に、持っていた紙袋を置くと、両手をコートのポケットに突っ込み、ゆっくり相手に近づいて行く。

 その動きに、彼は口元に笑みを浮かべる。

「まぁ、物騒なもんはしまえや」

 ギーヴルは不敵な笑みを浮かべたまま、自身の右手側にある闇を指し示す。マナールは相手の挙動に不信感をめいっぱいたたえた目を向ける。それでも、一応はコートの袖口に隠してあった投擲武器は収めた。

「お前が帰って来るのを待っとったんや。あいつら、なんも知らへんからな」

 言って、指さす先には三人の男達が猿ぐつわをかまされて支柱に縛り付けられていた。彼女に気づいてなにやら叫んでいるが、声はくぐもっていてよく聞き取れない。

「そうか……」

「怒らへんのか?」

「半分はね。けど、予想外すぎて怒る気も失せるわ」

「なら、半分は予想通りやったわけや」

「お前がただで捕まるわけはないと思っていたからね。けど、ここに留まっているとも思わなかった」

 マナールはポケットから手を出すと、あきらめたような顔をする。

「さっきも言うたやろ。こいつらと話しとっても全然会話が進まへんのや。それやったら、お前に聞いた方が早いと思ってな」

「そうね。それなら、こちらも話があるけど、聞くつもりはある?」

 言って、彼女は手近の木箱の上に腰掛ける。

「話しするだけなら、わざわざあんな面倒な真似せんでもよかったやろ」

「交渉は弱った相手とする方が楽……そう思ったのよ」

「……なんで、過去形なんや?」

「この状況を他人が見たら、どちらが優位に立っていると思われるのかしらね」

 内部の惨状に目をやって、マナールは肩を落とす。彼女が買い物に出るまで、縛り上げられていたのは眼前の男だったのだが、戻ってみれば、きれいに逆転している。

 そしてギーヴルは、閃光弾のダメージももう回復したのか、けろりとした顔をしている。

「どうせこいつらおったって、話の邪魔やろ。まぁその用件も気になるけど、こっちも色々聞きたい事がたまっとるんや。そやな、まずは……なんで、最近なりを潜めとったんや? あのガキども、西側に渡ったら敵の襲撃が毎日のようにあるって言うて、ずいぶんびびっとったのに、ここまでなんもあれへんかったのはどう考えてもおかしいで」

「……こちらにも、都合がある」

 やや間があってから、マナールは憮然と言い放った。しかしギーヴルがそんな答えで納得するわけがない。

「で、ようやくその都合が着いたんでやってきた、と。その割に、あんまり仕事熱心じゃあないみたいやな。やる気なら、ワイを床に転がしとる間に、ガキの一人くらい攫えたやろうに」

「言っただろう、交渉がしたかったんだ。お前を無視して事が済むとは思っていなかったの」

「それが、用件かい」

「そうよ。あの子供を、こちらに渡して欲しいの」

 その言葉に、ギーヴルは苦いものを飲んだような顔をする。

「それでワイは、こんなつまらないものでよければどうぞ、とでも言えばええんか?」

「もちろん、報酬は用意する」

 マナールの口調は、至って穏やかなものだった。むしろ以前に比べて冷静すぎるほどだ。

「お前は子供を渡す。もしくは、こちらの行動を無視する。その代わり、お前の知り得なかったすべてを……このマナールが知っていることを教える。これで、どう?」

 彼が沈黙したのは、打算を巡らせているのか、それとも断りの文句でも考えていたのか。

 だが、そのどちらでもなかった。

「……違うな。お前は最初から間違うとるんや。ワイにそんな小手先の手を使わんでも、こっちが離れた瞬間を狙ってガキどもに仕掛けるべきやったんや」

「ありがたい指摘をどうも。まるで攫って欲しいみたいな言い方ね」

「あほう。あんまりにもお前らの出方がすかすかで、突っ込みたくなっただけや」

 そこでギーヴルは何かに気づいたように顔を上げる。

「それとも……今回の件は、お前の独断なんか?」

 マナールはゆったり足を組み替え、そっけない口調で言った。

「組織に独断専行は禁物よ。そうね、与えられた指令はふたつ。例の子供を連れてこい、という前々から継続の話と、もうひとつ、その子供を殺せとも聞いて来たわね」

「……待て、あからさまに矛盾しとる。なんでそないアホみたいな手違いがおこるんや?」

 ギーヴルの指摘に、マナールは口元に不敵な笑みを浮かべる。

「もっと馬鹿みたいな話をしてあげる。その命令書の末尾にあったサインは、ふたつとも同じ、発行日もまったく一緒だった。同じ人間の口から、正反対の言葉が同時に出たというわけね」

「なら、どっちかが偽物やろ」

「……おかしなことに、〈慈悲深き蝶フェアリー〉のボスは、命令書に記載された日の少し前から体調不良を理由に人前に出ていないの」

 さすがにギーヴルも、事態の異常さに言葉を詰まらせる。しかしマナールはそんな反応など予想していたとばかりに落ち着き払っていた。

「おい、それは……」

「おかしな話ね。いもしない人間のサインが入った、正反対の命令書が二通。他にも、現状で待機せよ、なんてものもあったわ」

「なら、国におったらええやんか。わざわざここまで出張すんのも大変やろ」

「そうもいかなくてね。このわけのわからない命令書を受理した翌日、〈慈悲深き蝶〉の組織縮小指示も出たの。削減対象にされるのも嫌だったから、聞かなかったふりをして出てきたのよ」

「……なら聞くが、お前はどっちの命令を実行する為にやってきたんや?」

 ギーヴルの言葉に、マナールはもったい付けるように髪をかき上げる。

「決まっている。こちらに有利な方よ」

 マナールは、低く笑った。



 翌朝、カイゼルとヘーゼは通りを歩いていた。

「ったく、イリスってば、全然ご飯の手伝いしないんだから」

「そして文句だけは一人前と……」

「いや、でもあのカボチャのパスタだか練り物だかわかんない物は、イリスの言う通りちょっと粉っぽかったよ」

「うーん、母さんが作るのを見てただけだからな。分量もよくわからなかったから、適当にやったんだ」

「まぁスープは美味しかったから大丈夫だよ。……あ、こっちの角を右だ」

 言って、ヘーゼは手の中の紙片に書かれた住所と、街路灯に打ち付けてある通りの名前を見比べて指さす。

 彼らは昨日ヘスペリアに言われたお使いを実行している最中だった。目的の革製品の店は、角を曲がってすぐに見つかる。

「やれやれ、やっと着いたな」

 ようやく二人は安堵の息を吐く。その店は、アパートメントからかなり遠く、地理に不案内なこともあって一時間以上歩き回っていた。

「帰りは道がわかるからもっと早く戻れそうだけど、お昼回っちゃうね」

「ううむ……問題は、昼飯をどうするかだ」

「大姉さんは仕事に行ったから数には入らないけど、結局三人分は必要か」

「そうだな……」

 言いながら、カイゼルは昨晩とうとう戻らず終いだったギーヴルの分もと思っていたが、メニューの結論が出る前に店の前に着いてしまったので、その考えは一時中断された。



「……重い」

 ヘーゼは、店を出てからずっとこんな調子だった。

「そのうち慣れるさ」

 カイゼルの言葉も、既に何度も繰り返されている。

 ヘーゼの身体は、心なしか右に傾いている。その原因を知っているカイゼルは、何ともいえない目で見るしかなかった。

 店主に受け取り控えを渡し、商品を確認した後、ヘーゼはホルスターの留め具の微調整の為にベルトを試着し……そのまま銃を下げて帰ることになった。本当はそのまま背中のザックに放り込みたかったのだが、店主の妙に熱い気迫に押され、現在に至る。

「絶対、大姉さん、このこと見越して銃を持たせたんだよ」

「まぁ、あきらめろ」

 なんだか色々な意味で妙に熱かった店主を思い浮かべ、カイゼルは小さく息を吐く。どうも、昔の冒険小説に出て来る拳銃使いに憧れているらしく、危うくカイゼルにまで会話の矛先が回ってきそうになった。

「姉さんもあのシリーズ好きだからね~。きっとそんなところで妙に意気投合しちゃったんだよ」

 どうやらヘーゼは、その冒険小説を読んだ事があるらしい。店主の話を聞いているうちに、カイゼルにも大まかなあらすじは理解できていた。

 荒野を渡る、美貌の男装拳銃使いの冒険譚で、いくつかシリーズが出ているらしい。

 そんな事をやっている間にも、ヘーゼはまたよろりと右にふらついてみせる。

 ホルスターは、腰と太股の位置にある二本のベルトで固定する構造になっている。ヘーゼは今、膝上のコートを着ている為、見た目では銃を下げていることはわからなかった。

「あのさ、カイゼル……ここだけの話だけど、きっと大姉さんも銃を買ったんだよ」

「もしかして、もうひとつの包みもホルスターだったのか?」

 思わず小声になるカイゼルだった。ヘーゼも、こころなしか挙動がおかしい。

「うん……。どんな銃を入れるものかまでは見えなかったけど、きっとそうだよ」

「……ギルドの管理職って、そんなにもうかるのか?」

 銃は、言葉としては存在するが、実際に使用する人間となると、絶滅動物並みに稀少な存在だった。そして、ただ高価なだけの美術品と違う点は、使いこなすまでに訓練が必要になる事と、消耗品である弾丸の値段も、馬鹿みたいに高いというところだった。

「うーん、もうかってるかどうかは知らないけど。でも、昔っから大姉さんって、好きな物には金を惜しまなくて、その分、服とか流行物には無関心だったよ」

「それは、まぁ、本人のやり方だけどな……。それにしても、こんなの買ってどうするつもりなんだ? お姉さん、ギルドの職員っていっても、管理職だろ?」

「いや、姉さんなら絶対に使うよ! あの人に限って壁を飾る為だけにこんな大金使うわけがないっ!」

「嫌なくらい絶対的な断言だな……」

 それでも、冗談として流す事もできず、カイゼルは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。



 西側と東側の戦争が、一応の終結を見てから十年あまり。カイゼル達のように旅する人間が護身用の為に武器を携帯する、もしくは傭兵や各地の警備隊のように、常に武器を扱うことを職業としている者以外に武装する者など滅多にいない。

 カイゼルも腰に剣を下げている。それを咎められることはなかったが、それでも時折、物珍しそうな視線を向けられることがあった。

 やはりカイゼルのような子供が武器を持つことは、昨今では珍しいらしく、時折、宿の主人などに尋ねられることがある。その時は、ただの護身用だと答えることにしていた。

 それにしても、とカイゼルは渋面を作る。

「なんか、武器をそろえた途端に何も事件が起こらなくなったような気がするなぁ」

 そう、その危険なはずの道程だが、西側に渡ってから、襲撃はぴたりと止んでいた。むしろ相手の領域に入り込んだことで、東側にいた頃よりも、さらに手強い何かが待ち受けていると緊張していたのだが、拍子抜けするほど何もない。

 だが、相手の反応のなさ故に、カイゼル達がここまで何の弊害もなく旅を進められたことは事実だ。それに、未熟な自分達では、もし本当に何かあった場合に切り抜けられたかどうか自信がなかった。

 それでも……あまりの静かさに、カイゼルは言葉にできない奇妙な不安を覚えた。

「カイゼル、これなんかどう?」

 かけられた声に、カイゼルは顔を上げ、思考を中断させる。見ればヘーゼが黄色く熟れた瓜を両手に持ってこちらを向いていた。いつの間にか、食料品を多く取り扱う市場に来ていたらしい。

「冷やして夕飯の後にでも切って食べようよ」

「そうだな……」

「また何か考え事してたみたいだね」

「…………」

「最近、そうやって一人の世界にこもってること多いよ。……あのさ、前々から思ってたけど、カイゼルって、あんまり悩んでることとか言わないよね」

「そうか? けど、自分でも、よくわからないことを話すのは苦手なんだよ」

「うーん。でも、頭の中だけで考えてると、よけいに混乱してこないかな? ほら、よく言うでしょ、話せば楽になるって」

 言いながら、ヘーゼは瓜をふたつ持って店の店主に声をかける。何となく、手持ち無沙汰になったカイゼルは、店の端で突っ立っていた。

 と、急に背後から何者かが激しくぶつかり、カイゼルは為す術なく転倒する。ぶつかった相手は振り向きもせず、そのまま雑踏に消えて行った。

「おいおい……ひどい奴だな」

 差し出された手を反射的に掴み、カイゼルは立ち上がった。そして彼に手を貸した男は、一瞬の動きで、カイゼルの手の中に、小さな紙片を押し込んだ。

「…………!」

 おそらく、カイゼル以外に誰も気づかない動きだった。

 その男もまた、すぐに人混みに紛れてしまい、カイゼルは会計の終わったヘーゼに声をかけられるまで、その場に呆然と立ち尽くしていた。



「それは、絶対に陰謀だわ! 罠よ罠っ!」

「いや……わかりすぎるくらいにそうだから」

 アパートメントに戻った後、渡された紙片を読み上げるなり、イリスはまたもや一人で興奮し、椅子の上で暴れている。

 書かれていた内容は、半ば予想通りのものだった。

 そこには、簡潔に以下の文章が書かれていた。

  『今宵、ブリック東八番街の二十四番倉庫に来られたし』

 書かれた文面は、どう読んでも彼を呼び出す内容で、そして、知り合いもいない街で彼に対し、何らかの用事がある相手といえば……自ずと限られる。

「まさか、こんな手に出るとは、ちょっと意外だったな」

「なんだか、後ろから襲ってくるよりたちが悪いね」

 彼らが悩む理由は、先程イリスが叫んだように、この件にはあからさまに何か……そう、彼らにとって、あまり歓迎すべきでないことが待ち受けている点だった。

「どうするよ……」

「やだなぁ……僕、行きたくないよ……」

「……俺も、その意見に賛成だ」

 二人は盛大に息を吐く。と、そのげんなりとした空気にイリスが割って入って来る。

「ちょっと、あんた達っ! なぁに男二人そろって消極的な意見並べたててんのっ! こーゆーときは、相手の思惑にはまったふりして逆にこっちの仕掛けた罠に落としてやるのよ!」

 二人はそれきたとばかりに、どよんとした眼差しをイリスに向ける。

「それなら聞くが、イリスはその罠とやらの構想があるのか?」

「んふふっ、そこは簡単よ。敵さんの懐に入った後は、カイゼルがマテリア一発ぶちかまして相手を吹っ飛ばせば終わりよ」

「却下。ったく、どーせそんなことだろうと思ったよ!」

 相変わらず、本気か冗談かわからないすれすれの言葉に、カイゼルはぐったりと肩を落とす。これも、彼女からすれば、真剣な意見のひとつなのだろう。

 ……もっとも、単に思いついた端から言っているだけなのかも知れない。

 と、今度はヘーゼがカイゼルの脇をつつく。手には、例の紙片が握られている。

「て、いうか。カイゼル。この呼び出し状って、他の人が見てもよかったのかな?」

「今更だ。それに、隠したってどうせすぐにばれたよ。大体、俺はこの倉庫街の場所もわからないんだ。一人で行く為に動こうとすれば、すぐにイリスあたりがが勘づくだろ。そうなったら騒ぎになるだけ後始末が面倒だ。もし相手が後で文句つけてきたら、この呼び出し状が曖昧すぎるのが悪いと言い返してやれ」

「そーよそーよっ! と、いうわけで、襲撃は夕飯の後ね。そうそう、今晩のメニューは何?」

 さらりと話題の向きを変えてしまったイリスに、これまたあっさりとカイゼルが乗ってきた。

「そうだな。確か、近所の肉屋が鶏肉の特売やってたな。それに、この家は香辛料もそろってるから野菜と一緒に煮込みにするか」

「やった! 私は辛い方が好きよ」

「……ねぇ、本当にそれで良いの、僕達のこれからって? っていうか、行く事は既に決定事項なの?」

 あわあわと、ヘーゼは青ざめながら訴えてくる。

「イリスを見ろ。奴はやる気だ。……まぁ、あっちは置いといて、俺も行く事自体は賛成だ。さすがに、のこのこ出て行くことは、無謀だってわかっているさ。けど、いきなり襲われるよりは、少なくとも、心構えだけはできるだろ?」

「無茶は承知よ!」

 イリスは叫んで椅子から飛び降りると、今度は地図を漁って来ると言ってリビングを出て行った。

 騒々しい足音が遠ざかり、今度は何かをひっくり返すような物音が壁の向こうから聞こえ始める。

「じゃあ、俺も買い物に行くか」

 カイゼルは背伸びすると、ソファにかけてあった上着を取りに行く。

 ヘーゼは、椅子に座ったまま、身じろぎもできずにいる。やがて、意を決したように顔を上げ、カイゼルに向かって恐る恐るいった。

「ねぇ、カイゼルは……その、怖くはないの? だって、何が起きるかわからないんだよ。それに……もしかしたら……」

「いきなり罠にかけられて、捕まるかもな。いや、最悪……殺されるかもしれない」

 上着の前を止めながら、カイゼルは彼の方には顔も向けずに答える。その平然とした様子に、ヘーゼがさらに感情を高ぶらせて叫んできた。

「なっ……そんなっ! 待ってよ、そんなすぐに思いつくことなのに、なんで平気そうなんだよっ! 相手の正体だってわかんないのに、どうして軽く『行こう』なんて言えるんだよ!」

 半泣きになって叫ぶヘーゼに、カイゼルは向き直る。その表情は、表面上は静かに見えた。

「……うん、そうだな。確かに俺は考えなしだよ。ヘーゼが心配するのもわかる」

 でも、と一度言葉を切る。

「俺は、知りたいんだ。何か答えを出さないと、いつまでも、家に帰ることもできない。こんな風に旅を続けて、俺を狙う奴らからも逃げて。……正直いってさ、俺は、旅に出れば、すぐに俺の知りたいことが向こうから転がって来るって、半ば期待してたんだ。でも、現実は、こうしてぐずぐずやってるうちに、西側にやってきた。で、今ではシンフォルンの隣国だよ。けど、どうだ? 何かわかったか? 何もわからないだろ。相手の目的どころか、最近では姿も見せない。俺はもう、待てないんだ」

「カイゼル……」

 ヘーゼは今にも泣き出しそうに顔を歪める。それを見て、カイゼルは自嘲気味に笑った。

「なんてな、そんな顔するなよ。俺だって、怖い。それは本当だ。そんなだから……一人で行くのが嫌だから、話したんだ。ヘーゼやイリスが巻き込まれるってわかっても、俺は一緒に来て欲しかったんだ」

「うん……そうなんだ。ありがとう」

「なんでだよ、怒られるならわかるけど……」

 礼をいわれるなんて、おかしい、そう言いかけたカイゼルは、ヘーゼの顔を見て言葉を止める。

 ヘーゼは、笑っていた。

「カイゼル、やっと話してくれたね」

 彼は何となく照れくさそうに頭をかく。

「やっぱり、思ってること話してくれないと、僕もわかんないからね。……さぁ、ご飯作ろうよ。後で僕も調べたい事があるからさっさとやっちゃおう」

「先に買い物だ」

「あ、そうだね」

 二人は一緒になって小さく笑った。



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