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6-1「銃」

それでも明日はやって来る!⑥「欠片を継ぐ者」

   一章 「 銃 」



「ぐあぁ……」

 少し後ろから、ずっとこんな調子の意味不明な呻き声が聞こえてくる。カイゼルは気づいていながら、あえてそれを無視していた。

「うぉぉぉ……」

 しかし、忍耐というものは、簡単に我慢することをやめてしまう。

「どーしたヘーゼ? ずっと  おかしいぞ」

 何とも端的な例えだった。だが背後にいた赤毛の少年は、かけられた言葉にも気づかない様子で頭を抱えている。

「そーよっ! 何うろたえてるの、だらしないわねぇ」

 カイゼルの隣にいた少女  イリスも話に乗ってくる、とそこでようやくヘーゼはゆるゆると顔を上げた。その表情は憔悴し、歩みも引きずるように頼りない。

「そ、そんなこと言われても……この先に何が待っているのか考えるだけで……」

 そこでヘーゼは、ぴたりと黙り込んだかと思うと、次の瞬間、髪を振り乱して絶叫する。

「いやだぁぁあっ! 僕は殺されるっ!」

「  お黙りっ!」

 すかさずイリスの強烈な回し蹴りが炸裂。ヘーゼの身体は錐揉みしながら回転すると、道の脇にごろごろと転がる。

「そーだ。道の真ん中なんだ、トチ狂うのもいい加減にしろよ」

 カイゼルが周囲を指し示す。彼らが立っている場所は、街や村をつなぐ街道の途中で、さらに主要な道筋のひとつの為、先程から多くの人や荷馬車が行き交っている。

 普段なら、イリスのきつい突っ込みに対して制止をかける彼だったが、さすがに延々とヘーゼの意味不明な呻き声や叫びを聞かされ続け、いい加減うんざりしていた。

「うぅ……なにも蹴り入れなくても……」

「口で言ったって、どうせすぐに忘れて叫ぶじゃない」

「ほら、あまり付近の通行人の興味を引く前に、さっさと起き上がれよ」

「あぁっ! 冷たいっ! カイゼル……無駄だと思うけど、僕のこともう少し労ってよ」



 カイゼル達は、彼らの故郷がある東側オーバルから西側マーキーズへ渡った後、いくつかの小さな村を通過し、ベルネという比較的大きな街にたどり着いた。

 そこは、西側を通る街道の分岐点に位置する場所にある。いや、街が道の側にできたといった方が正しい。そこから北上すればシンフォルン聖教国の領土となり、逆に南西部は、ギィカウ君主国となる。

 彼らの目的……と、いうか、最終的な到達点は、シンフォルン聖教国となる予定だった。だが現在。彼らはまったく逆方向のギィカウ君主国に向かっていた。

 こうなった発端は、ヘーゼがベルネの傭兵ギルドに立ち寄ったところから始まる。

 ヘーゼ自身、傭兵としてギルドに登録があるので、低料金の宿屋を紹介してもらえたり、旅に必要な物品などを割引で購入できたりする。今回も、そのつてを使って宿屋を紹介してもらおうとしたところ、事件は起きた。

 そこの窓口には、彼の姉からの手紙が預けられていたのだ。

 ヘーゼは四人姉弟の末っ子で、上には三人の姉がいる。そして全員がギルドに何らかの関わりがある職に就いていた。どうも、その職権を使って窓口を伝言板代わりに使ったらしい。

 その伝言を頼んだのは、長姉のヘスペリアだった。

 そして、ヘーゼはまるで死刑執行の日取りが明記された書類でも受け取ったように、恐怖に顔を引きつらせながら封を切った。

 しかし彼の怯えに反して、手紙には家族に対して安否を気遣うような内容だった。

 そこにはヘーゼが旅に出た件を両親から伝え聞いたこと、そして今、自分はギィカウ君主国のギルドにいるので、近くを通るなら会いに来て欲しい旨が書かれていた。

 文面は、非常に簡潔明瞭で、特に問題があるようには見えなかった。

 問題は、一番最後、サインの下に記された一文……

 その言葉に、彼ら三人は口々に感想を述べる。

「お姉さんもやるわね。ここまで書かれたら、行くしかないわ!」

「相変わらずみたいだな……」

「うぅぅぅ」

 三者三様の視線を受け止める便せんの先には、こう記されていた。


    もし来なければ、お前を消す。


 特に荒れた字でもなく、むしろそれまでの文章と同じ調子で書かれたそれは、逆に込められた心情を雄弁に伝えてきた。

「大姉さんは本気だ……」

「だろうな」

 カイゼルは遠くを見ながら、慰めるようにヘーゼの肩に手を置く。彼の姉三人のうち、下の二人。エリュティアとアイグレーは皇都で会ったが、長姉のヘスペリアは仕事で出払っていた為、カイゼル自身、ここ数年、姿も見ていない。

 それでも……過去の恐怖が薄れるものではなかった。



 そこで彼らは手紙の言葉に従い、ギィカウ君主国に足を向ける事となる。

 ただ、この旅路は彼ら三人だけではない。彼らより少し先を歩く者があった。

「ギーヴル!」

 カイゼルは小走りに駆け寄りながら、男の名を呼ぶ。

「なんや」

 面倒くさそうに振り返ったのは、ひょろりと背の高い男だった。

「まだ見えないね」

「そやなぁ。もうちょっと急げば夕方くらいには着くやろ」

 言って、くすんだ金髪の頭に手をやる。道の端にある小さな標示石には、目的地まで、まだまだ距離があることが刻まれていた。

「ふぅん、わかった」

 カイゼルは一歩後ろに下がりながら、ギーヴルを見上げ、そして小さく息を吐いた。

 三十路前くらいに見える男だった。だがどうにも年齢不詳な部分があり、実をいえば名前以外のことは、あまりわからなかった。

 カイゼルが知っている事と言えば、東側の出身であり、それも、過去に大国を築いた魔法王国ウトガルヅルの子孫だという一点だけだった。

 その魔法王国に関する一件で、互いに知り合ったのだが、いつも思うにどうにも奇妙な縁だった。

 勢いとはいえ、彼ら三人は夜逃げのような状態で国を出てしまった。その為、当初は目的どころか次にどこへ行けばいいのかもわからない有様。それをここまで案内したのが彼だった。

 彼自身にも、何か思惑があってカイゼル達に同行しているようなのだが、未だにその辺りは不透明なまま今に至る。

 今回の寄り道も、常なら必ずといっていい程、互いの意見が衝突するのだが、彼はあっさりと承諾。首を傾げたカイゼルだったが、理由を尋ねても、「別にかまわへん」という、適当な返事が来ただけだった。

 カイゼルは、先を歩く男の背を見ながら軽く息を吐く。

 他人の思惑も気になるところだが、カイゼル自身、実を言えば己の旅の目的すら掴みあぐねていた。

 旅に出るまでは、皇都で両親と暮らし、訓練校では後ろにいる二人と毎日騒がしくやっていた。だが、そこへシンフォルン聖教国……正確にいえば、その国が抱える宗教組織〈球状の楽園〉ジャスパーガーデンから、なぜかカイゼルを捕獲しようと企む者達が現れた。理由もわからず振り回されているうちに理解できた事といえば、彼自身の知り得ない何かが相手にとって必要であり、その為に相手は躍起になっている、その程度だった。

 もしかすると生みの親(カイゼルは今の両親との間に血縁関係はなく、養子である)も関わっているのかも知れないが、彼を今の両親に預けた男は、既に死亡している。

 一度、〈球状の楽園〉から現れた者と直接対峙したこともあったが、結局何もわからず終い。

 目的は、自身の秘密を追うことだったが、どうすればその答えにたどり着くのか、また、問題を解決するには何をすればいいのか、肝心の部分が空白のまま。

 答えの出ない思考の袋小路に入り込んで行く彼の目に、きらりとした光が飛び込んできた。

 雲の切れ間から陽光が差し、反射したそれが彼の目を射る。

 カイゼルは左手を顔の前まで持ってくる。そこには風変わりな装身具があった。手首と中指に、細かい文様の刻まれた輪がはまり、その間を銀色の鎖がつないでいる。そして、鎖の端に透明な石が揺れていた。

 傍目には、少々変わった装身具にしか見えないだろう。

 しかしそれは大きな間違いだ。

 マテリア。

 この世界で、既に失われて久しい〈魔法〉を具現化する、唯一の鉱物。そしてその強大で無秩序な力を制御するのが、この装身具……〈魔器〉だ。

 だがこれは元々カイゼルの持ち物というわけではない。前を歩く男曰く「天使からの贈り物」らしい。実際、目の前でただのブローチがこんな形に変形するのを見なければ、にわかには信じられない話である。

 そう、彼を追う者は、〈球状の楽園〉だけではなかった。

 カイゼルもはっきりと認識したわけではないが、以前、どうにも奇妙な人物に助けられた事がある。

 カイゼルはポケットから取り出した手袋で、それを覆ってしまう。先程は暑かったので、手袋を取っていたのだ。

 そして沈んでいた思考から浮上し、後ろでまたもや叫び始めたヘーゼと、それを小突いているイリスの元へ戻って行った。



「うへぇ…ここがギィカウ君主国か……」

 カイゼルは感嘆の声を漏らす。

 街に入るまでにさんざん待たされたことも、一歩内部に足を踏み入れてしまえば、そんな些末事はもう忘却の彼方だった。

 さすがに市門のある通りは道幅も広く、きれいに舗装されている。道の両脇には小さな露天が並び、宿屋や物産店が目立つ看板を掲げている。

 他の街と違うところはいくつもあるが、もっとも異なる点は、あちこちにある『彫金・細工』という看板だった。

 露天に並ぶ商品も、よくよく見れば細工物が多い。もっとも、これらの大半は、安物のメッキだったが。

「さすが工業製品の中心地なんていわれてるだけあるわね~」

「それと装飾品が多いのは、何か関係あるのか?」

 早速露天の指輪を眺めているイリスだった。彼女はそこは少女らしく、うれしそうにきらきらとしたそれらを手にとって笑っている。

 そこにようやく荷物を抱えたヘーゼが追いついて来た。

「お、ようやく来たな。でも、こっちは当分動けそうにないぞ」

 露天の装飾品に目が行っているイリスを指さすと、ヘーゼは、「あぁ」と理解した風に頷く。

「しかしあっちでもこっちでも、飾り物ばっかりだな」

「そりゃあ、細工物はここの名物だしね」

「……ここは、確か工業の国じゃなかったのか?」

 授業で習った知識を引っ張り出すが、そこにはどこにも装飾品が名物とは書かれていなかった。

「え? だって、機械製品が多いって事は、貴金属を細かくきれいに加工できるような道具も他の街に比べて安く手に入れることもできるってことだよ。それに、この街は元々、自治都市マレグスンみたいに、近くにある鉱山から鉱物資源を発掘して、それを加工して他の街に輸出する産業を基礎にして発展してきたらしいよ。なんか、一時期金も採掘されたみたいで、その勢いで今みたいに宝飾品の加工も行うようになったんだって」

「相変わらず、教科書みたいな内容の知識ばっかりよく仕入れてくるな」

「まぁ、これに関してはね、家のこともあったし……」

 ヘーゼの家族は、全員が傭兵ギルドに籍を置き、姉の三人に至っては、各地の支部を常に移動しながら色々やっている。その為、他国のこういった情報にも長けているのだろう。

 そこに、ようやく一通り見て回ったのか、イリスがひょっこり顔を出す。

「カイゼルこそ、本ばっかり読んでるくせに、案外世情にはうといわよね」

「痛いところを……。そうだよ、俺が読んでいたのは戦記物とかで、近代の歴史に関しては学院の授業以上のことは知らないんだ」

「カイゼル、それってあんまり自慢できないよ」

 三人は他愛ない会話を繰り返しながら、ギィカウ君主国の傭兵ギルドを探し始めた。最初、ヘーゼがもの凄まじい抵抗を見せたが、イリスにあっさり押し切られ、今は彼も情けなく引きずられている。ギーヴルは、市門までやって来た後は、行動の先導権を三人に引き渡し、彼らの後ろを着いて歩いていた。

「また宿屋はギルドで紹介してもらうか……」

「うあぁぁ……一歩ごとに処刑台の十三階段がぁぁぁぁ!」

 ヘーゼの叫びに、カイゼルは辟易して後に下がる。

 ふと、顔を上げると、街の遠くに、そろえたように同じ建物の群れが見えた。何かの工場だろう建築物から伸びた幾本もの煙突からは、黒煙が立ち上っている。彼の父親も、町の工場で働いていた。だが、規模が違う。もっと巨大なそれらを見て、カイゼルは改めて違う場所に来てしまったと感じた。それと同時に、何とも言えない寂寥感が彼を襲う。

 今更ながら、両親に手紙ひとつ出さないままここまでやって来てしまった事に、ちくりとした痛みを覚える。

 幾度もその衝動に駆られた事はあったが、その度に、何かと理由をつけてやめてしまった。

 と、不意にギーヴルが声をかけてくる。

「それにしても、いつものことやいうても、奴の怯えようはなんやねん」

 いつもはそのヘーゼを玩具にしている男だったが、さすがに何か得体の知れないものを感じたらしい。

「あー、ギーヴルは、知らないよね……。まぁ、会えばわかるよ。すごいから、色んな意味で」



 マレグスンでもそうだったが、商業都市での傭兵ギルドはどこも大きな扱いになるらしい。

 最初にカイゼルが持った感想は、それだった。

 建物はそれなりに大きく、立派で、そしてどうやらここ一カ所だけではないらしい。彼らが立っているそこが、ギィカウ君主国での本部になるらしく、国内にはあといくつかの支部が点在しているようだ。

 と、そこまでが正面玄関脇にあった看板で知り得る内容だった。

 呑気に看板を眺めていると、不意に背後から声をかけられた。

「   あれ、ヘーゼじゃないか?」

「うぎゃぁぁぁっ! ごめんなさいっ!」

 ヘーゼは絶叫しながら勢いよく後退すると、まだ顔も見ない相手に向かって土下座する。

「いや、突然謝られても……」

 困惑顔で近づいて来るのは、一人の男だった。人当たりの良さそうな顔つきで、落ち着いた色のスーツ姿だが、少し着崩している。

「あぁ、やっぱりヘーゼだな」

「……その声、マキシおじさん……?」

 ヘーゼはしゃがみこみ、頭を抱えてうずくまっていたが、声に顔を上げる。

「ヘーゼの知り合いか?」

 脇をつついて問うと、ヘーゼはあっさり言った。

「うん。大姉さんの旦那だよ」

「   なにぃっ!」

 カイゼルも、長姉が既婚者だということは聞き及んでいたが、その連れに会ったことはなかった。

「しかし、あいつのいうことはまた当たったな」

「へ?」

 当の旦那は、自分が驚愕の対象にされている事に気づかず、逆に妙に神妙な顔をしている。

「いやな、俺達つい昨日まで、第二分館の方で仕事してたんだが…あいつ、何を思ったか、今朝になっていきなりこっちに帰るって言い出してな。で、この辺で待っていたら君が来るから立っていろと言われてな」

「そうしたら、本当に俺達が来たと」

「あぁぁぁ……そのまま仕事に埋もれていて欲しかった……」

「お姉さん。相変わらずの勘の良さね!」

「勘じゃなくて、もはやこれはひとつの特殊能力だと思うぞ」

 ヘーゼの姉ヘスペリアは、時折、妙に鋭い洞察を見せる瞬間があった。失せ物の場所をぴたりと言い当てたり、手紙の内容に不吉な物を感じると言って開封してみれば、親戚の不幸事を綴った内容だったりと、例を挙げてみればきりがないほどだった。

 故に、弟の来訪を予感して戻って来ることも造作もないことなのだろう。

「えーと、じゃあ、今、お姉さんはどこに……」

「あぁ、さっきここの所長と予算の折り合いをつけてくるって会議室に入って行ったから、しばらくかかると思うよ。彼女の執務室があるから、待ってなさい。案内するよ」

「ありがとうございます。でも、おじさんも仕事があるんじゃないの?」

「それは大丈夫、あいつがいないと残った仕事なんて退屈な書類整理だけだ」

 気楽そうに笑っている彼に、カイゼルはふと、疑問を覚える。ヘスペリアはギルドで仕事をしている、なのに、旦那はのんびりと義弟のお出迎え。

「……つかぬ事を尋ねますが、あなたはここでどんな仕事を?」

「俺は、あいつの秘書だ」

「秘書ですかっ?」

「……そんなにおかしいかい?」

「え……あの、そうじゃなくて、でも、うーん……」

「カイゼル。なんか激しく妄想しているみたいだけど、大姉さんとおじさんは、アレで結構うまくやってるよ」

「そ、そうなのか……?」

 カイゼルはさっさと本部内に足を進めるマキシの後姿を、思わず穴が開くほど凝視してしまった。



「あぁ……嫌だなぁ……」

「もういい加減にあきらめろよ」

「うぅぅ……」

 三人はマキシの後に付いて行く。ギーヴルは、それよりも数歩後を黙って歩いていた。

 そうやって、正面ホールから関係者用の出入り口に入り、いくつもの扉が並ぶ廊下を進んでいく。と、いきなりすぐ隣の扉が豪快に開いた。

 驚く三人の鼻先で扉は止まり、その端から、すんなりとした指先がのぞく。きれいに手入れされた爪は落ち着いた金色に塗られ、細かくバラが描いてある。

 だが、そんな美麗な指が、みしりと音を立てて扉を掴み、さらにその向こうから黒髪の女性が現れた。

 あからさまに機嫌が悪そうな顔。そして、どこかぼんやりとした瞳で三人を見やると、その剣呑な眼差しの持ち主は、ぼそりと言った。

「……来たわね」

「おぉ、ヘスペリア。もう話はすんだのか?」

 彼女はマキシの声に、頭だけ動かして答える。

「えぇ、概ねは」

 いって、やや乱暴な手つきで扉を閉め、全員の前に姿を現す。

 上から下まで黒ずくめの女性は、手にしたファイルをはたはたと手でもてあそびながら、カイゼル達に眠そうな眼差しを向ける。

「久しぶりね、ヘーゼ」

「あ、う、うん……そうだね大姉さん」

 冷や汗を滝のように流している弟を見ても、彼女はまったく表情を変えない。

「カイゼル、イリスも元気そうね」

「ご無沙汰です……」

「どうもです~。あ、髪の色、変えたんですか」

「あぁ、赤毛だと、どうにも軽く見られるからね」

 言いながら、ヘスペリアは踵を返す。ついてこいというのだろう。

 歩き出したカイゼルに、ギーヴルが小声で話しかけてきた。

「……なぁ、あの女のどこが怖いんや? まぁ、なんか、機嫌悪そうやけど」

 ギーヴルはさも不思議そうだった。確かに、感情の動きを感じさせない口調のせいか、妙に威圧感を覚えるが、それだけでヘーゼがまるで死刑執行寸前の犯罪者のように怯えるとは到底思えなかった。

「今は、特に何もないからね。……けど、あのイリスが敬語使う相手だって事だ」

「へぇ……」



 執務室という名のそれは、その他の事務員と同じ部屋の一角だった。それでも一応、他の者と一線を引いているのか、簡単な板の仕切があり、その中に事務机と来客用の椅子とテーブルが置かれていた。秘書用の机は、おそらく部屋の隅でファイルと本と分厚い書類の束に埋もれているもののことだろう。

 まぁ座れとかけられた声に、三人は小さいソファに詰めて腰掛ける。ギーヴルは勝手にマキシのデスクから椅子を引っ張り出し、壁に背を預けるようにして座った。

 マキシが、茶でも入れて来ると出て行った後は、ヘスペリアが、これまた散らかった机の上や引き出しをごそごそする音がするだけで、場は奇妙な沈黙が続いていた。

 ややあって、ヘスペリアは目的のものを見つけたらしく、それを手に戻って来る。

「おい」

「は、はいぃぃっ!」

「やる。使え」

 ぶっきらぼうな言葉と共にヘーゼの前に置かれたのは、ケーキ屋の紙袋だった。

「は……?」

 姉の意図が読めず、変わらず眠そうな顔をしている彼女と目の前の紙袋を交互に見やるが、誰も回答を与えてはくれない。

「えーと、見ろってこと?」

 ヘーゼは助けを求めるようにカイゼルに視線を向けたが、彼は黙って目をそらす。ヘーゼは泣き出しそうな顔をしながら、あきらめて袋に手をかけた。

 がさごそと袋を開けると、中には布にくるまれた固まりと、手のひらより大きい箱が入っていた。

 どちらも、妙に重量がある。

 そして、鼻を突く独特な匂い。

「おい、ヘーゼ……」

 カイゼルも、何か勘づいたようだが、言葉が続かない。

 ヘーゼはおっかなびっくり布をはがしはじめ……中身が露出した途端、悲鳴を上げた。

「ぎゃっ! こ、ここここれって!」

「あら~? すごいわね」

「うわぁ……」

 見た物に対し、それぞれの感想は、あまり個性的な物ではなかった。

「ね、ねねね姉さん! どーゆーことだよっ!」

「どもるな、見たままだ」

「見たままって……」

 ヘーゼは手の中の固まりを、蒼白な顔で見下ろす。

 そこにあるのは、流れる液体のような光沢を持つ、鋼の器物。

「銃じゃないか……」

 両手で持ち上げても、ずっしりと重いそれ。ヘーゼは閉口しながらも姉に顔を向ける。

「なんで、こんなものがここにあるの?」

「違法じゃないぞ、ちゃんと買った。証明書も……きっとどこにあるはずだ」

 ヘスペリアは、散らかり放題の部屋を見渡す。

「相変わらず片付けが下手だよね。……じゃなくて! どうしていきなりこんな物が出てくるんだよっ!」

「誕生日プレゼントだ」

「   はぁ?」

 ヘーゼは、あんぐりと口を開ける。

「あの、でも、ずいぶん時期が外れているけど」

「それもそうだな。じゃあ、これから向こう五年分ということにしておく」

「されても困るんだけど……」

 たとえ五年分で割ったとしても、その価値はとてつもないものだった。しかし問題は、金額よりも、その意図だった。

「いいじゃない、ヘーゼは銃を撃ったことあるんでしょ? もらっといて損はないわよ」

「でも……」

 しぶるヘーゼ。だがイリスは早速試したくてしかたない様子で、もうひとつあった箱を開け始める。中には銃弾がみっちり詰まっていた。

「……銃なんて、さぁ……」

「ほう……そんなに私の用意した物が気に入らないのか」

 ひやりとした声が割って入る。

 と、彼らが声の主を振り返るよりも前に、テーブルに向かって猛烈な勢いで何かが突き立つ。

「ぎぃやぁぁぁあっっ!」

 ヘーゼは激しくのけぞり、狭いソファは混乱する。

「このっ! 抱きついてくるな!」

 怯えてすがりついてくるヘーゼを引きはがしながら、カイゼルは机上に突き立っている物を見た。

 それは、一本の細いナイフだった。

 何かの紙を串刺しにして、天板に深々と刺さっている。

 そして恐る恐るそれが飛んできた方に目をやると、ヘスペリアが、常と変わらない表情で、次のナイフを指に挟んでいた。

「ヘーゼ……。もらっとけ、な、俺はよく知らんが、銃は扱えるんだろう? だったら、とにかくいいから今すぐ懐にしまっとけ!」

 ぎゅうぎゅうと銃を押しつけるカイゼルの表情は、ヘーゼに負けず劣らず蒼白だった。

「カイゼル。最後の方、脅しが入ってるわよ」

「イリス。うるさいぞっ! さぁっ、ヘーゼ。ここでナイフ投げの的にされる危機が回避されるなら、この程度の重量物を荷物に加えたって問題なかろうっ!」

「はいぃぃ~ありがとうございますっ!」

 ヘーゼは銃を抱え、へこへこと姉に向かって頭を下げる。それを見て、ヘスペリアは初めてにっこりと笑う。だが彼ら姉弟の中で、唯一切れ長の目をしている彼女の笑みは、獲物を見つけた猛禽類のようで、何となく薄ら寒いものを覚える。

 これも、過去の色々な思い出が増幅させる幻なのだとカイゼルは自分に言い聞かせた。

「そうか、ヘーゼ。気に入ってもらえてうれしいぞ。それならプレゼント第二弾だ。そこの紙に書いてある場所に行ってくれ」

 ヘスペリアは顎で机上の紙を指し示す。ヘーゼが怖々ナイフを抜き取って紙を広げてみると、そこには〈受取控え〉と書かれ、品名と値段、さらに納期が記されている。

 店名と品目から察するに、どうやら、革製品らしい。

「あの~これは?」

「その銃を入れる、ホルスターだ」

「……何から何まで準備万端なんだね」

「私の注文分も一緒に頼んであるからな、明日にでもここに持ってきてくれ」

「ちゃっかりお使いまで……」

 ヘーゼは紙を握りしめたまま、がくりと肩を落とした。もしかすると、少しばかり泣いていたのかも知れない。



 彼らはその後、ギルドにほど近い場所にある、ヘスペリアの住居に泊まることになった。当初はギルドの紹介で安価の宿に泊まる予定だったのだが、彼女の誘いを断れず、そして、乏しくなってきた路銀を節約する為にその提案を受け入れた。

 そこは傭兵ギルドの職員用アパートメントで、五階建てのそれは、三階までの部分を職員用に割り当てられ、残りは他の住人が使用している。そして夫婦の住まいは、寝室と、あまり使われていない、物置状態の部屋がひとつ、そしてキッチンと兼用の居間となっていた。

 一定の場所に留まらない種類の仕事をしている夫婦の住まいは妙に殺風景で、そのことについて尋ねると、ここも仮の住まいであり、前の住人が残した家具類をそのまま使っているとの返事だった。

「おじさん、何もギルドの仮眠室なんか使わなくてもいいのに……」

 マキシは急に増えた人員を見ても文句ひとつ言わず、それならばと傭兵ギルド本部に居残った。

「奴は、調べ物があるらしくてな。あっちの方が何かと都合がいい。こんなことは今回に限っての事じゃないからな。気にする必要はない」

 言って、ヘスペリアはテーブルに買い込んだ食料の袋を下ろす。後からやって来たイリスとカイゼルも、同じように箱や袋を抱えていた。

「……マキシより、あの男はどこに行ったんだ? 買い物する前はいたような気がしたが」

 ヘスペリアはぐるりと周囲に目をやる。しかしその場には、三人組しかおらず、ギーヴルの姿はなかった。

「えー。例によっていつものごとく、単独行動を開始しました。ここの場所は教えてあるので気が向いたらやって来るかと」

「あんなのほっといて、さっさとご飯にしましょうよ。せっかくちゃんとした台所でできるんだから、がんばってよ二人とも!」

「そこで、どうして僕達を見るかな……」

 ヘーゼが恐る恐る女二人の顔を伺うと、彼女達は平然と言った。

「私はまだ残っている仕事があるからな。期待しているぞ、ヘーゼ、カイゼル」

「あ、私、お風呂に入りたい!」

 ぱたぱたと、去って行く女二人の背を見ながら、残された少年達は小さく息を吐いた。

「……やるか」

「うぅ……いつもこんな役回りだよ」



 ギーヴルは路地を歩いていた。路地といっても道幅は割に広く、ちょっとした脇道といった程度。しかしあまり人の姿は見受けられない。それを、時にはアパートメントが両脇から迫るところをすり抜け、そう思えば大通りに出て人に紛れる。

 まったくの気まぐれのような、統一性の感じられない歩き方だった。

 そして今、露天でごったがえす人並みから逃れるように、一本の筋にふらりと入り、ざかざかと無遠慮に歩を進める。

 その瞬間。

 ひょうおっ!

 というような音が空を切り裂き、鋭く、薄い何かがギーヴルの耳元をかすめる。とっさによけたからよかったものの、反応がわずかでも遅れれば、左耳がなくなっていたところだった。

「何者やっ!」

 誰何の声を上げる、が、振り返った先の通りには、何者の姿も見えず、がらんとした路地があるだけだった。

「?」

 一瞬、呆けたように停止した彼だったが、少し先の路地に、ころりと転がったこぶし大の固まりを見て、息をのむ。とっさに反転しようとしたが、それよりも先に地面に落ちていた物体が炸裂した。

 猛烈な閃光と爆発音が、路地を支配する。

 もうもうとした煙は、密集したアパートメントのおかげでなかなか薄れない。その中、ギーヴルはごろりと這い出して来ると、やや緩慢な動きながらも起き上がる。数回咳き込むと、激しく頭が痛み、耳鳴りがする。生理的な反射で涙がにじんだ。

「閃光弾かい……」

 爆発音で耳が、閃光で目をやられてしまった。音で距離感を掴むことができず、ぐらぐらと揺れる頭では思考もままならない。爆発前の一瞬で、その正体を見抜いていた為、反射的に対応することができたが、一歩間違えば、鼓膜が破裂していたことだろう。

 ぼんやりと霞んだ視界。壁に手をついて、周囲の気配を何とか探ろうとする。

 ようやく薄くなってきた煙の向こうで、幾人かの気配がする。思わず身構えたが、口々に上るのは、無責任な憶測ばかりで、どうやら付近の住人が集まってきたらしい。

 当然か、と舌打ちする。

「おい……兄ちゃん、大丈夫か?」

 かけられた声の方向もつかめない。適当に顔を向けると、意外にも近くに二三人集まっていた。

「近くに病院があるぞ」

「掴まれ、連れて行ってやるよ」

 ギーヴルが口に否定の言葉を乗せる前に、気の早い男達がギーヴルの腕を掴み、肩に担ぐようにして歩き出す。

「待て、ええから離せや」

 身体をひねって腕を解こうとしたが、両脇を支える男達の力は強い。

「このっ……!」

「その口を閉じろ」

 無理矢理動こうとした途端、首筋にぴたりと冷たい物が押し当てられた。

「っ!」

 目線だけを向けると、薄いショールで顔を覆った娘が、口元に笑みを浮かべ、彼の首筋にナイフを押し当ていた。

「なんやねん……」

 女はついと指先をのばし、ショールの端をつまんで持ち上げた。そこから炎のように赤い髪がこぼれ、女の顔が露わになる。

 きかん気そうな表情をした、若い女だった。記憶に残るその顔を見て、ギーヴルは反射的に女の名を叫ぶ。

「マナールっ!」

 ギーヴルの声に、女……マナールは、大した感銘を受けた様子もなく、再びショールで顔を隠してしまう。

「ここでは殺さない。……お互い、騒ぎはごめんでしょう?」

「つまり、どっか人目につかんところでバラすと」

「それは、あなたの態度次第よ」

 互いの言い合う声は小さく、周囲のざわめきにかき消され、誰一人耳にする者はなかった。男達が通りの向こうに消える頃になって、ようやく通報を受けたらしい警察官達が現れ、それに伴い野次馬達もそれぞれ散って行った。


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