来ますかね?
「まさか、あみるが荒らしているとも思えんが……」
「これは椎谷先輩じゃないでしょうね。まあ、もとはそうかもしれませんけど」
椎谷先輩との言い争いからちょうど一週間。
あれから、まだ荒らしが収まっていない先輩の動画の浄化作業に勤しんでいた。
黒鳥さんの言葉通り、おそらく椎谷先輩がまた荒らしにきているとは考えにくい。おそらくは、先輩が荒れるきっかけを作ってしまったせいで、他の荒らし屋がきているのだろう。
こればっかりは、どうしようもない。
「どうしようもない、とか言って諦めてたら、それこそ終わりなんだがな。あみるの件はある意味、分かりやすかったから、なんとかなったが……」
「ですね」
そう。仲間になる云々はおいて置くとしても、椎谷先輩の説得に成功した(と思っている)俺たちは、既に次なる壁にぶつかっていた。
「黒木先輩はなんかいい案ないんですか?」
「あったらもうやってるよ」
「ですよねー」
ここのところ、PCに向かいっぱなしの真は声に張りがない。
疲れているのが目に見えて分かる。
「あみるは攻撃的ではあったが、明確な悪意がそこにあった。それに、理由もはっきりとしていた。だから説得できたし、ぶつかることもできた」
「でも、悪意があるのかないのかも分からない、おそらくは面白半分で荒らしてくる人たちの説得なんて、どう考えても無理ですよね」
黒鳥さんの言葉を引き継ぎ、俺は行き詰っている理由を口にしてみた。
もとから分かってはいたのだが、荒らしをしている人の大半は『楽しいから』とか『荒らしに反応してくる人が面白いから』とか、それはもう、馬鹿バカしくなるような理由でやっているのだろう。全員が全員、椎谷先輩のように、明確な理由があるわけじゃない。
そんな人たちをどうやって説得しろというのか。
それも、相手は画面の向こう側にいるのだ。
年齢も、性別も、なにもかもが分からない相手にどうやって対抗するのか。
突破口が開けない。
「……」
ちなみに、椎谷先輩の一件が済んで以降、綾瀬さんはまただんまり状態に入った。
正直、言うほど黒鳥さんと衝突していたかなと疑問に思うのだが、本人たちはそっちの方が良いと思っているらしい。
まあ、正確に言うと、先週の金曜日の帰り道、一度、衝突があったのだが。椎谷先輩の説得中に黒鳥さんが「そうだろう?」と荒らしの代表みたいな形で綾瀬さんを出していたのが、どうも彼女の気に障ったみたいなのだ。既に荒らしをやめており、しかも、当時のことを「馬鹿なことをしていた」と悔いている綾瀬さんを引き合いに出したのだ。怒られても仕方ないと思うのだが、黒鳥さんは黒鳥さんで「別にあのくらいいいだろう?」と引かなかった。
せっかく良いムードで帰宅していたのに、台無しになったのだ。
もしかしたら、そのことが関係しているのかもしれない。
「にしても疲れたっ! ていうか、綾瀬さん、なにもしてなくね?」
「葉月は基本的にサポート役だ。諦めろ」
「……黒木先輩は綾瀬さんに厳しいのか優しいのか分からないですね」
「そうか?」
集中力が切れたらしく、真がべたっと机に突っ伏す。
黒鳥さんもそろそろ休憩しようと思ったらしく、ずっとキーボードの上に置いていた手を離した。
「……」
「……」
会話が途切れると、自然と皆の視線が向かうのは、扉だった。
黒鳥さんへお断りのメールが来ていないということは、今日、来るかもしれないのだ。
誰もが必要以上に気にしないようにしていたけれど、もう一週間が過ぎている。今週は毎日活動していたのだ。参加を決めたのなら、いつやって来ても良い。
「来ますかね?」
「さあな」
俺たちは、椎谷先輩を、待っていた。




