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5-1「特訓風景」

それでも明日はやって来る!⑤「白き灰の異獣」

第一章 特訓風景



 夏が終わり、森の中は外界よりも早く季節が動く。

 時折、冷ややかな風が吹きつける午後。街道からやや外れた森の中に、場には似つかわしくない金属の打ち合う音が響く。

 耳をつんざく音に、顔をしかめる者は近くにはいなかった。注意する者がいないその場所で、彼らは遠慮なく鋼を振り回し、汗が玉になって散る。

 やや小振りな剣を振り上げたのは、黒髪の少年……カイゼルだった。彼は必死の形相で相手に向かって行ったが、向こうはするりとかわし、あるいは申し訳程度に剣を振ってカイゼルの攻撃の軌跡をずらす。

 そんな一方的な打ち合いを続ければ、先に体力が尽きるのはカイゼルの方だった。

 彼は動きを止めると、どんよりとした半眼になり、相手をにらみつける。

「……ギーヴル、真面目にやる気があるのか?」

「んー?」

 向こうは、面倒くさそうに長剣を振り回す。くすんだ金髪にひょろ長い体躯をした、二十歳過ぎから三十路くらいの男だが、実年齢はわからない。

「せやけど、稽古してくれなんて言い出したんはお前やで」

「つまり、真剣に付き合う義理はないと」

「て、言うか。ワイとやってもなんも上達せえへんで」

「まぁ、こんなやり方じゃあ無理だよな」

「ちゃうって。カイゼルとワイじゃあ型が違い過ぎるんや。お前は……なんちゅうか、正統派すぎるねん」

「そりゃあ、騎士団で訓練している型を教わっていたんだから当然だよな」

「ワイはその逆。決まった型も、技もない。ただ相手を倒すためだけの剣技や」

「本番に強いってことかよ」

「そんなところやな」

 それで終わりだとばかりにギーヴルは持っていた長剣をカイゼルに手渡す。

「それに、慣れない武器やと上手くいかへんねん」

 手を振って彼は、自分の荷物が置いてある木の側に行ってしまった。

 荷物の側にある幅広の長剣……段平は、当然のようにギーヴルの物だった。そしてカイゼルが抱えている二本の剣は、一応は彼の持ち物になっている。

 今までの旅路で、カイゼルは武器らしい武器など持たないでいたが、剣の扱いは知っていても、持っていなければせっかくの技も腐る。と言うわけで、西側についた直後に購入したものだった。

 最初は長剣だけだったのだが、カイゼルにはいささか重過ぎたため、片手剣ハンガーを買う羽目になった。

 訓練で長剣は使っていたが、それを実戦で使いこなすには、カイゼルの筋力、身長、体重、体力、技術とすべてにおいて足らなかった。

 そして余った長剣は、主にギーヴルがカイゼルとの稽古をする際に使用されるようになった。

 ギーヴルの言った通り、二人の型にはかなりの違いがあり、特にカイゼルは段平などという大振りの剣を相手にしたことはなかったので、頼んで長剣の方に替えてもらった。

 そんなことを言っている間は上達しないと頭ではわかっていたが、いきなり相手をしてもらうには、ギーヴルの剣は乱暴すぎる。

カイゼルは息を吐くと、腰に下げた皮製の鞘に剣を収め、止まらない汗をぬぐった。

「終わったー?」

木立の影から出てきた人物に、彼は持っていた剣を振って答える。

「相変わらずがんばるわね」

「……まぁな」

元々身体を動かすことは好きだったので、カイゼルは学院でも実技の訓練にはかなり力を入れていた。対して、目の前に立っている亜麻色の髪をした少女……イリスは、ほとんど最低ラインの点数を取り、教師やカイゼルたちを悩ませた。

彼女もどちらかといえば、実戦で実力を発揮するタイプなので、訓練では適当に受け流すか、卑怯な手段で相手を撹乱して叩きのめすという、およそ騎士道とは相反することばかりやっていた。それでも同年代の男を相手にそれなりの戦果を収めている辺り、カイゼルよりもよっぽど器用だった。

「ヘーゼはやらないのか?」

遅れて出てきた赤毛の少年は、その場でしばらく硬直する。それを見て、カイゼルは自分の失言に大きく息を吐いた。

ヘーゼの場合、動きに逃げが入っているため、最初から訓練になっていない。学院で剣術を始めた当初など、模擬刀を向けられただけで腰を抜かす有り様だった。これで両親や姉たちは傭兵ギルドという荒っぽい職場で要職を務めるのだから、カイゼルにも両親の跡取り息子に対する苦悩が手に取るようにわかった。

「僕はいいよ。……やっても結果は見えてるし」

「本人もこう言ってることだし、カイゼル、今度はあっちをやってよ」

「またか?」

「こっちの方が、剣よりよっぽど頼りになるわよ!」

カイゼルは心底嫌そうな顔をして、適当な場所に剣を置いた。そして期待に目を輝かすイリスの前で、左手の手袋を外す。

「この間も使い過ぎて倒れたところじゃないか」

左手には銀の装身具が収まっていた。

文様の刻まれた指輪と腕輪の間を、細い鎖が結び、その間に透明な石が揺れている。

これが見た目ほど繊細な飾りでないことは、この場にいる誰もが知っている。

マテリア。

すでに御伽噺となった魔法を今に甦らせる、奇跡の石。

「しかし、そのうちどうにかしないと邪魔だな」

奇妙な縁で手に入れたものの、それには重大な欠点があった。取外しがきかないのだ。輪に切れ目もなく、肌に密着するほどぴったりにできている。もちろん開閉できるような金具も付いていない。鎖を切れば良いのだろうが、マテリアの発動を支える魔器である以上、一度破壊してしまうと二度と使用できなくなる恐れがある。

カイゼルも、自分が使っても砕けないマテリアを重宝がっているのも事実なので、しかたなくそのままにしていた。

「はーい、今日の的はこれよ!」

そうこうしている間に、イリスは適当な石の上や地面にそこら辺で拾ってきた太めの枝を並べていた。

「はいはい。お前ら、離れてろよ」

言われなくとも、ヘーゼなどすでにどこにいるのかもわからない。一度、暴発して狙いがそれた際に吹き飛ばされているので、本当なら顔も見せたくなかったのだろう。

カイゼルは目標から距離を置くと、肩の力を抜いた。

一度だけ空を見上げると、左腕を右手で支えるようにして、顔の前に持ってくる。

目を閉じ、息を吐いて吸い込む。そんな動作を繰り返す内に、カイゼルの周囲に変化が起こる。

それは彼以外に見ることのできない、不可思議な光景だった。

世界にある波。魔力。

風を具現化したような鋭い軌跡が空間に走り、身体を水に沈んだようときのような独特の圧迫感が包む。

カイゼルはそこで目を開ける。襲い来る流れのすべてを受け止め、世界の構成を見極める。そして己が望むような結果を得られるように想像し、心の中で引き金を引いた。

途端に弾けた魔力は一直線に的のひとつに襲いかかる。木切れは身悶えするように震え、あちこちが内側から弾けるように剥離し、耐え切れなくなったとばかりに跳ね飛んで木の幹に叩き付けられた。原形を留めない程に砕けたそれには目もくれず、カイゼルは同じようにして残りの木切れに向けて魔力を解き放った。

カイゼルの思った通りに、構成された魔法は鋭い軌跡を描きながら、ひとつひとつの標的を、正確に追って、撃ち抜いて行く。

都合、五つの木切れが無造作に転がる。

カイゼルは肩の力を抜き、イリスの拍手に応えた。

「すごいすごい、ちゃんと当たるようになったじゃない」

「……これもお前のおかげだよ」

その言葉には、多分に皮肉が含まれていた。

イリスはギーヴルと違い、かなりの鬼教師だった。そのため、まだ制御に慣れていなかった頃はよく体力を使い果たして倒れてしまい、その度に旅は何度も中断した。

そのことで良くギーヴルとイリスが口論になったが、確かに能力を開発することも重要だったので、最近は黙認されている。

もっとも、二人は何かにつけて言い争っているので、これはその中でも話がまとまった、数少ない対立要素だった。

「はーすごいねぇ」

ようやく出てきたヘーゼは、無残な姿になった木切れを見て、目を丸くしている。

「次からは、動く的でも相手にしましょうか。それと、もう少し構えてから発動するまでの時間を短縮できない?」

「お前、他人事だから容赦ないな」

「コーチ料はサービスしといてあげるわよ」

と、いうより、指導している本人が一番楽しいのだろう。

「まぁ、もう良いけど」

人間、どんな状況にもいつの間にかなじんでしまう。

ほんの少し前まで、実際の存在も疑わしかったマテリアが手の内に転がり込んで来たと思えば、今度はそれを振り回して魔法を使っている自分がいた。

 カイゼルは頭をかき回すと、改めて左手の器物を見た。

「それより、わからないのはこいつの能力だ。炎を出すわけでも、風を起こすこともない」

何か、そう、例えば見えない拳が対象物を殴り付けているような感触だった。

「シリカがいたら、説明してくれるんだろうけど」

マテリアを研究対象にしていた風変わりな青年は、今はそう簡単に連絡が付かない所にいる。それ以前に、カイゼルの持つマテリアの原形を渡したのは、他ならぬ彼だった。もしかすると、最初から何らかの確信を持っていたのかもしれない。

「よくよく考えたら、俺はこいつのことを何も知らない」

カイゼルにあるのは、あくまで一般的な知識と、本の中に広がる空想世界の話だけだった。

しかし、こんな街道の真ん中では専門的な知識など、望むべくもない。

「ギーヴルは……何か当てにできないんだよな」

本人が聞いていれば、ずいぶん失礼な物言いだった。

「何か呪いでもかかってそうだね」

「ヘーゼ……頼むから、一番考えたくなかったことを言わないでくれ……」

そんな風になごやかな雰囲気で午後を過ごす三人を見ていた視線があったことを、彼らは気づいていなかった。



「……なんか、すさんだ雰囲気だよね」

「歓迎されていないのは確かだな」

 彼らのいる場所は、港町ルチル・マーキーズから内陸部に向かって西に進んだ街道沿いにある、小さな村だった。

地図上には、ロッソ・ドラーゴとあった。これは村の名前と言うより、森を含む周辺地域の総称で、区分としては、ギィカウ君主国の領内になる。

もう少し行った地点に、ギィカウ君主国とシンフォルン聖教国との分かれ道になる、ベルネという大きな街があるので、なおさらこんな森に埋もれたような村になど、立ち寄る者は少ないだろう。

なのでたまに立ち寄る旅人に好意的になれないのは、あまり開かれていない村には良くあることで、ひどい時にはよそ者はすべて盗人と思いこんでいるような所もある。

それにしたところで、この射すような視線は多少行き過ぎているような気がした。

村自体は、森の中に存在しているだけあって、質素なたたずまいだが、近くに水源となる川もあるし、周囲には広大な農地が広がっている。

環境的にはそれなりに豊かであるはずの土地なのに、住人の目はまるで荒野のように乾いていた。戦時中でもないのに、そこらに包帯を巻き、杖をついて歩く男の姿がちらほら見えた。

「あーっ! あそこに城が見える!」

約一名、そんな雰囲気などものともせず、すでに観光の体勢に入っている者はいたが。

彼女に関してはとりあえず保留にして、カイゼルはギーヴルに声をかける。

「ギーヴル、どうする? 急げば日のある内にベルネに入れそうだけど」

太陽はまだ、中天からやや傾いた程度だった。

「まーこんなところはワイも願い下げやし、野宿覚悟で先に行くか」

「……そうだな」

それが妥当だろうと、カイゼルは走り出したイリスを呼び戻そうとした。

と、馬蹄の音に振り返る。

見ると、彼らが突っ立ったままの村の入り口めがけて疾走する一個の人馬が見えた。

乗っている男は、村の入り口の手前で手綱を引いたが、勢いの付いた馬は止まらず、そのまま突き進んでしばらく行った所で止まった。ちょうど通りに人がいなかったので、事故は起きなかった。それでもこのスピードで走り続けて、よく転倒しなかったものだ。それによくよく見れば、男の後ろには少女が横乗りで腰掛けている。馬の方は、馬体も良く、毛並みも申し分ない光沢を持っているので、意外に名馬なのかもしれない。その証拠に二人分の荷物を降ろすと、後は素直に水場に連れて行かれ、水おけに顔を突っ込んだ。

やって来た男は、最初は村の人間かと思ったが、周囲の遠巻きに見ている様子から、どうやら違うらしい。一緒に連れていた少女に向かって、何やら激しく詰め寄っている。

そんなやり取りを眺めていると、不意に少女がカイゼルたちの方を向いた。少女といっても、カイゼルよりはいくつか年上なのは間違いない。だが雰囲気が、幼いというか、可愛らしい。朴とつな印象だが、小首をかしげて不思議そうな顔をしている様は、まるで小犬のようだった。

「……あ」

少女は何かに気づいたのか、ゆっくりと右手を上げ、一点を指し示す。

思わずカイゼルはそれが示すものを探したが、どう考えても、その先にあるものは……

「俺達……?」

頭に浮かんだ疑問詞に答える者はなく、代わりに少女に詰め寄っていた男が猛烈な勢いで走ってきた。

「ちょっと、そこの、君ぃぃっ!」

男は、再会を喜ぶ恋人のように、悪く言えば我を忘れた猪のような勢いで突進して来る。

「ちょっと待ちなさい!」

だがその猛進も、イリスのスライディングに阻まれ、青年は面白いくらい派手に転倒した。

「あぁ、久々に見るイリスの得意技その一」

「……相変わらず、面白そうな話には目ざといな」

二人の呟きなど、当然彼女の耳に入るわけはなかった。

「ふっ。カイゼルに用があるなら、私の断りを入れてからにしてよね」

イリスは転倒した男にびしっと指を突きつけ、さも当然のような顔で言う。

「おい、お前はいつから俺のマネージャーになったんだ?」

もちろん、カイゼルの突っ込みなど完璧に無視する。

男は怒りの声ひとつ上げることもなく、よろよろと地面に座り込んだ。

カイゼルは改めて、謎の男を観察した。

一見すると、農民のひ弱な三男坊といった風情だが、手入れの行き届いた馬、さらに無造作に束ねた少しくせのある金髪。さらに、農民にしてはあまり荒れていない手から判断して、貴族か、それに近しい血を持つ者と見て間違いないだろう。

それにしたところで、イリスの理不尽な攻撃を受けても何も言い返せない辺り、なんとも情けない青年だった。

「あのー俺に何か用ですか?」

「カイゼル、止めとこうよ。相手にしてたら多分、また面倒なことになるよ?」

「だからと言って、無視するのはかわいそうだろ」

年下相手に同情を一身に受けている青年は、ようやくショックから立ち直ったのか、服の埃を払って立ち上がる。近くまで来ていた少女が、青年の後ろでおろおろしている姿が見えた。

「驚かしてすみません。え、と、俺はライモンダン・ハーベイ。彼女はカララ」

男の後ろで小さくなっていた少女は、軽く会釈をする。だがまるで危険物でも見るように、一定距離を保ったまま、こちらの様子をうかがっている。

「……俺はカイゼル。後は、まぁ、必要に応じて紹介するから」

何ともやる気のない自己紹介だが、イリスを加えた三人は、すでに傍観者の視点を取っている。その素早い切り替えに、カイゼルは内心で舌打ちする。

結局、なんのかんのと口は出しても、迷惑ごとを処理するのは自分なのだ。

それに男が姓を名乗った以上、それなりに身分のある人間に間違いない。誇れる話ではないが、彼はあまり貴族階級の人間に好意を持っていないので、自分のことを印象づけるのは極力避けたかった。

「あのう、いきなりで申し訳ないのですが、ちょっと俺の家の方まで来てもらえませんか?」

本当に唐突な申し出に、カイゼルは男に目一杯の不信感を湛えた目を向ける。それを見た男は、やや声を低くして言った。

「あなたの持つ、マテリアの話が聞きたいのです」

その言葉に、四人は目を丸くした。

「え、と……」

「あぁ、俺はこう見えてもマテリアについての知識は人よりはあるのでね。カララ……彼女に森で不思議な力を使う子供を見たと聞いて、確かめたいと思ったのです」

紙に書かれた知識より、実際にその力を目にしたいということなのだろう。

筋は通っている。それでも、信用はできない。

悲しいことだが、前回街中で襲撃を受けて以来、カイゼルは常に他人を疑うようになった。それが言葉と腹の中が一致しない貴族という人種ならなおさらだった。

どうやってこの、一見人のよさそうな青年の申し出に断りを入れてやろうかと考えていると、意外なところから賛成の声が上がった。

「まぁ、話くらいはえぇんとちゃうか?」

「ギーヴル?」

彼のことだから、そんなことは無視して先に進もうと言い出すとばかり思っていた。

「ちょっと、ギーヴル。こんな怪しさ満載の話に耳を傾けるなんてどうかしてるわよ!」

「あぁ……僕たちとうとう売られるんだね」

「なら、ワイら全員で押しかければえぇやん。いざとなったらそのマテリアで壁でもなんでもぶち抜いて出てくりゃえぇねん」

「話の方向がどんどん過激派のようになって行く……」

「テロ行為は予告するものよ!」

今度はイリスとギーヴルが、互いの意見をめぐって口論を始めてしまい、カイゼルはしばらく収集つかないと判断して、口を挟めずにいる青年に向き直った。

「……と、まぁ、こんな感じで良ければ行きますけど。お勧めしませんよ?」

それは社交辞令でも何でもない、カイゼルの本心だった。

「俺はかまわないですよ。壁を破壊しないなら、泊まって行って下さい」

青年は話が付いて上機嫌で馬を取りに戻る。心配そうに声をかけて来る少女を笑って宥め、水をたっぷり飲んだ馬を連れて戻ってきた。



案内された屋敷は、青年よりも丈夫そうだったが、何と言うか、足腰だけはしっかりしている老人といった感じだった。

轍の跡が残る道をたどると、いきなり目の前に古い家が現れる。それほど取り残された場所で、とても森を抜けてすぐに村があるとは思えなかった。

家の横には畑が広がり、家畜もいる気配がする。

ライモンダンと名乗った男は、開け放たれたままの玄関に半身を乗り出して何やら叫んだ後、彼らに入るように手招きする。

「俺は馬を繋いで来るので、中で待っていて下さい」

玄関に放り出された四人を迎えたのは、やや痩せぎすだが、人の良さそうな笑みを浮べた老婆だった。

「まぁまぁ、坊ちゃまがお友達を連れてこられるなど珍しいことです」

本心でそう思っているのがわかる程、満面の笑みで老婆は彼らを屋敷内に案内した。

「俺達を見て、何の疑問も持たないのか?」

「自分の主人が連れてくれば、たとえ道端の石ころでも友達に分類されるのよ」

ずいぶんな言い方だが、小躍りしそうな勢いで喜んでいる、この老婆ならやりかねないとカイゼルは妙に納得した。

通された居間も、簡素なもので、飾り気というものがほとんどない。代わりに掃除は行き届き、採光も申し分なかった。老婆は茶を持ってくると言って下がり、室内には四人が残された。

「ギーヴル、なに考えてんだよ」

「なにって、今日の宿や。なかなかのもんやで」

「そうじゃなくて、俺の能力を簡単に話して良いものかってことだよ」

「そこら辺は、自分で臨機応変に対応してくれや。ワイはちょっと出かけて来るで」

「え、おい……」

「村に戻って情報収集よ!」

「イリス……ギーヴルに何吹き込まれた?」

「戦争を制するにはまずは情報よ!」

と、いつもの勝手な理論を展開して、二人は出て行った。

「僕は、どうしようか……?」

「悪いことは言わない、俺と一緒にいるんだ」

イリスとギーヴル。

普段は水と油でも、ふとした拍子に火と油に変わって混ざり合った結果、狂暴な炎になってしまうこともある。そんなとき、真っ先に犠牲になるのがこの赤毛の少年だった。

出て行った二人と入れ替わるようにして、老婆が人数分の茶器と茶菓子を持って現れた。

「あの、お連れ様が出て行かれたみたいですが」

「あー、ごめんなさい。いつもあんな感じで突然に行動を起こすんで」

「それより、ハーベイって、ここの領主様のこと?」

「はい、そうです。現当主は坊ちゃまの父君であらせるエメリヒ様です」

「一緒に住んでいるのか?」

カイゼルの質問に、老婆は少し難しそうな顔をする。元々、この屋敷が代々の当主の屋敷だったが、何年か前に別の場所に屋敷を建て、当主と息子夫婦はそちらに移り住み、残っているのは次男のライモンダンと、長年一族に仕えるこの老婆の二人だけになった。

ライモンダンが貴族の息子の割に、農民のような身なりも、この生活環境ならうなずける。ほとんど自給自足な生活に、華美な洋服など邪魔にしかならない。

カイゼルは初めてこの古びた屋敷の主に好感を持った。

お茶と焼き菓子が二人に行き渡る頃、青年が居間に顔を出してきた。老婆は青年にもお茶を出すと、深々と礼をして出て行った。

「本当にいきなりで、しかもこんなあばら屋に通して申し訳ない」

「いえ、十分です。こちらこそ宿を提供してもらってありがたいと思っています」

確かに古く、がらんとした感じのする屋敷だが、不思議と落ち着くのは、主人の気質だろうか。

「聞いたかもしれないが、一応俺がこの屋敷の主で、管理人の真似事をしている」

そこで青年はカイゼルの隣に座る少年に視線を移す。

「こっちはヘーゼ。出て行った女の子はイリス。男の方は……名目上の保護者でギーヴル」

「よろしく。……それで、早速だけど君のマテリアを見せてもらえないかな」

そらきた、とばかりにカイゼルは、短時間で必死に考えた言葉を連ねる。

「それですけど、こっちはこれでも色々と事情を抱えている身の上なんで、多分、全部は話せないと思う。それでも良いんですか?」

「信用されてないみたいだね」

そこには落胆や怒りより、当然と言った苦笑があった。

「俺は昔から、こういった話に興味があって、様々な文献や、レポートを読み漁ってきた。だが実物を見たこともなければ、実際に使用した人間から話を聞いたこともない。本当に、ただの興味と好奇心だけなんだ」

その言葉と、真摯な表情に彼らは困ったように顔を見合わせる。

「カイゼル……」

「わかってる」

すべてを話して聞かせることは簡単だった。だがその後で、もしも青年が不用意に話したことをきっかけに何らかのいさかいが起こる可能性は十分にある。

だがそんな、起こるかもしれない危険を気にするほど、彼らは慎重ではなく、まだまだ世の中には善人の方が多いと信じている、子供だった。

「ハーベイさん」

「ライモンダン……ライで良いよ。貴族ってがらじゃないしね」

「なら、ライ。不公平な条件だけど、俺達が言ったことは口外しないで欲しい。それに、さっきも言った通り、すべては話せない。そして……あつかましいとは思うけど、俺に、マテリアについて、知っていることを教えて下さい」

言った後で、そんな自分勝手な条件を誰が飲むんだと後悔したが、向かいに座る青年は気を悪くした様子もなく、むしろ好意的な笑みを浮べる。

「それで十分だよ。本音を言えば、目の前で力を見たかったけど、無理にとは言わないよ」

「あ、それくらいなら」

「カイゼル、あの二人がいないときにしないと後がうるさいよ」

「そうだな」

言って、カイゼルは左手の手袋を外した。



 夕刻、彼らはハーベイ家の裏庭に揃っていた。

裏庭には、囲いの中にヤギや鶏が放し飼いになっている。大きめの物置きのような建物から、複数の馬の嘶く声がした。

囲いの前にはライが、そして左右に広がって立つカイゼルとヘーゼ。

二人は緊張の面持ちで、ヘーゼはなぜか薪を何本か抱えていた。まだ割る前なのか、一本が腕よりも太い。

「……行くよ」

「おぉ」

短く応え、カイゼルは左手に右手を重ねた。

ヘーゼは一度大きく息を吸い込んでから、薪の一本を中空に放り投げた。

「くっ!」

カイゼルは瞬間、左手を放物線を描く薪に向ける。薪は途端に何かに捕まれたように一瞬動きを止めると、そのまま四散した。

「次っ!」

ヘーゼは次々と、計四本の薪を投げた。そのすべてが、見えないハンマーに殴られたように砕け、細かい破片が地面に落ちる。

五本の薪をすべて撃ち抜くと、カイゼルは息を吐いた。

「……当たった」

何せ、動く的など今回が始めてだった。先ほどやっていたように、標的を固定させたままでも良かったのだが、ライの期待のこもった眼差しに、ついついサービスしてしまった。結果的に、自分の能力にまた自信が付いたが、下手をすればそれた衝撃が家屋や人間を襲っていたかもしれない。

「えーと、こんなもんですけど……ライ?」

振り返った先にいた青年は、言葉を無くし、そのままずるずると座り込んでしまった。

「大丈夫かな?」

「とりあえず、家の中に運ぶか」

もう外は日が落ちかかっていた。このまま正気に戻るのを待ってたら、夜になってしまう。

二人はライの腕を肩に担ぐと、元いた居間に向かって歩き出した。



彼は村に足を向けることはしなかった。

一緒に出たはずの少女はすぐに姿が見えなくなってしまった。もとより、互いに相手を待つことも、追いかけることもしない。当然彼も、気に留めることなく思う侭に歩みを進めた。

森の向こうに小高い丘が見える。丘の斜面は深い緑。頂上には何かの建造物がのぞいていた。

彼は何となく、そこを目標に歩いていた。

何か目的があるわけではない。散歩と言うには多少距離があるし、慣れない土地でふらふら歩き回るのもよくはない。

それでも……あの家にいたくなかった。

妙に空虚な空気を持っているくせに、居心地のいい<家>。

落ち着かない、でも求めてしまう。彼にはない、とうに失ってしまった場所。

彼にとって帰る<家>はとうにない。そしてその隙間を埋めるように、場所の代わりに<誰か>が現れた。だから、いつでも帰って来れた。待っていられた。

だから、寂しさが消え、家に帰りたいと嘆くことを忘れ、帰る場所がないとさまようこともなくなった。

そう、たったひとり、待っていてくれる<誰か>がいたから。

振り向けばそこにいる<誰か>。

だけどもういない、どこにもいない。

違う道を歩き出した時から、別れは必然で、そもそも最初から交わる道などなかった。

もう一度会いたいと、何度願ったかわからない。しかしその人は隠れることがとても上手で、自分はいつも、影すら踏めた試しがなかった。だからいつしか追いかけるのを止め、探すのをあきらめた。

どちらも自分らしくない。

(そう、誰かを追いまわすなんて、ワイらしゅうない)

けれど互いに互いのたったひとつを追いかける者たちにも、唯一の接点があった。

それは……過去を追い求めていた。

過ぎ去ったそれを懐かしむためではなく、ただどこで繰り返される連鎖を解きたかっただけ。

ただ、ただそれだけを願って。

一番難しいことなど、とうに理解しているはずなのに。

人は、その時の感情をいつまでも同じように止めておくことができない生き物。それでも擦り減ってしまった気持ちは、その時の思いに負けてしまうのだろうか。

それとも……削れて残った部分だけが、真実本当の感情なのだろうか。

彼のそれは判断するにはあまりにもあいまいで、決着をつけることすら最早どうでもよかった。

だから早く、膨らんだ風船のような思いを破裂させる何かが欲しかった。

彼はまとまらない思考を抱えたまま、くるりと踵を返す。

いくら気に入らなくとも、今はあの家に帰らなければならない。


彼の求めるものを探すために、今日も彼はさまよう。


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