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5-3「白の凶獣」

第三章 白の凶獣



 たどり着いたのは、廃墟だった。

元は堅牢な城のようだったが、半分以上が崩れ落ち、内部をさらしている。

「古王国時代の遺物みたいねー」

イリスは建物をちらりと見ただけでそう判断した。

「相変わらずの知識と観察力だな」

「うーん、でもこの壊れ方は尋常じゃないわね」

 言いながら、イリスはさっさと建物の中に入ってしまう。

「おーい、崩れても知らないからな!」

 カイゼルは、一応声だけかけるとくるりと今しがた登ってきた道を振り返る。右側には、細い街道を挟んだ向こうに村と、広大な農地が見える。左側は対照的に、人の進入を拒むようなうっそうとした森が広がっている。そして、森の中に落とし穴のように広がる湖が見えた。

「あれが問題の湖よ」

「思っていたよりも小さいんだね」

彼ら三人は、ほとんどハイキングの感覚で標高数十メートルという小さな山に登った。その証拠に老婆手製の弁当まで持参している。本当なら、そのまま旅に出て、あくまでついでとして湖をのぞいて先に行くつもりだったのだが、ライに事が露見してしまったので、あきらめてその好意を受け取った。開き直って荷物も青年の家に置いてきてしまったので、事の正否にかかわらず、どちらにしても一度戻らなければならない。

「しかし、勢いでここまできてしまったけど……俺達だけでどうにかなる問題なのか?」

「がんばってね、カイゼル。もちろんがんばるのは単数形でよろしく!」

「ヘーゼ……。真っ先に相手の眼前に突き飛ばしてやるから覚悟しろ」

「あぁ……カイゼル。笑ってるけど、目が笑ってない……」

「まぁ、それはその時に考えるとして、やっぱり戦力が落ちるのは痛いな。ギーヴルは先に出て行ったから、今どこにいるか見当もつかないし」

「カイゼル……さりげなく恐い発言を残してない?」

 ヘーゼが涙目で問いかける言葉をきれいに無視し、カイゼルは色々と考えてみる。

「このまま手ぶらで帰るっていうのも、ひとつの案だよなぁ」

「そーだよそーだよ! 僕たちがこんなことする必要ないって! ここの村の人たちには悪いけど、僕たちも暇じゃなんだし!」

 確かに、急ぎの旅路ではないとはいえ端から問題に首を突っ込むほど暇人でもお節介でもない。

「それに関しては、こっちにも考えがあるわよ」

 探索が終わったのか、イリスが顔を出してくる。

「考えって、何か作戦でもあるのか?」

「それは追々話すから、今はお昼にしましょう」

「おい……いきなりそれか」

 ここに来るまでに昼を回ってしまったので、イリスの言い分もわかる。だがこれでは本当に遠足だ、とカイゼルは肩を落とした。

 結局、三人は廃墟の前で昼食を摂ることになった。

「この遺跡に関して何かわかったか?」

「んー? まぁ、私も専門家じゃないからねー。わかるのは、せいぜい〈流亡の時代〉より前の建築物だって事くらいね」

 彼らの歴史は大きく二つに分けられる。〈流亡の時代〉と呼ばれる時期を境に、大きく寸断されていた。

 今ある文明よりも以前に、人はこの大陸に存在し、国家を形成していた証拠は各地に残っているのだが、すべては洗い流されたように消失していた。

 何の文献もなく、ただ、そこに在ったという事実だけが、ぽっかりと残されている。

 様々な論争を巻き起こしながら、現在まで何の解決の糸口も見つかっていなかった。

「〈流亡の時代〉ねぇ……。それだけでもわかれば大したもんだよ」

 カイゼルには、古い以外に何の感想も浮かばない。

「ねぇ、それよりもイリスの作戦ってなに? こんなところでのんびりしていていいの?」

「行きたかったらいつでも放り出してあげるわよ」

「え、遠慮します……」

「まぁ、相手は見えない魔物らしいからな。急いでもしょうがない」

カイゼルはのんびりとサンドイッチを頬ばる。個人的には、そんな良くわからないことは願い下げだったし、イリスの作戦など最初から欠片も当てにしていなかった。ギーヴルは自分の剣技に売るほど自身を持っているが、カイゼルはそうも行かない。特に実戦でマテリアを思う通りに使いこなせるとは思えなかった。

「……まだ、あのガキには到底追いつけそうもないな」

無意識に出た独白。

それに引きずられて、カイゼルの脳裏に金の髪をした、獣のような瞳の少年が現れた。

前は不意をついて撃退したが、今度現れたら対処しようがない。

円を意味する名を持つ少年。

カイゼルは、彼に力以上の何かに気おされてしまった。

凄絶な眼差し、乾いた笑み。

同じくらいの年頃のはずなのに、あまりにも生きることに執着のない、刹那的な行動。一貫性のない言動。

すべてがカイゼルの生きてきた世界にはないものだった。

それでも、歪んだ心の向こうに、少年の軋みを上げる悲鳴が聞こえた気がした。

今は、勝てない。

それならばこれは、実戦も兼ねた模擬訓練と言うことだ。

「ふっふっふっ……イリスちゃんの作戦は、かなりすごいわよ。名付けて、〈討伐隊の人を助けて恩を売っちゃおう〉作戦よ!」

「……要するに、今日やって来る村の人たちが襲われているところを仕留めると」

「そーよっ! これなら恩も売れるし襲われている人たちのおかげで獣の場所もわかる。なんて一石二鳥で合理的なのかしら!」

 一人で悦に入っているイリス。ヘーゼはそれを横目で見ながらカイゼルを引っ張って耳打ちする。

「……カイゼル。イリスって、時々本当にどうしようもないことを得意げに言うよね」

「突っ込んでやるなよ。本人は、あれでも完璧で隙がないと思いこんでいるんだ」

 二人は大きく息を吐く。と、背後からイリスが音もなく忍び寄り、少年二人の肩をつかむ。彼女は自分に対する不満や文句は見逃さず、決して聞き逃さない。

「なぁに男二人でこそこそやってんのかしら?」

「いーえぇ、別に、何も。ただ、俺がいかに自分の非力さを嘆いていたかということをまったく頭に入れていない作戦を提供して下さった事実に感激で涙がこぼれていただけです」

「……なんか、餌になってる村の人たちも可哀想だけど、これって根本的に何かを忘れているよね」

 そう、村人を助けて恩を売るには、謎の獣を退治しなければならない。だが、彼らの戦力で相手にできるかどうかは、まったく考慮に入れられていなかった。

 しかしイリスは平然としたものだった。

「それにはカイゼルにがんばってもらうから」

「やっぱりそれかい!」

「だって、私には武器も何もないのよ。ヘーゼを盾に貸してあげるから、がんばって特攻かけてね」

「勝手に僕を貸与しないでよ! っていうか、盾ってなんだよ!」

 三人でまったくかみ合わない言い争いを展開したが、当然誰も意見を変えないので、結局、何も進歩がないまま昼食は終わった。

そして腹の底まで叫び尽くした反動か、全員次の行動に移ることもなく、ぼんやりとしていた。それぞれの思惑がまったくかみ合っていないので、誰かが言い出さなければ動けず、そして言い出してもまたもめることは必至だった。

「こういうのも面倒だな……」

カイゼルは、何とはなしに全員の顔を見ていた。

彼自身、そんな化け物退治など、面倒事意外の何でもない。しかし、内心にはそんな考え矛盾するような感情が顔をのぞかせていた。

力を試したい。

化け物と呼ばれる存在を目にしたい。

この力で、倒したい……

カイゼルは、無意識のうちに右手を、手袋をはめた左手に重ねて力を込めた。

そしてきっかけは、唐突に起こる。

森の中から、異様な破砕音がした。

三人は反射的に顔を上げると、音が聞こえた方向に注意を払う。

「……出たのか?」

「わかんないから、行くわよっ!」

「えぇっ! ヤダっ!」

 結果、イリスの作戦が採用になった。



男は逃げていた。

村に戻ろうと走り出したはずなのに、一向に森を抜ける気配がない。

道を間違えたのか?

焦る男をよそに、『それ』は着実に距離を縮めて来る。男が道を誤った訳ではない。その証拠に、ほんの十数メートル先には街道が広がっている。ただ、あまりの恐怖に足はどんどん硬直し、ほとんど歩くのと変わらない速さになっていただけだった。

そして恐怖は、視界を著しく狭める。

『それ』は男の背後に走り寄ると、攻撃を仕掛けた。

悪意や残酷さはそこにはなく、むしろ無機物である刃物が襲って来るような冷たさがあった。

それはなんのためらいもなく振り下ろされた。

男は一撃で背中が裂け、衝撃に背骨が折れた。ほとんど即死状態で、奇妙に捻じ曲がった身体を地面に横たえる。

『それ』は死んでしまった男には目もくれず、新しい標的を探した。

殺すことを楽しんではいない。それは、その存在が有しているたったひとつの権利を守るために牙を突き立てる。

己の領域に近づく愚かな存在を、すべて倒し尽くす。そして訪れた静寂をむさぼるのだ。

だが近頃急にうるさくなった。

苛立たしいという感情こそ消え失せていたが、それは確かにこう思っていた。

うるさい。邪魔をするな。放っておいてくれ!

揺らぐ意識とは別に、それは深く静かに敵を認識した。

そう、近くにまだ何かがいる。

「……とうとう人死にが出たか」

これも邪魔をする存在なのか。

ならば……滅ぼす。



「なんなんや、これ」

 ギーヴルは、たった今死んだ男を見下ろす。

 血まみれなので傷の状態はよくわからなかったが、傷そのものよりも、受けた衝撃が直接的な死因だろう。

大型の熊に襲われても、ここまでの破壊力は出ないはずだ。

 だがギーヴルの困惑は、男を死に至らしめた原因ではない。これは彼が知っているどの現象にも当てはまらなかった。

「ハズレかい」

 ギーヴルは苛立ちのまま、吐き捨てるように呟く。その目に、男の死を悼む様は見えなかった。

「まぁ、あいつがこないな獣に成り下がっとったら、探しとるこっちがアホみたいやしな」

 そして彼は、背負った段平に手をかける。

 森の中は、枝葉が陽光をさえぎり、昼間なのに薄暗い。だが、その闇が急に深くなった気がした。それと同時に、圧迫感を覚えるほど密度の濃い気配が迫る。

「しかし……ワイも獲物かい」

 ギーヴルは、木々の間に光る一対の目を見つけた。



 三人は音のした方向……湖に向かっていた。

「出てこないわね。入れ違いになっちゃったのかしら」

 イリスの言う通り、森に踏み入ってもうずいぶんになるが、争うような物音もないのでほとんど方向を見失っていた。

「もう嫌だよー。帰ろうよっ!」

「なに言ってんの、逃げ遅れた人たちを救助するのよ!」

「おぉ、イリスにしてはやけに素敵な意見だな」

「ふっ、私を馬鹿にした報いよ。助けてやって、たっぷり恩を着せてやるわっ!」

どうやら昨日、村で散々こけにされたらしい。それを直接的な暴力で返さない辺り、その怒りの深さが知れる。

「まぁ、どうせ働くのは俺だけど」

カイゼルは手袋を取った。着けたままでも支障はなかったが、そこに身を守る物があると思うだけで、何となく安心できた。あれほど忌み嫌っていた能力が、今では手放せない、彼の一部となってしまっている。変われば変わるものだ、と彼は苦笑した。

そして、何かが弾けるような音が、カイゼルの思考を破った。

「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!」

ヘーゼは悲鳴を上げ、頭を抱えてうずくまる。

「あっちよ!」

 イリスは逃げ腰になっているヘーゼの襟首をつかんで走り出す。カイゼルも慌てて追いかけ、その間にも音は止むことはない。

 再び破裂音。そして向かう先の木々が根本から折れ、視界がわずかに開ける。

 そして、その先にあったのは……

「ギーヴル?」

 カイゼルの叫びに、彼は胡散臭そうに顔を向ける。

「なんや、来たんか。暇な奴等やな」

「来たことは来たけど……ギーヴルこそ、何してんだよ」

「帰れ、死にたいんか」

「え……」

カイゼルは不意に言葉を飲み込んだ。背後に湧き起こった異様な気配に恐る恐る振り返る。気づけば他の三人も、視線はそちらに向かっていた。

そこにはとてもとても巨大で、白い獣が立っていた。

四本の足で立ち、長い尾をくねらせている。獣には違いないが、それが何なのか、皆目見当がつかなかった。

体型は猫科の動物に似ていたが、大きさが半端ではない。ただ立っているだけで、カイゼルたちを簡単に追い抜く高さがあった。これで後ろ足で立ち上がれば、頭など木々に埋もれて見えなくなってしまう。

白い獣は、頭から背中の半ばまでをふさふさとしたたてがみで覆われ、所々に混じった金色の毛のためか、まるで炎の様に見えた。

そして、深い水底のような両眼が、彼らを捕らえた。

「なんか、機嫌悪そうなんですけどー」

「でっかいライオンね、毛皮が高く売れそうだわ」

「気づいた所はそれだけか?」

カイゼルにも軽口を叩く余裕などなかった。ギーヴルは無言で段平を、いつものように肩口に担ぐような構えを取る。こんな狭い場所で振り回すには、かなり不利に思えた。

それはカイゼルにも言えることだった。

もし混戦状態になれば、狙いを定めるどころか、あらぬ方向にそれた挙げ句に味方を吹き飛ばす可能性がある。

白い獣は、考えがまとまるまで待ってはくれなかった。一瞬その巨体が縮んだかと思うと、邪魔な枝葉を根こそぎ弾き飛ばして飛んできた。

「ふぎゃぁぁっ!」

全員散開して獣から距離を取る。ヘーゼはすでに失神寸前で、イリスに引きずられていることにも気づいていない。

獣は軽やかに着地すると、ぐるりと辺りを見回す。誰に狙いを付けるかとでも考えているのだろう。驚いたことに、その巨体はまったく足音を立てなかった。

「カイゼル、街道まで走るぞ」

四人……正確には三人は、一斉に走り出す。街道に出れば、立ちまわれる場所は大きくなる。だが逆に、森に潜むものにとっては、こちらが丸見えになるわけで、決して安全とは言えなかった。

ヘーゼとイリスは後ろに下がり、残った二人は並ぶようにしてどこから来るかもわからない獣の位置を探ろうと、神経を尖らせる。

だが獣は、意外にも正々堂々と現れた。

あまりにも重さを感じさせない、いっそ颯爽とでも表現したくなるような軽やかな足取で森から姿を現した異形の獣を前にして、彼らは言葉を失った。

初めて陽光の中で見る姿は、とても美しかった。

光の加減で、毛並みは真珠のような光沢を放っている。毛の一筋にいたるまで、完璧に完成された造形物を前にして、とっさに動けなかった。

「な、なんだあれっ!」

だがいつの時代にも、場を壊す不届き者はいるものだ。

村の人間なのか、農具を抱えた二人組の男が、奇怪な光景を目の当たりにしてわめきだした。

「化け物だっ!」

「俺達も殺されるっ!」

そして神が造った彫像から、一転して殺戮兵器に変わった獣が地を蹴った。

「くそっ!」

ギーヴルは悪態を吐きながら、それでも段平を振り下ろした。刃は正確に獣の首筋を切りつけたが、体毛は鋼の強度でも持っているのか、肉を断つことはできない。獣は虫でも払うように頭を振って段平を弾き飛ばすと、再び背を向けて走る男たちに向かった。

「やっちゃえカイゼル!」

イリスの声援に応えたわけではなかったが、カイゼルは左手を振り上げ、獣を狙った。

瞬きの間に世界は彼の前にその正体をさらけ出す。

すべての要素は複雑に絡み合って世界を構成している。そんな複雑怪奇に織り込まれた糸を、カイゼルは自身の想像ひとつで色を変えてしまう。

だが、次々に編み直される糸の速度が、わずかに遅くなったような気がした。

「え……?」

違和感に、背筋がひやりとする。それを気のせいとごまかし、カイゼルは引き金を引いた。

飛び出した力と言う名の弾丸は、獣を正確に捕らえ、揺さ振り、獣は煙の詰まった袋を叩き割ったように白い毛並みを撒き散らして弾けた。



「いやーっ本当に助かりました」

「はぁ……」

カイゼルはもう、何十回聞いたのかわからないセリフを前にして、げんなりとした顔をする。

場所はロッソ・ドラーゴ村の集会所だった。そこで彼ら一向は、化け物を倒した英雄として村人たちから心尽くしの礼を受けていた。

「人間って現金なものよねー。昨日はあれだけ胡散臭い目で見ていたくせに、今日はこれだもの」

「うぅっ……怪我がなくてなによりだよ」

当然の権利とばかりに料理に手を付けるイリスを後目に、カイゼルは浮かない顔をしている。一方ギーヴルは、宴会が始まると聞いた途端に行方を眩ませてしまった。別れる前に見た表情は、今のカイゼルと同じ、冴えない物だった。

「あのう……」

声に振り返ると、昨日の少女が立っていた。若干興奮した面持ちで、新しい料理の器を持っている。

「あ、その鶏肉ちょうだい!」

横合いから素早く器を取り上げられ、少女は目を丸くする。

「すいません、意地汚くて。あの……カララ、さんでしたよね」

「はい、あの、すごいんですね……」

何が、どうすごいのかは、この場合聞かなくてもわかった。だが自分の能力や手柄を喜び勇んで語るほど、カイゼルは愚かではなかった。

「まぐれですよ。それに、倒したのはもう一人です」

カイゼルは、村の人間にもそう通した。だがそんな芝居でもどうにかなったらしい。元々、あの場にいた村人には何が起こったのか理解できていなかったらしく、しかも人を介して伝わって行く内に、何となく話しの方向がずれて行ってしまった。最終的には、良くわからないが彼らが化け物を退治したと言うことで落ち着いたし、カイゼルも否定はしなかった。下手な騒ぎは避けたかったし、臨機応変な対応を行えと言ったのはギーヴルの方である。それについて文句を言われても、いない方が悪い。

だがカララはこの中で唯一本当の事情がわかっている人間だろう。最初にライに報告に行ったことから考えて、彼女自身多少なりマテリアに関する知識があるようだ。

なおさら話しづらいので、どうしてもカイゼルは仏頂面になってしまう。

「あの、ちょっと出られますか?」

周囲の目と耳を気にしながらかけられたセリフに、カイゼルは首をかしげる。

「ライが、話をしたいと……」



カイゼルはヘーゼに適当にごまかしていてくれと頼むと、そっと外に出た。やや遅れてカララが出て来ると、彼を先導して歩き出す。彼女は落ちつかなげに視線をさまよわせていたが、カイゼルの方は余裕だった。

案内されたのは、彼女の家だった。密会の場所として、カイゼルは当然のように森の中と予想していたのだが、当てが外れてしまった。もっとも、村中の人間が宴会の準備などに借り出されていたので、ここに来るまで遠目に何人かの姿を見かけただけだった。

「ライ、入るわよ」

だが、声をかけるのと扉を開けるのが同時だったため、中にいた人物はあからさまに驚いて席を立った。

「あ、ごめんなさい」

「いや、こっちこそ……」

妙な返事をしてから、青年は元いた椅子に座り直す。

「適当に座って下さい、じゃあ、あたしはそろそろ戻ります」

言うが早いか、カララはすぐに出て行った。

「……えーと、化け物退治の話は聞きましたか?」

とりあえず、言われた通り適当に座ると、カイゼルは早速用件を切り出した。

「聞いたよ、おめでとう」

「どーも」

「あんまり嬉しそうじゃないね」

「そう見えます?」

見えるも何も、口調にも態度にも、あからさまなくらいに現れている。

「はっきり言えば、俺はこれで終わりだなんて思っていませんよ」

「倒し損ねた……と、いうことかい?」

「う……ん、そうじゃなくて、何か、あれは違うもののような気がする」

カイゼルのあいまいな言い方を、当然青年は理解できなかった。彼自身、わからない感覚を説明するための言葉を必死で探した。

「普通の生物じゃない。まぁ、見た目からしてそうなんだけど……俺にはどうしても、生きているようには見えなかったんだ」

魔力の渦の中、左手の石に流れを集めようとしたが、それがいつもより弱かった。いぶかしく思うカイゼルは、流れの先をたどると驚愕した。

 世界を構成する波は、白い獣に向かっていた。魔力の塊のような相手に向かって力を叩き込んでも、何の意味もない。端から見れば、砕けて消滅したように見えただろうが、カイゼルの目には溶け、周囲に拡散したように映った。

「死霊や幽霊の類だと?」

「……近いような気がする」

「それなら、まだ危ないな」

「あのー……そんなあからさまに信じて大丈夫なんですか?」

いきなり、あの変な生き物は幽霊です、だから倒せませんと聞いたら、普通の人間は悩むか怪訝な顔をするだろう。

「湖に住む主の話は古くから伝わっている。それなら、魑魅魍魎の類でもおかしくないよ」

「はぁ、心が広いんですね」

カイゼルは、このどこまでも奇妙なものを平気で受け止めて消化する青年に、ほんの少し尊敬の眼差しを向ける。

家の前を、複数の馬が駆け抜けて行った。それだけなら大して気にするものでもなかったが、ライは違ったようだった。慌てた様子で立ち上がると窓に張りつき、通り過ぎた人馬の後ろ姿を眺めて頭を抱える。

「早いな、もう聞きつけたのか」

「知り合いなんですか?」

「……多分、父と兄だ」

彼はしばし出て行くかどうか迷っていたが、やがて意を決したのか、扉の隣にかけていた上着をひっつかむ。

「悪いけど、君も来てくれないか」

もちろんカイゼルに異存はなかった。

「でも、どう説明するんですか?」

おそらく領主は化け物退治が終わったと言う話しを確認するために来たのだろう。そうなれば、次に言うことは予想できる。

「事がはっきりしない以上、発掘作業を続けさせるわけにはいかない。こうなったら、俺自身が調べて来ることにする。そうすれば少しは時間が稼げるはずだ」

「で、その間に俺達が何とかすると」

「申し訳ないっ!」

土下座しそうな勢いで頭を下げてくるライに、カイゼルは何とも言えない顔をする。正直に言えば、このまま無視して行きたい。しかしそんなことをすれば罪悪感に苛まれるだろうし、好奇心も満足することはない。

どうせ、急ぐ旅ではないのだから。カイゼルはそう結論づけて青年の後に続いて走り出した。



集会所の前では、すでに騒ぎが起こっていた。

「……と、父さん!」

ライは集団に向かってややためらいがちに叫んだ。集まった視線に居心地の悪そうな顔をしながら、ゆっくりと中心に向かって進んで行く。カイゼルも、黙って彼の後ろに従う。

村長の前に、二人の男が立っていた。

「ライモンダンか」

口を開いたのは、若い男の方だった。男たちは良く似ていた。説明されなくとも、親子だとわかる。当然だが、ライは二人と容姿に共通点はない。

もうカイゼルは彼らの言い争いなど聞く気にもならなかった。それに、どう転んでもやることは同じなのだ、今ここでさらに不快な気分にされることもない。

「ギーヴルはどこに行ったんだろう……」

カイゼルはもう、別のことを考えて外部の情報を遮断した。

「なんか、ここの化け物の話を聞いてから様子がおかしいんだよな」

態度や行動が妙な所は、以前にもいくつかあった。なので今回も気まぐれだろうと思い、大して気にもとめていなかったが、突きつめて考えると、かなり矛盾点がある。

化け物退治をして村人を助けようなどというボランティア的な行動など、彼には一番似合わないような気がする。

「けど、なんか違うんだよな。化け物退治を目的にしているんじゃなくて、あの白い獣を見つけたかったように感じるんだけど」

だがギーヴルの目的とそれは違った。もしくは何か思う所があったから、姿を消した。

「……やっぱり、例の天使がらみか?」

ギーヴルは『天使』を探している。それが比喩なのか、文字どおりの意味かはわからない。だが彼は、カイゼルにこの器物を与え……いや、手も触れずに作り替えた相手を知っている。それが単なる旧知の相手なのか、何らかの感情を有するような対象かまでは判断がつかない。

『天使』。白い獣。マテリア。

……それに、ギーヴル。

それらを繋ぐ共通点がどこにあるのか、何故それを求めているのか。

いくら頭をひねっても、それ以上有益な答えが出そうになかった。

「……カイゼル?」

「ん? あぁ、話は終わったんだ」

顔を上げると、ハーベイ親子は再び馬上の人になった所だった。

「聞いてなかったのか?」

「まぁね」

威張って言うほどのことではない。

「で、いつから行くことになったんだい?」

「本当に聞いてなかったんだね……。明日一日猶予をもらったよ」

「一日だけ? かなり厳しいな」

「それに、手伝いは期待できそうにない」

「……わかる気がする」

遠巻きに眺めている村人の様子を見ただけで、ライに対する彼らの感情が手に取るようにわかる。彼も、村人には領主の一派としての認識しかない。

そしてカイゼルの方は、通常の攻撃が効かない存在が相手である以上、仲間の助力は期待できない。頼りになりそうな男は、行方を眩ませていると来ている。

「楽しくなってきたわねー」

いつからそこにいたのか、イリスとヘーゼが歩み寄って来る。

「星の海より落ちたものを相手にするなんて、思ってもみなかったけど」

「ねぇ……やめようよイリス……そんなの相手にするなんて」

不気味なくらいに笑っているイリス。だがカイゼルはそこに出た聞きなれない単語の方が気になった。

「イリス、星の海ってなんだ?」

「空のことよ」

天を指差され、カイゼルはつられて空を見上げる。

イリスの端的すぎる説明を補足するように、ライとヘーゼが口を出してくる。

「星の海……この世界を取り巻く暗黒の世界。空の向こうに広がるのは、虚無の空間。大陸を取り巻く海のように、行くことの叶わない星々の世界。神の領域……と、言う風に言われているけど、誰も見に行ったわけではないしね」

「そう、シンフォルン聖教国の教義では、世界は完全な閉鎖球をして、外部の意志や存在を進入させることも、大地に息づく存在が外へ出ることもできないとされているけど、例外はあったらしいよ。そもそも『愚者の列』にもそんなことを匂わせる部分もあるし。もっとも、そんな異端の存在はきれいに無視しているけど」

 異端……この世界に存在する、ありとあらゆるものに属さない生命体。

禁忌の獣ドラゴンか……」

カイゼルは呟く。

昔から名称はあるが、それらを意味する生物の枠は、とても広い。一般的には未確認の生物や、今回のように常識という枠にはまらない存在を指す。

「案外、はまってるかも知れないな」

「じゃあ早速ドラゴン退治に出発よ!」


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